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第千七百十一話 テリウス・ザン=ケイルーン

「第一声がそれですか!」

 セツナは、テリウスの開口一番の台詞に対し、そんな風に言い返しながら駆け寄った。彼の死角を補うような位置取りをしながら、距離を取る神獣たちに破壊光線を叩き込む。閃光が視界を舐め、つぎの瞬間には神獣の一体の胴体を貫き、地面に激突して爆発を起こす。爆風が撃ち抜いた怪物の体を上空に吹き飛ばしたかと思うと、怪物の背中から翼が生えた。白い翼。神人化したマルカールを思い起こさせる変容だった。

 神人というのは、白化症の最終段階に至った人間を指す言葉に過ぎない。人間以外の動物も白化症を発症し、冒され、神人化と同じような現象を起こすのだ。そうなった獣を神獣といい、鳥類を神鳥と呼んだ。さらに皇魔までもが白化症を患い、神魔とでもいうべき存在へと変容するという話だった。なぜ、白化症に支配されたものに神という言葉を冠するようになったのかは不明だが、仮に白化症に冒された昆虫が発見されれば、神虫と呼ばれるようにでもなるのだろう。

 神獣の一体が翼を作り出して空中に飛び上がると、ほかの狼たちもつぎつぎと変容を始めた。巨大で鋭利な刃のようなものを脇腹から出現させた神獣もいれば、鋭く大きな角を作り出した狼もいる。ただ巨大化したものもいた。白化症に汚染されたものにとって、質量を無視した肉体の変容など、簡単にできることなのだろうが。

「何年待ったと想っている!」

 背後から、テリウスが叫んでくる。彼の声音には、この上ない怒りが込められているのがわかるのだが、なぜ彼がそこまで怒っているのかは、セツナには理解できない。彼を待たせたという記憶がない。関わりがないのだ。

「二年だぞ、二年!」

「なにが!」

 セツナは、飛びかかりざま脇腹の刃で斬りつけてこようとした神獣の背骨を黒き矛の柄頭で叩き折り、そのまま地面に叩きつけた。神獣がその程度で活動不能になるはずもなく、柄頭で押さえつけているにもかかわらず、脇腹の刃を拡張することでセツナを切りつけようとしたが、咄嗟に旋回させた矛の切っ先で鼻先から尻尾の先までを両断し、さらに飛び退きながら破壊光線を叩き込んで爆破させた。神獣が神人と同じ存在であるというのであれば、神獣もまた、核を破壊するまで永久に近く動き続けるに違いない。神獣を撃破するのであれば、完全に抹消するのが手っ取り早い。

 幸いにも、神獣たちはマルカールに比べるときわめて脆弱だった。問題は、数の多さだが、それもセツナとテリウスのふたりだけでなんとでもなる数字だ。

「貴殿の死神を待たせた歲月にきまっているだろう!」

「う……」

「貴殿がいつまでたっても迎えにこないから、わたしが護り続けなければならなかったのだ!」

「ケイルーン卿……?」

 セツナは、神獣たちを適当に斃しながら、テリウスを見た。彼は、怒号を叩きつけてきながらも、その冴え渡る剣技で神獣たちを容易く撃破していっている。彼の愛用する細剣は、刺突に特化した剣ではあるが、その突きの破壊力たるや凄まじく、神獣の白化し硬化した部位を軽々と貫き、爆砕していた。そして、露出させた核に怒涛の如き連続突きを叩き込み、あっという間に活動停止に追い込んでいく。あざやかな剣技に強大な力。さすがは十三騎士のひとりというべきだろう。しかし彼は、真躯を用いてさえいないのだ。神獣如きには真躯は不要ということではあるのだろうが、それにしても、凄まじい。

 テリウスの剣技に見とれていると、正騎士フロード率いる騎士たちが神獣討伐に加わった。残る神獣は五頭ほど。神獣は、こちらの戦力が増強したことに対し、警戒する素振りこそ見せたものの、一切、逃げようとはしなかった。奇怪な咆哮を発し、威嚇してくると、一斉に襲い掛かってきたが、セツナたちの相手にはなり得なかった。

 セツナが三体を斃し、テリウスが一体を、残る一体をフロードたちが協力して撃破した。

 戦闘が終わり、神獣化した狼たちの亡骸を数えると、二十二頭にも昇った。それだけの数の狼が白化症を患い、ベノアガルドの大地を彷徨っていたのかと考えるだけでもぞっとしたものだ。それら神獣が、マルカールとの戦いの真っ只中のサンストレアに襲来していれば、犠牲者は何倍にも膨れ上がったかもしれない。

 それと同時にあれだけの数の神獣を相手に、たったひとりで戦い続けていたテリウスの力量の凄まじさは、いったいなんなのか。いくら十三騎士でも辛いはずだ。が、彼は、表情に疲れひとつ見せていなかった。汗さえかいていない。

 テリウス・ザン=ケイルーンの姿は、二年前となんら変わらぬものだ。黒髪に白い肌という北方人の若い男。身に纏う甲冑は、手入れがされていないのか、ところどころ破損したままだった。先程の戦闘で損傷したのかもしれない。さすがに二年間もの間、同じ鎧を使い続けているわけもあるまい。

 彼は、細剣を腰に帯びた鞘に収めると、目を伏せ、肩を竦めてみせた。

「まったく。あの軽口の減らない従者のことを大切に想っているのなら、もっと早く迎えに来るべきだ。貴殿にとって、彼女は大切なひとなのだろう?」

「ええ……その通りです。すみません」

「わたしに謝る必要はない」

 テリウスは、セツナの謝罪を取り合おうとはしなかった。確かに、彼には謝るよりも、感謝の言葉のほうがふさわしかったかもしれない。もっとも、感謝の言葉を述べたところで、彼が素直に受け取ってくれるとは思い難いが。彼は、涼しい顔で告げてくるのだ。

「わたしは、わたしの務めを果たしたまで。騎士としての務めをな」

「ケイルーン卿……」

 セツナは、彼にかける言葉を見つけようと必死になったが、なにも思い浮かばなかった。感謝するにしても、彼が受け取ってくれなくては困るのだ。それでは、ただの自己満足に終わってしまう。

「さあ、早く彼女を起こしてやるといい」

「起こす……?」

「彼女は、この二年間、ずっと眠り続けている。どれだけ呼びかけても反応のひとつもなかった。だから、わたしが護らなければならなかったのだがな」

 それはつまり、彼が二年もの間、ずっとここでレムを護り続けてくれていたということにほかならない。二年待ったというのは、そういうことだったのだ。彼は、二年間、セツナがレムを迎えに来るときを待ち続けてくれていたのだ。彼がなぜ、そこまでしてくれるのかはわからない。彼とセツナの関係など、決して深いものではない。

 彼はいった。騎士の務め、と。

 つまるところそれは、彼が騎士団の理念に基づいて行動しただけであるという意思表明なのだろうが、だからこそセツナは、言葉に顕しようもない感動を覚えたのかもしれない。二年間だ。一日二日ではない。二年間、ずっと、この場所でレムを護り続けてくれていたのだ。

 この感動は、彼女を心配することしかできなかったセツナにしかわからないかもしれない。

「彼女が眠りから目覚めてくれていれば、なにもここに留まり続ける理由はない。ベノアにでも移送して、そこで貴殿との再会を待ち続けるのも悪くはなかった。しかし、彼女が目覚める気配もなければ、手の施しようがない」

「強引につれていけばいいじゃないですか」

「それができていれば、苦労はしない」

「どういうことです?」

「行けばわかる」

 テリウスは、詳細を教えてはくれなかった。ただ、レムの居場所を指し示し、こういうのだ。

「彼女は、あの建物にいる。気をつけろよ」

 彼は、休息所内の一番大きな建物を指し示していた。ほかの建物と比べると、大人と子供くらいの差がある。そこにレムが眠っているという。

 なにを気をつければいいのかわからないまま、セツナは、レムの待つ建物に向かった。

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