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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千六百三十九話 夢の終わり(三十一)


 死なせたくない。

 そう想うと、力が湧いた。満ち溢れる力のままに、再び戦場に意識を戻す。

 死なせたくなくとも、戦うしかないのだ。戦って、死ぬしかない。それだけが、この場にいる皆の望みだ。

(望み……)

 ルクスが敵陣に赴くと、ベネディクト、ファリューらが後続した。

「これの使い方、よくわかんないんだけど!」

「敵に向かって念じてみるんだ」

「念じる……こう?」

 ベネディクトが三叉槍の穂先を前方の敵陣に向かって掲げると、穂先に光が凝縮した。そしてつぎの瞬間、閃光が敵陣に殺到し、驚愕する敵兵の頭部に接触した。炸裂。閃光を撒き散らしながら光熱が嵐のように吹き荒れ、周囲の敵兵もろとも蒸発させる。爆音が響き渡る中、ベネディクトがその場にへなへなと崩れるのをファリューが支えた。

「こ、これでいいの、ね……?」

「負担が激しいのなら、あまり使わなくていい。召喚武装ってだけでも十分強いからね」

「わ、わかったわ」

 ベネディクトがファリューに支えられながら立ち上がるのを見て、それから前方に向き直る。ベネディクトの三叉槍の威力が明らかになったことで、ベネディクトはその存在だけで十分すぎるほどの牽制となった。迂闊に手を出せば、大爆発に巻き込まれ、死ぬ。かといって、放置しているわけにもいかない。それはベネディクトのこの戦場における存在価値となった。

 ルクスはベネディクトが開いた敵陣の穴に突っ込むと、剣を振り回して傷口を広げた。そこにベネディクトが三叉槍を携えて加わると、敵兵が距離を取った。ベネディクトに近接戦闘を挑むのは愚行だと判断したのだろうが、距離をとっても同じことだ。ベネディクトは、後退する敵軍に向かって三叉槍を掲げた。敵兵が引きつったような悲鳴を発したつぎの瞬間、三叉槍から放たれた光弾が敵兵の足元に突き刺さり、爆光を拡散させる。音と光の渦が敵兵を何十人も消し飛ばし、死体や武器防具の破片を散乱させた。

 そこへ、ルクスが突っ込む。ベネディクトが続く。斬撃の乱舞の直後に打ち込まれる光弾が傷口を拡大させ、さらなる追撃が敵陣を突き崩していく。

「ベネディクト、あまり無茶はするな」

「ぜーんぜん、へっちゃらよ!」

「そうか」

「なんの問題もないわ!」

 ベネディクトの返事の調子は良かったが、立て続けに光弾を放ったことが彼女の体力、精神力を奪っているのは明らかだった。呼吸が、少しずつ荒くなっている。使い慣れもしない召喚武装を使っているのだ。力の使い方もわかっていない。だから、無理に使わなくていいといったのだが、どうやら彼女はルクスのその言葉をただの気遣いだと受け止めているようだ。訂正しても、同じだろう。いや、余計に無茶をするだけかもしれない。

 ベネディクトは、そういう女性だ。

 だから、ルクスはなにもいわなかった。なにもいわず、吹き荒れる閃光が敵陣に穴を開けるのを目撃した瞬間に切り込み、グレイブストーンを振り回して敵兵を打ちのめす。そこへファリューら《紅き羽》の傭兵たちが突っ込んでくると、敵陣がわずかに混乱した。ベネディクトの槍の火力は脅威そのものであり、敵からすれば恐怖の対象となる。そして恐怖が動揺を生み、動揺が混乱を生じさせる。それを見逃すルクスではなく、彼は想うままに剣を振るい、手当たり次第の敵兵を殺戮した。

「やっるう! さっすがわたしのルクスね!」

 などとおどけた振りしながら近寄ってきたのは、敵兵がルクスたちを包囲したまま距離を取り始めてからのことだ。二、三百人は殺しただろうか。とにかく、ベネディクトの槍とルクスの剣、傭兵たちによる連携攻撃は、瞬く間に敵兵の数を減らした。

 とはいえ、全体から見れば、ほんの僅かな数でしかない。敵軍の将兵は依然、雲霞の如くであり、今でこそベネディクトの槍を恐れて距離を取っているものの、再び勢いを得れば、たやすく飲み込まれ、その勢いの中で圧死しかねない。それくらいの危うさの中で、戦っている。

「ベネディクトこそ」

 ルクスが褒めると、ベネディクトは嬉しそうにはにかんだ。額から汗がこぼれ落ちるのが見えた。疲労が、表情に現れている。槍の力に頼りすぎているからだ。召喚武装の能力を行使するということは、代償に精神力を差し出すということなのだ。精神力を消耗しすぎれば戦うこともままならなくなるだろう。人間を支えるのは、体力だけではない。体力、精神力の均衡こそが重要なのだ。

「姉上も義兄上も、さすがですな」

「ファリュー、おまえもさ」

「まあ、この程度は」

 ファリューは、身の丈ほどもある大型の剣を軽々と振り回す巨漢だ。その膂力たるやシグルド以上といってよく、ルクスなど敵わないくらいといっていい。しかし、ルクスがファリューに負けたことは一度たりともなかった。無論、召喚武装の副作用なしで、だ。

「朝飯前ですな」

「そうよ、これくらい、なんてことないわ」

「まったく、恐ろしい姉弟だな」

 ルクスは、疲れを感じさせまいと振る舞うベネディクトの心意気に応じ、彼女を心配しないようにした。そんなことをすれば、彼女はさらに無茶をする。わかりきっている。長い付き合いだ。ベネディクトの性格については、彼女以上によく知っているかもしれない。

「この調子で、いくわよ!」

 ベネディクトが、三叉槍を掲げた。穂先に収束した光が弾丸となって前方に発射される。敵兵がどよめきながら後退するも、間に合わない。光弾が敵陣に落下し、大爆発を起こした。轟音が大地を震撼させ、閃光が嵐のように吹き荒れる。その熱波の中へと突っ込むのがルクスであり、混乱状態の敵陣をやたらめったら斬りつける。そこへファリューたちがやってきて、敵陣の傷口を拡大していく。

 このまま戦い続けることができたら、勝ち目も見えるのではないか。

 ありえない幻想を抱き始めたとき、ルクスは、頭上から迫りくる気配を察知した。振り仰ぐ。濛々と立ち込める爆煙の中、降り注ぐ逆光を浴びて、いくつもの影が舞っていた。一対の翼を生やしたものたち。

(ドラゴン?)

 違う。

(武装召喚師か!)

「飛び散れ!」

 ルクスは即座にその場を飛び離れると、ファリューたちが彼の警告に従う様を見た。そして、その素早い反応すら、遅すぎたことを理解する。上空から降り注ぐ光の槍がファリューの背中に突き刺さり、腹を突き破って地面に達した。

「ファリュー!」

 ルクスの叫びも虚しく、つぎつぎと降ってきた光の槍がファリューの巨躯につぎつぎと襲いかかり、ずたずたに引き裂かれ、絶命した。光の槍に貫かれて死んだのは、ファリュー以外の傭兵たちも同じだ。生き残ったのは、ルクスとベネディクトだけだった。

「そんな……!」

 ベネディクトが弟の死に動揺する中で、ルクスは、ふと、戦場の空気そのものが変化していることに気づいた。歌声が、聞こえている。まるで呪詛のような、と感じるのは、彼がヴェインの一族であり、物心付いたときにはヴァシュタラ教会を敵として認識するよう育てられていたからに違いない。

 教会の聖歌が、響いているのだ。

 神を賛美する歌が、この地獄のような戦場を飲み込み始めている。

 ルクスは、歌声を聞きながらも、上空を飛び回るものたちを見ていた。武装召喚師たち――であるはずなのだが、それらはまったく同じ召喚武装を身に着けているように見えた。似たような、ではなく、完全に同一のものとしか思えないのだ。白き一対の翼型召喚武装に、白き二叉の槍。まったく同じ召喚武装など、この世に存在するのだろうか。聞いたこともない。だが、召喚武装以外には、考えられない。

 ほかのヴァシュタリア兵と同じく白を基調としながらも、鎧兜といった防具ではなく儀式用の法衣を纏っている点も、異彩を放っている。もっとも、武装召喚師ならば防御力を軽視するのもわからなくはない。武装召喚師同士の戦闘は、一撃必殺であることが多い。召喚武装は、人間に対して使うには過剰な攻撃力を持っていることが大半だからだ。

 それが五人、いる。

 そのとき、ルクスの耳に拍手が聞こえた。

「実に素晴らしい戦いぶりでしタ。圧倒的戦力差をものともしない勇気ある戦いぶリ、実に見事というほかありませン。普通、これだけの戦力差があれば戦う前に心折レ、立ち向かおうともしないはずでス。逃げてもだれも責めはしないでしょウ。しかシ、あなたがたは戦っタ。それモ、最後まで諦めズ、勝利を信じテ。これほど尊ク、愚かデ、救い難いものがほかにあるでしょうカ」

 妙に甲高い声と独特な喋り方は、一度聞いたら忘れられないものであり、ルクスは十数年ぶりに聞いたその声にグレイブストーンを握る手に力が篭もるのを自覚した。

 眼前の敵兵たちが左右に道を開く。

 現れたのは、荘厳な法衣を着込んだ大男だ。剃髪なのは相変わらずで、大きな目が力強く輝いている。ラディアン=オールドスマイル。かつて教会の巡礼教師だった男がなぜこの軍勢の中にいるのか、まったく想像もつかなかった。

「なればこそ我らがお救い差し上ゲ、我らが神の御下へと導いてあげるのが使命。そう想いませんカ?

 ルクス=ヴェイン」

 ラディアンのその一言が合図となった。

 彼の頭上に対空していた武装召喚師たちが一斉にルクスに向かって光の槍を放ってきたのだ。二叉槍の穂先から発射される光の塊。それはさながら流星の如く光芒を発しながら、加速度的に迫ってくる。ルクスは、咄嗟にベネディクトを左腕で抱えて飛び退いた。光の槍が着弾し、地面を貫通した。爆発しないのは、さきほどの攻撃でわかりきっている。

「ルクス、あいつ……」

「いつか教えただろ。ラディアン=オールドスマイル」

「ああ、あいつが……あなたの……」

 ベネディクトが言い淀んだのは、それ以上いえば、ルクスが傷つくを想ったからだろう。そういった気遣いに感謝したものの、無意味だということもわかっている。ラディアンを目の当たりにした瞬間、ルクスの脳裏にはある光景が浮かんでいたからだ。

 歯噛みして、踏みとどまる。十分に距離が稼げたところでベネディクトを下ろし、グレイブストーンを構え直す。呼吸法を、変える。回復型ではなく、戦闘型の戦竜呼法。身体能力を極限まで引き上げなければ、上空の武装召喚師たちを落とせない。

「まずは上の連中からだ」

「わかったわ、無理しちゃだめよ」

「いわれなくとも」

 わかっているが、無理をしなければならない状況だということも、理解している。無理を通さなければ、ラディアンまで討つことはできない。

「みなさン、狙うのはルクス=ヴェインでス。悪魔の一族、最後の生き残リ。いまこそ滅ぼシ、我らが神の怨敵を地上より抹消いたしましょウ!」

 ラディアンの声が朗々と響き渡る。武装召喚師たちの槍がルクスに向き、地上兵の敵意もルクスに集中する。願ってもないことだ。敵がルクスに集中するということは、ベネディクトが自由になる。

 全身に力が漲ったところで、ルクスは地を蹴った。


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