第千七百七十話 亡き王家のための葬送曲(二十三)
始まりは、“大破壊”だった。
“大破壊”と呼ばれることになる未曾有の大災害は、ワーグラーン大陸をばらばらにし、ベノアガルドは小さな島の一角を担う国となった。それだけではない。大陸をばらばらに引き裂いた膨大な破壊の力は、ベノアガルドの国土も切り刻み、各所に甚大な被害をもたらしたのだ。ベノアも例外ではなかった。天変地異がベノアをでたらめに破壊し、数え切れないほどの死者が出た。
ハルベルトは、そんな現実を目の当たりにして、己の、騎士団の無力さを思い知り、打ちのめされたのだという。
騎士団がなんのために存在するのかを考え直したとき、彼のように失望し、絶望感に苛まれるのはわからぬ話ではない。シド自身、“大破壊”によって蹂躙され尽くしたベノアを目の当たりにしたとき、己の無力さを痛感したものだし、なんのための騎士団かと嘆いたものだ。ただ、そこで絶望しきらなかったのが、シドとハルベルトの違いなのだろう。
ハルベルトは、騎士団にすべてを託していた。
彼は、ベノアガルド王家の人間だ。革命直前まで、王子として、次期王位継承者として在った。ベノアガルドを蝕む政治腐敗を嘆き、改革を希望していた彼は、騎士団の革命によって王家が滅ぼされる運命を受け入れていた。しかし、フェイルリングの一存によって生かされた彼は、騎士団に入ることで、革命の行方を見定めようとしたのだろう。
革命によって親類縁者を尽く失った彼にとっての騎士団とは、王家に成り代わり、ベノアガルトを守護し、正しく導く存在でなければならなかった。それまで王家が為していたことのすべてを騎士団が責任を持って負わなければならない。でなければ、騎士団の大義は失われ、王家が滅ぼされた意味も無に帰す。故に彼は騎士団にあって、その未来を見届けようとした。
ハルベルトは、常に微笑みを絶やさぬ貴公子であったが、その心の奥底には、およそ他人に理解できない複雑な感情が渦巻いていたのだ。
そんなハルベルトが騎士団の有り様を受け入れ、騎士団騎士としての在り方に誇りを持つようになったのは、騎士団がベノアガルドのために全霊を尽くしており、その理念が利己的なものではないということがわかっていってからのことのようだった。
シヴュラとの出逢いも、きっと、大きい。
シヴュラ・ザン=スオールという飾ることのない騎士は、家族を失ったばかりのハルベルトの心の支えとなり、彼に騎士道を開眼させるきっかけとなったに違いないのだ。ハルベルトがシヴュラの話となると微笑みを浮かべ、また、深い後悔に苛まれることからもよくわかる。シヴュラを失う結果になってしまったことを、彼は限りなく悔いていた。
ともかく、ハルベルトにとっての騎士団とは、第一に王家の後任としてのベノアガルドの統治者であり、政府であり、守護者だったのだ。
そんなハルベルトにしてみれば、“大破壊”を防ぐこともできなければ、ベノアガルドを守れることさえできない騎士団の存在など容認できないという考えに至るのも、理解できないではない。ミヴューラ率いる六名の神卓騎士が命を賭して聖皇復活を防いだのは、彼自身、魂で感じ取ったはずだ。しかしそれでも“大破壊”が起きた。なにもかもが破壊の波に飲まれ、失われていく光景を目の当たりにしたとき、彼が騎士団への絶望感に苛まれたのは想像に難くない。
とはいえ、彼は即座に騎士団を離反したわけではない。
一月あまりの期間、彼は騎士団騎士として、騎士団幹部としての役割を必死で果たそうとした。騎士団騎士として為すべきことを為してこそ、という想いがあったのだろうし、騎士団への失望よりもまずはベノアガルドのひとびとを救済することにこそ、騎士としての矜持があったのだろう。だが、それもいつまでも続かなかった。
彼は、声を聞いたのだという。
「父の……声でした」
ハルベルトは、遠くを見遣りながら、いった。
「いまは亡き父が、わたくしに語りかけてきたんです。このままでいいのか、と。このまま、力なき騎士団にベノアガルドを任せて、本当にいいのか、と」
騎士団は、革命によってベノアガルドを立ち直らせた。それは事実として認めよう。しかし、王家に成り代わり、国を統治運営するのであれば、国土を守り、国民を護らなければならないはずだ。現状は、どうか。数多くの民が死に、国土も酷い有様だ。これでは、国を任せるに値しないのではないか。やはり、ベノアガルドには、国民の頂点に立つ存在として、指導者としての王が必要なのではないか。
声は、毎日のように彼に囁き、彼の心を暗い闇に沈めていったという。
「いつしか、父だけでなく、母や姉、妹の声も聞こえるようになりました。いまにして思えば、あれらはすべて、アシュトラが見せた幻だったのでしょうね」
「ただの幻ではなかったようだが」
「ええ……実体はありましたね。確かに」
彼は、力なく笑った。笑わずにはいられなかったのだろう。みずからを冷笑するしか、現状を受け止める方法がなかったのかもしれない。彼の決意も覚悟も、なにもかも神が作劇した茶番だった。
「だから、余計にわたくしは混乱し、現実と幻想の区別がつかなくなったのでしょう。いつからか、わたくしは、王家の再興こそ、このベノアガルドを窮状から救う唯一の手段だと想いこむようになってしまった。そんなことあるわけがないのに」
ハルベルトの吐き捨てるような一言は、彼自身が政治腐敗の根源にベノアガルド王家があったという事実を認識しているからこそのものだろう。
「ベノアガルド王家が再興したところで、また腐敗政治が始まるだけのことでしょう。わたくしについてきたものたちは、政治腐敗のおこぼれに預かっていた連中がほとんど。騎士連中も、そうでしょう。革命以降のベノアガルドに不満を持たないものがわたくしの離反を支持する理由がない」
事実、救世の騎士団としての誇りを持つ騎士たちは、騎士団から離反することなく、オズフェルト・ザン=ウォード団長の下、ひとつに纏まっていた。ハルベルト、イズフェール騎士隊、マルカール=タルバーといった離反者が出たあとも騎士団に残っているものたちは、現在の理念に共感し、命を賭けることになんら不満を抱いていないものたちといっていい。
皮肉なことに、騎士団は様々な離反を経て、真に一枚岩となったのだ。
「仮にネア・ベノアガルドが成立したとして、わたくしは傀儡の王とならざるを得なかったでしょうね。いや、そもそも最初から神の傀儡に過ぎなかったわけですが……」
神の傀儡でなければ、ハルベルトが騎士団を離反することなど、ありえない。
そのことは、彼の発言を照らし合わせてもよくわかることだ。もしアシュトラが彼に囁きかけなければ、彼は、騎士団の無力さに失望しながらも、己の非力さに苦悩しながらも、騎士団騎士としての誇りを胸に戦い続けたに違いないのだ。なんの理由もなく騎士団を裏切るような薄情な人間であれば、シドたちも彼を心から信頼し、敬愛したりしないものだ。それくらい見抜く力は、シドたちにもある。
「でも、良かった」
ハルベルトは、肺に溜まったわずかばかりの空気を吐き出すようなか細さで、告げた。
「わたくしの、アシュトラのくだらない茶番を終わらせることができて、本当に良かった……」
「ああ」
シドは、うなずくしかなかった。ほかにいう言葉が見当たらない。くだらない茶番と彼はいう。アシュトラ自身がいったことだ。茶番。そのために失われた命は、どれほどあるのか。シヴュラも、数多くの元騎士も、騎士以外の人間も、この茶番のために死んだ。そんな茶番などあってたまるものか、という思いと、茶番という以外に相応しい言葉もないという事実が、シドに複雑な感情を抱かせた。
確かに、終わった。
ハルベルトは、死ぬ。
ハルベルトを擁することで存在意義を持っていたネア・ベノアガルドは、終焉へと向かうだろう。王家の血筋は存在しなくなった。アシュトラがネア・ベノアガルドを利用するという可能性もなくはないが、可能性としては限りなく低いとセツナは見ている。アシュトラは、セツナと黒き矛に執着しているようなのだ。セツナを倒し、黒き矛を手に入れるためならばなんでもするかもしれないが、そのためにネア・ベノアガルドが利用されるとは考えがたい。少なからず関係のあるベノアガルドならばまだしも、ネア・ベノアガルドではセツナを誘き寄せることもできないだろう。
ネア・ベノアガルドの支持者は、ハルベルトがいったようにベノアガルド王家の再興による恩恵に預かりたいというものが大半を占めているに違いなかった。ベノアガルド王家が再興し、ベノアガルド王家による政治が始まれば、革命以前のような日々が訪れるものだと期待したものたちばかりが、彼の下に集い、彼の手駒となったのだ。
皮肉なものだと思わざるをえない。
ハルベルトの離反が、騎士団による革命を数年越しに完璧に近いものへと昇華したのだ。
それは即ち、政治腐敗の恩恵に預かり、ベノアガルドを蝕んでいたものたちは、騎士団の革命以降も、再び日の目を見るときを待ち、ベノアガルドの影に身を潜めていたということでもある。それらがハルベルトの騎士団からの離反および王家再興というお題目に引き寄せられ、ベノアガルドから去っていった。その事実は、ベノアガルドをより透明な国へと変えていく力となるだろうが、それもまずは復興が先となる。ネア・ベノアガルドとの対立が復興に全力を入れることを躊躇わせていたが、ネア・ベノアガルドがおそるるに足らない存在となった以上、これからは復興に力を入れることができるだろう。
“大破壊”以降、ベノアガルドを苛んでいた事態のひとつが、終息しようとしている。
「しかし、わたくしはなんという過ちを犯してしまったのでしょう。これでは、フェイルリング団長閣下や皆さんに顔向けできない……」
ハルベルトは、みずからの死が迫っていることを認識したのだろう。突如として、そのようなことをいい出した。彼の魂が、命の力が弱り始めていることは、シド自身、強く感じていることではある。これが、十三騎士を結ぶ魂の絆の辛いところだ。死とは無縁な状態ならば、その生命力の猛々しいとさえいえる輝きに頼もしささえ覚えることができるが、生命力が低下し、死が迫ってくると、その弱々しさを身近に感じざるを得なくなる。そしてそれを感じているものたちには、どうしようもない。救力によってできるのは、自身の傷の回復くらいのものであり、他人に分け与え、傷を癒やしたり、生命力を復活させるようなことはできない。ハルベルトの著しい生命力の低下は、真躯を用いた救力の激突によるものであり、力を使い切ったことも大きいのだ。もはや、彼の死の運命を止める手立てはない。
ミヴューラがこの場にいればそれも防げたかもしれない。十三騎士は、ミヴューラの加護によってこの膨大な救力を扱うことができる。ミヴューラならば、失った生命力を取り戻させることもできるのではないか。そんな想像も、ミヴューラの所在が不明ないま、なんの意味もないのだが。
ハルベルトは、虚空を視ていた。シドを見つめることにも飽いたのか、それとも、見つめていられなくなったのか。後者だろう。ハルベルトの性格を考えれば、それ以外ありえない。
「いえ……地獄に堕ちるのはわたくしだけならば、なんの問題もないか」
「なにをいうかと思えば、そのようなことか」
シドは、ハルベルトの目を見つめながら、静かに告げた。ハルベルトの優しすぎる性格ならば、そのような答えに至るのも無理のないことだが、そんなことはありえないと伝えなければならない。ハルベルトだけが地獄に堕ちるなど、ありえないことだ。
「心配するまでもないことだ。我々騎士団騎士は、皆、地獄に堕ちる」
「シドさん……」
「救済を掲げ、救世を理念とする我ら騎士団は、必ずしも正義の組織ではない。目的のためならばどのような犠牲も厭わない我々が、天国になどいけるわけもない。散々人を殺してきたのだ。逝く先は、地獄に決まっている」
シドは、ハルベルトの手に触れた。青ざめ、体温さえ低下し始めた手は冷たく、生きているものの体とはとても思えなかった。ハルベルトは、既に死へと向かい始めている。時間が迫っているのだ。地獄へ堕ちる刻限が。
「フェイルリング団長閣下も、きっと、地獄で君を待っている」
「ふふ……」
ハルベルトが力なく笑った。
「こういうとき、普通は天国に逝けると励ますものじゃないんですかね?」
それは確かに彼のいうとおりではあったが、シドは、微笑みながら言い返した。
「そんな戯言になんの意味がある」
「ええ。まったく、そのとおりですね」
彼は、ゆっくりと息を吐いた。そのまま魂が抜け出てしまうのではないかという心配は、彼が微笑んだことで安心へと変わる。
「おかげで、少しは安心できました」
「地獄に堕ちるのが安心なのか?」
などといいながら話に加わってきたのは、ベインだ。振り向くと、音もなく扉を開けた彼が、その大きな体を扉にもたれかけるようにして、ハルベルトを見やっていた。ハルベルトに対して怒り狂っていたベインの姿は、そこにはない。あるのは、同僚であり、騎士としての後輩に当たるハルベルトを見守る良き先輩としてのベインの姿だ。ハルベルトに死が迫っているという事実を知っているからこそ、彼はそんな穏やかな表情を浮かべているのだろう。これがもし、ハルベルトが元気なままであれば、厳しく叱責し、反省を促したのかもしれないが、死にゆくものに対しては情け深いのがベインだ。
「ベインさん」
ハルベルトが少しばかり驚いたような顔をして、すぐに喜びの表情を浮かべた。ハルベルトは、心優しい青年であり、人懐っこい性格でもある。シヴュラだけではなく、シドやベインに対しても、心を開き、懐いてくれていた。だからこそ、シドたちは、ハルベルトが騎士団を離反したことに衝撃を隠せなかったし、しばらくはハルベルトの話題にさえ触れたくなかったものだ。いまではそれがアシュトラがハルベルトの心を傷つけるためのものであるということがわかっているものの、当時は、ハルベルトが本心から騎士団と決別したものだと想わざるを得なかったからだ。ベインも、深く傷ついていたようだ。彼は、ハルベルトを弟のように可愛がっていた。
ベインは、室内に入ってくると、寝台横の椅子に無造作に腰を下ろした。そして、ハルベルトの顔を覗き込みながら、告げる。
「間に合ったな」
「はい」
うなずくハルベルトは、嬉しそうな表情を隠さなかった。ハルベルトは同僚である十三騎士のだれひとりとして嫌っていなかった。そしてそんなハルベルトだからこそ、孤高のひとたるドレイク・ザン=エーテリアや、オズフェルトにのみ心を開いていたテリウス・ザン=ケイルーンも笑顔を覗かせることがあったのだろう。ハルベルトの存在は、使命に命を燃やす騎士団の潤滑剤といっても過言ではなかったのだ。
「俺達も、いつかは地獄に堕ちる。必ずな」
ベインが、力強くいった。シドの言葉を受けて、だろう。
「そのときは、先輩として地獄を案内してくれや」
「はい……約束しますよ」
「愉しみだ」
「わたくしも……ベインさんに先輩面ができる日を楽しみにしていましょう」
そういって、彼はほくそ笑んだ。ベインが微妙な表情をしたのは、先輩風を吹かせるハルベルトなど想像もつかなかったからに違いない。
「ですが、すぐにおいかけてこないでくださいよ」
「ああ。わかってる」
「生きて生きて生きて、生き抜いてから、逝くさ」
ベインが、にかっと笑った。
戦い抜いて、ではなく、生き抜いて。
ベインらしくない言い回しに思えたが、それがいまのベインの考え方なのだろうと受け止められた。“大破壊”によって多くの命が奪われ、散っていったいま、生き抜くことのほうが戦い抜くことよりも難しく、重要なことだ。“大破壊”は、ベインの家族を奪い去っている。
ベインの家族だけではない。
様々なものが奪われた。
十三騎士の絆すら、“大破壊”によって奪われたといってもいいのではないか。
シドは、胸に疼く痛みに目を細めた。そして、思い出す。
「……そうだ」
「はい?」
「ハルベルト。シヴュラさんは、最後まで君のことを案じていた」
「……シヴュラさんが――」
彼には想いも依らぬ言葉だったのだろう。目を見開いたまま絶句した。
「君の真意、君の心の奥底に眠る想いに気づいてやれなかったこと、気付き、導いてやれなかったことを深く悔いていた」
ハルベルトのことを救ってやってほしい。
今際の際、シヴュラがシドに遺した想いは、いまも彼の心の中にある。それをどうやって実現するのか、それだけがシドの頭を悩ませていた。シヴュラとの決戦で力を使い果たした自分にどうやってハルベルトを救うことができるのか。ハルベルトの戦いを終わらせることもできなければ、ハルベルトの魂を救うことなど、できるわけがない。そう考えざるを得なかったからだ。
だが、戦うことだけが救いではないという当たり前の事実に思い至れば、話は早かった。
シドは、ハルベルトにシヴュラの最期がどのようなものであったかを伝えた。彼がどれだけハルベルトのことを想い、心配していたか。彼だどれほどの想いでハルベルトの元に降り、最後の戦いに挑んだのか。シドが知りうる限りのことを伝えたのだ。
ハルベルトは、なにもいわず、ただ、シドの語る言葉に耳を傾けていた。言葉などでなかったのだろう。思いつかなかったのだろう。ハルベルトのいまにも泣き出しそうな表情だけで、彼の心中に渦巻く感情がわかる。深い悲しみや後悔があり、シヴュラへの懺悔もあっただろう。
「わたくしは……わたしは……」
ハルベルトの声が震え、涙で濡れていた。
「シヴュラさんに感謝してもしきれないほどなのに……なんで、どうして……!」
彼にとってのシヴュラがどれほど偉大で重要な存在なのかは、彼のその反応を見れば一目瞭然だった。彼が騎士団に入ってからというもの、常にシヴュラについて回っていた。シヴュラが彼の教育係だったからではあるが、同時に、ハルベルトがシヴュラを気に入り、すぐに心を許したからというのもあるだろう。まるで親子のようだ、というのがシヴュラとハルベルトの関係を見たものたちの感想であり、そういう言葉を聞くと、シヴュラは苦い顔を、ハルベルトは嬉しそうにしたものだ。
それだけにハルベルトにとってシヴュラを死なせてしまったことは、なによりも痛恨だっただろう。だからこそ、伝えなければならかったのだ。でなければ、彼はシヴュラへの後悔だけを抱いたまま、死ぬことになる。それではあまりに悲しすぎる。
それでは、救いがなさ過ぎる。
「きっと、彼も地獄で待っているはずだ」
「謝るなら、本人に直接いえや」
「はい……!」
ハルベルトは、力強くうなずいた。そして、静かに告げてくるのだ。
「シドさん、ベインさん……後のことは、よろしくお願い致します。わたくしは、地獄より、皆様の御無事と御多幸を祈っています」
彼は、そういうと、天井を仰いだ。瞳から急速に生気が失われていくのがわかる。
「ああ……声が聞こえる――」
だれの声が聞こえたというのか。
ハルベルトは、そんな疑問だけを残して、この世を去った。
シドとベインは、しばらく、彼の亡骸を見守り続けた。
またひとり、魂の絆で結ばれた同胞がいなくなったという事実を胸に抱えながら。