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第千七百十九話 現状報告(一)

「よくぞ、参られた。セツナ殿、レム殿」

 神卓の間に入るなり、騎士団長オズフェルト・ザン=ウォードは席を立ち、セツナたちに歩み寄ってきた。副団長シド・ザン=ルーファウスを伴い、セツナたちの前で足を止める。ふたりとも、二年前から大きな印象の変化はなかった。

 オズフェルト・ザン=ウォード。“光剣”の異名を持つ十三騎士であり、かつてはフェイルリングに次ぐ副団長という立場にあった。フェイルリングがクオンたちとともにガンディアに向かうこととなったとき、万が一のことがあれば彼が団長の役を引き継ぐことに決まったそうだ。そして、フェイルリングたちが帰らぬひととなったことで、オズフェルトが騎士団長となり、騎士団を率いることになった。

 北方人らしい雪のような白い肌を持つ美丈夫であり、灰色の髪と緋色の目が特徴的だった。鍛え上げられた肉体はさすがは十三騎士というべきものであり、騎士団制服に刻印された光の輪の紋章が美しい。

「お久しぶりです、ウォード卿、ルーファウス卿」

「こちらこそ、お久しぶりですね、セツナ殿」

 シドが、恭しく頭を下げてくるが、セツナは、軽くお辞儀をすることしかできなかった。両腕でレムを抱えているため、動作に制限がかかるのだ。シドもオズフェルトもそのことについてなにもいってはこなかったものの、気にならないはずもなかった。レムは、城に入ってからというもの、数多の視線が突き刺さることに羞恥心を覚えたのか、顔を俯け続けている。

 シドも、外見上の大きな変化はない。たった二年だ。そう変わるものでもあるまい。見事なまでの白髪は白い肌によく似合っている。黒い瞳は相変わらず澄み切っていて、不純物が見当たらない。同じく厳しい鍛錬によって練り上げられた体には騎士団の制服を身につけ、稲妻の紋章が輝いている。

「フィンライト卿も、此度の任務御苦労だった」

「苦労というほどのものでもありませんわ。ただ、ケイルーン卿の様子を確認しにいっただけのことですし」

「しかし、そのおかげで、セツナ殿、レム殿を無事ベノアまで移送することができたのでは?」

「セツナ殿は元々ベノアに来る予定だったみたいなので、あまり変わりはありませんよ」

 ルヴェリスが謙遜するので、セツナは口を開いて話に割り込んだ。

「フィンライト卿が来られなかったら馬車が用意できなかった分、多少、面倒だったのは間違いないですよ」

「ほう?」

「そうなの?」

 オズフェルトとルヴェリスの反応を見てから、セツナは、レムを覗き込むようにした。レムは、極力表情を見せないようにしている。そういうレムの反応を見るのはめずらしいこともあり、なおさら愛おしく思えた。

「二年間、ずっと眠り続けていましたから」

「なるほど……そういうことでしたか」

「さきほどからの疑問が氷解しましたね」

(やっぱり)

 セツナは、内心苦笑するほかなかった。オズフェルトもシドも、セツナがレムを腕で抱えていることに対し、違和感を覚えていたのだろう。ただ、それを口に出すのは憚れる気がしたのだ。なぜかはわからないが。

「ところで、立ち話もなんですし、座りませんか?」

「ルーファウス卿のいうとおりだね。気が利かず、申し訳ない」

 オズフェルトが思いもよらず頭を下げてきたので、セツナは驚いてしまった。

「少々、興奮してしまったものでして」

「興奮……ですか?」

「セツナ殿をこうして迎えることができたのです。興奮せずにいられましょうか」

「よく……わかりませんが」

「まあ、話はおいおいいたしましょう。まずは席にかけてください」

 シドが指し示したのは、神卓の間の中心に配置された大きな円形の卓だった。背もたれつきの椅子が円卓を取り囲んでいる。その数、十三。十三騎士のうち、生き残ったのは七人という話だが、それでも十三席用意しているということは、全員が生き残って戻ってくることを信じたからなのか、どうか。

「神卓じゃないんですね」

 セツナは、手前の椅子にレムを座らせると、自分はその右隣の席に座った。

 神卓は、奇妙な形状をした卓だった。十三の凹凸がある異形の卓。しかし、その異形の中に神秘があり、幻想が潜んでいた。救世神ミヴューラのことだ。

 そんなことを思い出す。

「ミヴューラ神は神卓に封印されていたものですからね。ミヴューラ神が儀式の中心地に向かうには、神卓ごと運び込むしかなかった」

「じゃあ神卓は……」

「どうなったのか」

 セツナの対面の席についたオズフェルトが、視線を卓の上に落とした。右隣にシドが座ると、ルヴェリスはセツナの右隣の椅子に座った。こちらを見て、微笑んでくる。まるで心強い味方がついてくれたような気がするが、そもそも、オズフェルトもシドも敵対関係にはない。

「“大破壊”の中で砕け散ったのか、それとも、ミヴューラ神を封印し続ける力が神卓そのものを守りきったのか。我々には知りようがない」

「そう……ですか」

「なにもわからないのです。わかっているのは、あの“大破壊”が起きたとき、フェイルリング団長閣下をはじめとする十三騎士六名の生命が消滅したということ」

 オズフェルトの話は、ルヴェリスの説明とまったく同じことだった。つまり、十三騎士は魂の深奥で繋がっていて、どれだけ離れていても生命活動の有無を認識できるということだ。セツナとレムの関係に少し似ているが、まったく異なるものであることは想像に難くない。互いに生命力を供給しあっているというわけではあるまい。であれば、フェイルリングたちもまた、不老不滅であるはずだ。だが、そのようなことはなかった。

 フェイルリングも、テリウスも、ほかの四名も、世界を聖皇復活の脅威から守るために命を燃やし、焼き尽くした。

「さて、どこから話しましょうか」

「どこから……」

 オズフェルトの穏やかな笑みにセツナが困惑していると、隣のルヴェリスが軽く手を上げた。

「報告を先にさせてもらえるかしら」

「ええ、どうぞ。フィンライト卿」

 シドがにこやかに促すと、ルヴェリスは、騎士団第三休息所での出来事を手短に報告した。

 ルヴェリスが第三休息所に向かったのは、テリウスの安否を確認するためであり、それは騎士団の任務だった。テリウスが“大破壊”時に命を落としていることは騎士団幹部の共通認識であり、第三休息所の彼が幻のような存在であることはわかっていた。だからこそ、時折、安否を確認する必要があったのだという。神の力の残り香が、いつまでも残り続けているわけもない。いずれ力尽き、消え去るのは目に見えていた。もしテリウスが消失した場合、彼の代わりに第三休息所に眠るレムを護衛しようというのが、騎士団が会議で下した結論だったという。

 騎士団にしてみればなんの関係もないレムの護衛に戦力を割くなど言語道断なはずで、実際そういう意見もあったようだが、第三休息所をクリュースエンドの騎士隊やサンストレアの市軍の手から守るという大義名分を掲げることで、反論をかわしたそうだ。

 騎士団の休息所は、拠点にもなりうるのだ。敵対勢力から守るために戦力を配置するのは、なにも間違ったことではない。その真意が何であれ、必要不可欠なことだった。もちろん、それはテリウスの無事が確認されなければ、の話だった。テリウスが存在しているのならば、彼に任せればいい。それが騎士団の考えであり、レムを守ろうというのも、彼の騎士道への騎士団なりの敬意だという話だった。

「彼は、生真面目すぎるくらいに騎士であろうとした。理想の騎士を体現するためにも、彼は、あなたとの約束を果たそうとしたのだ。あなたを守り、救ってみせること。それが彼が目指す騎士道へと通ずる道だったのだろう」

 オズフェルトのテリウス評に限った話ではないが、十三騎士の彼への評価というのはいまのセツナならば納得できるものばかりだった。潔癖すぎるくらいの生真面目さが、彼を亡霊の如くこの世に留まらせ、レムを守り続けさせたのだろう。

 オズフェルトにとってテリウスを失ったのは、余程痛恨だったらしく、セツナとレムが伝えるテリウスの最期に涙さえ流していた。オズフェルトは、革命後、殺人罪で投獄されていたテリウスの罪状を調べ上げ、彼の正義感の強さに心を打たれたのだという。その後、部隊長の罪を告発し、減刑するなど奔走したオズフェルトにテリウスが希望を見出すのも当然だった、とルヴェリスがいった。その後、騎士団に入ったテリウスは、すぐさま十三騎士となったのだそうだ。ほかの十三騎士と折り合いが悪いのも、わからなくはない話だった。

 そんなテリウスの話から、サンストレアの話に至り、マルカール=タルバーが神人であったという大事件についての話に及んだ。もっとも、オズフェルトのもとにはロウファからの報告書がすでに届いており、詳しく説明する必要はなかった。

 ただ、オズフェルトは無念そうな顔をした。

「マルカール殿は、紛れもなく騎士としての正道を邁進していた。彼がサンストレアの独立をいい出したときも何事かとは想ったが、騎士団の現状を考えれば道理とも思えたよ」

 騎士団は、“大破壊”によって主力の大半を失ったのだ。さらにベノアが半壊にも等しい大打撃を受けていた。騎士団の庇護下にはいられないとマルカールが言い出すことには、一理はあったらしい。イズフェール騎士隊統治下のクリュースエンドがその後に続いたことを考えれば、騎士団の影響力が“大破壊”を境に急激に低下していったことが想像できる。

「それがまさかとっくに神人化していたとは」

「神人化していただけならばまだしも、神人となってなお自我を保っていられるものがいるとは、驚愕に値することでしたよ」

 難しい顔をするシドを見つめながら、セツナはだれとはなしに問いかけた。

「そもそも、神人化ってなんなんです? 俺、詳しく知らないんですよね」

 質問したのは、サンストレアで聞いた話だけがすべてとは思えなかったからだ。

「……白化症と、我々が呼んでいる症状については、御存知ですか?」

「それも、多少聞いた程度で、詳しくは……」

「わたくしはまったく」

「そういえば、そうだったな」

 話に置いてけぼりをくらい、レムは、きょとんとしていた。

 うっかりしていたわけではないが、セツナはレムに、この神人や神獣といった化け物が猛威を振るう現状についてなにも説明していなかったことを思い出した。

「白化症と我々が呼ぶ症状は、“大破壊”以降、人間や様々な動物に発症するようになった症状のことです。肉体の一部が白く変色し、さらに変質もしていく症状でしてね、発症したものは断続的な苦痛に苛まれ、徐々に意識を失っていくといわれています。白化症は、ときとともにその勢力を強めていき、やがて全身を白く変質させ、ついには患者を昏睡状態に陥らせるのです。が、それだけならばまだいいのですが、白化症のおそろしいのはこの後です」

「それが、神人化ですね?」

「ええ。白化症に全身を冒され、脳を支配された人間や動物たちは、周囲の生物を見境なく襲い、破壊と殺戮を繰り返す凶暴な怪物へと変貌するのです」

「そんなことが……本当にあるのでございますか?」

「信じられないかもしれないが、本当なんだ。俺もこの目で見てる」

 白化症患者そのものを見たわけではないが、神人と化し、暴れ回るものたちについては思い切り見ていた。

「神人化した人間を止めるには、白化した部位に生成される核と呼ばれる物質を破壊する以外にはありません。核は、神人化した人間の力の源であり、核を破壊しない限り、周囲に被害を及ぼし続けるのが神人の恐るべきところなのです」

「実際問題、ベノアでも神人は猛威を振るったわ。上層下層関係なく破壊して回ってね。わたしたちがいたからすぐに対処できたけれど、それでもベノアには甚大な被害が出てしまった。騎士団が信頼を失うのも無理のない話よね」

「神人を討伐することそのものは、真躯を用いれば容易いことです。が、ミヴューラがいないいま、我々には、真躯を使い続けられるだけの力は残っていないのです」

「わたしたちの使っている力は、神の力の残り香のようなものよ。ケイルーン卿と同じくね」

「そうだったんですか……俺はてっきり真躯は自由に使えるものだとばかり」

 ロウファの真躯ヘブンズアイの威容が脳裏を過る。闇の空に瞬く天の眼は、神人などと比べるまでもなく神々しく、感動さえ覚えたものだ。

「使えること使えますが、最大限の力を引き出すことはできませんし、制限が大きいのです」

「あまり頼りすぎて、いざというときに使えなくなるのは困るでしょう?」

「確かに……そのとおりですね」

「ミヴューラがお与えくださった力とはいえ、過信し、見誤るわけにはいきませんからね」

 オズフェルトが両手で拳を作ると、大事そうに握りしめた。

 神の力の名残り。

 ルヴェリスがテリウスを指していった言葉だ。聖皇復活を阻止する中で命を落としたテリウスの遺志が、彼に宿っていたミヴューラの力によってひとの形を取ったもの。それこそがあのテリウスだったのではないか、とルヴェリスは考えている。セツナもその考えに異論はない。テリウスのどこまでも真っ直ぐで、眩しいばかりの心が神の力を動かし、テリウスの肉体を形作り、彼の想いを遂げさせたのだろう。その想いというのが、レムとの約束を果たすことだったということが、セツナには強烈に響いている。

 その残り香が完全になくなったとき、彼は消滅した。

 であれば、オズフェルトたちがその残り香とでも言うべき力を使いきれば、どうなるのか。さすがに生きている人間である彼らが消滅することはありえないだろうが、オズフェルトたちが真躯や幻装といったミヴューラ依存の力を使えなくなる可能性は大いにあった。

 彼らがその力を大切に扱おうとするのも当然の話だ。

 それを考えると、サンストレアの神人たちを相手にあれだけのことをしたロウファは、大盤振る舞いというほかあるまい。それだけ、神人による被害の拡大を防ぎたかったのだろうが。

「そういうわけで、ミヴューラの助けなく白化症や神人化について知ることができたのは、幸運というほかなかったのですよ」

「幸運?」

「ベノアに迷い込んできた方がいましてね。その方が、白化症、神人化について詳しかった」

「へえ……」

 気のない返事をしたのは、セツナと関わりのない人物だと想ったからだ。知ったところで、関わることもなさそうだった。しかし、オズフェルトは、意味ありげな微笑みを浮かべて言うのだ。

「詳しくお聞きになられたければ、あとで医術院に行かれるといい。懇切丁寧に教えてくれると想いますよ」

「はあ」

 セツナは、またしても気のない返事をしながら、オズフェルトの笑みの真意を考えていた。



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