表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1741/3726

第千七百四十話 騎士団

 シドがシヴュラと熾烈な戦いを繰り広げている間、セツナたちもまた、闘争の真っ只中にあった。

 ストラ要塞北西部に回り込み、シドのエクステンペストが巻き起こす暴風圏との挟撃作戦を展開したネア・ベノアガルド軍は、その主力として神人を投入していた。だが、それはネア・ベノアガルド軍の将兵にとっても寝耳に水の話であったらしく、何人もの兵士が神人化し、敵味方の見境なく殺戮を始めると、ネア・ベノアガルド軍は、混乱をきたした。必然だろう。神人は、すべての生物の敵であるという認識が広がっている上、その認識で間違いないようなのだ。本来制御できるものではなく、マルカール=タルバーの例を除いて、神人を制御したものはいない。神人化しながら自我を保ったものも、マルカール以外にはいないのだ。

 だからこそ、ベインは憤り、神人へと殺到した。

 ネア・ベノガルド軍の支配者たるハルベルトが神人を軍事利用しているとしか想えなかったからだ。だが、戦場に現れた神人は、なにものかに操られているという風ではなかった。周囲の味方も巻き添えにして暴走したのだ。人間とあらば見境なく攻撃する白化の怪物は、どう見ても軍事的に運用されているようには想えなかった。ただ、それにしたところで、戦闘が激化した途端、兵士が神人化するとは考えにくい。戦場で白化性が発症し、一気に神人化するなどということがあるわけもなかった。最低でも白化症がある程度進行していた兵士を帯同させていたと見るほかなかったし、それ以外に考えられなかった。そしてその場合であっても、マルカールのように神人化を促進させるなんらかの力が働いたという以外に説明がつかない。ひとりふたりならばまだしも、十人以上の兵士が一気に神人と化したのだ。人為的なものを感じないわけがなかった。

 マルカール=タルバーの話を知っているベインが、ハルベルトが神人化を促進させたと疑い、憤るのは当然だった。

 ベインは、籠手を不思議な力――おそらく救力だろう――で変容させると、敵陣の真っ只中へと一足飛びに飛び込み、通常の何倍にも肥大した神人の側頭部を殴りつけた。瞬間、ベインの拳が閃光を発し、白化した頭部が爆砕する。ベインは立て続けに殴り続け、次々と神人の体を爆砕させていく。ベインの幻装による連続攻撃は圧巻というほかない。真躯を用いないのは、用いるまででもないという判断もあるだろうし、無駄に浪費したくないという想いもあり、また、セツナたちがいるということもベインの思考の片隅にあったに違いない。

 ベインが神人化した敵兵を一体斃す間にセツナは、三体の神人を撃滅している。黒き矛の力を引き出したセツナの前では、ただ暴れ狂うだけの神人は動く的でしかなかった。マルカールほどの脅威を感じることもない。ただ、厄介なのは、神人の肉体はどれだけ傷つけても、破壊してもほとんど意味がないということだ。核を見つけ出し、破壊しなければならない。首を切り飛ばしても、心臓を突き破っても、それだけでは神人の殺戮は止まらない。それだけが厄介だった。

「これが神人でございますか。なんとも不気味でございますね」

「まったくだ。神人の対処法は教えたとおりだ。覚えているな」

「……はい?」

「おい」

「どうやら忘却の彼方のようですので、あとで、ゆっくりじっくり、手取り足取り教えて下さいませ」

 などと軽口を叩きながらも、レムは、久々の実戦に奮い立ち、“死神”とともに神人に畳み掛けるような連続攻撃を浴びせていた。レムと“死神”壱号による大鎌の舞。巨大で鋭利な刃が神人の触手を次々と切り落とし、白化部位を尽く切り裂いていく。やがて露出した核をレムの大鎌が切り裂くと、神人の動きが止まった。そこへ別の神人がレムに向かって腕を伸ばす。その腕が、切り飛ばされた。

「さすがはセツナ殿の懐刀、でございますな!」

 フロードだ。幻装化した槍は、二倍ほどの長さになり、薙刀のようになっていた。神人の腕を切り飛ばしたのは、槍の穂先というよりは刀身といったほうが近いだろう。

「フロード様こそ、さすがでございます」

「いやはや、この程度、我らベノアガルド騎士団正騎士ならばできて当然のこと」

 フロードは、謙遜するでもなくいうと、つぎつぎと迫りくる神人の指や触手を尽く切り払い、接近を阻んだ。すると、神人の巨躯が爆音とともに吹き飛ばされる。ベインが、助勢に入ったのだ。肥大した腹部に叩き込まれた拳が爆発し、神人の巨躯を天高く吹き飛ばしている。その神人に無数の矢が浴びせられる。数名の正騎士が弓を幻装化していた。

 セツナはというと、そんな周囲の状況を確認しながら、神人討伐に精を出している。全身が白化し、肥大した神人たちだが、その動きは決して鈍重ではない。むしろ敏捷極まりないといってよく、召喚武装による補助がなければ、セツナは神人の攻撃を避けきれず、たやすく殺されていただろうことは間違いない。一撃一撃が重すぎるのもまた、神人の恐るべき点だ。振り下ろされた巨大な拳が、何人もの兵士や騎士を圧殺し、大地を大きく陥没させた。白化部位から高速で伸びる触手上の肉塊が、兵士たちをつぎつぎと血祭りにあげていく。悲鳴が上がり、血飛沫が戦場を赤く染め上げる。

 セツナは、神人を五体、六体と斃していくが、それでも犠牲者を皆無にすることはできない。神人の攻撃範囲が広いのだ。これでもし、マルカールのような自身を制御する術を持つ神人がいた場合、地獄絵図だっただろう。マルカールは、白化部位を伸縮させるのみならず、光線を発射してきたりもしたのだ。そんな神人が一体でもいなかったことに心底胸を撫で下ろしながら、最後の一体の腕を断ち切り、全身を切り刻んだ。瞬時に復元を始める白化部位の中に核を見出し、矛を閃かせ、両断、神人は復元を停止し、死滅した。

 神人がいなくなると、あとは人間ばかりが残った。

 ネア・ベノアガルド軍の将兵は、神人出現後の混乱から既に立ち直り、騎士団との戦闘を続けていた。ハルベルトが神人を仕込んでいた可能性を知りながら、それでもなおネア・ベノアガルドのために戦わんとする将兵がいる一方、ネア・ベノアガルドの戦い方に疑問を抱いたものもいないではない。そういった連中は、騎士団に投降するという選択肢もなく、戦場を離脱した。一度騎士団を離れたものが、そう安々と騎士団に投降するという行動には移れないのだろう。騎士団は騎士団で、戦場を離脱した連中がベノアに向かっていないことを知ると、黙殺した。追手を出すまでもないと判断したのだ。

 そういうこともあり、神人撃破後のネア・ベノアガルド軍との戦闘は、ほとんど一方的なものだった。終始騎士団側が優勢のまま推移すると、やがてネア・ベノアガルド軍は撤退を開始、ベインは追撃命令を下すこともなく、戦闘の終了を宣言した。騎士団騎士たちが追撃したところで大した成果も挙げられないだろうし、無駄に戦力を消耗するだけに終わるかもしれない。なにより、勝利したとはいえ騎士団側も無傷では済まなかった。死傷者が多数、出ている。それらの要塞への搬送や事後処理のことを考えると、追手を放つのは無駄であるとベインが判断したのも納得がいく。

「あっちも、終わったようだな」

 ベインが振り返った先には、ストラ要塞が一見無事な姿を見せていた。頭上を覆っていた暗雲が晴れ、見事なまでの星空が広がっている。その夜空に瞬く星々と月の光が、ストラ要塞を夜闇の中に浮かび上がらせているのだが、セツナたちから見える範囲は無事な様子なのだ。シヴュラのエクステンペストが巻き起こした暴風の直接の被害にあったのは、ストラ要塞の南東側だ。北西部のこちらからはどういう状況かわからなかった。もしかすると南東側はとんでもない状態になっているのかもしれないし、無事にしのぎ切ることができたのかもしれない。

 ただひとついえることは、シドとシヴュラの戦闘は終わり、おそらくシドが勝利したらしいということだけだ。

「ルーファウス卿が勝ったようですね」

「ああ、シドなら勝つにきまっているからな。心配していなかったさ」

 ストラ要塞を見やるベインの横顔は、青白い月光を浴び、いつもとは打って変わった穏やかな一面を見せていた。戦場で見せた“狂乱”のベインらしさは、どこにも見当たらない。戦時と平時ではひとが変わるのが、彼なのだろう。

「こっちはこっちで、あんたたちのおかげだ。セツナ殿、レム殿」

 ベインが、改めてこちらを見てきた。

「おふたりのおかげで、騎士団は犠牲を最小限に抑えることができた。協力、感謝する」

「協力すると約束したのです。感謝されるほどのことではありませんよ。それに」

「それに?」

「死者が出てしまった時点で、なんとも」

「……それは仕方のないことだ」

 ベインが嘆息混じりに身振りをする。

「戦争なんだ。戦場にでればだれかは死ぬものだ。それに相手は元騎士団騎士ばかりだった。だれひとり死なずに勝利をもぎ取れるほど、容易い相手じゃあないのさ」

「それは……理解していますが」

「あれだけの戦いをして、死者が五十人に満たなかったんだ。それで十分だよ」

「……はい」

 それ以上、セツナは食い下がろうとはしなかった。ベインの言いたいこともわかる。ベインだって、自軍に死者が出たことを喜んでいるわけではない。皆無に抑えることができればそれに越したことはないとは想っているだろうし、いつだってそれが最上であることは知っているはずだ。しかし、そうすることができないという事実もまた、認識している。

 セツナだって、それくらい理解してはいるのだ。これまで、数え切れないくらいの戦いを行い、乗り越えてきた。死者のいなかった戦いなど、ほとんどない。敵は無論のこと、味方の損害を完全に抑えるのは、たとえ黒き矛を持つセツナでも難しい。

 それができるのは、クオンくらいなのではないか。彼の盾は、味方のみを護ることができる。クオンとシールドメサイアならば、無血勝利も難しくはない。無論、彼の場合、ひとりでは勝利することなどできないが。

 セツナの場合は、逆だ。セツナひとりで戦うならば、自軍に被害が出ることなく勝利をもたらすことができるだろう。自分ひとりが敵の攻撃対象となれば、気兼ねなく戦うことができたし、遠慮する必要もない。が、そのような戦いにどれほどの意味があるのか、といえば、唸らざるをえない。騎士団がそれを望むのであれば、応えてもいいが、騎士団がセツナに戦いのすべてを委ね、任せきるわけもない。それは、騎士団の理念にも悖る行いだ。

 騎士団は、騎士道によって成り立っている。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ