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第千七百三十二話 嵐の前に静けさを(後)

 ストラ要塞は、ベノアの南東に位置し、さらに南東のシギルエルとベノアの直線上の中間点に存在する騎士団の重要拠点だ。かつてはベノアガルドの最重要拠点と呼ばれるほどの都市であり、ベノアに次ぐ都市として栄華を極めていた。あるときから城塞化が進み、いまではベノアガルド最大の砦として知られている。

 シギルエルに本拠を置くネア・ベノアガルドがベノアを攻め落とすつもりであるならば避けて通れない場所に位置しており、いずれネア・ベノアガルドとの戦場になることは騎士団も想定していたことだ。

 そのため、ストラ要塞には、総兵力六千の半数である三千を宛てがっており、いつネア・ベノアガルド軍が攻め込んできたとしても防衛しきれるよう、防備を固めていた。残り三千のうち二千が首都ベノアの戦力となり、一千はロウファ・ザン=セイヴァスとともにサンストレアに入っている。

 サンストレアは、ベノアガルド領最南端の都市であり、シギルエルを北東に見やっている。ネア・ベノアガルドが騎士団の支配地をすべて滅ぼすつもりであるならば、サンストレアも攻め込まれる可能性があり、そのため、十三騎士のひとりと配下の一千名を駐屯させたのだ。もし万が一ネア・ベノアガルド軍が攻め寄せてきたとしても、ロウファならば対応できるという判断の元だ。

 そしてストラ要塞には、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートが入っていた。

 ベインもまた、十三騎士のひとりだ。彼ならば、ネア・ベノアガルド軍のいかな侵攻にも耐えられるはずであり、撃退できると見たのだ。

 実際、十二月二十八日、ネア・ベノアガルド軍の奇襲を受けたストラ要塞だったが、ベイン率いる騎士たちの奮闘によって軽々と撃退され、事なきを得ている。大した損害もなく、死傷者もほとんどでなかったという。それはネア・ベノアガルド軍も同じであり、ベインは、この度の奇襲を騎士団の戦力を知るための威力偵察と見ていた。

 年が明け、大陸暦五百六年一月一日、セツナは、シド・ザン=ルーファウスとともにストラ要塞に到着し、そこでベインたちからネア・ベノアガルド軍との戦いの有り様を聞いた。

「どうもこうもねえ。ただの威力偵察だろ、ありゃあ」

 彼は、シドの質問に対し、報告書通りのことをいった。セツナたちがストラ砦に辿り着いて早々のことだ。セツナたちをみずから出迎えてくれたベインに向かって、シドが開口一番に質問したのだ。

 ネア・ベノアガルド軍は、およそ一千の兵力でもってストラ要塞を夜襲したという。それに対し、ベインたちは慌てず騒がず応戦し、たやすく追い散らした。

 遠目に見れば黒い山のように見えるストラ砦は、見るからに堅牢そうであり、通常戦力だけならば落とすことは困難だろう。召喚武装や真躯を用いれば、そうでもないのかもしれないが、ベインの存在がそれを許すまい。ベインも真躯の使い手だ。

「いまさら、なんのために?」

「さあな。ハルベルトの考えることなんざ、俺にわかるかよ」

「それもそうだが……」

 シドとベインは、ハルベルト=ベノアガルドのことがよくわからないといった様子だった。ハルベルトはかつてこの地の支配者であったベノアガルド王家最後の生き残りであり、彼らにとっては、主筋に当たる人物だった。騎士団の革命によってベノアガルド王家は滅ぼされ、唯一生き残ったハルベルトも、騎士団に入ることを条件に生き延びている。ハルベルトはその後、シヴュラ・ザン=スオールに薫陶を受け、騎士として目覚ましいほどの成長を遂げていったということだが、本質そのものは変わらなかったのかもしれない。

 ベノアガルド王家の人間という本質。

 もちろん、そんなことは知りうる限りの情報からの推測にすぎない。本当のところは、当の本人であるハルベルトにしかわからないのだ。余計なことは考えないほうがいいのかもしれない。

「しかし、これでわかったことがある」

「なんだ?」

「ハルベルトが、本気だってことだよ」

「……ああ」

 ベインの面白くもなさそうなまなざしに、シドは苦い顔でうなずいた。

 ハルベルト率いるネア・ベノアガルドが本気で騎士団率いるベノアガルドを滅ぼすつもりだということが、先程の戦いで明らかになった。

 これまでは、ハルベルトがそう発言しているという情報しかなく、可能性という程度に収まっていたのだ。しかし、今回、ネア・ベノアガルド軍が騎士団領ストラ砦を攻め込んできたことは、ハルベルトが騎士団を相手に戦争を行う腹づもりであることが確定してしまった。ベインもシドも複雑な心境を表情に覗かせたのは、よくわからないとはいえ、数年もの間、命を預けあった同僚であり、認めていた相手であるからなのだろう。

 ルヴェリスも、ハルベルトの離反はマルカールやイズフェールのことより衝撃的だったと話していた。

「ま、ネア・ベノアガルドだろうがなんだろうが、負けるこたあねえがな」

「随分な自信だ」

「は。こっちにゃあ、黒き矛殿がいるじゃあねえか」

「ふ……そうだな」

「俺ですか?」

「期待しておりますよ、セツナ殿」

 ベインがセツナの背中を豪快に叩いてくる。猛烈な痛みに顔をしかめると、レムがくすくすと笑った。彼女はもう車椅子を必要しなくなっており、自分の足で思うままに歩き回っている。そのことを喜ぶ一方で、彼女はセツナに甘えることができなくなったのが残念だ、などと宣っていたりする。

「セツナ殿が入られただけで、我が方の士気はいや増しました。これがどういうことかわかりますか?」

 シドの質問にセツナは首を横に振った。彼がなにをいっているのか見当がつかない。

「騎士団騎士の間では、あなたの存在は語り草になっているのですよ。十三騎士全員の猛追から逃れきった唯一の存在としてね」

「それは……」

 ラグナのおかげだ――といおうとしたが、シドの涼やかな笑みがセツナの言葉を飲み込んでしまった。彼は、すべてをわかった上で、いってきている。

「真実と巷に流れる事実は異なる、ということです」

「はあ」

「まあ、セツナ殿があのときよりも強くなったのは、二年前のあの日に確認できたわけですから、訂正せずともなんの問題もないでしょう」

 シドのいうあの日とは、ガンディアとベノアガルドの交渉がため、サントレアを訪れたときのことに違いない。あのとき、セツナは黒き矛の力を確かめるべく、シドに再戦を頼み込んだ。真躯オールラウンドに完敗した初戦からどれほどの変化が起きているのかを確認するには、シドに挑戦する以外にはなかった。そして、その結果、セツナは見事オールラウンドを駆るシドを撃破することに成功したのだ。

 あのときの感動は、いまも覚えている。

 黒き矛の力を隅々まで引き出すことができたのだ、と想いこんでしまったほどだ。実際には、カオスブリンガーに秘められた能力の一端しか使いこなせていなかったのだが。それでも真躯オールラウンドを圧倒できたのだから、おそろしい。もっとも、真躯オールラウンドも真価を発揮したわけではなく、実戦形式の練習試合といっても過言ではないくらい、あてにならないものではあった。

 セツナは、右手で拳を握り、シドの目を見た。

「あの日よりも、さらに強くなった……っていったら、どうします?」

「ほう」

 シドが目を細めると、ベインが隣からこちらを見下ろしてきた。シドもベインもセツナより長身だが、ベインのほうが一回り大きい。至近距離にいると、圧迫感が強烈だった。ベインは、全身が分厚い筋肉の鎧を纏っているような巨漢であり、以前よりも遥かに威圧感が増している。この二年、騎士団の任務の合間合間に鍛錬を怠っていない証明だろう。

「それは良いことを聞いた。ならばなおさら、セツナ殿を頼っていいということですな」

「はは、そうなるんですか」

「無論、我々も力を尽くし、騎士の有り様を世に示しますがね」

 ベインが胸を張っていうと、シドが厳かにうなずいた。

 嵐の前の静けさが、ストラ要塞を包み込んでいた。

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