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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千六百四十五話 夢の終わり(三十七)


 空を眺めていた。

 晴れ渡る青空。滲んだような色合いがイルス・ヴァレであることを思い知らせてくれる。ここは異世界。彼の生まれ育った世界とは、極めて似ているが微妙に異なるものばかりだ。

 この異世界に召喚されてからというもの、二年半近い年月が経過している。

 当初こそ右も左もわからなかった世界だが、いまでは生まれ育った世界かのように馴染みきっている。異世界人だからという疎外感を感じることはほとんどない。それはなぜか。自分の周囲に自分を必要としてくれるひとたちが大勢いてくれるからだ。

 自分の居場所がある。

 それだけで、ひとは生きていける。

 逆をいえば。居場所がなければ生きていくこともままならなくなる。

 生まれ育った世界であっても、同じことだ。

 居場所のないものが生きていくには、どのような世界も辛すぎるのだ。

『なに考えてんだ』

 ぶっきらぼうな声が聞こえてきたので咄嗟に視線を巡らせるが、声の主は見当たらない。寝転がっているせいだと気づき、上体を起こす。案の定、声の主は彼の足側に立っていた。銀髪の男。鋭い眼がぎらぎらと輝いている。

 訓練のときは、いつもそうだった。

 ルクス=ヴェインは、実力の上で数段劣る弟子に対しても容赦しなかった。“剣鬼”と恐れられる所以のひとつではないか、とセツナは訓練でのされるたびに思うのだ。無論、そんなことをいおうものなら師弟の契約を打ち切られてしまいかねないので、一度たりともいわなかったが。

『また、ろくでもないこと考えてんだろ』

 ルクスは、木剣ではなく、なぜかグレイブストーンを手にしていた。その切っ先がこちらに向けられている。透き通った湖面のよう美しい刀身は、いつ見ても引き込まれるようだった。

『馬鹿なこと考えてないで、生きることだけ考えてろ』

 言葉遣いはきついが、師は、いつだって彼のことを考えてくれていた。

『おまえは英雄なんだ。英雄が死んだらだれもが悲しむ』

 ルクスが思いがけないことをいうものだから、つい、尋ねてみたくなった。

『師匠も?』

『……そりゃあ俺だって、弟子が死んだら悲しいさ』

 彼はそういうと、照れくさくなったのか、顔を背けた。

『ま、もう悲しむことなんざないけどな』

『え?』

『すぐに追ってこようとすんなよ。おまえはまだまだ若いんだからさ』

 師匠だって若いじゃないか。

 彼はそういおうとしたけれど、ルクスの姿がいつの間にか掻き消えていることを知って、言葉を失った。

 グレイブストーンだけが突き立っていて、それがまるで墓標のように思えて、苦しくなった。

 そして、目が醒めた。

 視界に映り込んでいるのは、自分の手であり、足だった。どうやら、椅子に座ったまま眠りこけていたらしい。そして胸のうちに残る苦しさに、唇を噛む。

(夢……か)

 つい今しがた見たのは、夢以外のなにものでもない。ルクス=ヴェインの夢。今朝ほど飛び込んできたバルサー要塞陥落の報せは、セツナの心に深く入り込んでいた。バルサー要塞には、シグルド=フォリアー率いる《蒼き風》が入っていたのだ。当然、《蒼き風》突撃隊長ルクス=ヴェインもそこにいた。

 傭兵たちは、二十万の敵を前にして、どういうわけか逃げなかった。金と契約で結ばれた関係。命惜しさに逃げ出したところで、だれもなにもいわなかっただろう。戦力差を考えれば、まともに戦って勝てる相手ではないのは確かなのだ。それなのに傭兵たちは、ガンディア軍将兵とともにバルサー要塞を出撃、ヴァシュタリア軍二十万と交戦したという。

 そして、敗れ去った。

 バルサー要塞がヴァシュタリア軍の手に落ちたのだ。ほかに考えようがない。

 シグルドたちを始め、多くの傭兵、ガンディア将兵が戦死しただろうし、全滅していたとしてもなんらおかしくはない。二十万対四千弱では、勝ち目などないのだ。

 ルクスも、死んだはずだ。

 セツナが夢の中で見たのは、ルクスの魂だった――と考えるのは、いささか都合が良すぎるというものだ。ルクスへの想いがそんな夢をセツナに見せたに違いない。

「隊長、大丈夫ですか?」

「え?」

 突然の声に顔をあげると、金髪の美青年がこちらを見ていた。ルウファ・ゼノン=バルガザールだ。すぐ隣にはグロリア=オウレリアの姿もある。ルウファは心配そうな顔で、こちらを見ていた。

「眠れてないんでしょ。だから、ひとを呼びつけておいて寝てしまうんだ」

「まったく、困ったおひとだ」

「でもでも、そういうところが人間的だと思うんですよね」

「まあ、なんでも完璧にできるような英雄なら、近づきにくいことこの上ないのは事実だな」

「そういうわけで、隊長に於かれましては、不完全で不十分なままでいてくださって、結構ですよ」

「酷いいいざまだな」

 セツナは、ルウファの言い様に苦笑せざるを得なかった。が、反論のしようもない。確かにルウファのいうとおりだった。ルウファとグロリアを部屋に呼びつけたのは、彼自身なのだ。それなのに、ふたりが来るまでの時間すら待てず、寝入ってしまっていた。そして夢を見て、泣いている。待たされたほうからすれば、これほど馬鹿馬鹿しいことはあるまい。

「すまないな。呼びつけておいてこのざまじゃ、なんともいいようがない」

 セツナは、手ぬぐいで顔を拭ってから、そういった。

「ですから、構いませんって。最強無比の英雄にもそういうところがあるっていうのは、愛嬌ですから」

「愛嬌の塊がいうと説得力が増すな」

「どういう意味ですか、師匠」

「そのままの意味だ。おまえの言葉ひとつ、表情ひとつがわたしを狂わせる」

「あのですね……」

 ルウファは、自分の体を抱きしめて、身悶えする師匠の様子に絶句していた。グロリアは、ここのところルウファへの偏愛を隠さなくなってきている。ルウファがエミルと結婚したことが契機になっているようだ。

「相変わらず仲が良くて結構だ」

「隊長、意趣返しですか」

「そんなつもりはないが」

「そうだぞ。隊長殿はわたしたちが仲良くすることを応援してくださっているのだ」

「そういうときだけ都合よく隊長を使わないでくださいよ」

「ふふん」

 グロリアは、ルウファに対し、なぜかふんぞり返って見せた。この師匠も扱いづらい類の人間だというセツナの印象に間違いはなさそうだ。

「……それで、俺達に用事って、なんです?」

「この夜中に呼びつけられて、少しばかりどきりとしましたが」

「なんでだよ」

 セツナは、グロリアの軽口に顔をしかめた。グロリアは当然、本気でいっているわけではないだろう。

「ふたりを呼んだ件については、レムが来ないことにはな」

「レム?」

「あの死神娘がどうかしたのですか?」

「まあ、あいつが戻ってくるまでくつろいでいてくれ」

 セツナはそういって、ふたりに椅子に座るよううながすと、みずからお茶を用意して、菓子も出した。

 そんな風にして談笑していると、三十分も経過しないうちに部屋の扉が叩かれた。軽い叩き方。レムだろう。

「入れ」

 セツナは確認も取らずに返事をすると、想像通りレムが室内に入ってきた。相変わらずの給仕服に身を包んだ彼女は、穏やかな笑みを浮かべたまま、お辞儀をし、セツナの直ぐ側まで近寄ってくる。そして、ルウファとグロリアのふたりにもお辞儀をした。

「どうだった?」

「やはり、ミリュウ様もファリア様も、御主人様のご想像どおりのお考えをお持ちのようで」

「だろうな」

 セツナは、予想通りに答えに顔をしかめた。ふたりの気持ちは、わかる。セツナが彼女たちの立場なら、同じように考え、行動しようとしたかもしれない。

 それは、ひとりの人間としてとても理解できることなのだ。

 ルウファが怪訝な顔をした。

「ミリュウさんとファリアさんがどうかしたんです?」

「あのふたりのこと。隊長をどうにかして王都から脱出させるべく画策しているといったところだろう」

「なるほど」

「乙女心というやつだよ。おまえもそれくらいわかるようになったほうがいい」

 グロリアが当然のようにいうと、ルウファの耳がぴくりと動いた。腕組みしたまま、小首を傾げる。

「おとめ……?」

「なにかいいたそうだな?」

「い、いやあ、さすがは師匠だなあ、って」

「それならばよい」

 グロリアが告げると、ルウファはほっと胸を撫で下ろしたような顔をした。そんなルウファの反応にグロリアが微笑むのを見逃さない。仲の良い師弟だ。エミルがルウファとグロリアの仲を心配するのもわからなくはない。が、一途なルウファのことだ。なにか特別な事情でもない限り、彼がエミル以外の女性に手を出すようなことはあるまい。と、いうようなことをいうと、エミルは心底嬉しそうにしていたことを覚えている。

 愛の力というのは、素晴らしいものだ。

 セツナは、エミルがルウファとともに幸せな日々を送れるようにしたかった。しかし、現状、三大勢力によってガンディオンが遠巻きに包囲され、逃げ場がない以上、そのようなことは夢のまた夢と思うほかない。少なくとも、このままセツナが徹底抗戦の構えを崩さなければ、そうならざるをえない。

 ルウファは、セツナとともに戦おうとするだろう。

 戦ったとして、万にひとつの勝ち目もない。

 そんなことを考えながら、レムに説明を促す。

「レム」

「……グロリア様の推測なされた通りにございます。ミリュウ様、ファリア様は、御主人様をなんとしてでも三大勢力の包囲網から脱出させたいというご意向をお持ちのようでして、そのための作戦会議を開かれたのでございます」

「俺は、おふたりの気持ち、わかるんだけどなあ」

「わたしもだ。ガンディアのために最後まで戦いたいという隊長の気持ちも、わからないではないが、わたしとしてはふたりのほうが実感として理解できる。わたしも、失いたくないひとがいるからな」

「え、えーと……」

 ルウファがたじろいだのは彼を見下ろすグロリアの視線が異様なほどに熱っぽかったからだろう。グロリアは、弟子としてだけでなく、優秀な武装召喚師として、また異性としてルウファのことを愛しているのだ。

「気持ちは、嬉しいよ」

 素直に、認める。

「俺を必要としてくれているってことだからな。俺だって、ふたりの気持ちに応えてあげたい」

 自分に関わる周囲のひとたちを幸せにしたい。

 それが、セツナの小さな願いだ。

 そのためならば、なんだってしよう。自分にできる範囲のことならば、どんな願いだって聞き入れよう。ラグナを失ったあのときから、セツナはそう想うようになっていた。そして、その想いのままに行動してきたつもりだ。ミリュウの我儘も、ファリアの細やかな望みも、シーラの願いも、レムの想いにも、応えられる限り応えてきたつもりだ。

 そうすることでしか、セツナが彼女たちをはじめとする周囲のひとびとに恩を返しようがないからだ。

 莫大な、それこそ、セツナの両腕では抱えきれないほどの恩がある。

 セツナを受け入れてくれる。ただ、そばに居てくれる。支えてくれる。力になってくれる。ときには厳しい言葉で、ときには優しい声で、ときには、抱擁で――セツナに大きな、途方もなく大きな力を与えてくれる。

 ルウファも、グロリアもだ。

 周囲のひとびとの支えがあってこそ、セツナは生きていられるのだ。

 ここは異世界。

 本来ならば居場所など存在し得ない世界であり、寄る辺など、どこにあるはずもなかった。

 今日まで様々な苦難を乗り越えながらも生きてこられたのは、そういったひとたちの力があったからこそだ。

 独りでは、決して生き抜いてこられなかっただろう。

 確信がある。

 その確信が、周囲の皆への想いとなり、願いとなり、祈りとなる。

「でも、今回ばかりは駄目なんだよ」

 セツナは、両手を見下ろした。掌は傷だらけだ。エンジェルリングの力でも傷痕を抹消することは不可能に近いという。これまでの戦歴といってもいいそれらを見つめながら、拳を握りしめる。

「前にもいった通り、ガンディアは俺にとって唯一無二の国なんだ。居場所なんだよ。それをただ蹂躙されていくのを見てみぬふりなんてできるわけがない」

 それは、自分自身を否定することだ。

 自分自身が、これまで戦って得てきたものすべてを根本から否定することなのだ。

「俺はこの国のために戦ってきたんだ。数え切れないくらいの命を奪ってきた。それもこれも、ガンディアのためだ。ガンディアの勝利と、その先にある陛下の夢のため。それだけが俺の戦う理由だった。ガンディアを、王都を奪わせてたまるものか」

「俺も、隊長に付き従いますよ」

「わたしもだ。隊長殿。ルウファとなら、どこまでも飛んでいけるからな」

「……そうか」

 ルクスは、グロリアが聞きたかった言葉をいってくれたことに内心、歓喜した。

「どこまでも、飛んでいけるんだな?」

 それが言葉通りの意味などと思ってはいない。しかし、グロリアは、それなりの決意をもってそういったのは間違いないだろう。

 重要なのは、その決意だ。

 セツナが戦うためには、翼がいる。



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