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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千六百七十七話 呪われた世界で(一)

 大陸暦五百五年十二月。

 イルス・ヴァレは、“大破壊”から都合三度目となる十二月を迎えた。

“大破壊”が発生したのは、大陸暦五百三年十一月二十七日だからだ。

“大破壊”の発生は、世界を激変させた。

 この世界におけるたったひとつの大陸をでたらめに破壊し、ばらばらに打ち砕いたのだ。

 彼女は、世界が引き裂かれていく光景をその目に焼き付けている。

 ガンディア王都ガンディオンの辺りに発生した光が、大陸全土に向かって拡散していく光景。あまりにも美しく、あまりにも絶望的な情景だった。光は大地を蹂躙するだけでは飽き足らず、破壊し、引き裂き、二度ともとに戻らないよう遠ざけていった。

 あの日、世界は形を変えた。

 本来あるべき形がわからなくなってしまうくらいでたらめに、めちゃくちゃになってしまった。大陸は幾つもの島と複数の大陸へと分かたれ、海がそれらを完全に分断してしまった。

 薪の爆ぜる音を聞きながら、彼女の目は、闇夜を貫く炎ではなく、世界を破壊した光を見ていた。網膜に焼き付いた記憶を、視ていた。

“大破壊”の光は、神の裁きであるというものもいた。世界の有り様に絶望した神が最終審判を下したのだ、と。生き残ったものたちにも救いはなく、直にさらなる神罰がくだされるだろう、などと。

 あるいは、“大破壊”は神々の戦いによるものだ、という説を唱えるものもいた。かつて聖皇によってこの世に召喚された神々、皇神たちが激突した最終戦争が世界をばらばらに引き裂いたのだ、と。

 そういった妄想や空想が実しやかに囁かれ、信じられるほど、“大破壊”という未曾有の天変地異は、絶望的であり、理解し難いものだった。

 彼女自身、真実を理解しているわけではない。

 いや、違う。

 彼女の理解していることが真実かどうかがわからない、ということだ。

 多くの情報が、頭の中を渦巻いている。リヴァイアの“知”がもたらす膨大な知識、記憶、想念、慟哭。声が氾濫し、反響する。幾重にも響き、無限に鳴り続ける。気が狂いそうだった。いや、既に狂っているのかもしれない。火に伸ばした手を、炎の中に突っ込みたい衝動に駆られる自分を客観視する限り、狂っていると見て間違いはなさそうだった。

 夜の闇を紅く焦がす焚き火の炎が、そんな彼女をあざ笑っているように見えた。

「ミリュウ様」

 声が聞こえて、彼女ははっと顔を上げた。振り向くと、防寒着を着込んだ男と女が、こちらを心配そうな表情で見ていた。なぜ、そんな表情をされなければならないのか、彼女には理解ができない。

「警戒は我々に任せ、そろそろ休まれてはいかがですか」

「そうですよ、ミリュウ様。お疲れでしょう」

「疲れ?」

 疑問符を上げると、男と女は顔を見合わせた。ふたりとも、困り果てたような様子だった。なぜだかわからないが、ふたりを困らせているのは自分だということを察し、彼女は焚き火の前から立ち上がった。

「そう……ね。休ませてもらうわ」

「そうしてください」

「あとはわたしたちにおまかせください!」

 元気のいい女の声に背を押されるようにして、彼女は、寝床に向かった。寝床は、覚えていた。野営地内の天幕のひとつが、彼女たちの寝床だ。天幕は全部で五つあり、その中で一番立派な天幕だった。彼女がこの調査隊の隊長だからだろう。

 ミリュウ=リヴァイアは、そんなことを脳内で確認しながら、自分たちの天幕に向かった。時折、そうやって自分の記憶を確認していかなければ、曖昧になったまま記憶の奥底に埋没し、そのまま浮上してこなくなる可能性を恐れた。ただでさえ、記憶力が悪くなってきている。この調査隊の隊員たちの顔を名前が一致しないのも、それが原因だろう。隊長として覚えておくべきことさえ忘れているという事実が隊員たちを不安がらせたりしないものかと心配だった。

 いまさら心配したところで仕方のないことだったし、人手不足を理由に彼女に調査隊の隊長を任せるのが間違いなのだ。

 そこで、ミリュウは小首を傾げる。夜の丘の上、寒風が彼女の髪を揺らした。

(志願したんだっけ?)

 そんなことはありえないと思う一方、そうだったような気もしてきて、彼女の中の混乱はますます大きくなった。なにが正しくて、なにが間違っているのか。正解を知りたければ、隊員たちに聞くか、弟子に聞けばいいだけのことだが、彼女はそれを渋らざるを得なかった。

 彼女にも立場というものがある。

 ミリュウは、戦女神に仕える七大天侍のひとりとして、この調査隊を率いていた。隊員たちは、リョハンの護峰侍団より抜擢された選りすぐりの武装召喚師たちであり、そんな調査隊の指揮官に相応しい立ち位置に彼女はいる。

 弱いところを見せることは、できない。

 天幕に入ると、暗闇が待っていたが、夜の闇に慣れた目のおかげで問題なく寝床に入り込めた。分厚い毛布だ。すると、すぐ側から穏やかな寝息が聞こえてきた。

 規則正しい寝息は、彼女の心を落ち着かせてくれる。混乱を沈め、頭の中に氾濫する数多の声を遠ざけてくれる。それは、寝息の主によるところが大きい。彼女と同じ天幕で寝ているのは、十代後半に差し掛かったばかりの少女だ。

 エリナ=カローヌ。

 ミリュウのたったひとりの弟子だった。

 ミリュウは、エリナの寝息を聞きながら、目を閉じた。

 安心して眠ることができるという幸福を実感し、エリナに感謝しながら。

 

 気がつくと、目が醒めていた。

 夢は、見なかった。よほど疲れていたのか、それとも、夢を見るほどの感性もなくなってしまったのか。いずれにせよ、ミリュウにとってその目覚めは、必ずしも快いものではなかった。むしろ、いつものように辛く、苦しいものだ。

 目覚めとともに、頭の中に声の洪水が押し寄せてくるからだ。耳が拾う音とは、まったく異なる種類の音。頭の中だけに響く、数多の声。ミリュウが覚醒状態にある間、常に鳴り響いているといっても過言ではなく、その喧騒は、日に日に酷くなっていた。

「起きられたのですね、師匠!」

 元気いっぱいの声に、ミリュウは、顔を向けた。天幕の外、太陽光線を浴びた栗色の髪があざやかに輝いていた。

「おはよう、エリナ」

 ミリュウは、エリナの笑顔のおかげで生きていられるのだという自覚とともに挨拶を返し、ゆっくりと伸びをした。エリナの声が、頭の中の声を吹き飛ばしてくれる。それだけが救いだった。そして、だからこそ、ミリュウは彼女を手放せなかった。

 大切なひとを失ったいま、エリナまでも失ったら、彼女は今度こそ、リヴァイアの“知”に耐え切れず、死を望む怪物と成り果てるだろう。

 

 ミリュウ率いる調査隊は、リョハンを統治する護山会議と護峰侍団の発案によって組織された御山領域外調査団、その小隊のひとつだ。

“大破壊”の半年後――つまりいまから一年半ほど前、リョハンの周辺調査をするべきであるという声が護山会議に上がったことがきっかけであり、それに護峰侍団が同意し、それぞれ七大天侍を隊長とする小隊が七つ、結成された。とはいえ、七隊が同時にリョハンを開けることはない。同時に調査任務に出るとしても、多くても三隊までであり、七大天侍のうち四名は必ずリョハンに残った。

 リョハンは守護結界によって守られているとはいえ、なにが起きるかわかったものではない。それに人心を安定させるためには、リョハンの守護天使たる七大天侍の存在は重要なのだ。全員が全員、リョハンを離れることは許されない。

 一年半ほど前から継続的に行われてきた御山領域外調査によって、リョハンは周辺の現状を正確に把握することができていた。“大破壊”によって激変した地形は、リョハン周辺をもまるで異世界のような光景に変えてしまったのだという。“大破壊”以前の光景を知らないミリュウにはわからないことではあったが、リョハンの周辺や地域一帯の地形が普通ではないものとなっていることくらいは理解できていた。

 大地に深く刻まれた亀裂や、地中から噴きだしたかのような白い結晶物の壁、結晶化した森――様々なところで、いままでは見られなかった光景が見られるようになっていた。特に白い結晶物の壁のようなものは、リョハン周辺の至る所に見受けられており、それが大地の亀裂から噴き出したものである可能性が高いと見て、リョハンは調べている。

 ミリュウの調査隊が野営地を張った丘の上からも、白い結晶壁を見ることができる。天を衝くほどに巨大な壁がいったいなにを意味し、なんのために存在しているのかは不明だ。ただの地形であり、意味などないのかもしれない。

 北東を振り返れば、リョフ山の峻険が霞がかった地平の先に聳えているのが見えた。そこに至るまでにも結晶壁や結晶の柱がいくつも聳えており、大地に刻まれた深い断裂もある。

 調査隊がリョハンを出発して、既に十日以上が経過している。これも、一年半かけて調査地域を拡大してきたからこその成果といっていい。が、携行できる食料の問題もあり、今日までが限度であると部下の報告からわかっている。

「特に成果もなしじゃあ帰りたくなくなるわね」

 ミリュウが嘆息すると、彼女の弟子が遠眼鏡を片手に駆け寄ってきた。

「そんなことないです! 師匠!」

「なにかしら?」

「あの森の奥です!」

「うん?」

 元気だけが取り柄のエリナの発言では要領を得ず、ミリュウは彼女から遠眼鏡を受け取り、覗き込んだ。丘の上から一望できる景色の中、エリナが指し示した森は、南西に横たわっている。半ばまでが結晶化した森は、朝日の中、まるで雪が降り積もったかのようにきらきらと輝いていた。その森の奥に遠眼鏡を向けると、エリナがなにをいいたかったのかひと目で理解する。集落だ。ひとが住んでいたのであろう集落が存在していたのだ。

 彼女は遠眼鏡から目を離すと、背後を振り返った。部下たちが手早く野営地の撤収を始めている。

「ねえ、リョハン近辺の森の中に集落なんてあったっけ?」

「森の中の集落、ですか?」

「聞いたことありませんが」

「そう……よねえ?」

 ミリュウは、部下たちの怪訝な反応を見てから、もう一度遠眼鏡を覗き込んだ。結晶化した森の奥に、確かに人家がいくつか存在しているのがわかる。確かにひとの住んでいたであろう集落があるのは間違いないのだが、ミリュウの記憶している限り、リョハン近辺にはそのような集落は存在しなかった。そもそも、壁に囲われていない集落などリョハン近辺に限らず、存在するとは思い難い。皇魔の脅威から逃れるには、分厚い壁の中に隠れ住むしかないのだ。しかし、森の奥の集落は、皇魔を遮断する壁に囲われているようには見えなかった。

“大破壊”が壁を破壊したのなら、家屋も倒壊しているはずだ。森の木々もその破壊に飲まれ、倒れていなければならない。そういった様子は見えなかった。不自然にもほどがある。

「集落が、あるのですか?」

「ええ。あるのよ。あの森の奥に」

 ミリュウは、遠眼鏡を部下に手渡すと、背負袋からリョハン周辺の地図を取り出した。

「わたしが!」

 唐突に主張したのは、エリナだ。

「発見しました!」

「さすがわたしの弟子よ、エリナ」

「えっへん」

 横目に彼女を見ると、エリナはなにやら勝ち誇るように胸を張っていた。彼女の強烈なまでの言動の数々がわざとであることを知っているのは、ミリュウだけなのではないか。そんなことを隊員たちの呆然とした反応を見ながら、思う。エリナは、わざと明るく振る舞っている。“大破壊”以来、ずっとだ。ずっと、明るすぎるくらいに明るく振る舞い続けている。いつだって笑顔で、いつだって元気で、いつだってあざやかに――それがエリナ=カローヌという少女を示す記号であるかのように。

 そうすることでしかこの絶望的な現実に立ち向かう術がないのだろう。

“大破壊”は、世界に大きな傷痕を残したが、生き残ったひとびとの心にも拭いきれない深い傷痕を残していった。だれもが傷つき、だれもが疲れ果て、だれもがその痛みと向かい合うことを恐れている。

 だれもがなにかに絶望している。

 エリナでさえ、きっと。

 ミリュウは、地図上にも集落の存在が見つからないことを確認すると、部下たちが天幕を撤収し、準備を終えるのを待った。

「今回は、あの森の調査で終わりにしましょう」

 ミリュウが告げると、十名足らずの隊員たちは威勢よくうなずいた。



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