表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1762/3726

第千七百六十一話 亡き王家のための葬送曲(十四)


 ベインは、目の前で起きた出来事に衝撃を受けていた。

 クラウンクラウンの変容のことだ。

 クラウンクラウンは、ハルベルト=ベノアガルドの真躯だ。救世神ミヴューラから授けられた力であり、救うための力。十三騎士のみが使用できる、救力の最終形態とでもいうべき代物。救力を武器に纏わせる幻装を、肉体と魂に施すものと言い換えてもいい。いわば、肉体・魂の幻装化であり、真躯の顕現は、魂の顕現といってもよかった。そして、真躯同士の戦いは、魂同士のぶつかりあいといっていい。真躯と真躯の戦いは、互いに魂を叩きつけあっているのだ。

 真躯は、神の力だ。究極的にいえば、本来は無敵の存在だ。人間には到底傷つけることなど不可能だったし、たとえ強力な召喚武装でもって傷つけたとしても、本体である騎士にはなんの実害もない。シドのオールラウンドが黒き矛のセツナに破壊され尽くした際、シドがまったくの無傷であり、精神になんの異常がなかったのもそのおかげだ。つまり、真躯は無敵なのだ。

 しかし、真躯同士の戦いとなると話は別だ。

 真躯の武器とは、神の力――救力なのだ。救力ならば、真躯を攻撃すると同時に相手の魂を攻撃することが可能だ。攻撃が強力であれば強力であるほど、そこに込められる救力も、当然、膨大なものとなる。真躯が破砕されるほどの攻撃となれば、魂への毀傷も凄まじいものとなる。ましてや、最大威力の一撃を叩きつけられたとあらば、再起不能となってもおかしくなはない。

 シヴュラがエクステンペストにオールラウンドの最大威力の攻撃を叩きつけられた結果、どうなったのかを思い出せば、わかるだろう。

 むき出しの魂に天変地異を起こすほどの救力を直撃させられれば、魂が消滅してもなんら不思議ではなかった。

 ベインがハルベルトのクラウンクラウンに叩きつけたハイパワードの攻撃は、まさにそれだ。シドのそれに匹敵する一撃だった。全生命力を燃やし、叩き込んだ攻撃。一撃必殺の威力をそこに込めた。実際、それだけでクラウンクラウンは上半身が消し飛び、動けなくなった。ハルベルトの魂への毀傷も、凄まじいものがあっただろう。

 それなのに、彼のクラウンクラウンは復元しただけでなく、さらに強化を施してみせたのだ。

 ありえないことだ。

 人間の魂がそこまでの力を持っているわけがない。いや、そもそも、真躯がさらに強化されることなどがありえない。真躯とは、それそのものが最大の力なのだ。それ以上は、ない。

(なにか別の力でも働いていない限りは……な)

 ベインは、嫌な予感がして、透かさず踏み込んだ。クラウンクラウンは、復元しただけで、動きを見せていなかった。攻撃を叩き込むならば、いまを於いてほかにはない。懐に潜り込み、残る力のすべてを込めて、拳を振り抜く。が。

「あなたの相手は、わたしじゃあありませんよ」

 ハイパワードの拳は空を切った。クラウンクラウンの姿が掻き消えたのだ。

(転移……!)

 ベインは、舌打ちする想いで、背後に出現した気配に向かって、振り向き様の一撃を叩き込もうとしたが、またしても感触がなかった。拳は、空を切り裂いている。気配は、またしても背後に出現し、すぐさま遠く離れた。見やる。絢爛豪華な外装を纏うクラウンクラウンは、まるで王者の風格を漂わせていた。その挙措動作に先程までなかった余裕が感じられた。連戦によって力尽きかけているベインに対し、真躯を再構築するだけでなく強化まで施した彼に余裕があるのは当然の話だ。なければ、強化などできまい。

 いや、余裕があったとしても、できるのは精々、真躯の再構築のみだ。先にもいったが、真躯の強化などありえない。クラウンクラウンの隠された能力ならばわからなくはないが、そんなわけがない。ハルベルトがハイパワードを前に出し惜しみなどするはずがないのだ。それほどの余裕が先の戦いにあったというのであれば話は別だが、それは断じてありえない。

「てめえ……!」

「あなたのお相手は、この方です」

 クラウンクラウンが左手を水平に掲げると、その先の虚空が歪んだ。ベインが身構えている間に歪んだ空間になにかが滲み出してくるようにして、それは出現する。彼は、愕然とするほかなかった。ハイパワード以上の巨躯を誇る真躯が、悠然と、その威容を月光下に表したのだ。

「そんな馬鹿な……!」

 思わず、叫ぶ。叫ばざるをえないし、そのまま言葉を失うしかなかった。

 それを見間違うことなど、ありえない話だ。十三騎士のだれもが知っているものであり、だれもが畏れ敬う存在だった。

 ワールドガーディアン。

 フェイルリング・ザン=クリュースの真躯であり、ミヴューラの加護を一身に受けた最強無敵の真躯だった。

 ただひたすらに巨大で威厳に満ち溢れた甲冑の如き真躯には、ベインといえど圧倒されざるを得ないし、見惚れるしかない。騎士団における最高戦力にして、真躯の中でも唯一最強の存在なのだ。それは、力だ。圧倒的かつ膨大な力そのものなのだ。ベインがただひたすら憧れ、身を焦がれるほどの想いで夢見る数少ない存在だった。そして、決して自分が手に入れることのできない力でもあった。フェイルリングほどの精神力がなければ制御しきれないということくらい、ベインにだってわかるのだ。ハイパワードの制御でさえ困難を極める。これ以上のものとなると、ベインでは手に負えないのは明白だった。ベインだけではない。フェイルリングを除くほかの十三騎士のだれも、ワールドガーディアンを制御することはできまい。

 では、いま目の前に顕現したワールドガーディアンは、どうなのか。

「本物……なのか」

「ええ、もちろん。寸分違わず、本物のワールドガーディアンですよ。そして」

 ハルベルトは、ワールドガーディアンを見遣りながら、告げてくる。クラウンクラウンがいくら派手に着飾ったところで、ワールドガーディアンの勇壮かつ絢爛たる姿に比べると、貧相に見えてしまうのは仕方がないだろう。ワールドガーディアンは、すべての真躯の頂点に立つ存在なのだ。ハイパワードもクラウンクラウンも比較のしようがない。

「駆るのは当然、フェイルリング団長閣下です」

 さらなる衝撃をもたらす一言とともにワールドガーディアンの兜、その奥に輝く双眸が金色の光を発すると、山のような巨躯が動き出した。それこそ、並の真躯ほどもある巨大な剣を携える騎神は、悠然たる歩みでハイパワードに迫ってくる。ベインは、ハルベルトから告げられた衝撃の事実を前にして、動くことさえできなかった。

 ワールドガーディアンが本物であり、フェイルリングが駆っているということが事実ならば、ベインに敵う相手ではなかった。いや、もちろん、勝てない相手だから動けないのではない。相手が自分より強ければ強いほど燃えるのがベインだ。ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートという男だ。子供の頃からそうだった。大の大人相手に奮起し、意識を失うほどの大怪我をしたこともある。敗北を恐れることなどありえない。

 畏れは、そこにはない。

 あるのは、ワールドガーディアンとフェイルリングそのひとへの畏敬の念だ。

 それだけではない。

“大破壊”とともに命を落とし、もう二度とその姿を見ることなどできないと想っていた人物が、いま、その魂の顕現としての真躯を見せているのだ。

 心が震えた。

「ベイン!」

 シドの絶叫は、ワールドガーディアンが極大剣を天高く掲げたことに対してのものだろう。ワールドガーディアンはそれほど動いてはいない。ベインとの距離をわずかに詰めた程度だ。まだ、剣の届く距離ではない。いかにワールドガーディアンの極大剣が巨大であっても、その刀身が届く範囲には限りがある。目測では、ワールドガーディアンの切っ先は、ハイパワードの遥か前方にしか届かない。だが、ワールドガーディアンが、フェイルリングが目測を誤るわけもない。

 届くのだろう。

 極大剣が、ではなく、ワールドガーディアンの救力を込めた斬撃ならば。

 離れた位置にいるハイパワードを両断することくらい、容易いことなのだ。きっと。

 ベインは、極大剣に収束する救力の莫大さに惚れ惚れする想いだった。動けないのではない。動かないのだ。ワールドガーディアンが繰り出す斬撃、その最後まで見届けたいという衝動に駆られた。極大の両手剣に収斂する救力が、さながら光の塔となって聳え立ていく。夜の闇を貫き、星空へと届かんばかりに伸びていく。そのまま振り下ろせば、それだけでハイパワードとストラ要塞を両断できるだろう。

「なにをしている! 避けろ!」

 ベインは、シドの絶叫によって、我に返った。そして、シドがなにを血迷ったのかとも想った。

(なにいってんだよ)

 避けろ、と、シドはいった。避ければどうなるかくらいわからないシドではあるまい。ベインが避ければ、ワールドガーディアンの光の剣は、ストラ要塞に叩きつけられるだろう。ストラ要塞は救力の奔流に飲まれ、消滅せざるを得まい。シドや多くの騎士、住人が死ぬ。

 そんなことは、ベインの騎士道が許さない。

「おおおおおおっ!」

 ベインは、咆哮とともに駆け出した。ワールドガーディアンの両目がこちらを見た。光の剣が完成したようだった。振り下ろさんとする。それよりも疾く、ハイパワードは飛ぶ。右籠手後部噴射口から救力を噴き出させて加速する。振り下ろされる光の剣の柄を握る両手を狙った一撃。ワールドガーディアン本体を狙っても意味がない。たとえ胴体を貫けたとしても、刃が要塞に落ちればそれで終わりだ。剣を振り抜かせてはならない。では、どうすればいいのか。簡単なことだ。剣を叩き落とせばいい。

(簡単なこと!)

 言い聞かせるようにしながら、彼は吼え続けた。残るすべての救力を解放していた。もう後はどうなってもよかった。たとえこの魂が燃え尽きようと、知ったことではない。後のことは、皆に任せればいいのだ。シドがいる。オズフェルトにルヴェリス、ロウファもいる。自分ひとりいなくなったところで、どうとでもなる。だが、シドは駄目だ。彼の代わりはいない。

(燃えろ、俺の魂……!)

 ハイパワードの拳は加速を続け、ついにワールドガーディアンの両手を捉えんとした。が。

「なっ――!?」

 彼は、思わず絶句した。

 拳が貫いたのは、なにもない虚空だった。

 ワールドガーディアンの姿が掻き消えたのだ。

 気配は遥か前方。

 見ると、ワールドガーディアンは振り下ろさんとしていた剣の軌道を大きく変化させている。垂直から、水平へ。横薙ぎの一閃。拳を振り抜いた状態のハイパワードだけを切り裂くためだけの斬撃。つまり、先程の振り下ろしは、ベインを誘い出すための罠――。

「はっ……」

 ベインは、笑った。

 己の迂闊さと、その迂闊さを引き出したフェイルリングの手腕には、もはやお手上げだった。

 光の極大剣が、迫り来る。凄まじい速度。避けきれるわけもない。力は使い切っていたし、いまさら軌道修正することはできない。救力による斬撃。当たれば真躯を両断されるだけではすまない。魂まで切り裂かれ、滅び去るしかない。

 だが、悪くない死に様だ。

 ベインが目標にした力に切り裂かれて死ぬというのであれば、それもいい。

 そして、閃光が視界を白く塗り潰した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ