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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千六百三十八話 夢の終わり(三十)

 ヴァシュタリア軍は雑兵から部隊長に至るまで、白ずくめといっても過言ではなかった。武器も防具も白塗りであることが多い。白一色とはいわないにしても、白の割合が極めて多く、白の軍勢といっても差し支えなかった。

 白が視界を埋め尽くしている。

 何処も彼処も白ばかりであり、ルクスは、なんだか笑いたくなった。いや実際、笑いながら、敵軍の前線部隊に襲いかかっている。

 シグルド率いる《蒼き風》、ベネディクト率いる《紅き羽》の傭兵たちは、前線部隊に取り付いたことで、矢の雨を逃れることができた。さすがの大軍勢も、自軍に被害を及ぼすような戦術は取れないといことだろう。勝利のための犠牲にしても、それでは無駄に大きくなりすぎる。

 ルクスは、グレイブストーンを両手に握ると、手当たり次第、敵を切り裂いていった。普通の鎧など、グレイブストーンの前では紙同然といっていい。

 北の大地には竜が住んでおり、ヴァシュタリア軍には竜が従っているという話だったが、ルクスはドラゴンの姿を確認していない。どこかに潜み、戦場に投入する機会を伺っているのかと想ったが、どうやらその様子はなさそうだ。全滅したとは想い難い。

(龍府戦には投入されたって話だが)

 呼吸を整えながら、敵陣の中で暴れ回る。剣兵の腕を切り飛ばし、返す刀で袈裟懸けに切り落とす。その体を蹴り飛ばし、受け止めた後ろの兵ごと貫いて絶命させ、さらにその場で自分の体ごと剣を旋回させ、周囲の敵兵を撫で斬りにする。噎せ返るような血のにおいの中で、本能の赴くままに敵を切り捨てていく。止まらない。止まる必要がない。止められない。止める必要がない。力の赴くまま、意思の赴くまま、無意識の動くままに雑兵を切り裂き、部隊長らしきものを斬り殺し、死体の山を積み上げていく。

 深く鋭く息を吐く。

 竜の呼吸。

 戦竜呼法とトラン=カルギリウスは、いっていた。

 トランが竜より学んだ呼吸法は、生命力を活性化させ、身体機能を何倍にも引き上げることができる。ただし、だれにでも真似できるものではないし、そもそも、見ただけで覚えられるものでもない、というのがトランの言い分だった。実際、ルクスの呼吸法を真似できたものは、《蒼き風》の中にも《紅き羽》の中にもいなかった。シグルドのような猛者にさえ再現できないのだという、

 ルクスは、見よう見まねで体得したため、そんなに難しいものだとは思わなかった。が、そういう事実を知れば、簡単なものではないらしいということも理解する。

 召喚武装を手にしたことによる身体能力や五感の強化と戦竜呼法を合わせることで、ルクスの戦闘能力は通常とは比べ物にならないくらいにまで向上した。もはや、だれもルクスの姿を捉えることはできなかった。雑兵たちがルクスの姿を目のあたりにするときは、それはルクスの剣が雑兵の命を刈り取る瞬間だけであり、死の光景そのものといってよかっただろう。

 戦闘が始まってまだわずかばかりの時間しか経過していなかったが、既に百人以上の兵士が、ルクスの手によって死体と成り果てていた。

 戦っているのは、無論、ルクスだけではない。シグルドもジンもベネディクトも、ファリュー=フィットラインも、それぞれに戦い、敵兵をひとり、またひとりと殺している。ルクスの部下たちもだ。だれもが死兵となって猛威を振るい、敵軍を震え上がらせている。

 数を頼みに押し潰すことしかできないヴァシュタリア軍には、寡兵でありながら死を恐れるどころか、むしろ死に向かって喜び勇んで飛び込もうという連中の心理状態など、理解しがたいものだったに違いない。

 ルクスは、戦場を駆け巡り、敵兵を殺戮して回りながら、敵指揮官を探していた。二十万もの大軍勢だ。指揮系統が乱れれば、それだけで大変なことになる。もちろん、そんなことで勝利が掴めるとは、思ってもいない。ただいたずらに戦いの時間を伸ばすだけのことだ。

 だが、それでいいのだ。

 圧倒的な数で蹂躙するだけしか取り柄のない連中には、一度、痛い目に遭ってもらうべきだ。そんなシグルドの考えがルクスを突き動かす。

 体力を温存するべく、戦竜呼法による身体強化を体力回復に回す。戦竜呼法は強力だが、同時に欠点もある。元々、ドラゴンの呼吸法なのだ。ドラゴンの強靭無比な肉体にこそ相応しいものであり、人間が無理して使うべきものではない。身体能力の大幅な増強は、それこそ天地がひっくり返るほどのものといっていいのだが、その分、体力消耗があまりに激しいのだ。短期決戦ならばともかく、並み居る敵を倒すだけの戦いには向かない。

 ただし、使い方次第では、体力の消耗を抑えるどころか、体力の回復速度を高めることができることがルクス独自の研究で判明している。それにより、短期決戦では身体能力強化、長期戦では回復力強化と使い分けることができるようになっている。

 ルクスが回復力強化に切り替えたのは、長期戦を見越してのことだ。

(一万でも二万でも殺してやる)

 ルクスは、グレイブストーンを振り抜き、敵兵を盾ごと切り捨てると、胸中で吐き捨てるようにいった。

(俺たちに喧嘩を売ったこと、後悔しながら死ね)

 どうせ死ぬのだ。それくらいいっても構いはしないだろう。

 自分も、死ぬ。

 妻のベネディクトも死ぬだろう。義弟のファリューも、死ぬ。

 シグルドとジンも、死ぬ。

 皆、死ぬ。

 ならば、できるだけ多くの敵を道連れにしてやる。

 ルクスは、殺意を全開にして、目の前の敵を切り裂くと、さらに戦場を飛び回った。ドラゴンの姿はない。別方面の部隊に回されたのか、それとも、この戦いには地上の二十万だけで十分だと判断したのか。いずれにせよ、ドラゴンがいないことは好都合だった。ドラゴンは、脅威的な生物であることは、ルクスもよく知っている。

 ルクスは、北の大地の生まれだ。

 凍えるような吹雪の中、炎の如く燃え盛るドラゴンを見た記憶は、いまも鮮明に思い出せる。自然の摂理さえ捻じ曲げるほどの力を持った生物。それがドラゴンだということを知っているのだ。だから、ドラゴンが一体も見当たらないことにほっとした。

 ドラゴンがいれば、ルクスたちは少しも粘れぬまま全滅しただろう。

 最初の矢の雨が魔法の雨に変わっていたのだから。

 そのとき、爆発が起きた。大気を震撼させる閃光と轟音は、ドラゴンの魔法ではなく、おそらく召喚武装の能力。

 ルクスは周囲の敵を切り捨てると、即座に後方に向かった。敵兵の海の中、並み居る敵をでたらめに切り裂きながら道を開く。まさに切り開いていく。どれもこれも雑兵ばかり。歯ごたえのある敵などいるはずもない。当然だ。ルクスは、“剣鬼”なのだ。“剣鬼”に太刀打ちできるものが、そうゴロゴロといてたまるものかという自負が、彼を疾駆させた。またしても爆音。衝撃波が死体を吹き飛ばしている。ガンディア軍のものだけでなく、ヴァシュタリア兵の死体も宙を舞った。血が飛散し、臓物が降り注ぐ。

 そんな戦場。

 敵武装召喚師は、空中にいた。一対の翼を広げ、手には三叉の槍を持っている。穂先に収束する光が爆発の原因のようだった。ガンディア軍から無数の矢が武装召喚師に放たれているが、どれも武装召喚師に掠りもしていない。翼型召喚武装の生み出す大気の渦が矢を絡め取り、返し矢を放つ。そこかしこで血飛沫が上がった。

 切り捨てた敵兵の背を踏み台にして、飛ぶ。その瞬間だけ呼吸法を切り替えたため、凄まじいまでの脚力がルクスの体を矢のように飛翔させた。武装召喚師までの距離が一瞬にして縮まる。武装召喚師がこちらを見た。その目が驚愕に見開かれた瞬間、ルクスはその瞳に映る“剣鬼”の姿を目の当たりにした。“剣鬼”は無言に剣を振り抜き、武装召喚師の目に映る自分を切り裂いていて見せた。

 頭部を断ち割り、絶命させたのだ。

 敵の死体ごと地上に落下したルクスは、死体を踏み台にして着地すると、死体から三叉槍を奪い取った。穂先が三叉に分かれた槍で、柄が捻れている。凝った装飾は召喚武装の特徴だ。

「ルクス! 来てくれたのね!」

 そういって飛びついてこようとしたベネディクトに槍を投げ渡す。ベネディクトは、慌てた様子で受け取った。

「わ、これって」

「召喚武装。使えなくても使え」

「なにそれひどーい」

 頬を膨らませる彼女に向かって、ルクスは思わず口を開く。

「ベネディクトなら使いこなせるさ」

「わお、お世辞?」

「そうかもね」

「うふふ」

 ベネディクトがなにやら嬉しそうに笑うと、ルクスまで嬉しくなってしまうのは、きっと、結婚したせいだろう。

「なににやにやしてんだよ、敵陣のど真ん中でよお」

「そういうシグルドもわらっているじゃありませんか」

 シグルドに対して、ジンがいう。

「最後の戦いだ。笑っていこうじゃねえか」

「同感ですが、それならふたりのことを咎める必要はありませんよね」

「あー、いちいちうっせえなあ」

「それがわたしの仕事ですから」

「てめえのお小言も聞けなくなるって考えると、少しは寂しいかもな。少しは」

「少し、は余計ですよ、シグルド」

 ルクスは、昔からの変わらぬやり取りをするふたりを目の当たりにしながら、剣だけを動かして、迫り来る敵兵に対応した。出会ったころからなにひとつ変わらないふたりの関係。苦楽をともにした戦友であり、同胞であり、仲のいい兄弟のようであり、家族であり、ルクスにとってこの上なく大切なふたり。

(死なせたくないな)

 そう考え始めると、どうしようもなく、ふたりだけでも生かしたいという感情が湧き上がってきた。いや、ふたりだけではない。《蒼き風》の団員たち。ベネディクト。ファリュー。皆。自分以外、死ぬ必要なんてないのではないか。

 この地獄のような戦場を潜り抜ける方法は、必ずしもないわけではない。

 ただ、問題なのは、この地獄を抜けた先、皆が生きていけるかどうかだ。

 それだけが気にかかっている。



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