第千六百五十四話 夢の終わり(四十六)
神聖ディール王国軍――通称・聖王国軍の主戦力は、いわずもがな量産された魔晶人形であることは明らかだった。圧倒的な数の武装召喚師を主戦力とするザイオン帝国軍に比べると武装召喚師の数は極めて少ないようであり、様々な種類の魔晶兵器群と量産型魔晶人形の絶大な戦闘能力に頼り切っているのは明らかだ。
セツナの知っている魔晶人形といえば、ミドガルド=ウェハラム謹製の魔晶人形ウルクだけだ。ウルクの戦闘能力を判断材料とすれば、魔晶人形が量産された数次第では、三大勢力随一の戦力と考えてもいいだろう。
まず第一に、魔晶人形ウルクの躯体は、精霊合金と呼ばれる特殊な金属でできている。精霊合金の調整は困難を極めるというが、調整が完了さえすれば、無類の防御力を誇るのだ。物理的な衝撃への耐性も高ければ、急激な温度変化にも強い。その上、躯体は骨格、内殻、外殻からなる三層構造であり、外殻に当たる装甲を破壊するだけでも大変なのに、躯体を完全に破壊するのは困難を極めるだろう。
力も、凄まじい。魔晶石の発する波光を動力とする魔晶人形の運動能力は、人間とは比較しようがないほどであり、召喚武装によって強化された武装召喚師ですら対抗できるのか怪しいところがあった。精霊合金の外殻に覆われた拳は岩石を軽く砕き、分厚い鉄板を貫く。素の躯体だけでとんでもない攻撃能力を持っているというのに、波光砲と称される兵器が内蔵されている。動力である波光を光学兵器の如く発射し、対象あるいは広範囲を無慈悲に破壊することができるその兵器は、並の召喚武装と比べるまでもなく強力無比だ。
そんなものが大量生産された暁には、聖王国が三大勢力の一角に甘んじているはずがない――というのがミドガルド=ウェハラムの考えであり、だからこそ彼は極秘裏に魔晶人形の研究を開発を進めていた。それなのに量産に成功したという報せが届いたものだから、彼は驚いてウルクともども聖王国に帰っていった。事の真相を確かめるために。
ミドガルドとウルクがどうなったのかはわからない。
ウルクがついているのだ。道中、皇魔や賊徒に襲われても無事に切り抜けられたのは間違いないが、聖王国に戻れたのかは不明だ。小国家群に侵攻中の聖王国軍と合流した可能性も高い。だとすれば、彼は魔晶人形の量産を目の当たりにしたことだろうが、その後、彼がどうしたのかまではわからない。
ミドガルドは、聖王国の人間だ。
彼自身はガンディアが小国家群を統一し、大陸が四大勢力による均衡の時代が訪れることを歓迎していたようだが、国の意向には逆らえまい。
聖王国を支配する神の意思には、従わざるをえないのだ。
彼の作り上げた最高傑作であるウルクが、セツナの敵として立ちはだかる可能性も考慮しなければならなかった。
(ウルク……)
ウルクが敵として立ちはだかった場合、セツナは、どうなるだろうか。
ウルクを傷つけられるわけがない。かといって、なにもせず殺されるわけにもいかない。では戦うしかないのか。戦えるはずもない。堂々巡りだ。
彼は、前方の魔晶人形の群れが一斉に右腕を掲げるのを認めて、目を細めた。百体ほどの魔晶人形が横隊を組み、その後方にも無数の魔晶人形が並んでいるのがわかる。さらには装甲車型の魔晶兵器もあれば、二足歩行機とでもいうべき魔晶兵器や巨大な杭打機が搭載された二足歩行機、台座に複数の兵を乗せた四足歩行型魔晶兵器など、様々な魔晶兵器が聖王国軍の陣容を賑わしている。歩兵も数え切れないほど大勢いて、中には魔晶兵器と思しき大型の兵器を持つ歩兵も見受けられる。ミドガルドは、魔晶人形の実用化こそしていなかったが、それ以前には様々な魔晶兵器を研究し開発、実用化に成功しているのだ。
(ミドガルドさん。あんた、天才だな)
胸中で感嘆の声を漏らす。ウルクを開発しただけでも天才的ではあったのだが、魔晶人形以外の兵器群を見れば、ミドガルドの才能ほど恐ろしいものはないのではないかと思えた。
魔晶人形の手の先に閃光が生じた瞬間、セツナは地を蹴りながら呪文を唱えていた。
「武装召喚」
召喚したのはメイルオブドーターであり、セツナは、上空に向かって急上昇することで波光砲の斉射を回避するとともに、つぎの砲撃を上空に集中させることに成功した。地上への急加速で、上空目掛けて放たれる波光砲の数々をかわしていく。そのまま四足歩行機の台座に突撃し、狼狽する聖王国兵を無視して飛び立つ。一条の波光砲が四足歩行機の台座を撃ち抜き、爆散させる。
(よし)
量産型は、ウルクと違って融通が効かないらしいというのは、これまでの戦闘で判明している。ウルクのように臨機応変に行動できないのだ。おそらく、自我を持つウルクとは異なる作りになっている。ミドガルドは、ウルクが自我を持てたのは奇跡だといった。なにが起きたのかはミドガルドたちの研究によってすら判明しておらず、いまも不明のままだという。
魔晶人形は、本来ならば術式転写機構と呼ばれるもので遠隔操作する予定だった。量産型のすべてに自我が発現するような奇跡は起きなかったとすれば、術式転写機構が採用されたと考えるのが道理だ。つまり、量産された魔晶人形は、戦場の何処かで遠隔操作されているということだ。遠隔操作では、臨機応変には対処できまい。
その上、量産型魔晶人形の装甲は、ウルクに比べると柔らかかった。ウルクは、ミドガルドたち魔晶技術研究所の人間が精魂込めて作り上げた特注品であり、魔晶技術の結晶であるが、量産型はとにかく数を作ることを主眼に置いているのだろう。躯体には、精霊合金が用いられていないのだ。それでも十分すぎるほどの防御力を持っているのだが。
通常の武器では、破壊することなど不可能なくらいだ。
セツナは、その後も聖王国軍の頭上を飛び回り、魔晶人形の波光砲による誤射を何度か誘発させた。四脚型魔晶兵器のような大型兵器を誤射によって複数破壊できたものの、それもすぐになくなった。魔晶人形の操縦者たちが誤射を恐れ、波光砲を封印、近接攻撃に切り替えたのだ。量産型魔晶人形の運動能力そのものは、ウルクと大差がなかった。超人など比ではないほどの脚力から繰り出される跳躍は、空中にいるセツナに一瞬にして到達するほどであり、セツナは魔晶人形を数体撃破すると、近場にあった四足歩行機の台座に着地し、台座上の兵士たちを突き落とした。
消耗を抑えるべく、メイルオブドーターを送還する。
聖王国兵の矢が無数に飛来し、魔晶人形が四方八方から飛びかかってくる。四足歩行機の周囲には聖王国の将兵が何十万といるのだ。それら全員が弓を持っているというわけではないが、凄まじい量の矢が、台座上のセツナ目掛けて放たれている。しかも、飛びかかる魔晶人形に当たらないよう、放物線を描くようにだ。流れ矢が味方に当たる可能性は低い。なぜなら、四足歩行機の足元周辺には聖王国兵がいないからだ。魔晶兵器の側にいれば、巨大な足に踏み潰されかねない。
もっとも、即座に台座から飛び降り、台座の下に潜り込むことで直上からの矢も、殺到する魔晶人形も回避したが。無数の矢が金属製の台座に直撃し、けたたましい音を立てる。そして目標を見失った魔晶人形たちがつぎつぎとセツナの視界に降り立ち、彼はすぐさま台座の下から躍り出て、人形たちを切り裂いた。黒き矛の前では、量産躯体など相手にもならない。
十体ほど破壊すると、頭上に気配を感じた。仰ぐ。魔晶人形が数体、上空から自由落下中だった。セツナに向かって波光砲発射の姿勢を取っている。魔晶兵器の足元には聖王国兵はいない。つまり、波光砲を打ち込んでも構わないということだ。さらには複数の魔晶人形がセツナを逃すまいと取り囲んでいた。魔晶人形は、遠隔操作。セツナひとりを撃破するためならば、魔晶人形数体くらい波光砲に巻き込んでも問題ないと判断したのだろう。
舌打ちしながら眼前の魔晶人の胴体を上下に分断し、飛ぼうとした瞬間、なにかがセツナの足首を掴んだ。足首の骨を握り潰そうとするかのような握力に視線を向けると、先程破壊したはずの魔晶人形の上半身が動き、彼の足首に取り付いていたことが判明する。魔晶人形は、心核を破壊しない限り動作するもののようだ。
空を仰ぐ。
落下中も魔晶人形たちの右腕の先に光が灯った。
(来る……っ)
セツナが呪文を唱えるべく口を開かんとしたまさにそのとき、
「なっ――!?」
彼は、魔晶人形たちが波光の奔流に飲み込まれ、あっという間に吹き飛ばされていくのを目撃した。




