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第千七百六話 サンストレア後始末(前)

 セツナが地上に降りても、混乱は収まってもいなかった。

 当然だろう。

 サンストレア市内全域を巻き込んだ大事件が起きたのだ。サンストレアの住人という住人が深い眠りから叩き起こされたと思うと、何人もの神人が破壊活動を行っていたのだ。頻繁に起きるはずのない神人災害が、つい先日起きたばかりだった。サンストレアの市民が恐慌状態に陥り、大混乱が巻き起こるのも必然的な話だった。そして、マルカールの思惑通り、市長による神人討伐が行われることを信じ、救いを求める声を上げるひとびとばかりだったのも、当たり前のことなのだろう。

 それがこのサンストレアという都市国家の現実だったのだ。

 市軍の避難誘導によって市民は戦場となった南東部、北西部から退散させられたものの、市民や市軍から死傷者が数多く出ていた。複数体の神人が突如として暴れだしたのだ。白化症患者を隔離するための療養所に務めているひとたちだけでなく、周囲に住むひとたち、神人の侵攻を阻み、被害を抑えるべく立ち向かった市軍兵士など、重軽傷者だけで軽く百人を越え、何十人もの死者が出たようだ。

 そういった情報がセツナの元に届いたのは、混乱が収まり、東の空が白み始めてからのことだ。マルカール撃滅直後には、そんなことはわかっていない。ただ、収まる様子も見せない混乱の原因を目の前にして、セツナは半ば途方に暮れる想いをしていた。

 サンストレア北西部住宅街の広場に彼はいる。地上を巻き込んでも構わないというようなマルカールの攻撃による被害が、住宅街を蹂躙し、この市長邸前広場にもその余波が及んでいた。複数の天幕がなぎ倒され、燃えている。篝火の炎が燃え移ったのではなく、マルカールの光線攻撃に焼かれたのだろう。セツナは、市街地に届くような攻撃はしていない。幸い、市長邸周辺からは市民は避難されていたし、市軍兵士も遠巻きにセツナとマルカールの戦闘を見守っていたようで、犠牲者はいないようだった。もっとも、この住宅街にいないだけであって、ほかの地区で巻き込まれたものがいないとはいっていない。セツナが避けた攻撃が地上を薙ぎ払い、複数の犠牲者が出たのも事実だ。

 マルカールが襲ってこなければ犠牲者は出なかった――などというのは、ただの言い訳にすぎない。もっと上手く戦えたはずだ。マルカールの攻撃が上空に向かうように誘導するなりできたはずなのだ。それができなかった時点で、セツナの負けだ。

(勝ち負け……か)

 セツナは、メイルオブドーターとカオスブリンガー、ついでにロッドオブエンヴィーを送還すると、どっと押し寄せてきた疲労感に目を細めた。戦闘時間そのものは大したことはないが、ロッドオブエンヴィーを維持した上で、さらにふたつの召喚武装を呼び出したことが多大な負荷となった。さらに能力を多用したことも大きい。二年あまりの地獄の訓練がなければ、とっくに力尽きていただろう。

 そしてそうなれば、マルカールに為す術もなく殺されていたに違いない。セツナの体は、人間の体だ。マルカールの、神人のような無限に再生する特別製ではないのだ。斬られれば傷つき、切り飛ばされれば欠損し、貫かれれば致命傷となる。瀕死の重傷から何度となく立ち直ってきたとはいえ、戦闘中にそのような目に遭えば、殺されるしかない。

 生き残り、マルカールを斃すことができたのは、鍛え抜いたおかげだ。体を鍛え、技を磨き、心を研ぎ澄ませてきたのだ。この程度の戦闘で力尽きている場合などではなかった。

 ゆっくりと息を吐き、頭上を仰ぐ。真躯状態のロウファが音もなく降下してくる。神々しく輝くロウファの真躯が降りてくる様は、さながら天使の降臨のようであり、神人とはまったく異なる印象を抱く。地上に近づいてくるにつれ、遠目にはわからなかった巨体が明らかになる。十三騎士は真躯状態になると、通常の何倍にも巨大化するのだが、セツナはすっかり忘れていたこともあり、少しばかり驚いた。夜空では距離間がわかりづらいこともあってその巨大さに気づかなかったのだが、地上に降り、接近したことで明確化する。巨人グリフにも匹敵するほどの巨躯だ。全身、白を基調とする装甲で覆われており、全体的に丸みを帯びている。背に負った飾り――光背は巨大であり、攻撃時には変形する機能を有していることが、戦闘時との形状の違いからわかる。遠目には、天に浮かぶ眼のように見えていた姿が、いまではそうは見えなくなっているのだ。それは、光背が眼の輪郭を想起させるような形状から、巨大な三日月のように変わっているからだった。

 それは地上に降り立つと同時に光に包まれ、光が消えた瞬間、ロウファ・ザン=セイヴァスが本来の姿を表した。騎士団の制服を身に纏う騎士は、二年前に会ったときに比べると、随分と印象が違っている。物憂げな表情でこちらを見ている彼の様子が、どうにも以前のロウファと同一人物のものとは思えない。

「マルカール=タルバーの考えは、必ずしも間違いではない」

 彼は、開口一番、そんなことをいって、セツナの足元に視線を落とした。それに習って、セツナも目を向ける。

 セツナの眼下には、マルカールの亡骸が横たわっていた。あれだけの高度から落下し、地面に激突したというのにマルカールであるとわかるほどに原形を留めているのが、彼がもはや人間ではなく、ただの化物に成り果てていたことの証明といえるのかもしれない。それでもマルカールとして認識できるの上半身のごく一部だけではあるが、知っているものが見れば一目瞭然だろう。首から下は、白化し、異形化しており、人間のそれとはまったく異なるものになってしまっていた。

「不甲斐ない騎士団に成り代わり、サンストレアの住人を守護し、導こうというのであれば、それもよかった。実際のところ、騎士団は以前の力を失い、求心力も人望も失ってしまったからな。騎士団長オズフェルト・ザン=ウォードは、騎士団がベノアガルドの統治者であることに拘らなかった」

「え……?」

 セツナは、ロウファが何気なく話してきたことに衝撃を受けた。しかし、質問する暇もなく、ロウファが続けてくる。

「マルカールが真に民のことを想い、弱者のための政治を行うのであれば――という想いで、団長はサンストレアの独立をお認めになられた。騎士団幹部による合議の上でな。それが、一年半以上も前のことだ。その後、クリュースエンドがイズフェール騎士隊の支配下となったが、それも同じ理由だ」

「ちょっとまってくれ」

「なんだ?」

「いろいろ衝撃的な話ばかりで思考が追いつかないんだ」

「なるほど……だが、案ずることはない」

 彼は、納得したようにうなずくと、少しばかり優しく微笑んできた。彼がそのような表情を見せるのは想定外のことだったが、同時にセツナの言いたいことが上手く伝わっていないことが明らかになる。

「セツナ=カミヤ殿。貴公のやったことは、なにも間違いではない。自分の欲望や野心のために市民に犠牲を強いるものが正義などであるわけがないのだ。マルカールが糾弾した力なき騎士団にも悖る行いというほかない」

「……だからって、後先考えず戦うのもどうかと想ったよ」

 言及は諦めて、彼の話に合わせて意見を述べる。

「マルカールが倒れれば、いずれベノアかクリュースエンドがサンストレアの保護に動いただろう。なにも心配することはない。それにサンストレアがいずれこうなる可能性は、我々も考慮していたことだ」

「そうなのか?」

「わたしがなぜ、貴公とマルカールの戦いに割り込むことができたと思う」

「……サンストレアを監視していたからか?」

「そうだ」

 ロウファは、静かに頷くと、ゆっくりと説明してくれた。

「マルカールを信用していなかったわけではない。マルカール=タルバーは、元騎士団騎士だ。正騎士として様々な任務をこなし、数多くの功績を残している。何度となく表彰された騎士の中の騎士であり、彼の従者の多くは、現役の騎士として活躍している。引退後、サンストレアの市長に抜擢されたのも、実績と人格、人望を伴っているからだ。彼ほどの市長はいないという評判も聞いている」

 マルカールの人物評は、初対面時にセツナが彼に感じたものやシルヴィール=レンコードなどの評価と一致するものであり、ベノアガルドという国そのものが彼を高く評価していたことが伺える。それほどの人物が神人に対抗できる力を持っていたのだ。シルヴィールを始めとするサンストレア市民が市長を神の如く崇拝するのも無理のない話だといえた。

「だからこそ、なのだ」

 ロウファがマルカールの亡骸を見る目は、憂いを帯びている。

「マルカールほどの人間ならば、“大破壊”後の現状を理解できないわけがない。いくら騎士団が不甲斐なしとはいえ、こういうときにこそ力を合わせ、困難に立ち向かっていくことが肝要であるということを認識していないはずがない。それなのに彼は独立を声高に主張し、騎士団を激しく非難した。騎士団は彼の非難を受け入れはしたが、彼の言動に疑問を感じないではなかった。違和感があったのだ」

「……そのときには白化症に冒されていた?」

「そこまではわからない。そもそも、彼が神人化しているなど、想像すらしていなかった。神人は、白化症患者の行き着く先だ。白化症は苦痛を与えるだけでなく、正気を奪う。神人化したものは、ただ周囲に殺戮と破壊を撒き散らす災害となるだけなのだ。マルカールのように理性的に行動する神人など、聞いたことも見たこともない」

 夜風が吹き抜け、彼の長い髪を揺らした。多少やつれたように見えるのは、月明かりの加減なのか、それとも、“大破壊”後の世界における肉体的、精神的疲労の蓄積故なのか。いずれにせよ、いまのロウファからは、二年前のロウファを想起することはできなかった。

 それくらい、印象が違っている。

「だから騎士団はサンストレアを監視することとした。マルカールの動向を注視し、なにか異変はないかと常に見張っていたのだ。たとえマルカールがなにも企んでいないとしても、神人が発生した場合、早急に対応できるようにしておきたいということもあった。クリュースエンドも監視しているのは、その理由のほうが強い。イズフェール騎士隊では、神人に対抗できないからな」

 そう断言するロウファには、無論、神人への対抗手段がある。黒き矛でも圧倒された真躯ならば、ただの神人如きに遅れを取るはずもない。複数体の神人を相手に圧倒的な戦いを見せたが、それさえも全力のようには思えなかった。

「マルカールの動向を注視すればするほど、違和感は肥大した。彼は、ただの人間であるはずなのに、神人を事も無げに撃滅してみせたという。わたしがサンストレアの監視に駆り出されるようになったのは、それが最大の理由だ。常人が神人に敵うわけがない。セツナ殿なら、理解できるだろう」

「ああ。俺もその話を聞いたときから、不思議に思ってた」

「……神の加護でも得たのかとも考えたが、まさか、神人化しながらも理性を保っていただけとはな」

「そんなこと、ありえるのか?」

「いっただろう。聞いたことも、見たこともないとな」

 ロウファは、こちらを見て、呆れ果てたように肩を竦めた。

 前例がない以上、マルカールが神人化しているかどうかなど想像しようもなく、騎士団の対処が遅れるのも仕方のないことだったのだろう。と、そこまで考えて、セツナはふと疑問が過ぎった。

「ミヴューラでもわからなかったのか?」

 ロウファは、しかし、セツナの疑問には答えず、左を見やった。目を向けると、武装したサンストレア市軍の兵隊が、駆け寄ってくるところだった。住宅街の惨状を目の当たりにして愕然とする兵士たちの様子に胸が痛む。もう少し上手く戦えたら、被害を抑えることができただろう。犠牲者を減らすこともできたはずだ。

 いやそもそも、市内で戦闘など起こすべきではなかった。サンストレアの外で戦うべきだったのだ。そうであればセツナも最初から全力を出すことができただろうし、余波が市街地を吹き飛ばすかもしれないということを考慮することもなかった。

 なにもかもいまさらだが、だからこそ、真剣に考える必要がある。

 でなければ、今後も同じことを繰り返しかねない。

 こんなことは、二度と起こすべきではない。

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