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第千六百九十三話 焔道(二)

「俺が地獄に落ちるのは当然として、だ」

 カインは、失望感たっぷりにいってきた。

「君まで死んだのか、セツナ」

 燃え盛る炎に灼かれるカインの姿は、地獄に相応しいとしか言いようがない。これが現実世界ならば、いくら彼が狂っていたとしても、激痛に苛まれ、のたうち回っているはずだ。彼は超人染みていたが人間だったのだ。だが、目の前の彼は、地獄の業火に包まれることをむしろ喜んでいるような素振りさえ見せている。

「残念だよ」

 それには応えず、質問する。

「あんた、やっぱり死んでたのか」

「ああ。死んだよ。とびっきりのを道連れにしてやったが、自慢にもならんな」

 カインは、軽く笑ってみせた後、肩を竦めた。

 セツナの脳裏に浮かんだのは、ガンディア本土の戦場であり、上空を高速で駆け抜けていくカインの姿だ。そして、天を衝く光の柱を思い出す。カインが消えた方向に聳え立った光の柱は、やはり、彼の最後の花火だったようだ。とてつもなく巨大で、輝かしい光の柱。力の爆発。残る力のすべてを振り絞ったに違いない。

「君はどうなんだ?」

 カインの質問に対し、セツナは嘆息を交えた。

「自慢にもならないのは、俺も同じだ」

「そうかい。だから、こうして再会したってわけか」

「うん?」

 彼が皮肉げな表情でいってきた言葉の意味がよくわからず、セツナは怪訝な顔をした。カインは、肩を竦める。

「後悔、たっぷりなんだろう?」

「……ああ」

「なら、闘うしかあるまい」

「……そうだな」

 どうしてそんな結論になるのか、考えるだけ無駄だった。

 舞台は、用意されている。

 四方を炎の壁で囲われた空間。逃げ場もなければ、脱出方法もない。闘いを挑まれれば、応じる以外に道はない。そして、カインがセツナと戦える好機を逃すはずはなかった。

 たとえ死んだとしても、彼の本質が変わるとは思えない。

(いや……)

 セツナは、呪文を唱える男を見やりながら、カランの街で遭遇した殺人鬼と目の前の男が同一人物であるとはとても思えないことに気づき、胸中で頭を振った。彼は、変わった。少なくとも、カランを焼き尽くした大量殺人者ランカイン=ビューネルとカイン=ヴィーヴルは同一人物ではないのだ。セツナの目の前の男は、カイン=ヴィーヴルであって、ラインス=ビレインでもランカイン=ビューネルではないと断言していい。

 だからといって彼が犯した罪を許すことはできないし、許容できるわけもない。しかし、セツナも殺しすぎた。まず間違いなくカインよりもセツナのほうが多くの人間を殺しているだろう。その事実は否定できないし、否定するつもりもない。そして、自身の殺人が上からの命令だということで正当化するつもりもない。

 殺しは、殺しだ。

 その事実を認めた上で受け入れ、飲み下してきたのだ。

 勝利のために必要な数だけを殺してきたとは言い切れない。不要なほどの殺戮を繰り返してきたといわれても否定出来ない。それでも、それが正しいことだを信じた。いや、ただ直視しないようにしてきただけかもしれない。思考から排除して、目の前の現実から目を背けてきたのではないか。そうしなければ、戦い続けることなどできなかっただろう。

 矛を折られ、戦いから逃げたとき、そういった現実に直面することができるようになった――といえるのだろうか。

 カインの朗々たる詠唱が途絶えた。見ると、彼はこちらを見て、微妙な表情をしていた。

「武装召喚」

 呪文の結語とともにカインの武装召喚術が発動し、彼の全身が光に包まれた。閃光は彼の右手に収束し、ひとつの形を具現する。一条に収束し、顕現したのは杖だった。先端に竜の頭部を模した装飾のある杖。見覚えがあった。

火竜娘かりゅうじょうだったか?」

「そうだ。君と再戦するなら、これしかあるまい」

 彼が微妙な笑みを浮かべたのは、カランでの遭遇を思い出したからなのかもしれない。

 燃え盛る紅蓮の世界で、セツナとカインは相対し、戦った。ひと殺しをしたこともないセツナは、カインを殺さなかった。そのことがセツナとカインの因縁をここまで深めるものだとは想っても見なかったし、カインとの関係が続くなど考えてもみなかった。

 カランが大火に包まれたあの日、セツナはイルス・ヴァレに召喚され、イルス・ヴァレにおける人生が始まった。カインとの戦闘は、新たな人生の始まりを告げる戦いといってもよかったのかもしれない。

 この地獄での再戦は、必要不可欠な儀式なのではないか。

 ふと、そんなことを想ってしまったのは、それだけ、セツナの中でカインの存在が大きくなっていたからだろう。

「もう召喚できないんじゃなかったのかよ」

「できないさ」

「できてるだろうが」

「ここは地獄だぞ」

 カインが嘲笑うようにいってきた。

「召喚武装は生きている。生きている召喚武装をこの死後の世界に呼び出すことなどできるわけがないだろう」

 だが、現実に彼の手には火竜娘が握られているのだ。それは極めておかしなことだったが、そもそも地獄という場所そのものが現実的ではないのだから、考えるだけ無駄なのかもしれないとも想った。カインも、火竜娘も、現実に存在しているわけではないのではないか。

 いや、この地獄という領域そのものの原理さえわかっていない。そもそもここが本当に地獄なのかどうかさえ定かではない。なにが正しくて、なにが不確かなのかもわからない。

 ただセツナの意識は明確にあって、現実としてすべてを認識しているということだ。

 この骨だらけの世界も、燃え盛る紅蓮の炎も、火竜娘を召喚したカインも、なにもかも現実的なものとして認識し、把握している。幻聴や幻覚などではない。妄想でも空想でもない。確実に存在する現実なのだ。

 拳を握り、半身に構え、わずかに腰を落とす。ルクスに学んだのは、剣術だけではない。徒手空拳での戦い方も、戦闘術の基礎として叩き込まれている。無駄に力を込めるのではなく、必要最低限の体の動きで、最大限の力を発揮する方法が全身に染み込んでいた。

「召喚しないのかね」

「召喚したら、圧勝しちまうだろうが」

「いらぬ気遣いだ」

「あんたこそ」

 セツナはカインの立っている左を一瞥した瞬間、足場を蹴って右前方に飛んだ。瞬時にカインが反応し、火竜娘が火を吹いた。セツナが飛んだ真逆の空間に爆炎が踊る。簡単な視線誘導に引っかかってくれたのだろう。カインほどの戦闘者がセツナ程度の策に引っかかるわけもない。それがわかっているから、セツナは飛びかかりながら悪態をついた。

「手ぇ抜いてんじゃねえっての」

 足払いに繰り出した蹴りは空を切り、カインは軽々と飛び退きながら火竜娘を咆哮させていた。炎が、渦となって迫ってくる。どう移動しても回避に間に合わない。セツナは歯噛みすると、食らうのを承知で炎の渦の中へと飛び込んでいった。炎が髪や皮膚、衣服を焼き、激痛が全身を苛むが、無視して突っ込む。炎の渦を抜けた先、カインは姿を消していて、炎の壁が立ちはだかっているだけだ。振り向く。火球が飛来してきていた。左に飛ぶ。火球が炎の壁に激突し、爆炎を撒き散らす。

「あのときと同じ戦法では、俺は倒せんよ」

 嘲笑に対し、苦い顔をするしかない。

 確かにその通りだった。我が身を顧みない特攻によってカインを倒すことこそできたものの、爆炎を全身に浴びた結果、セツナは死にかけたのだ。ファリアが間に合ったから助かったものの、もし彼女がいなければ全身火傷で死んでいただろう。カインは、そのことをあざ笑っているのだ。

 つぎつぎと迫り来る火球を回避して、カインに接近する。するとカインは、火竜娘の先端をこちらに向けてくるのだ。竜の首が咆哮し、炎が嵐のように吹き荒れる。セツナはすんでのところで後ろに飛んでかわしたものの、そのためにカインとの距離がまた開いた。そしてそうなるとカインの間合いとなる。カインは、手を抜いてなどいない。中・遠距離を確保し、火球の乱射で確実にセツナの体力を削っているのだ。セツナが力尽きたところに本命の攻撃を叩き込むつもりなのだろう。

 セツナにはカインの攻撃方法が大体わかっているものの、対抗手段が存在しない以上、火球を避けて近づくしかない。だが、肉薄に成功したところで爆炎の壁で遮られ、攻撃することもできない。いかにカランでの戦いが黒き矛の性能に物を言わせたものであったのか、彼はいまさらのように理解した。

 自分が黒き矛頼りの存在でしかないことくらい、わかりきっていたことだ。黒き矛カオスブリンガーに秘められた圧倒的な力があったればこそ、セツナは戦いぬいてこられたのだし、生きてこられたのだ。黒き矛の力が自分の実力だと想ったことはない。

 身の程くらい弁えている。

 それにしたって、と彼は想うのだ。

「このままでは為す術もなく死ぬだけだぞ? とっとと召喚したらどうだ」

 火竜娘の炎が拡散し、戦場の各所に火柱が上がる。そして、火柱と火柱の間に火球が放たれ、回避するのは困難だった。食らうのを覚悟するしかない。

「黒き矛を」

 カインの余裕に満ちた挑発を聞きながら、セツナは、両腕で顔面を庇うようにした。姿勢を低くして、正面から火球に突っ込む。超高温の球体が両腕を焼き、皮膚が焦げる痛みが脳を刺激する中、身を切るような想いで地を蹴った。飛ぶ。

「カオスブリンガーを」

 カインが火竜娘をこちらに向けていた。

 竜の顎が熱気を収束させるのが、見えた。



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