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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千六百八十三話 方舟(一)

 翌日、結晶化した集落の調査が行われた。

 ミリュウ率いる調査隊の生存者は、ミリュウ、エリナ含めて十五名であり、それら十五名を総動員して、集落内を調査して回った。

 調査前――というより、起床して早々、ミリュウが確認してほっとしたことがある。それは、黒い戦士が集落内に滞在していたことだ。彼は、ミリュウたちへの敵意を見せるどころか、どことなく友好的な素振りさえ見せていた。隊員たちは積極的に関わり合いになろうとはしなかったものの、なにものにも物怖じしないエリナは、なにかにつけ黒い戦士に話しかけ、彼の反応から、彼が友好的な存在であることを引き出していた。

 エリナは、その存在自体が奇跡といってもいいのではないか、とミリュウは考えている。彼女は、隊における癒やしであり、隊員たちの殺伐としがちな空気を和らげてくれる稀有な存在だった。別段、特殊ななにかがあるわけではない。ただ明るく、活発なだけだ。ただそれだけだというのに、彼女の振る舞いひとつが隊員たちのささくれだった心を和らげ、重苦しい雰囲気をも跳ね除けた。

 そんなエリナの魅力が黒い戦士にも作用したのか、夕食を終える頃には、黒い戦士も調査隊の野営地の中で過ごすようになっていた。

 それでも一切言葉を発さず、それどころか兜を脱ごうともしない辺り、心を許しきってはいないということかもしれない。

 夜眠るときに気になったのは、目が覚めれば彼がいなくなっているのではないか、ということであり、そのことをなぜか不安がる自分が奇妙としかいいようがなかった。黒い戦士がリョハンに敵対しないのであれば、どこに行こうと知ったはずではないはずだし、どうでもいいことであるはずなのだが、どうしようもなく気になって、中々寝付けなかった。

 結局、ミリュウはエリナの布団に潜り込まなければならないくらい、眠れない夜を過ごすことになった。

 その翌朝、寝不足の頭に飛び込んできた黒い戦士の姿に安心感を覚え、その安心感に戸惑いを抱くという現象に、彼女は混乱したものだった。

 黒い戦士は、ミリュウの姿を見て、ただ軽く手を上げてきただけだったが、その反応から、彼が自分たちに対してある程度気を許している様子が見て取れた。

 それから隊員全員を交えた軽い朝食を取ったが、黒い戦士はなにも食べなかった。エリナが進めても食べないのだから、奇妙なことだと想ったが、兜を脱ぐのが嫌なのかもしれないと考え直した。そして、彼が鎧を常時装着していることから考えるに、彼の鎧は彼自身の武装召喚術で呼び出されたものではないのだろう。でなければ維持だけで精神力を搾り取られ尽くし、立っていることもできなくなるはずだ。もしかしたら、オリアス=リヴァイアの召喚武装かもしれず、だとすればオリアスの形見であり、だからこそ妙な親近感を覚えるのだろうか。

 ミリュウがそんなことを考えたりしながら朝食を終えた後、集落の調査を開始させた。

 調査とはいっても、集落そのものが結晶化している以上、得られる情報などたかが知れており、ミリュウたちはなにも期待してなどいなかった。この集落に足を踏み入れることにしたのだって、存在するはずのない生き物の気配を感知したからにほかならない。そんなことがなければ、軽く通過しただけで終わったかもしれない。

 調査は半日ほど続けたが、結局、得られるものなどなにもなかった。家屋が結晶化しているように、木材を始め、様々なものが結晶化し、使い物にならなくなっていた。結晶化は、死と同義だ。利用できないとは言い切れないにせよ、現状、結晶化したものを好きこのんで利用するものはいない。結晶化もまた、白化と同じく、この世界を蝕む病であり、終末の象徴だからだ。

 ただひとつ、わかったことがある。

 人家から発見された手記から、この集落が使徒の森に囲われた聖女の湖付近に存在していたことが判明したのだ。使徒の森は、リョハンから遥か南東部、小国家群との境界近くに広がる森であり、このような場所にあるわけがなかったのだ。

「使徒の森の村が、なんでまたこんなところに?」

「手記を書いたひとが勘違いしていなければ、集落そのものがここに転移してきた、ということでしょう」

 手記を手にし、怪訝な表情を浮かべる隊員に対し、ミリュウは素っ気なく告げた。

「マリク神いわく、“大破壊”は世界を破壊しただけでなく時空さえも歪めてしまったという話だし、なにも不思議なことではないわ」

 空間転移と呼ばれる事象がある。

 特定の召喚武装によって故意に引き起こすことのできるその現象は、対象を現在地から遠く離れた場所に瞬間的に移送することのできる事象、能力であり、この村全体がその現象に遭遇したと考えるのが妥当だろう。

 そして、そのような現象が世界各地で同時多発的に起きたのだとしても、なんら不思議ではない。

 世界をばらばらにするほどの力が、あの日、イルス・ヴァレ全土を吹き荒んだのだ。天は裂け、大地は割れ、地形が大きく変動した。それに加え、空間転移現象が各地で起こったのかもしれず、それによってこの集落は、リョハンの遥か遠方から、領域近くまで転送されてきた。

 そのおかげで黒い戦士と再会できたのは幸運だったのか、どうか。

(幸運だったわよね……)

 隊員が七名も命を落としたが、もし、ミリュウたちではないなにものかがこの集落を訪れていた場合七名どころではない犠牲者が出ていただろうことは疑う余地もない。七名で済んで良かったと考える以外にはなかった。無論、七名もの武装召喚師を失ったのはあまりにも痛すぎるし、彼らの死を幸運と考えたくもなかったが。

 ひとの命などとっくに軽くなりすぎた世界だ。

 善人ぶっても仕方のないことではある。

 集落内の調査を終えると、彼女は隊員たちを集め、撤収の準備を急がせた。用意した食料は、帰路の分しか残っていない。人員も減っている。黒い戦士のことも報告しなければならない。ここは一度リョハンに戻るべきだろう。

集落での収穫はまったくといっていいほどなかった――それどころか損害を出している――が、“大破壊”とともに世界に異変が起きたというマリク神の話が真実であったということが明らかになっただけでも御の字かもしれない。マリク神は、確かに神の目を持ち、情報量も膨大だが、それら情報が事実であるかどうかを裏付けるには、やはり自分たちの目や耳で見て、確認するしかないのだ。

 調査団が結成されたのは、そういう側面もある。

 マリク神だけを情報源として頼るのは、マリク神自身、止めたほうがいいといってくるほどのことだ。頼りないわけではなく、実際に肉眼で確認していないものを信用するのは、たとえどんな情報源であれ、信用しきらないほうがいいという話でしかない。

 そもそも、マリク神は、守護結界を維持するためにそれ以外の力を抑えなければならなず、世界の現状を完全に把握するのは不可能であるという。守護結界を解けば、さらなる広範囲を綿密に調査することもできるというのだが、守護結界を解くのはあまりにも危険であり、割に合わないというのがマリク神と戦女神、護山会議の下した結論だった。

 世界の現状よりもリョハンの守護こそ最優先するべき事項であり、“大破壊”後の世界がどのようになったのかなど、地道に調べていけばいいという考えがリョハンにはあった。

 その地道な調査のための調査団であり、調査隊なのだ。

 地道だが、確実に調査範囲は広がっている。このまま調査隊の遠征を繰り返せば、リョハン周辺だけでも完全に把握することは不可能ではあるまい。

(それでどうなるってわけでもないけれど)

 ミリュウは、暗澹たる想いで空を仰いだ。

“大破壊”以来、異様なほど鮮明になった空が紅く染まりつつある中、遥か彼方を泳ぐ影を見た。

 巨大な鳥でもなければ、皇魔や飛竜の類でもなかった。

 ミリュウは慌ててエリナから遠眼鏡を借りだしたものの、それでもよくわからない。ラヴァーソウルを召喚して、ようやくそれがなんであるか認識できた。

 それは、空を泳ぐ巨大な船のようだった。

「船……!?」

 ミリュウは、遠眼鏡を覗きながら、声を上擦らせた。

 夕日を浴びて紅く燃えているように見える船には、いくつもの翼が生えていた。巨大な翼が空を羽ばたき、船を飛翔させているらしい。とてつもなく神秘的な光景だった。神が遣いを地上に降ろすときとはあのような光景なのではないか。そんなことを想像して、目を凝らす。

 翼を生やした船は、どこへ向かっているのか。

「師匠、船がどうされたんですか?」

「空に船が飛んでるのよ!」

「船が飛んでる?」

 小首を傾げるエリナに遠眼鏡を返し、ラヴァーソウルを送還する。ミリュウの中を焦燥感が駆け抜ける。船の行き先がわかった以上、ここに留まっている場合ではなかった。

「そんなこと……いや、ありましたね」

「そういえば、隊長たちがリョハンに来たとき、船に乗ってましたもんね」

「いまそんな昔話をしている場合じゃないわよ」

 部下たちの軽口に鋭い言葉を叩きつける。部下のひとりがきょとんとした。

「どうされたんです? そんなに血相を変えて」

「空飛ぶ船は、リョハンの方角に向かっているのよ!」

 ミリュウが声を荒げると、さすがの呑気ものたちも慌てふためき、撤収作業を加速させた。

 翼を生やした船は、ゆっくりと、しかし確実にリョハン方面に向かって進んでいた。


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