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第千七百十話 死神の寝所

 セツナがベノアを目指しべくサンストレアを出発したのは、大陸暦五百五年十二月十九日のことだ。

 ロウファ配下の正騎士一名と准騎士三名、従騎士十五名が案内役として同行することとなり、出発前、顔合わせが行われている。

 騎士たちはいずれも北方人特有の白い肌を持つ男性であり、女性はひとりもいなかった。騎士団は女性の騎士を認めておらず、女性の身でありながら騎士になるには、イズフェール騎士隊に志願するほかなかった。そしてそのイズフェール騎士隊は、ベノアの騎士団と袂を分かっているという話を聞いている。かつて聞いた話では、騎士団と騎士隊は母体が同じということもあり、協力体制にあったはずなのだが、“大破壊”が両組織の関係を悪化させたようだった。マルカール主導のサンストレア独立問題も絡んでいるらしいという話をサンストレア滞在中に小耳に挟んでいる。詳細を探っていないのは、詳しい話はベノアで聞けるだろうという気持ちが働いたからだ。騎士や兵士に聞くよりも、当事者である騎士団長たちに直接話を聞くほうが有意義なのは間違いない。

 正騎士の名は、フロード・ザン=エステバンといった。

 正騎士は騎士の称号であるザンを名乗ることを許されているが、准騎士以下にはそういった称号は与えられていなかった。准騎士と正騎士の間には、明確な差があるのだ。

 フロードは、ロウファよりかなり年上らしく、外見は三十代後半くらいに見えた、立派な髭を蓄え、体格などを含め、見るからに頼りがいのある人物だった。基本的に明るく、快活なのも好印象であり、彼の直属の部下である准騎士三名と従騎士十五名のいずれにも不安要素はなかった。

「セツナ殿を無事ベノアに送り届けることこそ最優先に考えて欲しい。セツナ殿の存在は、騎士団にとってこの上ない力になる」

「はっ! ベノアガルドの騎士として身命を賭して任務を完遂致して見せます」

 フロードが、姿勢を正して断言すると、ロウファは彼の目を見つめながら思いもよらぬことをいった。

「覚悟はいいが、貴公らも死んではならん。貴公らも、騎士団にとってこの上なく大切な存在だ。それに、セツナ殿は自分の身くらい自分で守れるさ」

「は!」

 感極まったようなフロードの反応には、セツナも胸が熱くなる想いがした。ロウファがまさか騎士団騎士ひとりひとりの命をここまで大切に考えているとは、セツナも想像していなかったことだ。いや、無論、騎士団がひとの命を大切に想っていることは知っているし、そのために救済を掲げ、そのためだけに戦い続けてきたことも理解している。しかし、騎士団は、その理念の完遂のためならば、多少の犠牲には目を瞑るというところがあった。すべてを救いたいという想いとは裏腹に、なにもかもを救済することは不可能であると理解し、大を救うために小を切り捨てるという当たり前の考えに基づいて行動していたのだ。

 だから騎士団騎士の命など、数にも入れていないのではないか――そんな風に考えてしまっていたのだが、よくよく考えてみれば、そんなことがあろうはずもなかった。騎士団にとって騎士のひとりひとりが大切な戦力であることに違いはあるまい。

 十三騎士とそれ以外の騎士の差というのは、救世神ミヴューラに選ばれたかそうでないかだけであり、十三騎士に欠員がでれば、ただの騎士から補充されることだってありうるだろう。

「セツナ殿。道中、お気をつけを」

 ロウファは、セツナのことも気遣ってくれた。

「“大破壊”以降、この世界は変わり果てた。神人、神獣、神魔……人類に仇なす化け物が跋扈し、ただ生きることさえ難しくなってしまった。黒き矛とセツナ殿ならば、化け物ども如きに遅れを取りますまいが、危険性があることに変わりはない」

「ご忠告、痛み入る」

「貴公の実力を疑っているわけではないのだが、一応」

「ええ。わかっていますよ。ロウファさんこそ、ご無事で」

 笑顔でロウファと別れ、セツナはフロードたちとともにサンストレアの北門へと向かった。サンストレアは、大陸都市の例外に漏れず四方を城壁に覆われた都市だ。出入り口となる城門は、都市の北と南にあった。目的地であるベノアは、サンストレアより遥か北にある。そのため、セツナたちは北門を目指し、そこで足止めを食らった。

 シルヴィール=レンコード率いる市軍が待ち受けていたのだ。シルヴィールも市軍の兵士たちも軍服を着込み、武器さえ携え、北門一帯に整列している。妙な緊張感が北門周辺に漂い、それまでセツナたちに声援を送っていたサンストレア市民がその様子を見て、固唾を呑んだ。

「これは……どういうことでしょう?」

「さあ?」

 疑問を浮かべるフロードに対し、セツナは、極めて楽観的だった。シルヴィールが一瞬、微笑んでくれたからだ。

 すると、シルヴィールが口を開くなり、大声を発した。

「セツナ殿に敬礼!」

 シルヴィールの号令とともに、市軍の兵士たちがセツナに向かって一斉に敬礼をしてきた。数百名の兵士のうち、だれひとりとして不満げな表情のものはいない。皆、セツナがなにをしたのかを知り、理解し、把握しているのだろう。尊敬する市長が神人であったことの衝撃と、それを打倒しなければサンストレアに正しい未来は訪れなかったという認識が、兵士たちのセツナへの態度に繋がっているのだろうか。いずれにせよ、シルヴィールの影響が強いのは間違いない。

 馬上、セツナは肩を竦めた。

「……大袈裟だよ」

 すると、シルヴィールが歩み寄ってきて、頭を振った。

「いいえ。セツナ殿。あなたはサンストレアを虚偽と欺瞞に満ちた平穏から救ってくださったのです。わたしだけでなく、市軍の皆も、市民のだれもかれもが、あなたに感謝しています。あなたがいなければ、サンストレアは偽りに満ちた平穏の中で滅びに向かっていたかもしれない」

 そして彼女は手に持っていた木箱をセツナに向かって差し出してきた。セツナは、それを受け取ってから、シルヴィールの目を見た。綺麗な藍色の瞳。どこかすっきりしたような印象さえある。

「これは……?」

「わたしからの感謝の印です」

 彼女は、照れくさそうにした。

「わたしはついていけませんから」

 などと、彼女はいって、はにかんだ。自分の代わりと想って持っていて欲しいとでもいうのだろう。セツナは、シルヴィールの想いを理解して、木箱を馬の背に乗せた荷袋の中に収めた。それから、シルヴィールにいう。

「大切にするよ」

「いえ……その」

「ん?」

「身につけていてくださると、嬉しいのですが」

 シルヴィールのどこか気恥ずかしそうな申し出に、セツナは笑顔でうなずいてみせた。

「それなら、そうしよう」

「ありがとうございます」

「変だな」

「はい?」

「感謝するのはこっちのほうだよ。ありがとう」

 セツナは、シルヴィールに向かって手を差し出した。シルヴィールが恐る恐ると手を握ってくる。固い握手を交わしたのは、ほかに彼女の想いに応えてやる方法がないからだ。

「セツナ殿……」

「じゃあ、な。また、来るよ」

「はい。お待ちしております。いつまでも」

 シルヴィールの熱っぽい視線に込められた想いに気づかないセツナではなかったが、彼は、それ以上なにもいわなかった。

 シルヴィール率いる市軍や市民に見送られながらサンストレア北門を潜り抜け、都市を離れていく。サンストレアから少し離れたところで、フロードが馬を寄せてきた。

「あの堅物のシルヴィールを骨抜きにするとは、セツナ殿も隅に置けませぬな」

「有名なんだ?」

「ええ。イズフェール騎士隊の女性騎士というのは、堅物ばかりで有名ですが、特にシャノア様の影響を受けた方々の頑固さは、十三騎士の方々に対しても強情なほどでしてね」

「へえ」

「まさか、シルヴィールがあのような柔和な表情を見せることがあるとは、想像もしていませんでしたよ」

 フロードの軽口のおかげで、セツナは、シルヴィールのひととなりだけでなく、あのとき見た市軍兵士たちの驚きっぷりの意味を理解した。シルヴィールは、基本的に笑顔を見せないひとなのだろう。市軍総督としての職務を全うすることに重きを置いているであろう彼女が、市軍の兵士たちの前では常に仏頂面であるのは想像に固くなかったし、そうでなければ規律を保ち続けるのは困難であるのかもしれない。その上でシルヴィールの評判が下がることがないのは、それだけ彼女の仕事ぶりが理解されているということにほかならない。

(また……か)

 約束を交わした以上、果たさなければならない。

 また、いつか、必ずサンストレアを訪れるためには、セツナは己の目的を果たさなければならなかった。

 その目的を果たすにはどうすればいいのか。

 いまのところ、それさえもよくわかっていない。

 それは、曖昧で、抽象的なことだ。

 この世界を救う――。

 その方法がわからないのであれば、まずは、できることをやっていくしかない。

 サンストレアの解放もそのひとつであり、ベノア行きもできることのひとつだ。

 そして、ベノアへの道中、死神の寝所に立ち寄るのも、いまセツナができることだった。

(レム……無事なのか?)

 セツナは、そのことばかりが気がかりだった。

 地獄に堕ち、現世との繋がりを断ったとき、彼女との繋がりもまた断たれた。そして、地獄から舞い戻ったところで、繋がりは断たれたままだった。

 彼女は、生きているのだろうか。

 死神の寝所で眠る彼女は、永遠に目覚めないのではないか。 

 そんな不安がセツナを急がせた。

 死神の寝所は、フロードの話によれば、サンストレアの北西、サンストレアとクリュースエンドとのちょうど中間くらいにあるという話であり、馬を飛ばせば半日もかからない距離にあるという。

 荒れ果てた大地を先導する騎士たちの遥か前方にベノアガルド様式の建物群が見えてきたのは、確かに半日ほど馬を走らせた頃合いだった。

「ご覧になっておりましょうが、あれが騎士団所有の休息所――現在、死神の寝所と呼ばれている場所です」

 フロードがセツナに馬を寄せると、前方を指し示しながら説明してくれた。いわれるまでもなかったものの、説明のおかげで確定したのだから無意味ではない。休息所といわれるだけはあって、騎士団の一部隊が休憩するには十分なだけの敷地面積と、建物があった。石造りの建物が五棟、広い敷地内に寄り添っており、大樹が建物群の頭上に屋根のごとく枝葉を伸ばしている。

「しかし、気をつけてください」

「ん?」

「死神の寝所は、騎士団でも触れ得ざるものとして周知徹底されておりましてな。我々も、まさか死神の寝所に立ち寄ることになるとは想定外のことでして」

「なんでまた」

「それは……」

 フロードが説明を続けられなかったのは、奇怪な咆哮と不気味な断末魔が連続的に聞こえてきたからだ。

 セツナたちは、死神の寝所がなにがしかの戦場になっていることを瞬時に理解した。

「俺が先に行く。あんたたちは十分注意してついてきてくれ」

「は?……はあ」

「武装召喚」

 フロードたちの反応など気にもせずに黒き矛を召喚したセツナは、すぐさま馬の腹を蹴り、加速させた。五感の急激な拡大とともに、拡張し、鋭敏化した感覚が死神の寝所の異変を捉える。戦闘が起きているのはいわずもがなだが、その戦っているものたちを認識すると、どちらに与すればいいのか一目瞭然だった。

 白化した部位を持つ狼の群れと、ひとりの騎士が激闘を繰り広げていたのだ。

 与するべきは、騎士のほうだろう。

 騎士は、テリウス・ザン=ケイルーン。

 十三騎士のひとりにして、“幻影”のテリウスと呼ばれる彼は、真躯さえ用いず、神獣たちの猛攻を凌いでは反撃を叩き込み、確実に一体一体削っていっていた。

 セツナが援護するまでもない。

 そう理解したものの、死神の寝所にはレムが眠っているというのだ。ここでテリウスに援護しないという選択肢はなかった。

 それに神獣化した狼の数は多く、十頭以上がテリウスに襲いかかっていた。協力したほうが早く掃討できるだろう。

 セツナは、馬上で黒き矛を掲げると、躊躇いもなく破壊光線を発射した。穂先から発せられた光芒は、テリウスに飛びかかった狼の腹に直撃した瞬間、爆発を起こして、神獣の肉体を四散させる。狼の何頭かがこちらを向いた。驚きの余り棹立ちになる馬から飛び降り、すかさず前方に向かって跳躍する。三頭、神獣の目がこちらを捉えている。

「遅すぎる!」

 テリウスは、なぜかそのように叫んでくると、細剣の一突きで眼前の神獣を突き破った。

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