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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千六百九十話 怪物

「あ、あんた!?」

「何勝手なことしてくれてんだよっ!?」

 門兵たちの悲鳴にも似た絶叫を遥か後方に置いてけぼりにしながら、彼は、城門を素通りし、サンストレア市内に入った。視界に飛び込んできた町並みは、どことなくベノアに似ている。ベノアガルド様式と呼ばれる建築物群が市内を埋め尽くしているのだ。石造りの白亜の家屋。ただの人家もあれば商家もある。門を入ってまっすぐに進むのは大通りであり、その大通りをたくさんの一般人が逃げ惑っていた。混乱と叫喚。なにが起きているのか、さっぱりわからない。

 聞こえるのは女性の悲鳴であり、男の絶叫であり、爆音であり、破壊音。

 だれかが声にならない声を上げ、だれかが指示を飛ばしている。

 市軍とやらが動いているようだった。騎士団ではなく、市軍。サンストレアはベノアガルドから独立したという門兵の言葉は正しいのだろう。なぜ、ベノアガルドほどの力を持った国から独立したのかは不明だが、いまはそんなことを考えている場合ではない。

 サンストレア市内はまさに恐慌状態といった有様であり、自慢の市軍とやらも動くに動けない様子が手に取るようにわかる。武装した兵士たちが、逃げ惑う人々の避難誘導に懸命にならざるをえない状況だった。

「――が突然……」

「だれが、助けて――」

「対象は現在ザントストレア北部を移動中――」

「――周囲に被害が――」

 様々な声が伝聞のように聞こえてくる。

 セツナは、市民が逃げおおせるのを待っているわけにもいかないと見た。耳に飛び込んでくる情報を見る限り、状況は悪化の一途を辿っているのだ。地を蹴り、飛ぶようにして大通りを離れる。逃げ惑うひとびとの悲鳴が、状況把握を遅らせるのだ。遠くの声にこそ耳を傾ける必要がある。

 裏返ったような絶叫が響き渡り、轟音が続く。悲鳴。なにかが、サンストレアに被害を撒き散らしている。このままでは死者が出るのではないか。セツナは、なにものかの正体もわからないまま、急いだ。路地から人家の壁を蹴って飛び上がり、屋根の上に登ると、屋根伝いにサンストレアを疾駆した。

 雨が降り出すと、あっという間に豪雨になった。全身びしょ濡れになるものの、足を滑らせないようにだけ気をつけて、屋根上を駆け抜ける。爆音の発信源が徐々に近づいている。前方、粉塵が爆発的に舞い上がり、豪雨に打たれて霧散する。

(あれか!)

 セツナは、暗い視界に閃く光を目撃した。光は、さながら鞭のように虚空を奔ると、二階建ての家屋を切断し、ばらばらにしてしまった。一瞬にして崩壊した家屋は、瓦礫となって散乱し、粉塵を撒き散らす。前方の住宅街一帯が瓦礫の山と化しており、どうやら光の鞭がそのような惨状を作り出したようだ。市民が逃げ惑うのも当然というべき事態だったし、サンストレア全体が恐慌状態に陥るのも致し方がなかった。

 被害が大きすぎる。

(いったいなんなんだ?)

 なにが起きているのか。

 なにが、サンストレアを攻撃しているのか、

 その攻撃者の正体を見極めるべく、セツナは、被害地への接近を試みた。立ち込める爆煙が光の鞭を用いた攻撃者の姿を隠している。攻撃者がいるのは間違いない。それは、甲高い奇妙な音を発しながら、つぎの獲物となる建物を探すかのように歩き回っている。

 屋根から屋根へと飛び移り、やがてセツナは瓦礫の山に到達した。瞬間、殺気がセツナの神経に突き刺さり、彼はその場から飛び離れた。閃光が足場にしていた瓦礫の山を貫き、鞭のように閃いて、瓦礫をさらに細切れにする。一瞬でも反応が遅れていれば、みじん切りにされていたのはセツナだろう。

 だが、セツナは、飛び退きながらも光の鞭を辿ることで攻撃者の位置を割り出している。空中で攻撃者に向かって黒き矛の切っ先を向けた。解き放つ。漆黒の穂先が純白に膨張したかに見えた次の瞬間、爆発的な光の奔流が前方へと放出される。光芒は、一瞬にして虚空を貫き、粉塵を消し飛ばしながら攻撃者へと殺到した。攻撃者の姿が見える。真っ白な左半身を持つ人間のような生き物。

(なんだ……!?)

 それを目の当たりにした時、セツナに戦慄が走った。

 それは、明らかに人間であり、人間ではなかった。

 人間のような、としか形容しようのない化け物なのだ。右半身は人間だった。人間、三十代半ばくらいの男性。しかし、左半身は不気味なまでに膨張し、真っ白い腫瘍のようになっていた。そして、その真っ白な腫瘍からいくつもの触手のようなものが伸びていたのだ。うねうねと動き、生きていることがわかった。

 そう認識したときには、光芒が化け物を飲み込んでいる。

 爆発が起きる。

 威力を収束させた破壊光線による爆発は、小規模だったし、攻撃前に周辺にひとがいないか確認済みだ。だれも巻き込みはしない。

 爆発光が視界を白く染め上げる中、セツナは、全身が泡立つのを認めた。異様な生き物を目撃してしまった。これまでこの世界で見てきたどの生き物よりも醜悪で奇妙な怪物だった。皇魔よりも強い拒否反応を覚えるのは、おそらく、その半身が人間のように見えたからだろう。もし全身がぶよぶよした腫瘍のような外見ならば、ここまで拒否反応を覚えることはなかったのではないか。

 やっとの想いで瓦礫の上に着地したセツナは、爆発が収まり、静寂が訪れるのを待った。

 手応えはあった。間違いなく、黒き矛の破壊光線は、奇妙な化け物に直撃したはずだ。威力を抑えたとはいえ、並の生物には耐えられない熱量を叩き込めたはずだ。余波の熱風だけでも汗をかくほどだ。そう想った矢先、朦々と立ち込める爆煙の中を複数の閃光が走るのを見た。飛び退く。瓦礫の山が光線に蹂躙され、粉微塵に切り刻まれると同時に怪音が響く。形容しがたい咆哮とともに、怪物が粉塵の中へと跳躍してきた。怪物は、生きていた。破壊光線の直撃を食らっても、右半身を灼かれた程度で済ませたようだった。

 左半身から伸びる無数の触手が、強烈な光を発しながら迫ってくる。どうやら光の鞭は、この触手そのもののようであり、セツナを狙って繰り出される無数の斬撃が、周囲の家屋をつぎつぎと切り刻んでいく。このまま逃げ続けるだけでは住宅街が壊滅するだろう。

 もちろん、セツナは、怪物の暴走に付き合ってあげるつもりはない。

 背後に家屋を控えて立ち止まると、ほぼ同時に多方向から襲い掛かってきた光の鞭を黒き矛で連続的に切り落として見せると、怪物が奇怪な悲鳴を発して動揺を見せた瞬間、踏み込んだ。一足飛びに懐まで接近し、左半身がさらに膨張しようとするのを構わず斬りつける。それでも、怪物は動きを止めようとしない。切られた触手でセツナを包み込もうとするが、セツナは、さらに攻撃を叩き込んだ。怪物の左半身を徹底して切り刻む。すると、突如として怪物が動かなくなり、左半身の膨張が収まった。化け物は、なにもいわずその場に崩れ落ち、白い腫瘍のような部分がどろりと溶けた。鼻につく異様なにおいがした。

 怪物が完全に動かなくなったことを確認してから、黒き矛を送還する。黒き矛は、悪目立ちが過ぎるのだ。召喚したままでは、どのような目に遭うかわかったものではない。

(ま、ここにいりゃあ同じことだがな)

 すでに不法侵入という大罪を犯している。捕まれば、ただではすまない。

 セツナがこの場から退散しようと考えていると、突如、甲高い悲鳴が聞こえた。

「ああっ!?」

 見ると、女性がこちらに向かって駆け寄ってきていた。髪を振り乱し、一心不乱に駆け寄ってくる女性の表情は、いかんともしがたいほどに絶望的なものであり、セツナは掛ける言葉を見失った。女性は、セツナの目の前までくると、セツナになど目もくれず、怪物の亡骸に触れ、嘆き悲しんだ。

「ああ……なんてこと……なんてことなの……」

 尋常ではない女性の様子に唖然としながらも、セツナは、声をかけずにはいられない。女性が触れ、涙を流している相手は、人間ではないはずなのだ。

「あんた、なに――」

「近づかないで!」

 女性がこちらを睨んできた。鬼のような形相には、怒りと悲しみが複雑に混じり合い、どうしようもない喪失感と絶望があった。

「え?」

「人殺し!」

 女が叩きつけてきた言葉に対し、セツナは返す言葉もなかった。ただ、憮然とする。確かに自分はどうしようもないほどの人殺しだが、そんな事実を目の前の見知らぬ女性が知っているわけもない。そんな風に考えていると、女性の嗚咽が聞こえてくる。

「ああ、ケビン……! どうして、どうしてこんな目に……!」

 女性が半身が異形化した男性の亡骸を抱きしめる様を見て、セツナは、自分が殺した怪物の正体がなんとなくわかった気がした。確定事項ではないものの、サンストレアに破壊を撒き散らした怪物は、本当はただの人間だったのではないか。人間がどういうわけか怪物と化し、あのような破壊活動を行ったのではないのか。でなければ、女性の言動が狂っているとしかいえない。そして、女性がセツナに向かって叩きつけてきた人殺しという言葉も、それによって納得がいく。

 人殺し。

 そんな当たり前の言葉が痛烈に響くのは、目の前でただ泣き崩れるしかない無力な女性の姿を見せつけられているからだ。

 戦争で、数え切れないほどのひとを殺してきた。それこそ、何千、何万という人間の命を奪った。ただの人間がだ。あるときから、ひとを殺すことになんの痛痒も感じなくなっている自分に気づき、それこそ絶望的だと思い知ったものだが、時を経て、自分が人間らしい感情を取り戻しているらしいということを知る。

 心が、痛い。

(いったいどういうことだよ……)

 セツナが途方に暮れていると、武装した兵士たちが近づいてきた。市軍とやらの兵士たちだろう。彼ら自慢の重武装は、今回、なんの役にも立たなかった。セツナがいなくとも役立ちはしなかっただろう。武装召喚師でもない人間がどうにかできる相手ではなかった。

 兵士たちのうち、立派な鎧兜を身につけた人物がセツナに向かって歩み寄ってくる。セツナより上背のあるその人物は、どうやら女性のようだった。兜の下の顔が、男のそれではない。女は、怪物化した男の亡骸と、それを抱きしめて泣き崩れる女性を一瞥した後、セツナに視線を戻してきた。

「これは、おまえがやったのか?」

 簡潔な問いに、肯定する他ない。

「……ああ」

「そうか」

 女は、そういったあと、兵士たちから報告を受け取ったようだった。その間、セツナは、雨に打たれながら号泣する女性を見ているしかなかった。女性にとってその男は、とても大切な人物だったのだろう。恋人か、伴侶か、家族か。いずれにせよ、掛け替えのない間柄のようであり、それを奪われた彼女の絶望を思うと、遣瀬がない。

「不法入国および殺人罪により、おまえの身柄を拘束する。なにか反論はあるか?」

「……ねえよ」

 セツナは、ぶっきらぼうに告げた。

 降りしきる雨は、その日、止むことはなかった。


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