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第千七百七十五話 絆(三)


「だから、早急にここを立ち去るべきだ、と?」

 オズフェルトの目が、優しく思えた。

 新・騎士団本部には、いくつかの会議室がある。騎士団が規模が大きな組織だからであり、かつては無数の下部組織が存在したからでもあるという。それら下部組織は、革命後、騎士団の理念に賛同するものはすべて、騎士団に吸収された。騎士ですらなかったものたちは。順次、騎士に格上げされたといい、多くのものが喜んだという逸話もあったりするらしい。

 セツナたちのいる会議室は、騎士団幹部のみが使用を許された中央会議室であり、革命以前の腐敗の象徴とでもいうべき豪華な机や椅子、調度品の数々がそのまま使われていた。政治腐敗の残り香ともいえるそれらが廃棄処分されていないのは、騎士団本部が即座に城に移されたからであり、この施設がイズフェール騎士隊の預かりとなったからだという。

 イズフェール騎士隊にしてみれば、腐敗の象徴であれなんであれ、使えるものを処分するのは資源の無駄だという考えが働いたとのことだが、オズフェルトたちも同じ考えらしかった。

 会議室には、セツナとオズフェルトのほか、副団長シド・ザン=ルーファウス、騎士団幹部ルヴェリス・ザン=フィンライトがおり、セツナの背後にレムが控えている。彼女が席につかないのは、立場上のことだ。無論、オズフェルトたちはレムにも着席を求めたし、セツナもそうするよう促したが、彼女が聞き入れなかった。彼女の中での従僕として立ち位置があるのだ。無理強いはしなかった。

「ええ……まあ、そういうことです」

 セツナは、オズフェルトの反応に温かいものを感じながら、うなずいた。元より、問題が解決次第、ベノアガルドを離れるつもりではいたのだ。ネア・ベノアガルドの件が解決に近づき、騎士団からもお墨付きが出た以上、ベノアガルドに留まっている理由もない。

 リョハンを目指さなければならない。

 ファリアたちがそこにいるのだ。

 オズフェルトは、シド、ルヴェリスと顔を見合わせ、それからセツナに視線を戻した。

「セツナ殿の仰りたいことはよく理解できますし、そういった配慮には感謝の言葉しかありません。しかし、わたしたち騎士団の考えは違います」

「え……?」

「もちろん、セツナ殿、レム殿に今後も協力して頂こうというつもりでもありません。ネア・ベノアガルドはすぐには動き出せないでしょうし、たとえ動けるようになったとして、現状の騎士団に敵う戦力を整えるまでには相当な時間が必要です。となれば、ベノアガルドはこれから数年は安泰でしょう。イズフェール騎士隊とは、交渉の余地があります。また、他国との連携を深めていくつもりでもあります。お二方への協力要請は、ベノアガルドの問題が片付くまでのもの。半ば片付いた以上、無理に引き止めようとは想いません」

 オズフェルトの声は、穏やかで、柔らかい。聞いているだけで、なんだか泣きたくなってくるほどに優しい。声だけでない。その後に続く言葉も、想像していた反応とまったく異なるものであり、セツナは、驚くほかなかった。

「しかし、それはそれとして、騎士団があなたがたおふたりをアシュトラに狙われているからという理由で追放することもない。あなたがたがここにいるという理由でアシュトラが現れたのであれば、我々は率先してあなたがたに協力することを誓いましょう」

「オズフェルトさん……」

「アシュトラは元々、ハルベルトを操り、ベノアガルドを混乱に陥れることに楽しみを見出していたのでしょう。この度、アシュトラがベノアガルドから去ったのは、セツナ殿の活躍のおかげ。そのためにセツナ殿が狙われることになったからといって、これを追い出そうというのはあまりにも理不尽であり、あまりにも恩知らずな行いというほかない」

 オズフェルトが語る間、シドもルヴェリスも、穏やかな微笑を絶やさなかった。ふたりとも、オズフェルトに異論がないという反応だった。

「セツナ殿が我々に恩返しとして協力してくださったように、我々も、ベノアガルドを混迷から救ってくださったあなたがたへの恩返しをする心積もりです」

 オズフェルトの言葉にセツナははっとした。恩返し。その一言ほど重いものは、ない。

「セツナ殿、レム殿、この度のこと、ベノアガルド国民一同になりかわり、心の底から感謝させて頂きたい」

 そういって彼が席から立ち上がると、シド、ルヴェリスもそれに習った。そして、セツナとレムに向かって深々と頭を下げてきたので、セツナは素直に感動を覚えたものだ。どう反応していいのかわからないほどであり、しばらく戸惑っていた。それはレムも同じだ。彼女も、オズフェルトたちの対応に感動したのだ。

 そのことは、会議が終わった後、こっそりと聞いた。

 会議は、その後も少しだけ、続いている。


 続けられた会議の内容というのは、この後、セツナたちはどうするか、ということだ。

 無論、ベノアガルドを離れるというセツナたちの行動方針に異論を唱えるものではない。むしろ、どうやってベノアガルドからリョハンに向かうのかと、オズフェルトたちが真剣に頭を悩ませてくれたのだ。

 ベノアガルドは、彼らがベノア島と呼称する島の北端に位置している。ベノア島内には、マルディア、シルビナ、グランドール、エノン、セムルヌス、ベルクール、エトセアといった国々が存在している。当然、島内にリョハンはない。リョハンの存在するヴァシュタリア共同体勢力圏は、海を隔てた遥か彼方にあるはずとのことであり、リョハンに向かうためには海を渡る手立てが必要だった。つまり、船だ。しかも、海洋を渡る船が必要であり、そんなものはベノアガルドどころか、ベノア島内のあらゆる国が持ち合わせていないだろうとのことだ。

 ベノア島は、元々大陸小国家群の一部に過ぎなかった。“大破壊”によって外周を海で覆われることになったとはいえ、元は内陸地なのだ。川や湖といった水源こそ存在し、川を移動するための船ならばいくつも作られているが、そんなものでどれほど広いかもわからない海に向かって漕ぎ出すことなどできるわけもない。

「船がないなら、空を渡るとか?」

 ルヴェリスが何気なく発した一言にオズフェルトが思い出したように表情を明るくした。

「そういえば、セツナ殿は空を飛ぶこともできるようでしたね」

「ええ、まあ……」

 メイルオブドーターは、蝶の翅を生やすことで、一端の飛行能力を得ることができる。シルフィードフェザーやメイルケルビムほどの飛行速度、柔軟性はないものの、戦闘補助としては十分過ぎるほどの性能を持っているといっていい。これにより、セツナの戦闘の幅が広がったのは間違いなかった。

「それならば、わたくしを背負って飛んでいけばよろしいのでは?」

「無理だろ」

「即答でございますの」

「陸地までの間隔が短ければそれも可能かもしれませんが……」

「それならば、ベノアガルドが用意できる船でも問題なさそうですしね」

「リョハンまで……いや、つぎの陸地までどれだけの距離があるのかわからない以上、安易に飛び出せば、途中で力尽きるなんてことになりかねませんし」

 メイルオブドーターで飛び続けるということは、精神力を消耗し続けるということだ。数時間程度ならばいざしらず、数十時間も飛び続けるとなれば話は別だ。力尽き、海に落ちるだろう。そうなればもうどうしようもない。精神力が尽きるということは、体力も失われているのだ。海の藻屑と消えるしかなくなる。というよりも、落下の衝撃で死ぬのではないか。

「やはり、船を用意するしかないわね」

「フィンライト卿、なにか考えでもあるのかね?」

「ないけど、でも、ここで考えていても仕方がないでしょう? 埒が明かないわ」

「それはそうですが……しかし、考えもなしに日々を過ごしても同じでしょう」

「だから、他国に当たってみるのよ」

「他国に?」

「ベノアガルドは色々問題を抱えていたこともあって外海に興味を抱こうともしなかったけれど、ほかの国はそうでもないかもしれないでしょう?」

「なるほど」

 シドが合点がいったらしく、大きく頷いた。

「海用の船を建設している国があるかもしれない、ということですか」

「そういうこと」

 ルヴェリスがにこにこする。

 ベノア島には、いくつもの国がある。“大破壊”後、どの国も混乱状態に陥っただろうが、それから二年以上が経過したいま、多くの国は立ち直ったり、新たな混乱に直面していたりする。それら国々の中で、外海に興味を抱いた国があったとしても、確かに不思議ではない。エトセアのように国土を切り離された国ならなおさらだ。

「しかし、そんな国があったとして、どうするんです?」

「まずは交渉。それだだめならそのときのことよ」

 セツナの疑問に対し、ルヴェリスは片目を瞑ってきた。

「ま、海船を建造している国がなければ、交渉さえしようもないけれど」

「その場合は、ベノアガルドで作るしかないでしょう」

「ふむ……各国に問い合わせる間に建造を進めるのも悪くはないな」

 オズフェルトは、ルヴェリス、シドの話から、そんな風に切り出した。

「いずれ船が必要になるときがくるかもしれない。いまのうちに準備をしておくのも、決して悪い話ではあるまい?」

「異論はありませんよ。セツナ殿への恩返しにもなりますし」

「そうね。徹底的に恩を返させてもらいましょう」

「みなさん……」

「ああ、礼には及びませんよ。これは、我々からの感謝の気持ちです。ただ、受け取っていただきたい」

 オズフェルトの言葉にセツナはただ感極まった。

「ネア・ベノアガルドの問題が解決したことは、ただそれだけでも国を挙げて感謝してもしたりないほどのこと。これくらいのことをしなければ、国民から猛反発を受けかねない」

 彼は、苦笑交じりにいった。

「騎士団は、国民の支えがあってこそ成立しているといってもいいのですからね」

 無論、それは建前上のことであり、本音では、オズフェルトたちからセツナとレムへの感謝の気持ちでいっぱいのようだった。その想いは、言葉だけでなく、態度、表情からも伝わってくるのだ。真心というべきものだろうか。心の底から暖かくなるような気持ち。

 セツナは、騎士団への感謝の気持ちを新たにするとともに、いずれまた、恩返しをしなければならないと想った。

 恩返しに恩返しを重ねていくことになるが、それでいいのだろう。それが人間の繋がりとなり、絆となっていく。

 絆は、力となる。

『おまえは、絆を結べ』

 アズマリアの言葉が脳裏を過る。

『ひととひとを繋ぐ見えない糸――絆こそ、おまえの力となり、イルス・ヴァレを救う力となりうる』

 地獄で聞いた魔人の言葉は、そのときこそよくわからなかったが、いま、心で理解できた気がした。騎士団幹部たちとの結びつきがセツナに大きな力を与えてくれているような、そんな感覚があったのだ。ただの錯覚かもしれない。気のせいかもしれない。思い込みかもしれない。しかし、セツナはそれでもいいと想った。

 たとえただの幻想であったとしても、感じた絆は嘘ではない。

 感じたものが嘘ならば、この世のすべてが嘘になる。

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