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第千七百十二話 眠れる死の女神

 ベノアガルド騎士団第三休息所。

 騎士団が国内の各所に設けた休息所は、主に演習や訓練に使われる施設であり、ベノアガルドの広々とした大地を利用した実戦形式の訓練において、よく利用されていたらしい。ベノアガルド領内の各所に点在しており、騎士団の各部隊が勝手に使うことを許されていた。しかし、第三休息所は、“大破壊”以降、騎士団幹部以外には触れ得ざる禁断の地となり、騎士団騎士たちにとっても謎めいた場所になっていたという話を、セツナはフロードから聞いた。

 死神の寝所と呼ばれるようになったのも、ちょうどその頃だという。

 もちろん、その呼称の由来は、第三休息所で我が物顔で眠る死神レムだ。死神レムの名は、セツナが有名であるが故に知られているのだ。ガンディアの英雄の名が知れ渡れば知れ渡るほど、関係者の名も有名にならざるをえない。特にレムは、セツナに影に日向に付き従う従者であり、死神だ。彼女の能力ともども語り草になるのは必然だった。

 そんな彼女の寝所がなぜ禁断の地となり、騎士団幹部以外が訪れることもできなかったのかは、定かではない。そもそも、レムをこの場所に留め置く理由も不明のままだった。レムが眠っているだけならば、馬にでも縛り付けて運べばいいだけのことだ。休息所よりも騎士団本部のあるベノアのほうが、安全だろうし、テリウスの負担も減るはずだ。

 と、思っていたのだが、レムの寝所である建物に足を踏み入れた途端、彼はあっさりと理解した。死神の寝所の由来も、レムを動かすことができないのも、完全にわかった。

 死神の寝所と銘打たれた建物の玄関を入ると、正面に広間がある。広間の中心には、大きな楕円形の卓があり、たくさんの椅子が卓を囲んでいる。その卓を寝台のようにして眠っている少女の姿が真っ先に目に飛び込んできたのは、彼女を探し求めていたからだろうし、忘れようもないからだ。成長の止まった彼女は、二年前からなんら変わった様子がない。楕円の卓の上、仰向けになって眠っている。

 広間は、吹き抜けの空間になっており、天井の採光窓から降り注ぐ光が、死神の寝姿を幻想的なものに見せていた。セツナが見とれてしまったほどに美しい光景だったが、問題は、そこではない。幻想的なまでに美しいから動かすのが憚れるとか、そういう情緒的なことではないのだ。

 卓の周囲には、眠る少女を護るようにして、“死神”たちが佇んでいた。レムが無意識に発現させたのだろう“死神”たち。壱号を除く五体の“死神”は、レムへの接近を自動的に阻んでいるに違いなかった。テリウスがレムをベノアまで連れて行くのを諦めるのは道理だった。レムを運ぶためにテリウスが切り刻まれては意味がない。それならばいっそ、ここで護り続けるほうがいいと判断したのは、合理的な考えだろう。

“死神”たちは、近づいたりさえしなければ攻撃してこないようなのだ。

 ただ、建物内に入った瞬間、“死神”たちの目がセツナに向き、瞬時に警戒態勢を取ったことから、少しでも近づこうとすれば問答無用に攻撃してくることがわかった。弐号は四本の手に戦輪を構え、参号は長棍を、肆号は両刃槍を手にしている。伍号は両手に短刀を持ち、陸号は手甲を武器としていた。“死神”たちの武器は、使い手であった死神たちの得意武器であるという話をレムから聞いたことがある。つまり、弐号が戦輪を用いるのは元の使い手であるカナギ・トゥーレ=ラハンが戦輪の名手だったからなのだ。ほかの“死神”たちも同じ理由で得物を装備しているが、戦闘能力は、元の使い手たちとは比べ物にはなるまい。

“死神”の姿には、個体差が多少なりともある。闇色の衣を纏う人骨という部分にこそ差異はないが、肆号が四本腕だったり、巨躯の陸号に対し低身長の伍号などの違いだ。それらの姿は、元となって使い手が顕現した“死神”のままであり、レムが意図したものか、そうならざるを得なかったのかはわからない。

 五体の“死神”が相手とはいえ、テリウスが救力や幻想といった力を使えば斃すことそのものは難しくはないだろう。しかし、“死神”を斃すことで本体であるレムにどのような影響があるのかわからない以上、迂闊に手を出すことはできないと判断したのが、テリウスなのだ。おそらく、だが。“死神”を攻撃し、斃した結果、レム本人を傷つけることになれば、テリウスは自分で自分を許せなくなるだろう。レムを保護するために取った行動が結果的に傷つけるようなことになるなど、本末転倒も甚だしい。

 セツナは、石造りの広間の妙に殺風景な光景を見回して、それから再び卓を寝台のようにして眠る死神に視線を戻した。レムは、眠ったままだ。体は微動だにせず、呼吸さえしている様子がない。呼吸をせずに生きていけるわけもないが、彼女は死んではいない。いや、死んでいるからこそ呼吸をしていないのか。

 死にながら、生きている。

 仮初の生。

 虚偽と欺瞞に満ちた命。

 彼女の命を繋ぎ止めているのは、セツナと黒き矛だ。

 セツナが一歩踏み出すと、“死神”たちがゆっくりと得物を構え始めた。それ以上主に近づけば、即座に攻撃するという動き。“死神”が動いているということは、レムが生きているという証明だ。だから、セツナはレムの生死については心配しなかった。

「レム」

 遠くから、声をかける。レムは微々たる反応さえしない。聞こえていないのかもしれない。そう思い、もう一度声をかけた。

「起きろ、レム!」

 しかし、大声は、レムではなく、“死神”たちを突き動かした。弐号が戦輪を投げ放ってくると、咄嗟に飛んで移動した先に伍号が突っ込んでくる。広間の左側。伍号の小柄故の機敏さは、“死神”随一といってよかったが、黒き矛を手にしたセツナに捉えきれないわけもない。二刀一対の短刀による連撃を槍の旋回で捌き、飛び退いて肆号の空中からの落下攻撃を回避する。両刃槍が広間の石床を打ち抜き、粉塵が舞う。セツナは、広間から左へ通じる廊下に出たが、さらに後退せざるを得なかった。下がった瞬間、左右の石壁を透過して、参号と陸号がそれぞれの得物を振り抜いている。長棍と手甲が虚空を抉り、大気が唸る。さらに戦輪が飛来して、セツナとレムの距離を遠ざける。

(ったく、容赦ねえな!)

 それがいかにもレムの意思そのもののように思えてならず、セツナは、廊下の先で武器を構える“死神”たちと、その後方で眠る死神を見て、半眼になった。

「レムてめえ、起きてんじゃねえだろうな!」

 大声を上げるが、眠る死神に反応はない。代わりに、とでもいうかのように“死神”たちが動き出す。巨躯を誇る参号、陸号が体積の半分ほどを廊下の壁に埋め込んだまま接近してくると、二体の頭上のわずかな空隙を貫いて、伍号が飛来した。矢のような飛びかかり攻撃。両手の短刀が閃き、セツナの首を狙う。セツナは、そのすぐ後ろ、二体の“死神”の背後に肆号が待ち受けているのを認識すると、下がらず、むしろ踏み込んだ。伍号の双刀を矛の柄頭で受け止め、火花が散ったその刹那、矛を翻して五号の体を真っ二つに両断する。“死神”の体が闇に溶けるように消え去るのを見届けるまでもなく前進し、参号の長棍による足払いを柄で防ぎ、すかさず陸号の拳を穂先で受け止める。そのまま矛を旋回させて両方の攻撃を打ち払うとともに地中を移動してセツナの背後を取った肆号に振り返りざまの突きを叩き込む。むき出しの頭蓋骨を粉砕する一撃。“死神”の体が崩れ始めるのを見たときには、セツナは前方に向き直り、参号と陸号の連撃を対処している。凄まじいまでの連続攻撃を矛だけで捌き切り、陸号の腕を切り落とし、参号の胴を薙いだ。廊下を突破しようとした瞬間に飛来した複数の戦輪を飛んで回避し、空中に逃れんとした弐号に向かって黒き矛を投擲する。矛は、弐号の移動先へと吸い込まれていき、見事頭蓋を貫き、採光窓近くに突き刺さった。弐号の体は、闇の衣とともに溶けて消える。

 セツナは、黒き矛を送還すると、すぐさま召喚し直すことで、“死神”たちの復活に備えた。“死神”は、レムと同じだ。レムがセツナの命が尽きるまで不滅であるように、“死神”たちもまた、レムの命が尽きるまで不滅なのだ。撃破したところで一時しのぎにしかならない。

 つまり、仮にテリウスが幻装などを用いて“死神”の布陣を突破し、レムを確保できたとしても、別の場所に移送している間も“死神”による攻撃に対応し続けなければならなかったということだ。その場合、テリウスのほうが先に力尽きただろうし、レムは、移送中のどこかで放置されっぱなしになっていたかもしれない。

 そういう意味では、屋根付きの建物で眠り続ける現状のほうが遥かに増しといえるのだが。

「だからといって、ご主人様の命令を無視するたあ、いいご身分だな」

 セツナは、矛を肩に担ぎ、広間の中心に向かった。“死神”の内、最初に撃破した伍号が既に再生を完了させようとしていたが、気にはしなかった。また、撃破すればいいだけのことだ。それにレムを巻き込むような攻撃をするとは思えない。

 寝台代わりの卓に接近すると、レムの寝姿がはっきりとわかる。およそ二年前、“大破壊”直前に見たときとなんら変わらぬ姿だった。少女。濡れたような黒髪と透けるような肌の見目麗しい少女だ。容貌だけではない。体つきも少女のそれだ。幼さを残す成長途上の少女のままの姿。その上でメイド服を着込んでいる。

 彼女の姿は、十数年、変わっていない。実年齢とかけ離れた姿。これから何十年経過したとしても、彼女の姿はこのままだ。

 それは、呪いといっていいのかもしれない。

 仮初の命によって生を繋いでいることへの代償として、彼女は肉体的な成長を差し出さなければならなくなった。最初の再蘇生は、彼女自身が望んだことではない。クレイグ・ゼム=ミドナスと名乗ったあの男によって半ば強制的に与えられた命。それによって、彼女の運命は決定づけられたのかもしれない。

 セツナは、目を閉じ、微動だにしない少女の側に立ち、話しかけた。

「レム」

 反応はない。

 呼吸もなく、生きているようには見えない。なにも知らない人間が見れば、死んでいると判断するしかないような状態だった。だが、セツナにはわかる。彼女は生きていて、目覚めのときを待っているのだ、と断言できる。でなければ、無意識とはいえ、“死神”に自身を守らせたりはしない。

 どうすれば、彼女が目を覚ますのか。

 セツナは、レムの顔を覗き込みながら、考えあぐねた。

 命の主たるセツナが呼びかければそれで済むという話ではなさそうだった。



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