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第千七百四十九話 亡き王家のための葬送曲(二)


 なにが起こったのか、すぐにはわからなかった。

 右肩に重い痛みを感じながら、壁を掴み、立ち上がる。右肩の痛みの原因はわかっている。閃光とともに突き抜けた衝撃が、無防備なオズフェルトの体を軽々と吹き飛ばし、中庭の壁に叩きつけたのだ。右肩から打ち付けられている。凄まじい痛みだ。肩の骨がいかれているかもしれない。それほどの衝撃がオズフェルトを襲ったのだ。

 なにがどうしてそうなったのか。

 オズフェルトは、突如起きた異変の正体を探るべく視線を巡らせ、瞬時に把握した。 

 騎士団本部の西側区画の地下から、竜巻が立ち上っていた。渦巻く暴風はベノア城の床や壁、天井を構成していた石材を空高く舞い上げている。天井を軽々と貫き、二階、三階もろとも直上の空間をまるごと消し飛ばしていた。逆巻く暴風の彼方、夜空が見えている。凄まじい威力の竜巻。災害といっていい。そんなものが騎士団本部内で突如として発生するわけもない。人為的、作為的なものであり、なにものかによる攻撃なのは明白だ。そして、これほどに強力な竜巻を生み出し、攻撃できるものをオズフェルトはひとりしかしらなかった。

 彼は救力を目に漲らせ、視力を強化することで竜巻の中心になにものかが浮かんでいることを認めた。長身痩躯の男。シヴュラ=スオール。

(どういうことだ?)

 オズフェルトは、シヴュラが幻装の鎧を纏い、暴風を起こしている事実を認識しながらも、疑問を抱かずにはいられなかった。シヴュラは、死んでいたはずだ。紛れも無く、彼の心臓は停止していた。生きているはずもなければ、死んだものが生き返ることなどありえない。不滅の存在ならば話は別だが、十三騎士は神の加護を受けただけのただの人間であり、その命は不滅ではない。一度きり。一度死ねばそれきりの命だ。そもそも不滅の存在ならば死ぬこと自体ありえないが。 

 シヴュラの死は、ただの肉体的な死ではなかった。真躯による決戦は、救力の激突を促し、勝敗は魂の破壊によって決着された。つまり、敗者は、魂に多大な損傷を負うはずであり、魂そのものが消滅することだって大いに有り得るのだ。実際、シドはシヴュラの魂そのものがこの世から消失した可能性を示唆している。もちろん、シドがそう感じただけで実際には消滅していないのかもしれないが、だとしても、シヴュラの死体が動き出すのは不自然だ。ありえないこと――。

(いや……)

 彼は、竜巻の中心にあってただ浮かんでいるシヴュラを見つめ、彼に生気が存在しないことを認めた。生きているという気配がないのだ。死んでいる。死んだまま、動いている。動かされているのではないか。

 オズフェルトは、その可能性に思い至ったとき、死してなお操られ、戦わさせられなければならないシヴュラを不憫に想った。同時に、このような手を使うことさえ躊躇わないハルベルトの覚悟の深さを感じざるを得ない。

 シヴュラの死体を操るものがいるとすれば、ハルベルトの手のもの以外には考えられなかった。召喚武装の能力か、それとも、まったく別の力か。いずれにせよ、なんらかの力によって操られているのは間違いない。

「閣下! ご無事ですか!」

「これはいったい……!?」

「なにがあったのですか!?」

「全軍に通達。ネア・ベノアガルド軍による攻撃を受けている。ベノア市民の保護を優先に動け」

 オズエフェルトは、つぎつぎと中庭に駆け込んできた従騎士たちに指示を出すと、自身は腰に帯びた剣を抜き、構えた。従騎士ばかりが集まってきたのは、巡回中であり、異変にすぐ気づくことができたからだろう。

 やがて、騎士団本部に寝泊まりしていた騎士たちが、武器を携え、つぎつぎとオズフェルトの周囲に姿を見せた。ルヴェリスも、駆け寄ってきていた。彼はめずらしく屋敷に帰らなかったようだ。オズフェルトのように胸騒ぎでもあったのかどうか。

「これはいったいどういうこと?」

 ルヴェリスは、暴風の渦の中心に浮かぶシヴュラの亡骸を見やりながら、問いかけてきた。

「これもハルベルトの目論見なのだろう」

「ハルくんの?」

「シヴュラが万が一敗れた場合のことも考えていたということだ」

 オズフェルトは、そう推測している。シヴュラが万が一にでも敗れ、戦死した場合のことを考え、なんらかの細工をシヴュラに施していたと見るのが適切だろう。シヴュラの死体は、ストラ要塞に葬られることはない。かつての十三騎士の死体だ。丁重に扱われ、騎士団本部に送られるだろうことは、だれにだって想像がつく。たとえそこに騎士団幹部の意思が介在しなくとも、騎士たちだけで事に当たろうとも、そうしただろう。勝手に処分をすれば騎士団幹部たちが黙ってはいない。

 ハルベルトは、騎士団本部に送られた死体を動かすことでベノアに大打撃を与えつつ、騎士団そのものにも損害をもたらせると踏んだのだろう。それは、シヴュラでなければだめだった。ほかの正騎士や准騎士では、騎士団本部に送られるわけがない。シヴュラならば、特別扱いされるということをハルベルトはよく知っているのだ。そして、ハルベルトの思惑通りシヴュラの亡骸は丁重にベノアに届けられ、騎士団本部に安置された。シヴュラの死体は動き出し、騎士団本部に大打撃を与えている。

「ハルくんが……そこまで……」

 ルヴェリスが絶句したのは、ハルベルトがシヴュラをどれほど敬慕しているのかを知っていたからにほかならない。ハルベルトほどシヴュラを慕い、敬っている人間はいない。ハルベルトにとってシヴュラは、第二の父といってもいい存在だったはずだ。この上なく大切にしていた。少なくとも、死んだ後まで戦わせ続けるなど、想像しようもなかった。

 だから、想像できなかった。

 いや、だれが想像できよう。死体を使って攻撃してくるなど、だれが予測できるというのか。

「それほどの覚悟をもって戦いを挑んできたのだ」

 オズフェルトは、シヴュラの力無く虚ろな目を見据えながら、告げた。ハルベルトのベノアガルド王家の再興にかける想いの強さが、シヴュラへの敬慕を上回ったということだろうし、騎士団に勝利するためには手段を選んでなどいられないということでもあるのだろう。実際、騎士団は手段を選んで勝てるような、そんな弱い組織ではない。

 そんなハルベルトの覚悟に対し、ルヴェリスが失望し、落胆を隠せないのも仕方のないことだ。ルヴェリスは、ハルベルトとシヴュラの関係性を好ましく想っていた。親兄弟を革命によって失った者同士、ルヴェリスとハルベルトは馬が合っていたのだ。そんなふたりにとってシヴュラは父性の塊のような存在であり、ルヴェリスはよくふたりを屋敷に招待していたものだ。ルヴェリスの目から見れば仲のいい親子のように見えていたであろうふたりの関係が、このような結末を迎えたことに哀しみを覚えるのは至極当然のことだった。

「報告!」

 臨戦態勢の中庭に駆け込んできたのは、肩で息をする准騎士だった。救力を駆使してきたのであろう准騎士のもたらした報告は、予期せぬものだった。

「ベノア市内に神人が出現! 現在、騎士団本部に向かって侵攻中です!」

「なんだと」

「こんなときに?」

「大医術院の別館から出現したとのこと!」

 その報告で彼は多少、納得できるものがあった。大医術院別館には、多数の白化症患者が収容され、治療に当たっていた。もっとも、治療法の存在しない症状に対し、医師たちができることなどたかがしれているのだが、マリア=スコールが発明した新薬は、白化症患者から痛みを取り除くことに成功しており、それだけでも患者たちにとっては救いだった。いまや、別館で療養中の患者たちにとってマリアは女神そのものであるといい、医術院の医師たちからの評判も良かった。その医術院別館に神人が出現することそのものは、別段、不思議な事ではない。神人は、白化症患者の末路だ。白化症の進行を食い止める方法がない以上、療養中の患者はいずれ神人と成り果てる。それでも患者を見捨てることができないから、別館という形で隔離施設を作り、そこで確保していたのだ。

 マリアはいずれ必ず治療薬を作り出してみせると息巻いているが、特効薬が見つかるよりも患者が神人化するほうが早いだろうという多くの見立て通りの結果になったというわけだ。もっとも、オズフェルトはそこに別の意志を感じざるを得ない。ルヴェリスがいったように、だ。

 こんなときに、都合よく神人化が起きるものだろうか。

「これもハルベルトの策かもな」

「はあ!?」

「シドの報告によれば、ストラ要塞を襲ったネア・ベノアガルドの軍勢の中から神人が現れたそうだ。それも十体も」

「神人化させる力があるっていうの? ハルくんに!?」

「ハルベルトがそうなのかはわからないが、マルカールの例もある。そういう能力者――神人がハルベルトに力を貸していたとしても、おかしくはない」

「おかしいわよ!」

 ルヴェリスが声を荒げたのは、彼の中のハルベルトが“大破壊”以前で止まっているからなのかもしれない。ハルくんと呼んでいること自体がそうだ。ハルベルトを年端もいかない子供と同じように見ている。現実主義者である彼にはめずらしい矛盾だが、そうなるのも仕方がないのかもしれない。ルヴェリスは、ハルベルトをいたくかわいがっていた。彼の裏切りを受け入れたくないという想いが未だに尾を引いている可能性があった。

「ハルくんがなんでそんなことをしなきゃならないのよ、理解できないわ」

「慕っていたシヴュラさえあのザマだ。彼はもう、我々の知るハルベルトではないのかもしれない」

「そんなこと……そんな……」

 衝撃のあまり表情を曇らせるルヴェリスからシヴュラに視線を移す。死せる騎士は、暴風圏をただただ拡大させているだけだ。しかし、このまま拡大をを続ければ、騎士団本部は壊滅し、ベノア自体が大損害を被ることになる。

「ルヴェリス。君は騎士を引き連れ、神人に当たってくれ。わたしは、彼を今度こそ眠らせる」

 オズフェルトが命令を下すと、しばし、間があった。逆巻く暴風が石材を飲み込み、破壊する音だけが響き渡り、遠方より悲鳴が聞こえてくる。市民の悲鳴。神人が暴れ回っている。騎士たちが当たっているのだ。市民に犠牲者が出ていないことを祈るよりほかない。

「……閣下」

 ルヴェリスが口を開いた。見ると、彼はじっとオズフェルトを見つめてきていた。

「なんだ?」

「いえ。速やかに神人を鎮圧し、ベノア市内の平穏を取り戻してみせますので、ご安心を」

「頼む」

 オズフェルトの言葉にルヴェリスは首肯し、中庭にいた騎士たちを引き連れて、城外へと走っていった。

 オズフェルトは、ただひとりになると、構えた剣に救力を纏わせ、幻装化した。長剣が変容し、刀身が光の刃と化す。

「シヴュラ。あなたはもうそこにはいないのだろう」

 暴風の渦の中に浮かぶのは、ただの死体だ。そこにはシヴュラの意思も魂も介在しない。ただの亡骸。ただの肉の塊。そうなってまでハルベルトの思うままに破壊を続けなければならないシヴュラのことを想うと、哀しみしかなかった。ハルベルトに対しても、哀れにしか思えない。そうまでしてベノアガルド王家を再興することにどれほどの意味があるのか。なにがそうまで彼を駆り立てるのか。なぜ、彼は変わってしまったのか。

 もはや物言わぬ魂の抜け殻と化した物体を見据えながら、彼は飛んだ。

「だから、遠慮なく行かせてもらう」

 吹き荒ぶ暴風を光刃で切り裂き、その内側へと飛び込む。救力によって得た跳躍力は、オズフェルトの肉体を虚空のシヴュラまで到達させる。だが、しかし。

 シヴュラの全身が光に包まれたかと想うと、真躯が顕現した。

 両肩から放たれる竜巻がオズフェルトを襲った。



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