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第千七百五十六話 亡き王家のための葬送曲(九)

「滾れ、ハイパワード!」

 ベインが獰猛な咆哮とともに真躯を顕現させたのは、シドが亡者一掃を命じたからだろう。

 ベインの巨躯が救力の光に包まれたかと想うと、爆発的な速度で膨張し、真躯ハイパワードの巨体が実体化する。十三騎士の中でもっとも優れた体格を誇るベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートに相応しい、もっとも重量感のある真躯こそ、ハイパワードだ。分厚い多層構造の装甲と両腕を覆う巨大な籠手が特徴的であり、それと小さな光背により、彼がどこに力を入れているかが一目瞭然だった。つまり、殴ることがすべてであり、それ以外には興味が無いとでもいいたげな真躯なのだ。実際、格闘においてハイパワードの右に出る真躯はいないだろう。もっとも、真躯同士が交戦することなど、訓練でさえなかったことであり、シドとシヴュラの戦闘さえ、本来ならばありえないことだった。

 だが、ハルベルトが敵となり、シヴュラがハルベルトに与した可能性があった以上、いつかはこうなると覚悟していたことではある。

 ベインも、そうだろう。

「あれが、ベイン様の……」

「そう、あれベインの真躯ハイパワード。白兵においては最強といっても過言ではない」

「消し飛べやりゃああっ!」

 ベインは、ハイパワードの巨大な手甲によって亡者を殴りつけると、その肉体を跡形もなく消し飛ばしてみせた。が、しかし、亡者の肉体は瞬時に復元し、ハイパワードの前に姿を表す。ベインはすかさず二撃目を叩き込むと、さらに復元する亡者に向かって怒声を張り上げ、亡者を数体まとめて掴み上げた。なにをするのかと思えば、彼はその掴み上げた亡者たちを、要塞の外に向かって放り投げてみせる。亡者たちは、為す術もなく城壁を飛び越えていった。

「はっはー! これならどうだ!」

 ベインが勝ち誇るように叫ぶと、騎士たちからなんともいいようのない喝采の声が上がった。

「なるほど、復元するのであれば、倒さなければいい、ということでございますね」

「根本的な解決にはならないが……まあ、ほかに方法はないか」

「では、わたくしめもご助力させていただきます」

 いうが早いか、死神少女は、五体の“死神”たちそれぞれに亡者を抱えさせると、要塞の外に向かって走らせていった。亡者はもがき、“死神”を攻撃するが、“死神”は亡者同様、瞬く間に再生する。まさに不毛な戦いだ。そのまま要塞の外へと消えた“死神”たちは、レムの望むまま、亡者を戦場の外に投げ捨ててくるに違いない。

 シドはシドで、亡者を無力化するだけで精一杯だった。目の前では、ベインのハイパワードがつぎつぎと亡者を要塞外へ投擲している。攻撃が無意味ならば、攻撃せずにやり過ごす方法を考えるというのは、あながち悪い方法ではないのではないか。ベインにしては考えたやり方だと、シドが褒めようとしたそのときだった。

「それではなんの解決にならないでしょう?」

 シドの背後から、ハルベルト=ベノアガルドの声が聞こえた。振り向きざまに剣を薙ぐ。シドの斬撃は、しかし、虚空を薙いでいた。ハルベルトは、遥か先にいる。シドの斬撃を見越して、跳躍したのだろう。彼の奇術めいた能力を完全に捕捉することは、不可能に近い。

「容赦ない斬撃だ。さすがは騎士団副団長殿」

 ハルベルトの皮肉げな言葉は、実際のところ、素直な賞賛でしかなかった。それは彼が必ずしも変わっていないことを示すものではなかったが、シドは、ハルベルトという青年の好ましさを思い出してしまった。歯噛みする。ハルベルトは懐かしい笑みを浮かべていた。

「裏切り者は、許せませんか」

「当然のこと。いうまでもない」

 振り切るように告げると、彼は、またしても微笑んだ。シドの反応を見て、喜んでいる。それがシドには解せない。ハルベルトは騎士団の敵になったのではなかったのか。

「ハルベルト。どうやってここへ。ネア・ベノアガルドの軍勢とともにいたのではないのか」

「いましたよ。ですが、セツナ殿が来てしまわれたのでね」

 彼は、事も無げに行ってくる。要塞内の墓地周辺。亡者と格闘する騎士たちが突然の来訪者に騒然とする中、ハルベルトだけは何食わぬ顔をしている。それがいかにもハルベルト・ザン=ベノアガルドそのもので、シドは苦虫を噛み潰すしかない。

 ハルベルトは、どうあがいてもハルベルトだった。あのころのままの彼がそこにいるのだ。シヴュラと同じだ。その彼を討たなければならない。倒さなければならない。彼は敵だ。だが。

「さすがのわたしも、彼相手に大立ち回りを演じるのは御免被りたい。ルーファウス卿。あなたを圧倒したセツナ殿の相手、わたしに務まると想いますか?」

「いや。思わないな」

「正直な方だ」

 ハルベルトが、なんだか懐かしそうな、そんな笑みを浮かべた。そこに邪念もなければ、他意もない。純粋な感情。

「そういうところ、好きでしたよ」

「ハルベルトォッ!」

 ベインの雄叫びとともにハイパワードの拳が唸りを上げた。閃光を発しながら、ハルベルトの立っていた場所に突き刺さり、ストラ要塞の床を撃ち抜く。爆煙が上がる。凄まじい威力の一撃。手加減など一切加えられていない攻撃は、当たればどんな人間であれ即死するのは間違いない。しかし、ハルベルトは平然と避けていた。

「ラナコート卿、熱くなりすぎじゃないですか?」

 シドの背後に現れ、ベインを仰ぎ見ている。シドは振り向きざまに斬撃を放ったものの、またしても軽くかわされてしまう。

 ハルベルトがシドの背後に瞬時に移動する現象は、彼の能力だ。彼は、救力を用いることで、十三騎士の居場所にみずからを転移することができるのだ。それはハルベルトのみに発現した能力であり、ほかのだれにも真似のできないものだった。故にシドたちは、ハルベルトの離反以来、気の休まることがなかった。ハルベルトひとりならば、いつでも奇襲をしかけてくることができるからだ。もっとも、ネア・ベノアガルドの勢力拡大に熱を入れているハルベルトが、みずから死地に飛び込む可能性は極めて低く、そこまで気にするようなことでもなかった。シドたちの居場所に転移することはできても、シドたちがそのときその瞬間なにをどうしているのかはわからないのだ。もしかするとシドたち五人が一堂に会している可能性もある。そのような瞬間に転移した場合、ハルベルトの敗北は確定する。ハルベルトは決して弱くはないが、十三騎士ふたり以上が相手となると話は別だ。一対一ならなんとかなったとしても、数的不利を覆すことは難しい。

 ベインの怒号が響き渡る。

「てめえ、よくものこのこと顔を出せたもんだなあ、ええっ!?」

「なにをそんなに怒っているんですか? らしくない」

 ハルベルトは、肩を竦めて笑いかける。シドは、彼を睨み据え、剣に救力を込めた。ハルベルトは、無論、騎士団の制服を身に纏っているわけではない。黄金色の甲冑を身につけていた。まるで王者であることを主張するかのような装いは、彼の立場を示す以外のなにものでもないのだろう。ネア・ベノアガルドの王であるということを高らかに宣言しているだけのことだ。そして、そうしなければならないほど、彼の立場というのは微妙なものなのかもしれない。

 ベノアガルド王家は、一度、否定された。騎士団の革命と、国民の意思によって完全に否定され、その歴史の幕を閉じたのだ。いまさら再興を謳ったところで、ついていくのはかつての栄光を知り、腐敗の恩恵を受けていたものがほとんどであり、ベノアガルド国民のほとんどがネア・ベノアガルドの誕生を喜ばなかった。ハルベルトほどの人間がそういった国民感情を理解できないわけがない。それでも王であろうとしている彼は、派手な鎧を纏い、ネア・ベノアガルドの国王であることを主張しなければならないのか。

「てめえに俺のなにがわかるってんだ!」

「なにも」

「ああっ!?」

「わかるわけないじゃないですか。わたしはわたし。あなたじゃない」

 ハルベルトは、胸に手を当てながら、告げた。ベインを愚弄しているわけではないのだろうが、それは間違いなく彼の感情を逆撫でにするような言い方にしかならない。激高するベインの拳がハルベルトの立っていた地面を撃ち抜く。粉塵が上がる。

「逆もまた然りで。あなたはあなた。わたしじゃあない」

 ハルベルトは、ハイパワードの肩に乗っていた。

「わたしのことなど、だれにもわからない。シヴュラさんでさえ、わたしのことをわかってはくれなかった」

「よくいうぜ。これだけのことをしておいて、被害者面かよ!」

「被害者面? 馬鹿げたことを」

 ベインの毒づきにハルベルトは表情ひとつ変えなかった。シドは、地を蹴った。救力によって空中高く飛び上がり、雷光の如くハルベルトに襲いかかる。ハルベルトはこちらを一瞥して、苦笑した。姿が掻き消える。振り向く。剣を振るう。ハルベルトの盾と雷光剣が激突し、火花が散った。ハルベルトの幻装は、剣と盾だ。幻装化した盾ならば、幻装化した剣を受け止めることも難しくはない。再び、ハルベルトの姿が掻き消える。

「わたしがいつそんな顔をしたっていうんですか。わたしはただ、わたしであろうとしているだけ」

 今度は、ハイパワードの右肩に彼はいた。ハイパワードの左手が肩の上のハルベルトを狙う。ハルベルトはあざ笑うように姿を消す。つぎは、シドの背後。シドはすかさず柄から左手を離すと、剣を振り抜いた。激突。今度は剣がシドの斬撃を防いだ。その瞬間、シドは左手に集めた救力を雷撃として放った。が、ハルベルトはそれを見越していたのだろう。救力の雷撃を幻装盾で軽くいなし、さらに降り注いできたハイパワードの拳さえも盾で受け止め、転移した。ベインがそのまま地面を貫きながら、いった。

「なにをいったところで、てめえのやったこたぁ、許されねえよ」

「許されようとは想いませんよ。わたしはわたしの目的のため、あなたがたを倒し、ベノアを取り戻す」

「取り戻すだあ? いつからベノアがてめえのものになったんだよ!」

「ベノアは、王家のもの。王家の最後のひとりたるわたしが受け継ぐのは、道理」

「んなもん、革命が成立した段階でなくなってるんだよ!」

「……そう」

 ハルベルトは、シドとベインの連携を軽々とかわし続けている。彼の奇術めいた戦闘法は、“王道”とはいい難いものだ。しかしそれが、彼の本来の戦い方だった。“王道”とは、その奇術的な戦い方を隠すための偽装であり、いつからかそれが彼の異名となってしまった。王道よりも詭道というほうが、彼の戦い方にはあっている。だが、彼は“王道”にこだわった。なぜか。今にして思えば、それこそ、王家へのこだわりを捨てきれない彼の本質がそこに現れていたのかもしれない。

「騎士団がベノアガルドの守護者ならばそれでよかった。騎士団が救済の理念を掲げながら、大義のため、身を粉にし、骨を砕きながらも、ベノアガルドを第一に考え、ベノアガルドがために存在する組織ならば、それでよかった」

 ハルベルトの独白を聞きながら、シドは空中を駆ける。雷光となって殺到し、襲いかかり、見失う。ハルベルトは、シドとベインの連携さえも手に取るように見抜き、回避してみせた。たとえシドとベインが彼を捉えても、彼に致命的な一撃を叩き込むことは難しい。だが、それはハルベルトも同じだ。避けることに力を入れるということは、攻勢に出られないということなのだ。このままシドたちが力尽きるのを待っていれば、ハルベルトこそ力尽きるだろう。そしてそうなれば、こちらの勝ちだ。こちらには、シドとベイン以外にも多数の戦力が存在している。対するハルベルト側の戦力は、セツナを相手にしているのだ。彼に援軍はこない。

「けれども実際は、違った」

 ハイパワードの打撃を盾で受け止め、彼は、いう。幻装の盾は、しかし、ハイパワードの打撃に耐えきれず、圧壊し、ばらばらに砕け散った。道理というほかなく、ハルベルトは驚きもしなかった。しかし、そのままハイパワードの拳が彼を捉えることはない。姿を消した。

「騎士団はその崇高な理念のため、ベノアガルドでさえ犠牲にすることを視野に入れていた。ベノアガルドが滅び去ろうとも、世界が無事ならばそれでいい――」

 シドの背後ではなく目の前に現れた彼は、雷光剣を幻装の剣で受け止めると、大きく後ろに飛び退いた。

「――わたしは、ベノアガルド王家の最後のひとりだ。ベノアガルド王家の人間としての責務がある。ベノアガルドという国を守り、民を守り、平和と安寧に導くという大切な役割があるのだ。世界よりも、ベノアガルドを優先しなければならないのだ」

「だったらよお!」

 ハイパワードの巨拳がハルベルトの頭上から襲いかかる。

「最初っから十三騎士になるんじゃねえってんだよっ!」

「本当に、そのとおりですよ、ベインさん」

 からくも回避したハルベルトが、泣きそうな顔になりながら、いった。

「最初から間違っていたんだ。なにもかも最初から……」

 そして彼は、なにかを諦めたような表情になった。救力が拡散する。

「導け、クラウンクラウン」

 ハルベルトの全身を救力の光が包み込んだ。

 真躯の顕現が始まる。

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