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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千六百六十九話 魔王軍(三)

 マイラムから東に馬で一日ほど進んだ先、エンジュール近くの丘の上にヴァシュタリア軍別働隊野営地はあった。

 鋼鉄の軍馬とも呼ばれる金属質の外骨格に覆われた皇魔ブフマッツの背に跨り、疾風の如く夜のログナー島を駆け抜けたエインは、あっという間にヴァシュタリア軍野営地を発見した魔王軍の神速の戦法に度肝を抜かれる想いをした。そして、その圧倒的攻撃力によってヴァシュタリア軍が為す術もなく壊乱していく様子を見ていた。

 エインが魔王軍に同行したのは、万が一、ヴァシュタリア軍別働隊がバッハリアかエンジュールに攻め込んでいた場合に備えてのことであり、魔王軍に戦術を授けるためなどではなかった。万が一両都市のいずれかが戦場になった場合、皇魔もそれらの都市に攻め込むことになりかねない。そうなったとき、都市の住民や軍隊に対し、魔王軍が無害であることを説明しなければならず、それにはエインのようにログノール軍内で立場があり、ログノール内で知名度のある人間でなければならないだろうとのことだった。ログノールの総統みずからが出向こうとしたが、ドルカにはマイラムのひとびとの不安をいち早く取り除くという重要な役割があるため、エインが別働隊に同行することとなったのだ。

 戦術など不要なのは、魔王軍の陣容を見れば明らかだ。

 兵力差は圧倒的に負けているが、内実の戦力差はこちらのほうが遥かに凌駕している。しかも、ヴァシュタリア軍の余裕に満ちた野営地へ夜陰に乗じて急襲するのだ。敵軍は、魔王軍の襲撃かログナー島に隠れ住む皇魔の襲来か判別できないまま混乱し、さらに皇魔たちの絶大な力の前に恐慌状態に陥るに違いない。

 ただ、魔王軍の被害を抑えようと思えば、無闇に力押しをするのは得策ではない。魔王軍としても、自軍の被害は最小限に抑えたいだろうし、同胞を人間に殺されたくはないだろう。そのため、エインは魔王に近接戦闘よりも遠距離戦闘を主体に戦うべきであると助言し、魔王はそれを採用した。 

 魔王軍が野営地に到達するより速く、リュウディースたちの魔法が嵐の如く敵陣に殺到し、天幕を焼き払い、約束された勝利に向かって夢心地だった将兵たちを絶望の現実へと叩き起こした。ブリークたちの雷撃がそこかしこで炸裂し、ベスベルの咆哮が夜間の静寂を粉々に破壊する。ブフマッツが丘の上を駆け回って敵兵を蹴散らしていく。

 ヴァシュタリア軍は、抵抗することもなく瓦解、算を乱して戦場を離脱していった。

 退散するヴァシュタリア軍を、マルスール方面に向かって逃げ去るように追い立て、空が白み始める頃には別働隊の戦いは勝利に終わった。魔王軍には負傷者こそ出たものの、死者はいなかった。夜襲が、ヴァシュタリア軍将兵の恐怖心を何倍にも増大させ、迎撃に出ようとする心さえ打ち砕いたのだろう。

「存外、呆気ないものだな」

 闇色の鎧に髑髏の冠を頂いた魔王ユベルは、ヴァシュタリア軍の不甲斐なさに納得がいかないと言った様子だった。

「ヴァシュタリア軍は所詮数だけの烏合の衆。“大破壊”以来、ヴァシュタラへの信仰心も薄れているという話ですし」

「そのわりには、マルスールは賑わっているという話だが」

「ログナー島に生き残っていたヴァシュタリアの人間が一箇所に集まったんですから、そりゃあ盛り上がるでしょうとも」

「ふむ……」

「……なんでも、巡礼教師マリエラ=フォーローンはマルスールをヴァシュタラ教の大神殿として作り変えたとのことですが、祀られているのはヴァシュタラではなく、マリエラ本人の像という話ですよ」

「なんだそれは」

 さすがの魔王も呆れ果てたようだった。彼は、ブフマッツの背の上で、南の空を見遣りながら、なんともいえない顔をしていた。おそらく、エインがその報告を聞いたときも、似たような表情をしていたに違いない。

 教会の巡礼教師といえば、高位の神官といっていい。大陸各地を巡礼し、教義を説く。歩く小教会と呼ばれるほどの権能を持ち、地位も発言力もあった。それほどの立場にいる人物が神への信仰を投げ捨て、自身を信仰対象として崇めさせるなど、並大抵のことではない。神への冒涜どころの騒ぎではないのだが、マルスールではそのことは問題視されていないという。それどころか、マリエラへの信仰こそ、この終末を乗り越えるために必要なものだと信じているものも少なくない。

 とはいえ、“大破壊”を経験したものたちが、救わぬ神に見切りをつけるのもわからなくはないことだ。

「マリエラ教師による軍の私物化も、このご時世、当然といえば当然なのでしょう」

「当然、か」

「だって、ヴァシュタリア共同体と連絡が取れないんですから」

 ヴァシュタリア共同体の存在意義が失われたかもしれないいまとなっては、教会の立場も求心力も失われていくのではないか。

 ヴァシュタリア共同体は、皇神(至高神ヴァシュタラのことだろう)がみずからの帰還という大目的を果たすために作り上げた勢力であるという話を、エインは、“大破壊”後、アスタルから聞いている。ザイオン帝国、神聖ディール王国も同じであり、最終戦争は、三大勢力そのものの争いではなく、神々の代理戦争といった側面が強いようだ。

 そういった真相を知ったとき、なにもかもが馬鹿馬鹿しくなったというのがエインの率直な感想だった。

 エインたちが命をかけて奔走し、三大勢力の侵攻を食い止めようとしたことは無意味だったのだ。いやそもそも、小国家群を統一し、第四勢力として大陸の均衡に加わろうというレオンガンドの夢自体、最初から意味のないものだったのだ。たとえあのとき、第四勢力が成立していたとしても、三大勢力のガンディオン集結は止められず、ガンディアの滅亡も止められなかった。

 すべては、五百年以上も前に約束されていた出来事であり、なにも知らないエインたちは、聖皇や神々の手のひらの上で踊っていただけに過ぎない。

 なにもかもが虚しく感じた。

 もしその事実を知っていれば、エインはセツナたちをなんとしてでも生かそうしただろう。たとえその結果セツナに拒絶されようとも、彼を失うよりはずっとよかった。

 だが、アスタルにいわせれば、そんなことをしてもセツナは止められなかっただろう、という。セツナは、ガンディアの英雄として、ガンディアとともに滅びるべく、最期の戦いに赴いたのだ。それほどの決意を持つ人間が、エインの策略ごときで止められるわけがないのだ、と。事実、セツナはファリア、ミリュウらの計画を看破し、逆に利用したという。

 それによってファリアたちはガンディオンを脱出したというが、その後の動向はわからない。“大破壊”の激動に飲まれ、命を落とした可能性だって十分にある。

 この世界。

 生きているだけでも奇跡に等しい。

「ヴァシュタリア領土は三つに分断されている。たとえヴァシュタリア共同体という国家が生きていたとしても、死に体も同然だろうな」

「そう……なんですか?」

「メキドサールの情報収集力をもってすれば、この程度のことわからないではないのだよ」

 魔王が自慢げにいうと、彼の右肩でベクロボスのミュウがなぜかふんぞり返った。

 エインは、そんなことよりも、魔王の発言のほうが気になって仕方がなかった。ヴァシュタリアの領土が三つに分かれているなど、聞いたこともなかった。そもそもだ。島外の情報を仕入れる手段がないのだ。海洋を漕ぎ出す船などあるわけもなければ、空を飛ぶ手段もない。情報が風に乗って流れてくるわけでもない。だからこそ、ログナー島内のことに集中していられるし、ある意味では平和なのかもしれないのだが、だからといって世界がどういった状態になったのか、知りたくはあった。

「じゃ、じゃあ、世界の現状も、把握しているということ、なんですか?」

「把握しているのは、“大破壊”によって打ち砕かれた大陸の有様だ。国やひとびとがどうなったかなど、皇魔たちが調べるわけもないだろう?」

「なるほど……しかし、それでも十分すぎます」

「知りたいのかね」

「当然ですよ!」

「ならば、取引をしよう」

「取引……ですか?」

 唐突な提案に、エインはきょとんとした。魔王がまさかそんなことで取引を持ち出してくるとは思わなかったのだ。

 魔王が、髑髏の冠の下で、悪魔めいた笑みを浮かべた。

「悪魔になにかを求めるのなら、どのようなものであれ必ず代価を求められるものだ。違うかね」

「確かに……そういうものですね。では、魔王陛下におかれましては、人間風情になにをお求めになられるのです?」

 エインが恭しくも問いかけると、魔王は、少しばかりためらったあと、恥ずかしげに口を開いた。

「娘がマイラムを見たがっている」

「は……?」

「リュカのことだ。貴殿らを見て、人間に興味を持ってしまったようなのだ。それで、マイラムにいってみたいといいはじめたのだ。言い出したら聞かない子でな。わたしも手を焼いている」

「なるほど。そういうことであれば、お安い御用ですよ、陛下」

「できれば、内密に頼みたい。皇魔が人間の都市に潜入したことが明らかになれば、大騒ぎになるのは目に見えているからな」

「もちろん、細心の注意を払いますよ」

 エインは笑顔でうなずきながら、内心でも当然のことだと想った。魔王の娘が興味本位で人里を訪れたことが露見したとあらば、大騒ぎどころか、大問題に発展するだろう。総統の責任問題となり、議会で追求されること間違いない。メキドサールとの同盟こそ仕方なしに承認したものの、皇魔をマイラムに入れるなど容認できない、などなど。

 ログノールの政治家というのは、各都市において影響力の強い立場の人間がなっていることがほとんどだ。政治力よりも、知名度、人気によって決まっているといっても過言ではない。地主であり、豪商であり、かつてログナーの貴族だったものであり、とにかく“大破壊”後の世界においても、ひとの上に立つにはそれなりの力が必要だったからだ。ドルカがそういった連中の上に立っているのは、そうでもしなければひとびとを纏め上げることができないからであり、“大破壊”後の荒廃期を乗り越えるにはそうするほかなかったのだ。

 そして、ドルカはまだまだ総統でいてもらわなければならない。ログノールが地に足をつけられるようになるまでは、ドルカに血反吐を吐きながらでも総統を演じてもらうしか、この国のひとびとが生きていく道はない。

 そう、エインやアスタルたちは想っている。

 だからこそ、ドルカ政権の安定のために尽力しているのであり、だれもが血反吐を吐くような想いで戦っている。

 ドルカを失脚させ、後釜を狙っているような連中に付け入る隙を与えるわけには行かないのだ。



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