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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千六百八十五話 第一次リョハン防衛戦(一)


 リョハンに接近中の飛行船は、マリクらによって方舟と命名された。

 方舟がなにを目的としてリョハンに近づいてきているのかはまったくわからないものの、最大限の警戒をするべきであり、迎撃態勢を整えるべき事象であるとマリクは戦女神に進言した。

 方舟は、神威を纏っている。

 それはつまり、方舟が神の配下であり、神の力によって空を飛んでいるのだとマリクは解釈した。このイルス・ヴァレにおける神の多くは、聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンによって召喚された存在であり、皇神であることはよく知られた事実だ。マリクのようにミエンディアとは無関係にこの世を漂う神は、極めて少ない。マリクは例外中の例外だということだ。そして、皇神はほとんどすべて、聖皇に支配され、聖皇の命令に抗うことはできない、という。

 その絶対の掟にこそ、“大破壊”の原因がある。

 召喚されたものは、通常、役目を終えれば、在るべき世界に還ることを望む。

 召喚武装であれ、皇神であれ、その想いに大きな違いはない。本来在るべき世界にこそ、存在意義があり、存在理由があるのだから当然といえば当然だ。道理といっていい。しかし、召喚された上体で召喚者が死ねば、どうなるのか。元の世界に送り返してくれるものがいなくなり、この世界に留まり続けざるを得なくなる。故に皇神たちは、聖皇の死後もこの世界に留まり続けた。息を潜め、時が来るのを待ち続けたのだ。

 皇神は、帰還を諦めたわけではなかった。

 聖皇の復活によって、聖皇の力による送還を期待したのだ。

 聖皇復活の儀式が、この世に“大破壊”を招いた。

 聖皇復活は、ならなかった――のだろう。でなければ、この世が存続しているわけもなければ、皇神がこの世界に残っているはずもない。

 約束は、力だ。

 逆をいえば、約束の破棄は、力の喪失へと繋がる。それがこの世の原理原則であり、すべてを成り立たせている根源といってもいい。

 聖皇が皇神に対し、復活即送還を約束したのであれば、送還していなければ聖皇は力を失っていくことになる。聖皇復活こそ、世界との約束なのだから、なおさらだ。

 つまり、皇神がこの世に残っているということは、聖皇が復活していない証明なのだ。

 マリクは、そう判断し、リョハンもその判断に基づき、世界の現状を見ている。

 皇神は、聖皇復活に失敗したからといって、諦めたわけではないのだろう。五百年に及び待ち続けてこられたのだ。つぎの機会まで何百年、何千年かかろうと待ち続けることくらい、容易いはずだ。と、そう、マリク神は見ていた。

 だが、どうやら様子がおかしい。

 というのも、いままで支配者の影に隠れるようにして世界を支配してきた神々が、方舟という手段を用いて干渉してこようとしているのだ。

『方舟の目的は、皆目見当もつかないな』

 マリクにも、わからないのだという。

『皇神はかつて、聖皇復活の儀式に必要な要素が揃うまで沈黙し、静観していた。そして一度失敗した以上、聖皇復活の儀式を再び行うには膨大な時間が必要なはずだよ。聖皇の力による送還を望む皇神が、それ以外の理由で自主的に動くとは考えにくい』

 なにか理由はあるのだろうし、目的もあるのだろうが、それがなんであるか、皇神ならざるマリクにはまったく想像もつかなかったようだ。

 マリクにわからないことがファリアたちにわかるはずもなかったが、マリクがいうように警戒するべき事象であることは間違いなく、戦女神ファリア=アスラリアは、ただちに七大天侍と護山会議を招集した。方舟対策を会議し、即座に迎撃態勢を整えさせた。“大破壊”以来、最大規模の防衛態勢は、リョハン全土を緊張と不安で包み込んだ。一般市民は、山の中に隠れるよう通達され、そのために飛行能力を有した武装召喚師たちが総動員された。山間市はともかく、山門街の住人は、大慌てでリョフ山の避難所に逃げ込んだ。空中都の住人たちも山間市へと雪崩込んでいる。

 守護神マリクの七霊守護結界は強力無比な防壁であるが、弱点がないわけではないのだ。

 七霊守護結界は、リョフ山の広大な面積を神威から護るためだけのものといって差し支えなく、神威とは無関係の存在は素通りすることができた。たとえば人間は当然のことながら、皇魔も簡単に通過できるし、実際、結界内で皇魔との戦闘はこれまで何度となく発生している。

 なぜ守護結界が神威以外を素通りさせるのかといえば、簡単な話だ。消耗を抑え、結界を何年、何十年、いや何百年と維持させるつもりがマリクの中にあるからだった。神威は、人体には有害であり、端的にいえば猛毒だ。白化症や結晶化の原因でもある。それらからリョハンを護ることのほうが重要であり、それ以外の脅威からリョハンを護るのは、護峰侍団および四大天侍の役割だった。

 マリク神が迎撃態勢の必要性を説いたのは、そのためなのだ。

 皇神の方舟がもし、リョハンを攻撃するつもりで接近しているのであれば、相応の用意をしているはずであり、神威とは無縁の戦力を投入してくるものだろうと見た。それら戦力が人間にせよ皇魔にせよ、結界を擦り抜けてくるのであれば、護峰侍団と七大天侍による迎撃が必要不可欠だった。

 当然、ファリアも、出る。

 戦女神とは、陣頭指揮を取るもののことだ。

 戦場に立ち、だれよりも勇敢に戦い、だれよりも戦果を上げるもの。

 戦女神ならば、そうでなくてはならない。

 彼女が公務以外の時間のほとんどを修練に当ててきたのは、戦女神という役割の責任を自覚した上でのことだった。戦女神を継承した当初は、それこそ、シヴィルやニュウにまったく敵わなかった。刃が立たず、悔しい思いをしてきたものだ。しかし、この二年あまりの激動の日々が、彼女を強くした。

 いまでは、戦女神の名に恥じない程度には強くなれたはずだ。

(相応しいなどと自負するつもりはないけれど)

 戦装束に身を包んだファリアが山門街の本陣に辿り着くと、七大天侍のうち、ミリュウを除く六名が既に参陣していた。

 方舟が戦力を投入してくるとすれば、地上戦力であり、山門街から攻め込んでくるだろうというマリクの予測により、リョハンは本陣を山門街に置き、全戦力の大半を山門街に集めた。山間市は手薄だが、山間市に入り込むには山門街か空中都の鉄壁の防御を突破しなければならず、もっとも安全だった。リョフ山内の各種通路は完全に封鎖されており、通常戦力ならば突破は困難だった。そして、皇神に対しては、守護結界が効果を発揮する。

『神は神威の塊。ぼくらの結界を通過することはできないから、その点は安心していいよ』

 自信に満ちたマリクの一言は、頼もしかった。だれひとり、彼の言葉を疑うものはいない。リョハンが“大破壊”を乗り越えられたのはマリクのおかげだということは、リョハンに住むだれもが知っていることだ。

 それでもひとは戦女神を求める。

 彼女が山門街に入っただけで、山門街に集まっていた護峰侍団の武装召喚師たちの戦意は否応なく上がり、ファリアは、戦女神という役割が持つ意味がひしひしと伝わってくるのを認めた。それは、重責そのものだ。

 戦女神は、リョハンの象徴であり、中心にして頂点に君臨する存在なのだ。

 その事実はこの二年あまりで身に染みて理解してきたはずなのだが、ここまでの熱狂で出迎えられたのは初めてのことであり、本陣に辿り着くまでの間、動機が収まらなかった。興奮もあるのだろうが、不安もある。責任が全身にのしかかってきているのがわかるのだ。戦女神ファリアの名を貶めてはならない。そんな想いが、彼女の表情を硬直させる。強張ってはならないと想えば想うほど、顔つきが厳しくなった。鏡の前で練習した笑顔も、維持できなくなる。

 苦しい。

 息ができない。

 そんな重責を担う立場を何十年もの間続けてきた祖母を、改めて尊敬する。そして、自分では、祖母のようにならないとも自覚する。自分は、ひとの上に立つような人間ではないのだ、と理解してしまっているからだ。だれかの側にいて、そのひとの補佐をすることに慣れてしまっていた。責任を負うのは、そのだれかであり、そのことが多少なりとも彼女の肩の荷を降ろさせていたのは間違いないが、それ以上にそのひとへの想いが強かったのは疑うまでもない。

「方舟は、我々が視認できる距離にまで接近しています」

 シヴィル=ソードウィンが、いつも通りの怜悧な表情でいってくると、ルウファ=バルガザールがすぐさま口を開いた。

「たったいま入った報告だと、高度を下げていますね。やはり、マリク様の予想された通り、地上戦力を差し向けてくるようです」

 シヴィルもルウファも、七大天侍という立場を示す戦装束に身を包んでいる。白を基調とし、ところどころに黒を取り入れた制服は、激しい戦闘にも耐えられる代物だ。ファリアの戦装束と同じ素材で作られており、耐久性、耐熱性、伸縮性においてこれ以上の素材はないというくらいに優れもので、素材の数さえ確保できれば護峰侍団の戦闘服も同素材で作ることになっていた。が、“大破壊”以降、素材の原料が確保できず、七大天侍の制服に留められていた。

 本陣には二人以外にも、ミリュウを除く七大天侍が顔を揃えている。ニュウ=ディー、カート=タリスマ、グロリア=オウレリア、アスラ=ビューネルの四人だ。それぞれ、戦装束に身を包み、出撃準備も整っている。

「リョハンと戦って、どうするつもりなのでしょうね?」

 アスラが小首を傾げた。彼女は、この二年で幾分、肉付きがよくなっている。食べ過ぎであるという自己申告は、本当なのだろう。無論、武装召喚師としての戦闘にはまったく支障がなかったし、二年前以上の体のキレは、彼女が訓練を怠っていない証明だ。以前が痩せ過ぎていた、ということが大きいのだろう。

「リョハンを攻め滅ぼすこと、あるいは支配することで得られる利益でもあるのか?」

 とは、グロリア。女性陣の中で一番の体格の良さを誇る彼女は、シヴィルやカートに並んでも迫力において負けていなかった。まるで彼女が七大天侍の筆頭であるかのように錯覚することがあるのは、彼女が一番の年上であるという事実も大きいのだろう。弟子を取り、一人前に育て上げたという実績も、彼女のなんともいいようのない威圧感に繋がっているのかもしれない。

「なにか目的があるのは間違いないのでしょうが、現段階ではなんともいいようがありませんな」

 シヴィルが苦い顔をすると、カート=タリスマがうなずいた。カートは相変わらず物静かで、なにを考えているのかわからないところがあったが、それで彼の評価が変わることは、ない。

「目的が何であれ、リョハンに手を出すなんて無駄だってこと、教えてあげないとね」

 そう言い放ったのは、ニュウだ。

 皆が、彼女の言葉に頷く。

「では、現状の確認を」

 シヴィルは、本陣の大机に開いた地図を示した。そこには、現在展開中の部隊が書き記されており、七大天侍の布陣についてもしっかりと書き込まれていた。

 方舟は、南東からリョハンに接近している。結界ぎりぎりのところで戦力を降下させるであろうことは疑いなく、最前線となる地点は、南東の結界付近ということになるのだろうが、リョハン側の戦力配置は、リョフ山の麓付近に留まっている。それは単純に、方舟の接近に対応する時間が十分になかったからであり、もっと早く気づき、準備できていれば戦力を存分に配置することもできただろう。

 緊急の呼び出しから半日も経たない内にこれだけの手配ができたのだから賞賛するべきだろう。また、方舟の接近に気づかなかったことでマリクを責めるのは、お門違いだ。マリクは、結界の維持に全力を注いでいる。彼の索敵は、念のためといっていい程度のものであり、頼り切っていいものではない、と彼自身がいっていたことだ。精度は低く、範囲も狭いのだと。

 本来ならば、方舟の接近は七大天侍が気づくべきであり、索敵網の強化は今後の課題となるだろうと彼女は考えていた。

「それで、わたしの出撃地点は?」

「ファリア様には本陣にて指揮に当たっていただきたい」

「シヴィル様。それは本心で仰っておられるのですか?」

「は。敵は、守護結界を通過しうる戦力。どれだけ投入されたところで、我々の敵ではありません。ですから、戦女神様御自ら御出馬して頂くほどのものでは――」

「それは、七大天侍筆頭の言葉とは想えませんよ」

 ファリアは、シヴィルの言葉を遮ると、彼の目を見据えた。緊張感が本陣に満ちる。

「わたしは、戦女神ファリア。戦女神ファリアは、リョハンの戦いにおいて常に先陣を切り、勝利を導いてきました。いままでもそうであったように、これからもそうでなくてはなりません」

 決意を込めて、告げる。

「これは、戦女神ファリアの勅命です。シヴィル様――いえ、七大天侍シヴィル=ソードウィン」

「はっ」

「そして七大天侍の皆のもの」

『はっ!』

 異口同音に反応する。

「わたくしとともに戦野を駆け、リョハンにあだなすすべての敵を屠り、御山に勝利をもたらすのです」

 ファリアは、まくし立てるように思いの丈を述べると、すぐさま本陣を出た。

 歓声が後ろから上がってくるのを聞きながら、全身が熱を帯びていくのを自覚する。本陣には、七大天侍以外にも多数の武装召喚師が集まっていたのだ。それら武装召喚師たちが、戦女神の発言に感銘を受け、興奮したらしい。

 我ながらやりすぎたのではないか。

 彼女は、そうは想いながらも、当初から予定していた通りの戦場に向かうべく、空の彼方を見やった。

 戦女神としての初陣が、待っている。


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