第千七百三十五話 風来雷臨(二)
エクステンペスト。
かつて神卓騎士団の十三騎士に名を連ねたシヴュラ・ザン=スオールの真躯であり、“疾風”の異名を持つ彼の能力を最大限に発揮するその姿は、風のみならず雨をも操り、大地を揺り動かし、まさに天変地異の化身といっても差し支えがなかった。
ストラ要塞を飲み込まんとする暴風圏の範囲は凄まじいというほかなく、オールラウンドの全力でもってしても匹敵するほどの範囲を攻撃できるのかどうかといったところだ。暴風圏は未だに拡大を続けており、大地を掘削し、土砂を巻き上げ、豪雨を巻き込み、泥流の洪水となってすべてを破壊し続けている。このままではストラ要塞とその辺り一帯がエクステンペストの力によって蹂躙され尽くし、滅ぼされるだろう。
故にシドは、全力で彼を討たんとした。
シヴュラが風神を駆るのであれば、シドは雷神を駆る。
真躯オールラウンドを顕現したシドは、雷光の速度で暴風圏を突破し、シヴュラへと肉薄した。エクステンペストの肩当てが展開するとともに放たれたふたつの竜巻が、シドを迎撃せんとする。が、即座に左に翔んだシドは、そのままシヴュラの背後へと回った。分厚い暴風の壁を突破すれば、そこは無風地帯であり、態勢を維持するために気を使う必要はなかった。ただ、オールラウンドは、エクステンペストやヘブンズアイのように長時間滞空することはできないということは考慮しておかなくてはならない。空中戦に発展すれば、不利となる。
シドは、シヴュラの背後を取ると、即座に襲いかかった。電光石火の速さで背後に迫り、稲妻の剣を突きつける。閃光が散り、音が響き、反動が手に走った。シヴュラの三叉槍がシドの剣を絡め取っている。こちらを振り返りもせず、腕と槍だけ動かして対応されたのだ。
「一切の容赦、躊躇のない動きだ。ルーファウス卿らしい」
「シヴュラ。あなたとは何度やりあったか」
「その通り。なればこそ、卿の動き、手に取るようにわかる」
シヴュラの声は、穏やかだった。このような状況にありながら、平穏を保ち続けている。故に、彼の視野は広く、思考も明瞭であり、技も研ぎ澄まされているのかもしれない。シドは、三叉槍に絡め取られた剣から手を離し、後ろに飛んだ。そのまま、降下する。滞空時間の限界はまだまだ先だったが、余裕があるうちに着地するべきだと判断した。頭上から、接近してくるものがある。
先程回避した竜巻が大きく迂回してシドを追いかけてきたのだ。追尾能力を持った竜巻。厄介としかいいようがない。竜巻の速度は尋常ではない。かわしてやり過ごすのは困難を極める上、破壊力も凄まじいに違いない。
「だから、わたしがあなたに当たるのだ」
着地と同時に竜巻を睨み末、エクステンペストが稲妻の剣をこちらに向かって投げつけてきたのを見た瞬間、シドはオールラウンドを電化させた。電光そのものとなって上空へと移動し、ふたつの竜巻を通過する。竜巻はシドを追いかけようと急速旋回し、激突、相殺して消滅した。オールラウンドは、左手だけを実体化させることで、稲妻の剣を受け止めている。
「ほう?」
エクステンペストの頭上へと至り、そこで改めて全身を実体化させると、エクステンペストがこちらに向かって投擲態勢を取っていた。三叉槍を大きく振りかぶり、投げ放つ。三叉槍は黒い竜巻を纏ったかと思うと、一瞬にしてオールラウンドの左肩を貫いている。実体化の刹那を狙われては避けようもない。激痛の中、シドは稲妻の剣を右手に持ち変えると、切っ先をエクステンペストに向けた。剣先より打ち出した稲妻が視界を灼きながらシヴュラへと殺到するも、風の障壁に激突し、空中でばらばらになった。並の攻撃では装甲を傷つけることもできない。わかっていたことではある。
「ベインでは、あなたにいいように操られるだけだ」
「それは、ラナコート卿を見くびっているのではないか?」
「違うな。あなたを正当に評価しているだけのこと」
シドは、シヴュラが再び竜巻を放ってきたのを見るより早く、その場から動いていた。円周上に高速移動をしながら、でたらめなまでに雷撃を放ち、その上で降下していく。雷撃の乱れ撃ちのほとんどはシヴュラの障壁に防がれ、空中で四散しただけに終わるが、そのうちいくつかは追尾竜巻を相殺するという大任を果たした。着地とともに能力を開放する。
「力だけならばベインはあなたを遥かに凌駕する。それは間違いない。怪力だけでベインに敵う十三騎士はいない。ハイパワードならなおさらだ。だが、こと戦闘技術において、あなたがベインに打ち負かされる絵が見えない」
「自分ならば、それができると?」
「力はあなたに及ばず、技はあなたに届かない。それがわたし、シド・ザン=ルーファウスの現実」
「それでよく戦う気になれたものだ」
上空からこちらを見下ろすエクステンペストの装甲が美しく輝いている。翡翠色の装甲。シヴュラの想像する風の色。逆巻く嵐が真躯の手に収束し、三叉の槍を形成していく。再び、投擲してくるつもりなのかもしれない。先程のように電化の数少ない弱点である、解除直後の刹那を狙われては手も足も出ない。電化中に攻撃ができるのであれば常に電化していればいいが、そううまくいくわけもない。
「彼がいるのだろう? 聞いたよ、セツナ=カミヤが騎士団に協力している、とね。だからこそ決行しなければならなくなったのだが……それはともかくとして、卿が騎士ならば彼に頼るべきだ」
「騎士ならば?」
「そうだ。よもや騎士団の理念を忘れわけではあるまい。ベノアガルドの騎士たるもの、命を無駄に捨てるべからず。民がため、ひとがため、身命を賭して戦う――といえば聞こえはいいが、無駄に命を捨てることに何の意味もあるまい。命の使い所を見極めることこそ、騎士団騎士に求められること」
「あなたが騎士団を語るか!」
「語るさ」
シヴュラが、無造作に三叉槍を投げ放ってきた。黒い竜巻と化した槍は、一瞬にして大地を貫き、爆発的な風圧によって破壊を起こす。広範囲破壊攻撃。先程、オールラウンドの左肩だけが破壊されたのは、真躯の強度がそれだけ優れているからに過ぎない。常人ならば跡形もなく消し飛ぶほどの破壊力なのだ。
シドは飛び退いて避けたものの、反応がわずかでも遅れていれば、なにがしかの部位が破壊されていたのはいうまでもない。
「わたしにも、騎士団騎士としての矜持がある」
「ならばなぜ、ハルベルトについている!」
「それがわたしの騎士道がため……!」
「あなたの騎士道だと」
シドは、エクステンペストを睨みつけると、オールラウンドの全力で飛んだ。エクスエテンペストの両肩から竜巻が放たれる。追尾能力を有した竜巻。オールラウンドの光背を展開し、全力の雷撃で迎え撃つ。無数の蛇行する雷の帯が迫り来る竜巻に激突し、爆発が巻き起こる中をシドは突っ切り、エクステンペストを間合いに捉えた。稲妻の剣を振り上げる。
「騎士団を裏切り、護るべきひとびとのことを考えず、望まれぬ王家の再興を謳うことがか!」
「まさか」
シヴュラが、一笑に付す。
「わたしがそれほど愚かではないことくらい、知ってくれていると想っていたのだが」
いつの間にか出現していたシヴュラの槍が、シドの剣を受け止めている。雷の剣と嵐の槍。互いに強大な力が発生し、ぶつかり合い、空間を歪ませた。電光が爆ぜ、旋風が逆巻く。シドは、ここぞとばかりに光背の雷撃を乱射し、エクステンペストに叩きつけんとした。
「知っているからこそ、受け入れられなかった! あなたがハルベルトについたという事実を!」
シドが咆哮とともに放った全方位同時雷撃は、オールラウンドの全周囲に凄まじいばかりの雷の嵐を巻き起こし、なにもかもを焼き尽くす最大威力の攻撃であり、彼は、自分の意識さえ焼き切れるほどの力の奔流の中で、エクステンペストの外装がひしゃげ、壊れ、砕けていくのを確かに見た。




