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第千七百五十話 亡き王家のための葬送曲(三)

 騎士団本部を出ると、ベノア城周辺を紅蓮の炎が逆巻いていた。燃え盛る炎は家々を飲み込み、ゆっくりと、しかし確実にその勢力を広げている。その炎の中を悠然と歩き回るいくつもの巨躯が、さながら世界の終わりの光景を描くかのように闊歩している。神人と化した元人間たちだ。その数、軽く十は越えている。

 ルヴェリスは、准騎士、従騎士たちに消火活動に当たるよう命じると、自身は神人討伐のために急いだ。オズフェルトは、シヴュラの死体を破壊するという役割をルヴェリスに命じることなく、自分で請け負ったのだ。シヴュラと仲の良かったルヴェリスには辛い役割だということを配慮してくれたのだ。だからこそ、与えられた任務は完璧にこなさなければならない。

 幸いにも、火災はベノア上層中枢区画だけで踏みとどまっており、上層の他の区域まで伸びてはいなかった。中枢区画と別区域を隔絶する亀裂が炎の足を止めているようだった。“大破壊”の被害が火災の被害拡大を防いでくれたのだから皮肉というほかない。

「近隣の市民の避難は既に完了しております!」

「さすがね」

 ルヴェリスは、部下からの報告を手放しで喜んだ。ベノアは騎士団の本拠地なのだ。いついかなるときにどのような事件事故が起こった場合でも、速やかに市民を避難誘導できるよう常日頃から絶え間ない訓練を行っている。騎士団は、ベノアあっての騎士団だ。本拠地であるベノアと、支えてくれているベノア市民を無下にすることなどできないし、するつもりもない。最優先で護るべきは市民の安全であり、そのための避難場所は市内各所に設けられていた。もちろん、このベノア城近辺の中枢区画にも存在し、中枢区のひとびとはそれら避難場所へ誘導されたのだろう。

「神人の発生場所となった医術院の被害も、別館が損傷しただけで済んだようです」

「そう、良かったわ」

 ほっと胸を撫で下ろす。大医術院の別館は、本館のすぐ側に建てられている。周りを分厚い塀で囲われ、隔離されているとはいえ、神人となったものにとっては障害物にもならない。容易く破壊し、突破しうるのだ。

 マリア=スコールの提案によって、白化症患者を一箇所に集めるために建てられた大医術院の別館だが、その提案に対しての最大の懸念が、白化症患者が神人化した際、本館で療養中の患者や勤務中の医師に被害が及ぶ可能性だった。その懸念を払拭するべく、別館は本館とは異なる石造りとし、堅固な塀で囲い込んだものの、そんなものでは神人を封じ込めることができないことくらいマリアも知っていただろう。それでも彼女は、白化症患者を別の場所に隔離するようなことだけはしたくないと騎士団に直訴し、オズフェルトとシドは、彼女の意見に賛同、別館に多数の騎士を常駐させることで神人対策とした。

 この度、何人もの白化症患者が神人化したが、別館に常駐する騎士らが神人そのものを誘導したことで、本館に被害が出ずに済んだのだろう。

 しかし、報告の従騎士は、浮かない顔をしていた。

「ただ」

「なに?」

「マリア医師が、神人に連れ去られたとのことでして」

「マリア先生が連れ去られた?」

「医師らの話によると、突如神人となったものたちはその場に居合わせた医師たちではなく、駆けつけたマリア医師だけを奪うようにして、医術院から離れたということです。なぜなのかわかっていません」

「騎士がいながらなにをしていたのかしら」

 ルヴェリスの叱責に別の騎士が反論してくる。

「マリア医師が我々の制止を振り切り――」

「言い訳はいいわ。マリア先生が無事なのかだけ、教えて頂戴」

「マリア医師は今現在も神人に確保されていますが、無事です。傷ひとつ負っていないようで。どうやら神人たちは、マリア医師を傷つけないようにしているみたいです」

「なぜなのでしょう」

「彼らたちにとっての女神だから……かしら?」

「女神……ですか」

 騎士の鈍い反応を黙殺して、彼は、現場へ急いだ。火災は、未だ収まる気配を見せない。騎士たちが消火活動を進めているのは間違いないのだが、それ以上に神人の攻撃が苛烈なのだ。神人の攻撃は、その白化し、肥大した部位を自在に変化させるだけではない。炎を吐き出すものもいれば、稲妻を放つものもいる。まるで魔法のような力を持つのが神人であり、故に正騎士でさえただひとりでは対処するのも困難なのだ。皇魔とは、比べ物にならない力を持っている。

 そんな神人たちが数多く働く医師たちの中からただひとりだけマリアを確保した理由は、ルヴェリスにはなんとなく想像がついた。それが、先程の言葉だ。

(女神……)

 マリアは、大医術院の別館において、白化症患者たちの治療に専念していた。白化症の治療法の確立こそ彼女の悲願であり、そのためだけに日夜研究に没頭しているといい、白化症患者たちの診察を毎日のように行っていた。そんな彼女の開発した新薬が白化症患者たちが常に感じていた痛みを和らげることに成功し、白化症患者たちはマリアこそ救い主であり、女神であると褒め称え、礼賛した。

 もし、神人化した白化症患者たちの無意識にまで女神への信仰心が刻み込まれていたとすれば、彼らがマリアを確保したのもわからなくはなかった。無論、神人に人間であったころの記憶があり、記憶と行動が紐づくなら、の話だが。

 それはともかく。

(マリア先生にもしものことがあったら、セツナくんに嫌われるわね)

 マリア=スコールは、セツナのガンディア時代の部下であり、いまでもセツナにとっては大切な人物であるらしい。マリアにとってもセツナが大切なひとであるということは、彼女から聞かされる昔話しのほとんどがセツナ関係であることからわかっている。もし、マリアが傷つくようなことがあれば、彼に嫌われるだけで済むかどうか。今後、セツナの協力を期待できなくなる可能性は十分に考えられる。

 もっとも、セツナとの関係のためだけにマリアの無事を願っているわけではない。

 マリアはこのベノアにおいてとても大切な人物だった。大医術院に働く医師たちがマリアのおかげでベノアの医術薬学は間違いなく発展したという。白化症患者の痛みを和らげる薬もそうだが、マリアは、ベノアで様々な新薬の開発に成功し、それを惜しみなく医術院の医師たちに伝えている。マリアのような無私無欲の人間が本当に存在するのか、と感銘を受ける医師も少なくはなかった。彼女は、患者を救うことに命をかけているのであり、自分のために医者をやっているのではない、という。そんな彼女は、いまやベノアにとって必要不可欠な存在であり、騎士団も彼女のために護衛をつけるほどだった。その護衛が機能しなかったことには、ルヴェリスも内心舌打ちせざる得ない。准騎士二名では、神人に対応できなかったというのか。

(あれだけの数の神人が相手では、当然よね)

 十体以上の神人。それも常人の何倍もの巨躯を誇っている。神人の力というのは、その白化部位の質量に比例するといわれている。つまり、白化部位が多ければ多いほど、大きければ大きいほど強力な個体だということだ。現在、ベノア中枢区画を闊歩する十体以上の神人は、立ち並ぶ二階建ての家屋を悠々と凌駕する体躯を誇っている。その巨躯を構成するのはもちろん、人体ではない。白化部位だ。つまり、とてつもなく強力な個体が十体以上もいて、それらが暴れ回っているという状況なのだ。騎士団の正騎士たちが、中枢区より外へ出ないように処理しているから被害が広がっていないだけであり、対処を誤ればベノア全土が壊滅してもおかしくはなかった。

 後方では、竜巻が巻き起こっている。シヴュラの死体が巻き起こす暴風は、きっと間違いなくオズフェルトがなんとかしてくれるだろう。神人は、ルヴェリスが対処しなければならない。騎士たちだけでは、神人を殲滅するのは難しいだろう。

 一体、神人の巨躯が炎の中に沈んだ。正騎士の集中攻撃を浴びたようだった。

「おぬしら!」

 突然の怒声にルヴェリスははたと足を止めた。その幼い声は、聞き知ったものだったからだ。視線を下げると、草花の冠を頭に乗せた童女が、肩を怒らせていた。マリアとともにベノアに紛れ込んできた彼女は、精霊を自称していた。マリアは彼女が精霊であると信じているようであり、ルヴェリスも彼女が人間ではないことは認めていた。

「あら、アマラちゃんじゃない」

「なにをしておるのじゃ! さっさとマリアを助けぬか!」

「ごめんなさいね、遅れてしまって」

 いきり立つ彼女をなだめるべく、ルヴェリスは屈み込もうとした。すると、アマラの草花の冠に花が咲いた。

「謝る前に行動で示してみせよ! マリアにもしものことがあったらうちが許さぬぞ!」

「ええ、そうね。そうよね」

 ルヴェリスは、アマラの正論に心の底から反省した。彼女のいう通りだ。マリアはいまも神人に確保されたままだ。いまはまだ危害を加えられていないものの、いつマリアの身に危険が及ぶのかわかったものではない。神人が人間に危害を加えない保証などないのだ。アマラが心配するのも無理はなかったし、彼女が騎士団に怒りをぶつけるのも当然だった。マリアの身の安全を護るとアマラに約束したのも、騎士団なのだ。

 それが守られていない。

(なによりもまずは、行動!)

 神人の群れに向き直り、剣の柄に手をかけった。そして、救力を解き放つ。

「彩れ、フルカラーズ」

 全救力を解放した瞬間、ルヴェリスは視界が拡大する錯覚に襲われた。いや、違う。錯覚などではない。事実として、視界が広がっている。拡張されたのは、視界だけではない。聴覚、触覚、嗅覚――ありとあらゆる感覚が増幅し、全周囲の微々たる変化を繊細に捉え、瞬時に分析し、必要な情報だけを脳内に投影していく。真躯の顕現は、いつもそうだった。圧倒的な力の解放による自身の変容は、万能感とも全能感ともいえる感覚に苛まれ、支配される。そのまま支配され続ければ自分を見失い、神のように振る舞おうとするのかもしれないが、十三騎士たるルヴェリスにそうなる可能性はなかった。力に飲まれることなく、飲み下し、支配する。

 完全に力を掌握しきったとき、ルヴェリスの真躯フルカラーズは顕現する。

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