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第千七百六十話 亡き王家のための葬送曲(十三)

 真躯と騎士、二体の巨人が激突した。

 凄まじい攻防だった。

 それこそ、天変地異が起きたのではないかと思えるほどの力のぶつかり合い。銀熊騎士が輝く剣で舞い踊れば、ハイパワードが片腕と足でそれに対応した。互いに目にも留まらぬほどの連続攻撃を繰り出し、相殺しあった。拳と剣が激突するたび、足と剣がぶつかり合うたび、力の爆発が起き、衝撃波が嵐の如く荒れ狂った。 

(ベイン……)

 シドは、亡者の群れを相手にしながら、長らくともに戦い抜いてきた友のことを想った。ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート。力だけを信奉する男の本質がなんであるかについて、シドは、ほかのだれよりも詳しく知っていると自負している。銀熊騎士バイルのいうように、本質は、優しい男だ。豪快で粗暴な面ばかり見られるが、彼の心の奥底には、どうしようもないほどの優しさがある。彼が救済を掲げる騎士団に入ったのは、その本質故だろうし、彼がシドの協力者となったのも、彼の優しさ故に違いない。

 その優しさをかなぐり捨てて、彼は、祖父の魂と激闘を繰り広げている。 

 真躯ハイパワードの猛然たる攻撃を受け止める銀熊騎士の力量は、クラウンクラウン以上に思えてならない。クラウンクラウンが近接戦闘向きの真躯でないとはいえ、バイルがなんらかの力で蘇り、巨大化しただけならばありえないことだ。

 真躯は、救世神ミヴューラの力なのだ。

 救世神ミヴューラによって与えられた力によって、シドたち十三騎士は救力を武装し、魂を顕現することができる。その力は神にこそ及ばないものの、並のドラゴンなど比較できないくらいの力を誇った。

 バイルが召喚武装の能力によって蘇った程度ならば、ベインの猛攻に耐えられるとは思えない。そもそも、蘇らせるだけならばまだしも、同時に巨大化させる能力を持つ召喚武装など、存在するものだろうか。それができるのであれば、シドたちが相手にしている亡者たちも巨大化させればいい。そうすればストラ要塞は瞬く間に落ちたはずだ。ハイパワードとセツナだけでは、この数の亡者が巨大化した場合、対処のしようがない。

 そうできない――あるいは、そうしない――理由があるのだろうが、それが召喚武装による制限とは考えにくかった。

 ハイパワードの全力に対抗しうる召喚武装など、黒き矛以外に存在するとは認めがたい。

「ベイン様、大丈夫でしょうか?」

「なんの心配もいりませんよ。彼は、だれより強くあろうとしている」

 レムが心配したのは、ベインとバイルのやり取りを聞いていたからにほかならない。ベインがバイルに心情を吐露した声も、バイルのベインへの言葉も、全部聞こえていた。シドとレムだけでなく、ストラ要塞で戦っている騎士たちだれもが、ベインの声を聞いてしまったのだ。ベインに対しての印象は、大きく変わることだろう。彼があそこまで繊細な心の持ち主であると、だれが知っていたのか。彼を盲信する部下たちでさえ、わかっていなかったのではないか。

「力があるからこそ、ひとを救うことができる。そのことを一番よく知っているのが、彼ですから」

 地をえぐり、上天へと駆け抜けるような斬撃を体を捌いてかわすと、ハイパワードの巨躯が一瞬、シドの視界から消えたかに見えた。それほどの速度で、銀熊騎士の懐へと滑り込む。さすがの銀熊騎士も対応できない。ハイパワードの右拳が強烈な光を発し、籠手背部噴射口が火を噴いた。

「たとえ心より敬愛する祖父が相手であっても、負けることはない」

 ハイパワードの右拳が銀熊騎士の脇腹を貫き、そのまま上体を突き抜けていく。爆発的な閃光が生じる。拳に込めた救力が、直撃によって炸裂したのだ。凄まじい爆発の連続。銀熊騎士の上半身が一瞬にして粉々に砕け散る。剣を捌いていたときとは比較しようのないほどの力が込められた一撃だった。

「見事……!」

 バイルの声は、それが最後だった。

 声を最後に、銀熊騎士の下半身も消えてなくなった。膨大な救力を叩きつけられたのだ。もし、銀熊騎士が真躯と同じような力で構築された存在であれば、消滅して当然だろう。

 ハイパワードは、拳を振り抜いた体勢のまま、しばらく立ち尽くしていた。

「見事だったよ、ベイン」

 シドは、ベインの勝利を見届けて、惜しみない賞賛の言葉を贈った。

 戦いは、これで終わる。そう想った。ハルベルトのクラウンクラウンが倒れ、つぎに現れた亡霊騎士も、ハイパワードによって打ち倒された。残すは地上の亡者だけだが、それも力を失い始めている。まるで銀熊騎士が亡者の力の源であったかのように、亡者の騎士たちも動かなくなっていっていたのだ。どういうことかはわからない。わからないが、ベインの勝利は決して無意味ではなかったということだ。

「ベイン様のおかげでございましょうか?」

 レムは、信じられないといった面持ちで、つぎつぎと倒れていく亡者たちを見ていた。

「そう信じたいな」

 シドは、友の魂の叫びがこの勝利を呼び寄せたのだと想いたかった。

 ハイパワードは、掲げていた拳をそのままに、天を仰いでいた。まるで、バイルの魂の行き先を見届けるかのように。そんな彼の心情を思えば、シドは、これで戦いが終わることを信じたかった。ネア・ベノアガルドと名乗ったハルベルト率いる軍勢との戦い。それが終われば、ベノアガルドはひとまず、安定するだろう。イズフェール騎士隊は、騎士団と事を構えたがっている様子はない。マルカール=タルバーは倒れた。

 ハルベルトは、死ぬ。

 王家再興を望むものたちの最後の希望が潰えることになる。それらが騎士団に戻ってくるとは思わないが、少なくとも、騎士団と敵対し続けることもあるまい。拠り所がなくなるのだ。敵対しようがない。

 ハルベルトのクラウンクラウンは、いまだ存在している。ハイパワードの最大威力の攻撃を叩き込まれ、上半身が吹き飛ばされながら、それでも存在していられるのは、それだけハルベルトの力が強大であり、少なくとも銀熊騎士以上だからにほかならない。でなければハルベルトの魂は、シドが滅ぼしたシヴュラの魂と同じ末路を辿っているはずだ。だが、ここまで真躯が破損している以上、彼の魂もただでは済まない。もはや再生不可能といっていい状態に違いなかった。

 彼は、死ぬ。

「終わりだな、ハルベルト」

 ベインが、告げた。ハイパワードは、掲げていた拳を元に戻すと、クラウンクラウンに向き直っていた。膝をついたまま動かないクラウンクラウンは、辛くも残っていう上体を、ハイパワードに向けている。

「てめえのすべて、ここで終わりだ」

「ええ……そうしてください」

 ハルベルトの憔悴しきった声は、彼が救力を消耗し尽くしていることの証明だった。ベインの声にも疲れが見える。クラウンクラウン、銀熊騎士との連戦が彼の膨大な救力を大いに削ったのだ。

「わたしにはなにがなんだか……」

「わからねえってか? これほどまでのことをしておいて、言うに事欠いてそれかよ」

「ベインさん」

「あん?」

 ベインの声が、少しばかり優しく聞こえた。彼にとっても、ハルベルトは可愛い弟分だったはずだ。これだけのことを仕出かした相手に対して見せるような反応では、決してなかった。そこにベインの本質が垣間見える。

「すみません」

「いまさら、謝るなよ」

「わたしは……」

「てめえは――」

 ベインがそこでなにをいおうとしたのかは、わからなかった。

 クラウンクラウンが突如として光に包まれ、ベインが言葉を飲み込まざるを得なかったからだ。

「な――!?」

 シドも、ベインと同じように息を呑んだ。

 ハルベルトは、救力を消耗し尽くしていた。クラウンクラウンを維持するので精一杯の状態だったはずだ。それなのに、クラウンクラウンが発する力は、とんでもないくらいに膨大であり、ハイパワードが思わず仰け反るほどの光量が真躯から発散されていた。

 クラウンクラウンは、光の中で復元を果たしていく。いや、復元などという生易しいものではない。強化再構築というべき次元の事象が、クラウンクラウンに起きていた。クラウンクラウンの外装がより大仰で華美なものへと作り変えられたのだ。

 クラウンクラウンを包み込んでいた光が消えると、再構築された全身には王冠のような外装と外套がさらに絢爛豪華なものとなって現れ、七条の光芒の如き光背がその輝かしい真躯を彩るかの如くだった。全身に多様な宝石が散りばめられたその姿からは、ハルベルトらしさは感じられない。だが、クラウンクラウンであるのは間違いなく、クランクラウンがハルベルトの真躯である以上、そこにいるのはハルベルトに違いなかった。

「ハルベルト……てめえ……」

 ベインが拳を握りしめ、構えるのも当然だ。

「余興は、ここまで」

 強化されたクラウンクラウンから響くのは、やはりハルベルトの声だった。

「これからが本番ですよ」

 それこそ、絶望というべきものかもしれなかった。

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