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第千七百四十五話 変化(一)


 ストラ要塞は、半ば原形を留めぬほどに破壊されていた。

 シヴュラ=スオールの真躯エクステンペストが発生させた暴風は、ストラ要塞を南東部から侵蝕し、城壁や要塞内の一部施設を吹き飛ばしていた。吹き飛ばされたのは兵舎や居住区の一部建物だけではあったが、それでも十分に本来の形が損なわれているといってよかった。シドとの激闘が始まってもしばらくは暴風圏の拡大に力を注いでいたのがシヴュラだ。彼の目的は、ストラ要塞の破壊であってシドの撃破ではなかったということが、その事実からもわかる。しかし、シドとの戦いが加熱し、全力を注がなければならないという事態に至ってはじめて、シヴュラは暴風圏を解除した。それによって、ストラ要塞は、三分の一ほどを消し飛ばされるだけで済んだ、という話だった。

 セツナは、防衛戦の翌朝、レムとともに要塞の被害状況を見て回り、改めて真躯の力の強大さを認識した。

 晴れ渡る空の下、瓦礫され残っていない空き地同然の空間が、ストラ要塞の南東部に広がっていた。城壁も堀もなにもかも消し飛ばされ、その先に横たわっていたはずの荒野もまっ平らな地面になっている。木々や岩、草花も尽く吹き飛ばされ、そのままどこかに運ばれていってしまったらしい。その平地の先、シドとシヴュラの交戦地点は、でたらめなまでの破壊跡が残っているようだが、セツナたちから見える範囲にはなかった。それだけ広範囲に渡って更地にされているということでもある。

 都市がまるまるひとつ収まるほどの範囲が、暴風によって更地になっているようなのだ。

「真躯とはおそろしいものでございますね」

 レムが、半ばまで削り取られた建物の中を覗き見ながら、唖然とした顔でいった。幸い、建物内にいたひとびとは、暴風が要塞を襲い始めてから逃げ出しており、要塞の居住者はほとんど無事だった。最初に吹き飛ばされたものたちは、帰らぬ人となったが、こればかりはどうしようもない。突如として吹き荒れた嵐に対抗する手段など、だれが持ち合わせていよう。無論、無念ではあるのだが。

「まったくだな」

 真躯の力は、偉大というほかない。その事実は、随分前に理解していたことだが、いままさに改めて認識したところだった。

「その真躯に打ち勝たれた方が、なにを仰る」

 振り向くと、シドがこちらに向かってくるところだった。護衛もつけず、ひとりだった。要塞内だからということもあるだろうが、不用心もほどがあると思わざるをえない。もちろん、シドがそれくらい考えていないわけはないのだろうが。

 セツナは、そのこともそうだが彼の体調も心配した。

「ルーファウス卿。休まれなくてだいじょうぶですか?」

「そうでございます。昨夜のこともありますし、もうしばらく休まれては?」

 レムがいうように、シドがシヴュラと死闘を繰り広げたのは、つい数時間前のことなのだ。それから夜が明け、いまに至っている。セツナは大して疲れなかったこともあり仮眠すら取る必要がなかったものの、久々の実戦を行ったレムは疲れ果て、セツナの膝を枕に四時間ほど眠っている。シドは、部下たちへの指示や事後処理に終われ、眠っていないはずだ。

「はは、セツナ殿、レム殿、お気遣いは無用ですよ。わたしは副団長ですからね。休んでいる暇はない」

「しかし……」

「なに、どのみちつぎの戦いでは手を抜くつもりですから」

「はい?」

 セツナは、シドらしくない言葉に怪訝な顔になった。シドは冗談目かしくしていた顔を不意に真面目に装った。

「シヴュラのエクステンペストを斃すには、全力を出すほかなかった。極限まで力を引き出さなければ、わたしのほうが滅ぼされていたでしょう」

「なるほど……」

 ミヴューラの加護である真躯は、ミヴューラが不在のいま、際限なく使うことができないのだというような話を、以前、彼とオズフェルトから聞いている。限りある力をどのように上手く使うかが騎士団幹部の課題であったのだが、シドは、それを先の戦いで使い切ってしまったということのようだ。これでシドは真躯を一生使えなくなったのか、それとも時間経過で回復し、使えるようになるのか、セツナにはわからない。ただ、つぎの戦いでは使えないのは間違いないようだった。

「では、今後の戦いは御主人様におまかせくださいまし」

「ええ、そうさせてもらうつもりですよ、レム殿。セツナ殿にはご迷惑をかけることになるかもしれませんが」

「迷惑だなんて、そんな」

「そうでございます。御主人様のようなお節介焼きには、なんでも申し付けてくださいませ。喜んでやり通しますので」

「おい」

「はは、楽しい方々だ」

 シドが朗らかに笑うのを見て、セツナも笑うほかなかった。レムは確かに楽しい人物ではあったし、彼女の言動がいまのセツナの心の支えになっているのは疑いようもない。彼女がいてくれるから、セツナは安心していられた。

「それで、今後はどうするんです? このままここに留まり、ネア・ベノアガルドの出方を待つんですか?」

「まあ、そうなります」

 シドがレムの覗き込んでいた建物内に足を踏み入れるのを見て、ついていく。倒壊寸前の建物内に踏み込むのは気が引けたものの、シドの無防備な行動についつい従ってしまった。シヴュラの巻き起こした大嵐によって建物の壁や天井が吹き飛ばされ、建物の半分ほどが削り取られたような、そんな状態。中から見ても、極めて危うい状態で均衡を保っていることがわかる。強風が吹くだけでも倒れそうに思えた。危険性を考慮するのであれば、人為的に倒壊させるか、倒れないように補修するべきだろう。

「我々は騎士団ですからね。専守防衛が基本的な考えと思ってくださればよろしいかと」

「その結果、後手に回らざる得ず、多くの犠牲者を出すことになるんだがな」

 ぬっとセツナたちの後方から気配ともども大声を発してきたのは、いうまでもなくベインだ。彼も、騎士団幹部として夜を徹して働いていたらしい。表情に疲れが見え隠れてしていた。それでも休もうとしないのは、シドが懸命に副団長の役割を果たそうとしているから、なのかどうか。セツナの勝手な想像だが、ふたりの関係を見ていると、どうもそう考えてしまう。

 シドが、倒壊寸前の建物の壁に触れながら、ベインを振り返った。

「いくら犠牲が出ようと、理念を無視すれば騎士団は崩壊する。卿もそれくらい、理解しているだろう?」

「もちろん。俺様がいつ理念を無視しろっつったよ。俺ァ別に騎士団が理念のために殉教することを否定してはいないぜ」

「卿の言い方には棘があるな」

「そりゃあまあ、座して死を待つのはなんとやらってな。あまり喜ばしいことでもねえだろって話だ」

「……ああ」

「かといって、ほかに手が打てるわけもない」

 ベインはお手上げだとばかりに壁にもたれかかると、胸の前で腕を組んだ。隆々たる腕の筋肉は、さながら丸太のようだ。そんな腕で殴られた日には、それだけで命を落とすのではないかと想うほど、ベインの肉体は極限に近く鍛え上げられている。セツナも鍛錬を怠ってはいないのだが、彼ほどの肉体にを作り上げることはできず、妥協せざるを得なかった。基本的な体の作りが違うのだろう。身の丈に差もあれば、筋肉のつき方に大きな違いがあるのかもしれない。セツナの身長は、決して高い方ではないのだ。

 シドはベインを見やりながら、なにかをいおうとして、やめた。彼がなにをいおうとしたのか気になったが、尋ねるのも憚られた。冬の冷ややかな風が、影になった建物内を吹き抜けていく。

「御主人様、ひとつ提案があるのですが」

「なんだ?」

 セツナはレムを一瞥して、彼女の妙案を思いついたといわんばかりの表情に目を細めた。

「俺たちだけでシギルエルに行って喧嘩を売るってんのならなしだぞ」

「あら、御主人様ってば、鋭い」

「おまえの考えてることくらいわかるよ」

「あら……」

 なにやら嬉しそうに両手で顔を覆い隠したかと思うと、頬を染めるレムを横目に見て、セツナは肩を竦めた。それからシドたちに視線を戻す。

「俺たちの勝手で騎士団の理念を穢したくはありませんから」

「セツナ殿」

 シドがはっとしたようなそんな反応を見せると、ベインが腕組みしたまま、笑いかけてくる。

「涙がでるくらい嬉しい配慮だが、どうせならセツナ殿に吹き飛ばしてもらいたかったのが本音だ」

「ラナコート卿……」

「冗談だ。気にすんな」

 ベインは笑い飛ばしたが、セツナには冗談とも本気ともつかない微妙な反応に思えて、ひとり考え込まなければならなくなった。もっとも、考え込んでいるほどの猶予は与えられなかった。シドが建物の外へと出ていくのをついていかなければならなかったからだ。レムが慌てて追いかけてくる。セツナは足を止めて彼女を待ち、彼女がすぐ後ろについたのを確認してから、歩くのを再開した。

 それから、四人はストラ要塞の破壊跡を見て回った。被害状況は凄まじいとしか言いようがない。ストラ要塞の敷地内の三分の一ほどが暴風圏に飲まれ、削り取られてしまっているのだ。倒壊寸前の建物は、先程の一軒だけではない。ほかに何軒も似たような状態で辛くも均衡を保っているというような建物があり、騎士たちによって取り壊すべきではないかという話し合いが行われている場面に出くわすこともあった。

 道中、フロード・ザン=エステバンとも遭遇した。

 彼は、夜を徹して働き回っていた騎士たちのために食事を届けていた。そんな雑務は従騎士に任せるべきではないか、というベインの意見に対し、彼はただただ笑うばかりだった。正騎士だからといってふんぞり返ってはいられないというのが、彼の考え方なのだろう。そして、そういう風に動き回るフロードはいかにも生き生きしていて、だれかに強制されているわけでは決してないということが伺えた。

 シドもベインもそんなフロードのことを高く買っているようで、セツナは、なんだか嬉しくて仕方がなかった。



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