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第千七百五十四話 亡き王家のための葬送曲(七)


「レム」

「はい。御主人様」

 レムは、セツナの呼びかけに対し、満面の笑みを浮かべてきた。なにもかも承知したというような反応だった。そして、そうであるということを言葉で報せてくる。

「どうぞ、行ってくださいまし」

「ここは任せた!」

 セツナは、レムとの以心伝心に満足するとともに心強さを感じると、即座にその場を離れた。亡者を殴り飛ばし、その隙に飛び離れ、シドやベインに一瞥もくれず、墓地周辺を離脱する。だれも呼び止めなかった。呼び止められるほどの速度ではなかった、というよりは、呼び止める必要がなかった判断するべきだろう。シドもベインも、セツナがなにをどうしたいのか理解してくれているはずだったし、そのためのセツナであると認識しているはずだ。

 黒き矛のセツナがなんのためにここにいるのか。

 なんのために騎士団に協力しているのか。

 ベノアガルドに安定をもたらすため――それ以外にはない。

 それこそが、レムを守ってくれていたテリウスへの、マリアを保護してくれていた騎士団への恩返しだ。大切なひとたちを護ってくれていたのだ。感謝しかなかった。そして感謝は、行動で示すしかない。それしかセツナにはないのだ。

 地を蹴り、飛ぶように要塞内を駆け抜ける。亡者との戦場は墓地周辺に限られているのが救いだった。これが要塞内全域に及んでいるとなると、要塞に住んでいる騎士の家族などの非戦闘員まで巻き込まれたかもしれない。

 要塞南東の区画は、シヴュラに根こそぎ破壊されたままであり、再建はまったく進んでいなかった。当然だろう。つい数日前破壊されたばかりなのだ。即座に復元などできるわけもなく、これから時間をかけて作り直すしなかった。いまはまだ設計図に線を引いているような段階であり、どのように再建するかも思案中に違いない。

 それまではがら空きといってもいい状態のままなのは、仕方がなかった。当然、ネア・ベノアガルド軍が襲いかかってこないとも限らないため、南東区画には多数の騎士が配されている。そしてそれら騎士は、亡者との戦闘には動員されておらず、やきもきしている様子なのがセツナの目から見てもわかった。

 セツナは騎士たちにネア・ベノアガルド軍の接近を伝えると、風のように駆け抜けた。

 セツナが問題を解決すれば、彼らがネア・ベノアガルド軍との戦闘に入ることはないかもしれないが、万が一ということもある。警戒してしすぎることはないのだ。要塞を離れたところで、ようやく、気づく。

「武装召喚!」

 セツナはメイルオブドーターを召喚すると、翅を広げ、飛翔した。地を走るより空中を飛ぶほうがずっと早い。消耗を考慮してもこちらのほうが効率がいい。地面を駆け抜けても、結局は体力を消耗するのだ。どっちもどっちであれば、移動速度が早いほうがいい。

 もはや空中を飛行することには慣れきっている。どの程度の速度で飛べば負担が少ないか、消耗を少なく済ませることができるか、なども把握済みだ。なんの問題もない。

(あれだな)

 やがて、前方に軍勢が見えてきた。ストラ要塞南東に広がる荒野の先、湿地帯を驀進中の軍勢がある。兵数はおよそ二千ほどか。元騎士団騎士がどれほどいるのかわからない。少なくとも、先のストラ要塞の戦いに参加したネア・ベノアガルド軍の将兵は混じっていないだろう。ネア・ベノアガルド軍が神人を戦場に投入するような組織であることを知った騎士たちは、シギルエルに戻るのではなく、クリュースエンドに逃げるという選択を取っている。ベノアガルドに投降するという選択肢は、ネア・ベノアガルドに参加し、王家再興を謳った騎士たちにはなかったようだ。それくらいの矜持はある、ということか。それでも神人を投入するような国にはついていけないというのは、わからないではない。

 あの戦いにおいて、神人は、敵味方の区別なく殺戮した。もし、神人が敵のみを攻撃するのであればシギルエルに帰還する騎士もいたのだろうが、そうはならなかった。制御できない怪物を運用する組織など、信用するに足らないのだ。

 マルカールもそうだったが、白化症患者を神人化することはできても、神人そのものを使役することはできないのではないか。マルカールは、神人を呼び起こしこそしたが、神人たちはマルカールを援護するでもなく、街を破壊して回っただけだった。それと同じことがストラ要塞の戦場でも起きていたのだ。

 もっとも、それがわかったところで、どうなるものでもない。

 神人は凶暴であり、凶悪な化け物だ。白化症の治療法を研究しているマリアには悪いが、敵となれば斃すしかない。そして、いまのところ、神人は敵対する以外の道はなかった。

 セツナは、ネア・ベノアガルド軍の進軍を止めるべく、黒き矛を敵軍前方に向けた。遥か上空。敵軍の警戒網に引っかかってもいないだろう。少なくとも、並の召喚武装でも遠眼鏡でも捉えられないくらいの高度にいるのだ。救力で強化された感覚でも、捕捉しきれまい。

 解き放つ。

 黒き矛の穂先が白く膨張したかに見えたつぎの瞬間、純白の閃光が視界を塗り潰した。熱風が頬を撫でる。一条の光芒が地上へと降り注ぎ、湿地へと突き刺さる。爆発が起き、衝撃波が吹き荒れたに違いない。敵軍の行軍が止まり、慌ただしく警戒しだす。

 セツナは、敵軍を上空から攻撃するでもなく、素早く降下した。セツナの目的は、ネア・ベノアガルド軍の撃退であり、殲滅ではない。人死は少なければ少ないほど良い、という考えが、セツナの中に生まれつつあった。

 これまでの人生、とにかく殺し続けてきた。

 殺して殺して殺して――目も当てられないほどにか弱いものたちを虫を踏み潰すが如く殺してきた。慈悲など不要。情けが結局はみずからの首を絞めることになる。だから、殺した。命じられるまま、命じられる以上に殺してきた。それだけがすべてだった。それだけがセツナの存在価値であり、存在意義であり、存在理由だった。

(それが俺だった)

 前方のネア・ベノアガルド軍は、空中から降り立ったセツナの姿を見るなり、騒然となった。大盾を前面に展開し、弓兵を後ろに控えさせながら、攻撃に出てこないのはそのためだ。たったひとりで何千もの将兵の前に姿を見せるなど、通常ならば自殺行為だ。しかし、セツナが掲げる黒き矛を目の当たりにすれば、それが愚かな考えであることを悟らざるを得まい。

 黒き矛のセツナは、かつて、何千、何万の人間、皇魔を殺してきたのだ。

(それが俺だったんだ)

 柄を握る手に力を込める。

 地獄を見た。

 うず高く積み上げられた骨の山。人骨の道。髑髏の塔。血の池。針の山。まさに想像通りといっていいような地獄の光景の中で、セツナは、何度となく死んだ。死んだといってもいいような経験をした。そのたびに自分が為してきたことを痛感させられた。自分がどれだけの命を無為に奪ってきたのか。不要な殺しをどれだけしてきたのか。そもそも、人殺しに意味などあるのか。そんなことばかり考えた。考えさせられた。

 自分の人生を見返すきっかけとなった。

 悪いことではない。

 自分をもう一度、知ることができたのだ。

「相手がだれであろうと恐れるな! 我らには大義があり、奴らにはそれがない! 大義の前にすべてはひれ伏すのみぞ!」

 将官なのだろう――甲高い叫び声は、恐怖のあまり裏返っているように聞こえた。セツナは笑わない。セツナという死と直面したものたちは、そうならざるをえない。元ベノアガルド騎士団騎士ならばセツナの実力を知らないはずはないだろうし、仮にネア・ベノアガルド軍が吸収したというマルディア・シクラヒムの人間だったとしても、知らないわけがない。

「射て、射て射てぇい!」

 将官の号令によって、弓兵たちが一斉に引き絞った矢を放った。数多の矢は、放物線を描いてネア・ベノアガルド兵の頭上を越え、セツナへと収束していく。セツナは、飛来する矢の緩慢な速度にあくびすらしたくなるほどだった。放物線の只中へ踏み込み、矢をかわす。盾兵たちが反応するより早く、その頭上を飛び越える。瞬間、左右に殺気が生じた。騎士が六名。手にした武器に不可思議な力を灯したものたち。元騎士団正騎士の幻装。

 幻装を用いる騎士は、武装召喚師に匹敵するという。

(武装召喚師に、な)

 セツナは、翅でもって虚空を叩き、空中で体を回転させた。矛を薙ぎ払うように振り回し、殺到してきた六人を連続的に切り伏せる。切りつけた部位はそれぞれ異なるものの、六名全員が血を噴き出しながら落下したところを見ると、直撃したのは間違いない。そして、セツナは無傷だ。再び飛ぶ。弓兵の矢はまたしてもセツナを捉えられない。

(どこだ。どこにいる)

 セツナは、敵陣の真っ只中を飛び越えながら、視線を巡らせた。

 亡者の使い手を探し出し、倒さなければならない。そうすれば亡者騒動は収まり、ストラ要塞の戦力をこちらに集中させることができる。もっとも、セツナがネア・ベノアガルド軍を撃退すればいいだけの話でもあり、それも視野に入れている。ただ、それよりもまずは術者の撃破を優先するべきだと考えているだけのことだ。 

 捜索中、救力を用いる元准騎士、幻装を携えた元正騎士が邪魔だった。相手になるかどうかといえばまったく相手にならないのだが、鬱陶しいのだ。襲い掛かってくる以上撃退するほかなく、手加減などしている場合でもない。致命傷になることもある。極力殺したくないという想いがある一方、必要とあれば殺すことに躊躇はなかった。敵ならば、なおさらだ。

 いくら探し回っても、術者と思しき武装召喚師は見当たらなった。武装召喚師はひとりもいないのだ。ベノアガルド自体、武装召喚師のいない国だった。《大陸召喚師協会》の支部もなく、国外から武装召喚師を招くということもなかったようだ。革命以降、ミヴューラの加護を得てからならばわからなくはないが、どうやらそれ以前からであるらしく、それこそ腐敗の象徴的な出来事であるとシドがいっていたものだ。利権確保のため、《協会》を受け入れず、武装召喚師の存在自体容認しなかったのだという。ミヴューラの加護を得てからは、武装召喚師に頼る必要もなくなった。自然、ベノアガルドを訪れようという武装召喚師もいなくなる。だが、それはベノアガルドの話であり、ハルベルトのネア・ベノアガルドとは無縁の話であるはずだった。

 マルディアには《協会》支部があり、武装召喚師もいたはずだが、戦力に組み込んでいないところをみると、シクラヒムにはいなかったのかもしれない。

 あるいは、武装召喚師など頼むに能わず、という考えでもあるのかもしれないが。

 敵陣後方に至ると、元正騎士を含む妨害が苛烈になった。それもそのはずだ。後方には、ネア・ベノアガルド軍の指揮官がいたのだ。

 彼は、輿の上にいた。兵士たちが担ぐ豪奢な輿の上に立ち、ひとりの青年がこちらを見ていた。北方人特有の白い肌を持つ金髪碧眼の貴公子。身に纏う金色の鎧は、彼の身分を示すかのように派手できらびやかだった。あれから二年以上が経過しているというのに、顔つきはなにも変わっていない。ハルベルト=ベノアガルド。ベノア滞在時、ルヴェリスについでセツナに親しく接してくれた青年である彼には、悪い印象がなかった。

「やはり、あなたが来たか」

 彼は、空中のセツナを見据えたまま、口を開いた。すると、セツナへの攻撃が止んだ。別段、彼が制止したわけではないが、兵士たちが彼の意を汲んだに違いない。

「ベノアガルド卿」

「もう、そう呼ばれていたものはここにはいない」

 ハルベルトは、決然と告げてくる。

「わたしは、ハルベルト・レイ=ベノアガルド。ベノアガルド王家正統後継者にして、ネア・ベノアガルド国王。これよりベノア奪還に向かう。邪魔するのであれば、たとえ黒き矛のセツナ殿とて、容赦はしない――などといったところで、引いてくれはしないでしょう?」

「当然」

 セツナは、ハルベルトの目を見つめ返しながら、周囲を索敵し続けた。死者を操る武装召喚師の存在を認識次第、攻撃に移るつもりでいる。ハルベルトは、そんなセツナの様子を理解しているのか、冷ややかな表情で、いった。

「ならばここで遊んでいるといい。わたしはまず、ストラ要塞を取り戻す」

「行かせると?」

「あなたに止められるわけがないでしょう」

 ハルベルトが不意に背後に向かって跳躍した。指を鳴らす。と、突如として輿を担いでいた兵士たちが苦しみだしたかと思うと、あっという間に変容を遂げる。鎧が肉体の膨張に耐えきれずに弾け飛び、白化した部位が巨体を形成していく。異形の巨人と成り果てたのは、十名あまりの兵士だ。全軍、騒然となる。その反応からネア・ベノアガルド軍の将兵には、神人を用いるということを伝えていないということがわかる。ストラ要塞のときと同じだ。

 敵軍将兵に動揺が生まれる中、神人たちが獰猛な産声を発した。

「あなたが神人を……!」

 セツナは、ハルベルトを睨みつけた。神人の頭の上に飛び乗ったハルベルトは、悪びれることもなく、涼しい顔をしている。神人を使うことも、神人によって味方に被害が及ぶことも、なにひとつ悪いことだと想っていない、そんな様子だった。セツナは、怒りを覚えずにはいられなかったし、そんな彼に対してまだ信じたいという想いが残っていたのだろうベインのことを想うと、哀しくなった。

「そう。これはわたしの力。わたしの内なる神が与えたもうた大いなる力、そのひとかけら。これでわかったでしょう。わたしこそが王の中の王に相応しい人間であると」

「なにを――」

「いまこそ、ベノアガルド王家による統治が必要なのだ。騎士団では、力なき組織では、国を立て直すことなどできない。わたしが国を正しく導き、正しく立て直し、正しくも美しく清らかな世を作り直そう」

 ハルベルトは一方的に告げてくると、光に包まれた。

 真躯の顕現かと想いきや、光が消えると、その場にはハルベルトはおらず、周囲のどこを確認してもハルベルトの姿はなかった。残ったのは、セツナとネア・ベノアガルド軍、そして十体の神人たち。ハルベルトはどこへいったのか。彼の発言を思い出す。

(ストラ要塞か!)

 北西を見やると、ストラ要塞上空に爆発的な光が発生していた。真躯の顕現に伴う膨大な量の救力の発散だ。ハルベルトがどういう方法でかストラ要塞に転移し、即座に真躯を顕現したのだ。

 セツナは、まんまと誘き寄せられたということだ。



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