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第千七百六十七話 亡き王家のための葬送曲(二十)


 神とは、この世界に存在する生物とは本質の異なる存在だ。

 生物とはいい難いものであり、本来であれば知覚することさえできない高次の存在といってもいい。

 しかし、聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンの召喚に応じた神々は、この世界に順応したがために人間にも知覚できる存在となり、本来の在るべき次元よりも低い次元に降り立ってしまった。落とされたといい変えてもいいだろう。しかし、召喚に応じるとは、召喚者の世界の法理に合わせるということであり、イルズ・ヴァレの法理に合わせた存在に成り果てるのは致し方のないことだと、神々は考えていた。

 それでも、人間やその他、この世界に存在するありとあらゆる生物とは比較しようのない存在であることに違いはなく、通常、人間がどれだけの力をもっても――たとえ神と同じ程度の力をもってしても、傷つけることは不可能だった。

 次元が違うのだ。

 次元の異なる存在に干渉することなど不可能であり、傷つけることなど以ての外だ。

 それは神も同じで、本来であれば神が人間に干渉を持つことは不可能に近かった。故に神は受肉することで直接的に干渉するか、依代を用いることで間接的に干渉する。

 アシュトラの場合は、前者だ。

 神威を用いて肉体を作り、そこに己を宿させた。その上でハルベルトの父親であるアルベルト・レイ=ベノアガルドの外見に似せたのは、ハルベルトを操るためにほかならず、ハルベルトが用済みとなったいま、その必要はなくなった。

 つまるところ、アシュトラの肉体は、神の力――神威の結晶といってもいい代物だった。受肉しているとはいえ、神威の塊である神の肉体を傷つけることは不可能に近い。そして、仮に傷つけられるようなことがあったとしても瞬時に復元しうるのが、神の肉体だ。神威の塊なのだ。神威を集め、創造すればいい。目に見えない力を物質化することくらい、神には造作もない。

 神威の結晶である神の肉体が復元できないことがありえないことだということだ。

 そして、神が激痛に苛まれることもまた、ありえないことだった。

 アシュトラは、左腕を貫通していく痛みに思考が真っ白になるのを認めた。神々同士の戦いでさえ、このような目に遭ったことはなかった。そも、神々の戦いに決着はつかない。互いに決定打を持たないからだ。神は不滅の存在だ。ひとびとの祈りによって現出した神が、別の神によって滅ぼされることなどありえない。それはまた、人間が神を傷つけることができないという法理ともなっている。

(これは……どういうことだ……!?)

 左腕を突き抜けた激痛は、未だ腕の中でのたうち、暴れ回っていた。アシュトラの肉体には、痛覚など存在しない。しかし、凄まじい痛みが彼の左腕を苛み続けており、アシュトラはある決断に迫られた。それは、左腕を切断すること――。

《セツナ=カミヤ……!》

 アシュトラは、セツナを睨み据えながら、右手の小指に神威を収束させると、刃となし、左肩を切り裂いた。左腕を切り落とした瞬間、彼を苛んでいた痛みは消えてなくなったが、同時にとてつもない敗北感がアシュトラを襲った。セツナに負けている。たかが人間ごときにこのような判断を迫られるなど、受け入れられるものでもない。

《おまえは……おまえだけは許さん!》

「それはこっちの台詞だっつってんだろうが!」

 再び、矛が閃光を放つ。

 今度は、回避に成功するが、喜んでいる暇はなかった。切断した左腕を復元することができな駆ったからだ。右手の指と同じだ。まるで黒き矛に傷つけられた箇所が自分のものではなくなっているような感覚があった。アシュトラは、セツナが矛を振りかぶり、突っ込んでくるのを見て、神威を前方にばら撒いた。

(魔王の杖……!)

 アシュトラが放った神威の弾幕は、セツナの接近を阻むことには成功したものの、致命的な一撃を与えるどころか、傷つけることさえできないでいた。翅が彼を護っている。翅を生やす鎧は魔王の杖の眷属だ。魔王の杖と同質の力を発揮したとして、なんら不思議ではない。

“魔”は、唯一、神に対抗しうるもの。

 アシュトラは、セツナから遠ざかるのではなく、むしろ接近した。虚空を駆け抜け、肉薄する。至近距離に至り、再び神威の弾幕を張ると、さすがのセツナも後退せざるを得なかった。急加速してアシュトラと距離を取り、振り向きざまに光線を放ってくる。牽制の光線。かわし、無数の神威光線を発射する。対象へと自動的に誘導する神威光線は、虚空を白く染め上げながらセツナへと殺到する。が、セツナはそれらを矛を回転させることで弾き返しきった。一発一発が都市を消滅させるほどの力を持った光線だったが、黒き矛に弾かれた瞬間、力を失い、着弾地点に小さな爆発を起こしたのみとなった。

 アシュトラはますますセツナへの怒りを増幅させた。このままではセツナに追い詰められるだけではないのか。追い詰められ、滅ぼされるのではないか。

(なにを馬鹿な)

 彼は、胸中で愕然とする。自分がなにを考えているのかを理解した瞬間、憤怒がアシュトラのすべてを灼いた。ありえないことだ。神たる自分が人間如きに追い詰められることはおろか、滅ぼされるなど、ありえない。あってはならない。それはこの世の法理に反することだ。自然の掟を覆すことにほかならない。そんなことを許しては、この世のすべてが狂いかねない。

(いや……)

 アシュトラは、蝶の翅の力で飛び上がってくる人間を見据え。その手に持つ矛を認めて、考えを改めた。

(それが貴様の存在意義だったな、魔王の杖よ)

 故に、確保しなければならないのだ。

《だが、その前に……まずはおまえだ、セツナ=カミヤ!》

 アシュトラは、吼え、神威を解き放った。セツナに向かって神威の光弾を雨の如く放つと同時に神威光線を滝のように放散し、神威の壁を前面に展開する。その上で法理を書き換え、セツナの進行方向を逆転させる。上空のアシュトラを目指していたセツナがその瞬間、地上への降下を始めた。無論、瞬時に気づくようなことだ。だが、その一瞬で十分だった。光弾と光線の雨嵐がセツナの小さな体に殺到し、蹂躙し、神威の大爆発が起きる。大気が歪み、法理が狂うほどの破壊力が荒れ狂う。圧倒的な神の力による蹂躙は、小規模な“大破壊”といって差し支えがない。もちろん、比べるべくもないことではあるが、人間の身にとっては似たようなものだろう。体を千々に引き裂かれた上、細胞という細胞を粉々に打ち砕き、無へと還す。魂の次元への干渉により、転生することさえ許されなくなったのだ。

 破壊の余韻さえも消え失せて、彼は、ようやく安堵した。そして、その安堵を嘲笑う。馬鹿げたことだ。不安を抱くこともなければ、恐れを抱くこともなかった。

《所詮人間など、わたしに敵うはずもないのだ》

 次元が違うのだ。

 元より同じ次元で戦ってなどいなかった。アシュトラが傷つけられたのは、セツナが魔王の杖を手にしていたからにほかならない。その魔王の杖でさえ、すべての力を開放しきれていない以上、恐れるほどではない。右手と左腕の復元は不可能になったが、新たに肉体を作り直せば問題はあるまい。

 つまり、なんの問題もないということだ。

 アシュトラは、地上に落ちているであろう黒き矛を確保するべく、ゆっくりと降下した。セツナ以外、敵はいなかったのだ。警戒する必要もなかった。セツナの生命力は、あの瞬間、途絶えている。彼は死んだ。消滅した。

 ひとつ気になることがあるとすれば、彼の視界に魔王の杖が見当たらないということだが、先程の大規模破壊に飲まれ、どこかへ吹き飛ばされてしまったのかもしれない。

 そうしてアシュトラが地上に降り立つと、彼は、こちらを見やるものたちに気づき、苦笑した。シド・ザン=ルーファウス、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート、それにレムと呼ばれた女。彼ら如きでは、アシュトラが警戒するまでもなかった。たとえ不意の一撃を入れられたところで、傷つきさえしないだろう。それが救力と呼ばれるミヴューラの加護を得た一撃であっても、だ。

 畏れ、脅え、不安――そういった感情が彼らを含む一帯の人間たちから感じ取れた。そしてそれこそ、アシュトラにとってこの上ない愉悦であり、力となるのだ。セツナとのくだらない戦いによって消失したわずかな力も、ベノアガルドの人間たちが吐き出す負の感情で補いきれる。なんの問題もない。

《これが結末だ》

 アシュトラは、告げる。

《神たるわたしを多少でも傷つけることができたところで、結果はこうなるのだ。これが、神と人間の差だ。おまえたちがどれだけ足掻こうと、わたしを超えることなど不可能。ましてやわたしを斃すなどと、思い上がったことだ》

 それこそ、この世の絶対真理だ。 

 地を這う人間には、天に在る神に触れることさえできないのだ。

「へえ、そうなのか」

 不意に声が聞こえた瞬間、凄まじい痛みが彼の背を切り裂いていた。

「だったら俺はなんだ?」

 凄まじい痛みの中で振り向くと、魔王の杖を振り下ろしたままのセツナが悪辣な笑みを浮かべて、そこにいた。

「俺も、たかが人間だぜ」

 アシュトラは、吼えた。


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