第千七百八十一話 名誉騎士(五)
「貴殿は、この度、騎士団との協力関係の有無に関わらず、ベノアガルドを幾多の災いから守り、国民の安寧と平穏のために尽力された。その献身的な活躍ぶりは、騎士団史上に残るどの名誉騎士とも遜色なく、凌駕している部分も多い。いや、むしろ、貴殿の活躍に匹敵するほどの人物がどれほどいるものか。貴殿がいなければこの国が滅亡していたとしてもなんらおかしくはなく、貴殿がいたからこそ、我々ベノアガルドの民は今日を生きていられるのです」
オズフェルトが、朗々と語りだしたのは、セツナを名誉騎士として認定することとした理由のようだった。四人の騎士団幹部が見守り、大勢の式典参列者が見守る中、騎士団長の声は、凛々しく響き渡る。
「セツナ殿。あなたはまさに救国の英雄です」
オズフェルトは、セツナの目を見つめて、告げた。オズフェルトの燃え盛る炎のような赤い瞳に見つめられると、セツナは緊張に包まれるほかなかった。これまでの経験による式典への緊張感のなさは、騎士団幹部たちを前にしてまったくの別物へと変わった。全身を緊張が支配している。なぜかはわかっていた。セツナ自身がオズフェルトら騎士団幹部を尊敬しているからだ。自分以外の他人を救うことに躊躇がなければ、命をなげうってさえいる彼らには、素直に尊敬の念を抱かざるをえない。ベノアガルドに滞在し、騎士団騎士や幹部たちと触れ合う内に彼らの覚悟と決意のほどを知り、そういった想いがより一層強くなっていた。
そんな騎士たちに評価されることがどれほど喜ばしいことか。
「過大な評価と受け取るものもいるでしょうが、それが我々騎士団が導き出した結論であり、ベノアガルドの国民が認めるあなたへの評価です」
オズフェルトがいうと、シドたち騎士団幹部も静かに頷いた。
シドは、わかる。彼は、騎士団内でもセツナ信奉者と知られるほどの人物だということは、ほかの騎士たちからの話で知っている。かつて、アバード動乱でセツナの中に救済者としての可能性を見出して以降、シドは頼まれもしないのにセツナのことを宣伝しまくっていたという。セツナがベノアに囚われた際、フェイルリングがセツナを騎士団の同胞として迎えるべく交渉を行ったのも、ひとえにシドの進言あったればこそだという。シドがセツナのことを認めていなければ、さっさと殺されていたかもしれない。それほどまでにシドはセツナのことを評価していたのだから、彼がセツナの名誉騎士受賞を喜ぶのは道理とさえいっていいだろう。
ルヴェリスは、捕虜としての勾留中、彼の屋敷にいたこともあり、彼の優しさについてよく知っていることから、その反応も納得の行くところだ。
ベインとロウファまで、セツナの受賞に対し不満顔ひとつ見せないのは以外だった。特にベインが満面の笑みを浮かべているのが印象的で、セツナはなんだか温かい気持ちになった。
「よって、あなたにはベノアガルドの歴史上六人目となる名誉騎士の称号を授与させて頂きます。あなたにとって嬉しいものではないかもしれない。不要なものかもしれない。ですが、騎士団とベノアガルド国民からあなたへの感謝を形として表すには、これ以上のものはないのです」
「不要などと想う訳ありませぬ。謹んで、お受けいたします。騎士団長閣下」
セツナは、オズフェルトの前で深々と礼をした。
「セツナ殿。あなたには名誉騎士の証として、この剣と盾を受け取って頂きたい」
オズフェルトがそういうと、シドが後ろに置いてあったらしい剣を、ルヴェリスが盾を手にし、セツナに手渡そうとした。どちらも騎士団の紋章が刻まれた一品であり、儀礼用のものであるらしいことは、その芸術的なまでに美しい作りからもわかる。剣には鞘と鍔に紋章が、盾には表面に紋章があり、騎士団との関連を強く主張していた。騎士団認定の名誉騎士としての主張だろう。セツナが、謹んで剣と盾を受け取ると、オズフェルトが声高に叫んだ。
「聖騎士の間にお集まり頂いた皆様には、セツナ殿が名誉騎士となられた証人となっていただきたい!」
オズフェルトの大声が聖騎士の間に反響し、聴衆の視線が彼に集中した。
「騎士団創設者イストレル=サールンは、騎士団創設にあたって、こういいました。騎士とは、国のため、民のために身命を賭し、魂を捧げるもののことである、と! ベノアガルドのため、ベノアガルド国民のために全身全霊で事に当たり、この国を覆う暗雲を払うため尽力したセツナ殿こそ、騎士の中の騎士というに相応しい!」
オズフェルトの熱烈とさえいっていい演説に対して、参列者がつぎつぎと拍手をし、セツナを賞賛した。
万雷の拍手の中、セツナは立ち尽くしていた。名誉騎士の証たる剣と盾の重みは、名誉騎士の称号の重みでもあるかのようだった。実際、百年ぶりの出来事なのだ。それほどまでに騎士団にとって、ベノアガルドにとって、名誉騎士の名は重いものであり、そのことについて異論を挟む余地はない。そして、それが自分に相応しくないものだ、などとは思わないようにしていた。それこそ、セツナを名誉騎士に認定した騎士団幹部や賞賛の声を上げるひとびとの気持ちを踏みにじる行為となろう。
他人の評価は素直に受け取るべきである、とはシドの忠告だ。
セツナは、感動の中で、そういったシドからの忌憚のない意見を思い出していた。
「我々ベノアガルド騎士団は、名誉騎士セツナ殿こそを見本とし、これからもベノアガルドの守護のため、また、イルス・ヴァレを救うため、より一層精進していくことをここに宣言する!」
オズフェルトの演説は、そうやって締めくくられ、授与式もまた、終幕を迎えた。
鳴り止まぬ拍手と歓声の中、セツナは騎士団幹部に促されるまま、来た道を戻ると、聖騎士の間の出入り口でレムが待っていた。
彼女は、満面の笑みを浮かべていた。
「これからは名誉騎士様とお呼びしなければなりませんね」
「悪くないな」
「ふふ」
軽口の叩き合いによって、ようやく緊張感から脱することができて、セツナはレムの存在に改めて感謝した。
授与式の終幕とともに式典そのものも終わりを迎えたものの、ベノア中を包み込んでいた祝福に満ちたお祭り騒ぎは、終わる気配を見せなかった。むしろ、名誉騎士の式典が終了してからが本番であるとでもいうかのように、ベノア中がさらなる盛り上がりを見せ始めていたのだ。
「市民は、これまで閉塞感に包まれておりましたからな。なにかと騒げる機会を探していたのは間違いありますまい。年始のお祭りだけでは、溜まりに溜まった鬱屈を晴らすことができなかった、ということでもありますがな」
とは、フロードの言。
授与式を終えたセツナは、レムとともに騎士団本部内にいた。既に一仕事を終えた気分があるのは、実際問題、名誉騎士としての最初の仕事を成し遂げたからに他ならない。
授与式終了直後、騎士団長オズフェルトに呼ばれたセツナは、騎士団幹部たちや授与式に主賓として招かれていたひとたちと名誉騎士として対面した。名誉騎士は、ただの称号だ。騎士団に所属するわけでもなければ、騎士団騎士として騎士団の命令に従う必要も、騎士団の行事に参加する道理もない。つまりセツナは自由であるということだ。だから受けたのだが。
もし、名誉騎士となって以降、騎士団所属となるのであれば、断る以外の選択肢はなかっただろう。組織に所属することは、いまのセツナには考えられなかった。どこかの組織に所属するということは、それだけで行動範囲が狭まるということだ。目的が果たせなくなるのはいうまでもない。
受賞後、招かれた先で待っていたのは、騎士団幹部、ベノアの有力者数名のほか、イズフェール騎士隊総長イズフェール・ザン=オルトナー、副長イベル・ザン=トリオンという重要人物二名と、サンストレアの代表としてシルヴィール=レンコードの姿があった。シルヴィールは、セツナと目が合うと、すぐに目を逸らした。なぜかは、わからなかった。
イズフェール・ザン=オルトナーは、騎士隊と騎士団の和解のため、ベノアを訪れたといい、その日程の中に名誉騎士の授与式を組み込んだのは騎士団側の意向によるものだという。騎士団は、イズフェールに騎士団の立場、現状を伝えるのにもっとも適した場として、授与式を選んだようだ。騎士団の窮状と今後も変わらない在り方を伝えるには、確かにあの式典以上に相応しいものはないかもしれない。
式典は、ベノアガルド国民が騎士団への信頼を多少なりとも回復させていることを伝えるものであったし、授与式においては、騎士団の今後の在り方をオズフェルトが明言した。これまでとなんら変わらないという決意表明には、オズフェルトたちの覚悟と決意のほどが伺えた。
イズフェールは、まずセツナの名誉騎士授与について、手放しで賞賛した。ネア・ベノアガルドを撃退し、弱体化せしめたセツナの活躍について、異論を挟む余地はなく、騎士隊もまた、これに賛同するものである、と。
そしてオズフェルトの決意表明に言及すると、彼は、やはりベノアガルドのみならず、まったく無関係の他国、他人までも救おうという騎士団の有り様に苦言を呈した。ベノアガルドさえ護り切れない騎士団が世界を救うなどというのは、妄言というほかない。しかし、マルカールが倒れ、ネア・ベノアガルドが弱体化したいま、ベノアガルドの敵となるものはなく、そこで騎士隊と協力体制を結ぶとなれば、話は別だとも、彼はいった。
つまり、ベノアガルドの守護に関しては、騎士隊も協力を惜しまない、ということだ。
騎士隊は元々、ベノアガルドに愛想を尽かしたわけではない。騎士隊は、“大破壊”以降の騎士団の有り様に失望し、決別したのであって、ベノアガルドそのものへの忠誠心を失ったつもりもなかったのだ。騎士団が――セツナの助力があったとはいえ――ベノアガルドの安定を取り戻したというのであれば、騎士団との関係を良くすることに躊躇はないようだった。
オズフェルトは、セツナを引き合いに出しながら、騎士団の今後の展望を語り、イズフェール騎士隊との間で協力関係を結ぶことができれば、これほど心強いことはない、といった。
ベノアガルドと騎士隊が手を結べば、しばらくは安泰だろうという考えがその場にいただれもが持っていたようだ。
セツナは、なぜ自分がそんな場に呼ばれたのかもよくわからないまま、オズフェルトとイズフェールの話し合いに耳を傾け、時折、シルヴィールの視線を感じたりした。
セツナが解放されたのは、騎士団と騎士隊の交渉が長引きそうになってからのことであり、副団長シド・ザン=ルーファウスの機転によるものだった。
シドに促されるまま会議室を出たセツナは、レム、フロードと合流し、フロードに案内されるまま騎士団本部本館の屋上に向かった。風に当たって気分転換したいというセツナの要望にフロードが導き出した結論がそれだったのだ。
本部本館は三階建の建物で、屋上からはベノア市街を一望することができた。その一望する市街地がお祭り騒ぎ一色なのがなんとも平和で、それがどうしようもなく嬉しかった。名誉騎士として授与されることへの喜びよりも、ベノアのひとびとが少しでもこのお祭り騒ぎを楽しむことができることのほうが、セツナにとっては重要だったのだ。
晴れ渡った空の下、吹き抜ける風は穏やかで、疲れた心に心地いい。




