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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千六百七十八話 呪われた世界で(二)

 ミリュウ率いる調査隊が件の森に到着したのは、日が頂点に登りきったころだった。

 半ばまで結晶化していた森の北側はまだ天然自然の木々のままであり、鳥獣が生息しているということが耳に飛び込んでくる様々な鳴き声や物音によって把握できる。森はまだ生きている。死んではいない。

 しかし、森に息づく生気は微量といって差し支えないほどであり、この森もいずれ死に絶えるのではないかと考えずにはいられなかった。

 世界は、死に向かっている。

 そんな気配を感じるのだ。

「師匠、そのうちこの森全体が結晶化してしまうんですか?」

 エリナの素朴な疑問に、ミリュウは頭を振った。分厚い防寒着を着込んだ弟子は、長い髪を後ろでひとつに束ねている。まるで馬の尾のようなそれが揺れる様さえ、可憐だった。彼女は、隊一の人気者でもあった。

「どうかしらね。案外、あの辺りで止まるかもしれないわ」

 気休めにすらならない言葉を返すのは、エリナを落ち込ませたくない一心だった。

 結晶化と呼ばれる現象が確認されるようになったのは、“大破壊”後、調査団が結成され、調査隊がリョハン周辺の調査を始めてからのことだ。読んで字の如く、植物が結晶化する現象のことであり、結晶化したものは透き通る美しい水晶のような状態となって死んでいく。“大破壊”時に吹き荒れた神の力の影響による生態系の破壊だと、リョハンの守護神はいった。

 現在のところ、植物にのみ確認される現象で、鳥や獣といった動物には発生しないようだ。だが、鳥や獣、人間には結晶化とは別の問題が起きているのだから、困ったものだ。神に守られたリョハンの人々が終末思想に囚われ、絶望に暮れかけた原因のひとつがそれだ。

“大破壊”は、世界を破壊しただけでは飽き足らず、破壊後の世界にも悪意を撒き散らし続けている。


 息が凍るほどの寒さの中、ミリュウたちは森の中をただひたすらに前進していく。

 調査隊は、二十人に及ぶ武装召喚師の集団だ。周囲への警戒を怠りさえしなければ、基本的に窮地に陥るようなことはない。たとえ皇魔の集団に遭遇したとしても、死者が出ることなどほとんどなかった。皇魔は極めて凶悪な存在だが、二十人もの武装召喚師がいれば、たとえ百体以上の皇魔が相手であったとしても負ける可能性は低い。リュウディース、リュウフブスという魔法を得意とする皇魔が相手となれば話は別だが、リュウディースは好戦的ではなかったし、リュウフブスもまた“巣”を出ることは稀だ。

 たとえリュウディース、リュウフブスの集団と戦うことになったとして、先手を取ることさえできれば、負ける要素はない。そして、そのためにミリュウ率いる調査隊は、常に隊員の半数が召喚武装を呼び出して装備し、周囲の索敵を怠らなかった。十人もの武装召喚師がその超感覚によって警戒に当たっているのだ。ミリュウ隊は発足してからこれまで窮地に陥ったことがなかった。それくらい優秀であり、全部で七つある調査隊の中で唯一死者を出していなかった。それだけ敵と遭遇することがなかったといえばそうなのだが、結局のところ、常に警戒さえしていれば、敵と出会うこと自体を避けることも可能なのだ。

 ミリュウは、戦闘を極力避けていた。

 皇魔は、人類の天敵だ。が、人間からわざわざ攻撃を仕掛ける意味があるかといえば、疑問の残るところだ。皇魔も皇魔で必死に生きている。彼らは、聖皇の召喚魔法に巻き込まれた被害者に過ぎないのだ。もちろん、彼らが自分たちを襲ってくるのであれば容赦するつもりはないが、そうではないのなら、放っておけばいい。

 ミリュウは、自分の隊に属する武装召喚師たちにはその考えを徹底させていたが、ほかの隊のやり方には口を出していない。他人には他人の考え方がある。皇魔とあらば滅殺するべしという考えも、否定はしない。歴史上、皇魔が殺してきた人間は、膨大な数に登るだろう。それこそ、数え切れないほどの死者が出ているはずだ。皇魔とはそれほどまでに凶暴で、凶悪だ。人間とは相容れない。滅ぼすしかないという考えに囚われたとして、だれがそれを否定できるというのか。

「周囲に皇魔はいないようですが」

 隊員のひとり、短剣型の召喚武装を手にした男が、前方を確認するようにいってくる。

「目的の集落には、なにかがいるようです」

「なにかってなに?」

「それがはっきりとは……」

「使えないわね」

「す、すみません」

「いいわ。あたしがやるから」

 隊員が別の隊員に慰められるのを横目に見ながら、弟子に声をかける。

「エリナ、あなたも準備なさい」

「はい、師匠!」

 エリナは、威勢よく返事をすると、静かに呪文を唱え始めた。ミリュウも彼女に続いて、呪文の詠唱を始める。

 武装召喚術を発動させるためには、三つの呪文が必要だ。ひとつは、解霊句。霊を解き放つ呪文によって、世界に干渉する。つづいて、武形句と呼ばれる呪文によって、召喚対象を指定する。この呪文を間違えると、まったく異なる武器を召喚することになる。最後に聖約句。召喚武装と術者の聖なる約束を呪文として紡ぎ上げることで、術式は形を成す。

 そして、呪文の末尾として、一言付け足せば完成だ。

『武装召喚』

 ふたりの術式がほぼ同時に完成し、ミリュウとエリナは光に包まれた。爆発的な光の奔流。世界を震わせ、異世界へと通じる扉を開く。そして閃光の中から滲み出るようにして出現した真紅の太刀を手にとる。ラヴァーソウル。この世でただひとつの愛を込めた太刀は、彼女の手にしっかりと馴染んだ。五感が肥大し、さらに鋭敏化していく。五感や身体能力の強化は、召喚武装を手にしたことによる恩恵であり、武装召喚術の副産物といってもいい。しかし、その副産物こそが重要であり、武装召喚師がただの人間でありながら皇魔に対して引けを取らない理由がそこにある。

 吹き抜ける寒風が木々を揺らし、小動物の足音や鳥たちの囀りが森の風景となって脳裏に投影されていく。森の北側から、南側へ意識を向けると、結晶化し、死んでしまった森の中に小さな集落があり、そこになにかがいることがわかった。動物ではない。動物は、結晶化した森には住まないのだ。厳密に言うと、結晶化した森は死の森であり、生き物が住めなくなるからだ。

 故に結晶化した森の中の集落に蠢くそれは、動物などではない。

「なにか、いるわね」

 ミリュウは、その後、隊員たちに向かって警戒するように命じると、集落の廃墟に向かって歩を進めた。

 

「集落は、結晶化に巻き込まれたのでしょうね」

 結晶化した森に足を踏み入れると、それだけで寒気がした。気温的な寒さとはまったく別種の冷ややかさが結晶化した森の中に漂っている。半分ほどが結晶化した木があれば、根本だけが結晶化した草があり、それが奥に進めば進むほど結晶化の重度が酷いものになっていった。ついには生きている部分が見当たらない草木ばかりが視界を埋め尽くすようになる。

「結晶化した木々、一見、綺麗ではあるんですが」

「それ、死体を見て綺麗っていっているようなものよ」

「あ、べ、別にそういうつもりでは……」

「わかっているわ」

 ミリュウも、別に隊員の感想を否定するつもりもなかった。

 確かに完全に結晶化した樹木は一見すると、美しいものだ。透き通った宝石のような美しさはあまりに神秘的であり、それが無数に立ち並んでいる光景は、幻想的とさえいえる。だが、結晶化した草木には生命の息吹は感じられず、寒々しいほどの虚しさがそこにはあるのだ。

 完全に結晶化した森は、もはや生物も住めなくなり、死の国と化す。そういった森がリョハンの周辺だけで既に数カ所はあった。それがリョハン周辺だけで見られる現象なのか、それとも、“大破壊”後の世界各地で見られるようになった現象なのか。

 守護神の話を聞く限りでは、後者らしい。

 世界中の森という森が結晶化すればどうなるのか。

『世界の現状を話そう』

 少年めいた姿をした守護神が、いいにくそうな表情で告げてきたことを覚えている。

『世界はいま、緩慢と死へと向かっている』

 すべての原因は、“大破壊”にあるという。

“大破壊”が引き起こされたのは、神々が聖皇の復活を目論見、成功裏に導いたからだ。聖皇復活の影響が“大破壊”となって、このイルス・ヴァレに甚大な被害をもたらした。

 聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンには、それだけの力があったのだということだ。

 ミリュウが知っている範囲のミエンディアですら、数多の神々を従えた人間であり、このイルス・ヴァレにおいてもっとも強大な力を有した存在だった。

「師匠」

 エリナの囁くような声に、彼女は現実に引き戻された。そして、彼女がなにを警告してきたのかを理解して、隊員たちを一瞥する。隊員たちもそれぞれに召喚武装を手にしていることもあり、既に警戒態勢に移っていた。

 前方に目的地である集落が見えていた。

 見える範囲の木造の家屋は、森ともどもに結晶化しており、まるで凍りついているかのような輝きが集落の中を漂っていた。集落内の草木も例外なく結晶化しており、結晶化していないのは、無機物や野晒になった死体たちだ。死後それほどの時間も経過していないのだろう。死体の状態は良く、腐敗している様子はなかった。死臭さえ漂っていないのは奇妙なほどだ。まるで眠っているのではないかと錯覚するほどに、死体の状態は良い。だが、死んでいるのも確かなのだ。呼吸をしていなければ、心臓が動いている様子もない。

 そんな眠れる集落でただひとり生者がいる。

 それは、全身、漆黒の鎧を着込んだ人物であり、その人物は、集落の中心の広場でこちらに背を向けて佇んでいた。

 その背には、見覚えがあった。



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