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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千六百五十七話 夢の終わり(四十九)

「ところでセツナ」

 ウルクが話しかけてきたのは、彼女が装甲車の突進を片手で受け止めながらのことだった。魔晶兵器と思しき装甲車は、車輪が四つある。無論、ゴムタイヤではない。量産型魔晶人形の躯体に使われているのと同じ金属のようだ。動力も、魔晶石なのだろう。帝国軍やガンディア軍を蹂躙していたときは脅威以外のなにものでもなかったが、ウルクが相手となると途端に

「皆が見えませんが、どこにいるのですか」

(ああ、そのことか)

 と、セツナは、想った。そして、ウルクが装甲車を両手で軽々と持ち上げ、敵陣に向かって放り投げるのを見届ける。装甲車は山なりに飛んで行くと、多数の敵兵を押し潰しながら地面に激突した。爆発は起きなかったものの、装甲車はひしゃげ、使い物にならなくなったようだ。搭乗者がいたのであれば、死んでいるだろう。

「先輩やファリアはどうしたのです?」

「レムなら帝国軍と戦っているはずだが、ファリアたちはな」

「……?」

 ウルクが小首を傾げる動作がいかにも可愛らしく想えるのは、気のせいではあるまい。

「ここから逃した」

 セツナは、王都を振り返った。ルウファ、グロリア、アスラの三人は、きっと上手くファリアたちを王都から移送できていることだろう。三人は、飛行能力を有した召喚武装の使い手達だ。それも素晴らしく優秀な武装召喚師なのだ。必ずや目的を果たしてくれると信じている。

「ファリアもミリュウも、俺に生きて欲しがってた。どうにかしてこの戦いを回避して、生き延びることを考えていたんだ。どう考えても勝ち目はないからな。戦えば死ぬのはわかりきってる」

「わたしがセツナを守りますよ」

「ああ、そうだな」

 セツナは、疑いもなく守り抜けるといってのけるウルクに対し、笑顔にならざるを得なかった。

「でも、ファリアたちにはおまえが来てくれるなんて想像もできないだろう?」

「なるほど。わたしがいなければ、確かに困難です」

「だろう。だからファリアたちは俺をガンディオンから逃したかったのさ」

「でも、セツナにはそれはできなかった」

 ウルクが連装式波光砲によって巨大兵器を破壊し、転倒させると、何人もの敵兵が押し潰されて悲鳴を上げた。巨大兵器の周囲には敵兵がいないが、転倒した先にいないというわけではない。搭乗者も投げ出され、地面に激突して即死したようだ。セツナはセツナで、別の敵と戦っている。雑兵を薙ぎ払い、魔晶人形の胸か頭に矛を突き刺す。心核を破壊して供給を断つか、術式転写機構を破壊して行動不能にするためだ。

 敵の数は、まだまだ膨大だ。何十万どころか、何百万も存在する。聖王国軍だけではないのだ。帝国軍もヴァシュタリア軍も健在だったし、それぞれの戦闘も時間経過とともに烈しさを増している。魔晶兵器が火を吹けば、召喚武装が唸りを上げ、破壊の嵐が巻き起こり、天変地異が引き起こされる。

「そ。そのかわり、ファリアたちには退散してもらったってわけさ」

「では、ファリアやミリュウに逢うのは、この戦いの後にしましょう」

「ああ。そうしてくれ」

 セツナは、ウルクに笑い返したものの、戦いの後というものがあるとは想ってもいなかった。無論、勝つつもりではいるし、ウルクが味方になってくれたことで勝機が見えたのも確かだ。一切存在し得なかった勝利の可能性が、ウルクの出現によってか細いながらも生じた。いや、それは可能性といえるほどのものですらない。勝てるわけがないという事実に変わりはないのだ。

 これだけの数の敵を倒し切ることなど不可能だったし、三大勢力を動かしているのは神なのだ。もし神が前線に出てきたとして、セツナに勝てる見込みがあるかというと、皆無に等しいといわざるをえない。

 少なくとも、セツナの知っている神は、次元の違う力を持っていた。

 勝利などありえない。

 この戦いの先、ファリアたちと再会できるなどと考えてはいられなかった。そして、その事実を彼女に告げることもしなかった。ウルクはこの戦いを生き残るつもりなのだ。戦いの最後までセツナを守り抜き、勝利するつもりなのだ。わざわざ彼女の士気を下げるようなことを言う必要はない。

「そういえばセツナ」

「今度はなんだ」

「グリフがディール軍に加わっているのをご存知ですか」

「グリフ? グリフってあのグリフか?」

「はい」

 予想だにしない角度から飛んできた言葉に、セツナはしばし茫然とした。その間、セツナへの攻撃はウルクが身を挺して防いでくれる。飛来する矢も波光砲も、魔晶人形の近接攻撃もだ。

「いや……って、それ、本当なのか?」

「はい。グリフは、セツナとの戦闘後、ディール領内に転移したそうです」

「それで聖王国軍についたってのか? なんでまた」

「そこまではわかりませんが、注意したほうがいいのは確かです」

「ああ」

 いわれるまでもないことだ。

(グリフか)

 セツナは、白き巨人の姿を脳裏に描いた。長時間に渡る激闘を繰り広げた末、結局撃破できず、空間転移によって戦場から遠ざけることしかできなかった。敗北ではないが、勝利でもない。倒し切ることができなかったのだから、負けに等しいといってもいい。

 グリフは、聖皇六将のひとりであり、ミエンディアの死に関わったがために呪われ、不老不滅の存在となっている。倒し切ることは不可能だ。だが、先の戦いのように、彼の血を媒介として、この戦場から退場させればいいだけのことであり、セツナが戦う以上は、それほど問題もなさそうだった。

 セツナ以外のガンディア軍は、帝国軍との戦闘中だ。グリフが帝国軍方面に向かわなければいい。

 そしてグリフは、セツナの視界に姿を現している。

 グリフの巨躯は、四足歩行型魔晶兵器よりも巨大だったが、当初魔晶兵器群のせいで目立たず、セツナも注意していなかったため発見が送れたのだろう。敵がどのようなものであれ、手当たり次第撃破しなければセツナに勝利はないのだ。入念に調べるよりも、敵の数を減らすほうが先だ。

 巨人は、珍しく武装していた。全身に彼専用に鍛え上げられたものであろう大鎧を装着しているのだが、そのごつごつとした巨大な鎧の質感は、魔晶兵器の外装にそっくりだった。もしかしなくとも、魔晶兵器を装着しているのだろう。

(人型巨大兵器かよ)

 胸中で悪態をついたのは、巨人の身につけている鎧兜が男心を擽る形状をしていたからだ。基本は流線型だが所々に突起があり、顔面を覆う種類の兜には一対の角があった。腰の辺りまで伸びた髪がさながら翼のように風に靡き、彼の巨躯をさらに大きく見せている。大仰な肩当て、胸甲に、胴回りの装甲も派手だった。腰には巨大な剣を帯びているようだが、おそらく彼のためだけに作られたものなのは間違いない。彼以外に使い手はいないのだから。

 セツナがグリフを強制的に転移させたのは半年以上前のことだ。進軍に二月はかかっていることから、四ヶ月足らずで彼の武器防具を用意したのだろうが、ディールの技術力をもってすればたやすいことなのかもしれない。二足歩行兵器や四足歩行兵器を量産するだけの技術力があるのだ。

(これだけの技術力がありながらこれまで沈黙してたってのかよ。ったく、質悪いぜ)

 セツナは、グリフの双眸が自分を捉えていることを認識しながらも、周囲の敵を蹴散らすことに意識を集中した。

 戦闘が始まって、既に数時間が経過している。

 精神力はともかく、体力の消耗が著しい。

 このまま消耗し続ければ、一勢力の半分も削れぬうちに力尽きそうだ。



「隊長、お先に!」

 隊士のひとりが雄叫びを上げながら、死んでいく。

「おう!」

 彼は、目を向ける暇もなく声だけで応え、目の前の戦闘に集中する。ソードケインの光の刃は螺旋を描き、迫り来る無数の針を尽く破壊し、針の召喚者をも貫き、絶命させる。帝国軍は、大量の武装召喚師を主戦力とする軍勢だ。

 どこにもかしこにも武装召喚師はいて、その圧倒的な戦闘力によって、エスクたちは劣勢に立たされていた。

「隊長、失礼をば!」

「ああ!」

 また、だれかが敵兵に突っ込んで、死んだ。

「おさらばです!」

「じゃあな!」

 またしても、だ。

 またしても部下が帝国兵を道連れに死んだ。彼はそれを見届けることすら許されない。圧倒的戦力差。部下の死に際を見る余裕などはない。

 エスクは、つぎつぎと届く別離の言葉に対し、明るく返すしかなかった。皆、それを望んでいるからだ。だれもが望み通り、地獄のような戦場で、死に向かって勇躍していった。喜び勇んで、死んでいったのだ。

 そう、これは死ぬための戦いなのだ。

 あのとき、尊敬する団長とともに死ねなかった亡者たちの魂を救済するには、これ以外の方法はなかった。生きて幸せを掴むなど、ラングリードを見捨てた自分たちにはありえないことだ。

 ラングリードは、生きろといった。

 だが、シドニア傭兵団のだれもがラングリードと死にたがっていた。ラングリード以外の主など、自分たちにはいないのだ。ラングリードだけが自分たちにとって唯一無二の主であり、王であり、支配者であり、指導者だった。ラングリードを失ったあと、傭兵団が瓦解するのは当然だったし、エスクの元に集まったものたちが生きる意味を忘れ、酒に浸るのも無理のない話だった。

 エスクも、そうだったのだ。

 涙を流し尽くし、渇ききった魂は、死によってでしか癒やされない。

 エスクが敵武装召喚師の猛攻をかわしながらその首を刎ね、返す刀で周囲の帝国兵を一掃すると、レミル、ドーリンが後退するのが見えた。エスクはふたりの後退を支援しながら、彼らの後に続いた。ほかに隊士の姿はない。

 どうやら、シドニア戦技隊の生き残りは、幹部三人だけになっていた。

 レミルとドーリンに追いつくと、ガンディア軍の大将軍や左眼将軍もいた。ガンディアの将兵も残りわずかといった様子だったが、悲観的にはならなかった。むしろ、よくここまで持ったものだと賞賛したい気分だ。当初、たった六千程度で兵力差およそ百倍の軍勢に立ち向かい、さらに増大した敵軍と戦い続けてきたのだ。とっくに壊滅していてもなんらおかしくはなかった。

 帝国軍の前列に武装召喚師が立ち並んだ。二百名ほどだ。その後ろに何十万という帝国兵がいる。軽装の歩兵もいれば、弓兵、騎馬兵もいるし、武装召喚師も数え切れないほどにいる。

「皆、逝きやがった」

 エスクは、呼吸を整えながら、ソードケインを構えた。

「はい。シドニアは、わたしたちだけですね」

「つぎは、わたしですかな」

「そんなふうにいうなっての」

 エスクは、ドーリンを一瞥し、すぐに目を逸らした。ドーリンは右耳を失い、左肩に矢が突き刺さっていた。脇腹には血の痕がある。敵軍との距離を保ちながら戦うことに専念しているはずなのにそれだ。敵武装召喚師の中に遠距離攻撃武器の使い手がいるのは当然のことだったし、それらが驚異的な破壊力を見せるドーリンのエアトーカーを見逃すわけもない。ドーリンに攻撃が集中するのも必然的な話だ。それでもここまで生きてこられたのは、さすがはドーリンというほかない。彼が並の弓使いならばとっくに落命しているだろう。

「もう少し、気張ってくれよ」

「とはいいましてもな」

「隊長命令だ」

「はは、相変わらず無茶ばかりを仰る」

「エスク……」

「……せめて、帝国軍に一泡吹かせてから死んでくれや」

「そういうことならば、おまかせあれ」

 なにか考えがあるのか、ドーリンは、茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せてきた。

 そのとき、五体の“死神”がエスクたちの前方に出現した。敵武装召喚師の攻撃に対する壁を構築したのだろう。“死神”の使い手たるレムが、五体の“死神”とエスクたちの間に着地する。彼女は、服こそ所々破れているものの、傷はなかった。不老不滅なのだ。どれだけの深手を負っても、致命傷を負ったとしても死ぬことはない。

「エスク様、皆様も、御無事のようで」

「これを無事といえるのかは知らねえがな」

 エスクは、いまのところ軽傷で済んでいた。それもこれもソードケインと、ホーリシンボルによる身体能力の強化のおかげだ。とはいえ、それもいつまでも持つわけではない。いずれ力尽きる。レミルも同じだ。彼女は、エスクとセツナに印を付与したことによる影響で、とんでもないことになっている。エスクとは比べ物にならないほどの力を得ているのは間違いなく、彼女は、敵武装召喚師に対しても終始優位に戦っていた。そのうえ、無傷だ。

「それは後方も同じこと。わたくしどもは既に壊滅状態といっても過言ではありませぬ。兵は百名足らず。このままでは、帝国軍の物量に押し潰されるのみ」

「んなこと、最初からわかっていたさ」

 エスクは、鼻で笑った。

「死ぬための戦いだ」

 死に場所に相応しい大舞台。

 セツナが、エスクたち死に損ないに用意してくれた大舞台なのだ。

 セツナは、本心としては、嫌だっただろう。彼は心根の優しいひとだ。そのくせ、数え切れないくらいの人間を殺している。敵を殺すのが彼の仕事なのだから当然のことだ。しかし、だからといって納得できるものでもない。飲み下し、強引に納得させているものの、心の何処かでは疑問を抱いているはずだ。苦しんでいるはずだ。だからせめて、自分の周囲にいるひとたちだけでも幸せになって欲しいと、彼は願っている。そういう考えは、彼の普段の言動を見ていればわかる。

 彼は、エスクたちのようなものにすら手を差し伸べ、声をかけてくれるのだ。エスクたちが死を求める亡者から蘇生してくれる日を待ち望んでいたに違いなく、そういった細やかな願いが伝わってくるから、エスクはセツナを真に敬愛し、貴ぶようになっていった。

 エスクたちは、ただのならず者だ。ラングリードという精神的支柱を失ってからは、ただ死に場所を求めるだけの愚者と成り果て、その行き場のない怒りや悲しみをアバードにぶつけ、シーラを追い詰めようとした。

 それなのに、セツナはそんなエスクたちにさえも、幸せに生きてほしいと願っていた。

 声を上げて笑ってしまうくらいに、彼は自分以外の他人に優しいのだ。

 そんな彼だからこそ、エスクたちが亡者のままで在り続けることに心を痛めていただろうし、この最後の戦いにエスクたちを同行させるべきかどうか、苦悩していたことだろう。それでも、戦場での死こそがエスクたちにとっての救いであることを知っている以上、エスクたちをこの大舞台から遠ざけることはできないと判断した。

 エスクは、そういう風にして自分たちをこの戦いに参加させてくれたセツナには、感謝の言葉もなかった。

 だからこそ、セツナの想像以上の戦いをして、敵をひとりでも多く殺して見せようと、彼は考えていた。

「エスク様……」

「レム殿」

 エスクは、ソードケインを両手に握り、構え直した。呼吸は整っている。

「あなたはこの中で最後まで生き残るはずだ。だから、俺達の戦いを最後まで見届けてほしい。セツナ様に伝えてくれ。俺達の死に様を」

 レムの目を見据える。いつからかセツナと同じ紅い瞳となった少女姿の死神は、いつもよりもずっと真剣な表情でこちらを見ていた。その透き通ったまなざしは、いつだって彼の主のことを想っている。それがわかるから、彼は叫ぶようにいうのだ。

「そして、セツナ様を落ち延びさせるんだ」

「え?」

「あのひとは、ここで死んじゃあだめだ。そんなことをすりゃあ、俺達の二の舞いだ。ファリア殿やミリュウ殿が、俺達と同じ亡者になってしまう」

 生きる希望を亡くしたものは、亡者となってさまよい続けるしかない。

 少なくとも、エスクたちはそうだった。

 ファリアやミリュウがそうならないとは限らないのだ。

 セツナは生き延び、彼女たちの支えになるという責任を果たさなければならない。

 死地を求めてさまよい続けてきた自分たちとは、違うのだ。


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