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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千六百三十七話 夢の終わり(二十九)

 敵は、微動だにしなかった。

 バルサー要塞を発したガンディア軍に対し、なんら反応を見せることがなかったのだ。ヴァシュタリア軍はおよそ二十万を超える大軍勢であり、難攻不落で知られるバルサー要塞すら丸呑みできてしまうほどの規模を誇る。ログナー方面南部の森林地帯そのものを容易く飲み込めるだけの陣容。対するガンディア軍はせいぜい四千に届くかどうかといった程度の兵数。寡兵といっていい。ヴァシュタリア軍が戦力差を傘にきて、余裕を持って対応するのは当然といってよかった。

「道理だ」

 馬上、シグルドがいった。シグルドは、全身、真紅の鎧に身を固めている。ところどころ飛竜を模した鎧は、ベノアガルドからガンディアに友好の証として送られた武器防具の一種であり、ベノアガルドいわく竜の骨を加工したものだという。万物の霊長たる竜は、その外皮もさることながら、骨も極めて強固であり、並の金属では傷つけることすら困難なほどだといわれている。そのくせ、金属よりも軽いときている。武器防具に加工するのならこれほど適したものはないのだが、竜の骨や外皮が武器防具に加工されたという話は、あまり聞かない。そもそも、竜の皮骨を手に入れること自体、困難を極めるものだからだ。

 しかし、ベノアガルドには大量に竜の皮骨があり、それらを順次加工し、騎士団の使っている武器や防具を一新している最中なのだという。

 竜骨防具と呼ばれるそれらは、ベノアガルドからの贈り物ということで数が少なく、ガンディア軍の中でもごく一部のものだけが拝領している。その一部の人間こそシグルド、ベネディクト、ルクスの三名だ。シグルドとベネディクトはそれぞれ傭兵団を率いる団長だからであり、ルクスは、その実績を認められ、拝領する運びとなった。もちろん、ルクスも竜骨の鎧を着込んでいる。武器はグレイブストーンだ。シグルドは、竜骨の剣を帯びている。

「敵の戦力は圧倒的多数。加えて、平原に展開中だ。勾配こそあれ、物量で押し潰すには適した地形だ。一方、敵陣と要塞の間に横たわる森林地帯はどうだ。草木が邪魔で物量を活かしきれない。物量で押し潰すのが奴らの戦法なんだ。わざわざ森林地帯に飛び込んで各個撃破されるような真似はしねえだろうよ」

「戦法っていうか、ただの力押しよね」

 ルクスのすぐ隣を駆けるベネディクトが、あきれた顔で笑う。彼女も当然、竜骨防具を身に纏っている。竜骨装備は、竜の骨を加工した防具というだけであって、竜を模した形状をしているわけではない。鋭角的で塗装されていることもあり、いわれなければ竜の骨を使っていることなどわかるはずもなかった。彼女は腰に剣を帯び、槍を携えている。

「だが、あれだけの兵力ならそれが最適解だろうさ。わざわざ複雑な戦術を使うなんざ、時間と労力の無駄だ。ま、その分、それなりに損害を被っているだろうがよ」

「我々を相手にした以上、それなりの損害ではなく、かなりの損害を被ってもらうつもりですよね、団長」

「あったりまえだ」

 ジンの発言に、シグルドが鼻息荒く応えた。

「天下の《蒼き風》を相手にするんだ。千や二千どころで済ませるものかよ」

「《紅き羽》もいるわよん」

「おう、《蒼き風》に《紅き羽》の揃い踏みだぜ。奴らにゃあ、ひとさまの国を踏み荒らしてきたこと、徹底的に後悔させてやらあ!」

 シグルドが吼えると、周囲から喚声が上がった。雄叫びが木々を揺らし、森に住む動物たちを逃散させる。

 シグルドたちガンディア軍は森林地帯を正面突破し、そのまま敵の待つ平原へと突っ込んでいくつもりだった。

 敵の数は、圧倒的だ。そして、敵はその物量故の有利を理解し、戦術もそれに沿ったものに限っているようなのだ。策を使って誘き出す、といった手は使えまい。誘引するべく動いた部隊が包囲覆滅されるだけだ。

(それは、俺達も同じ)

 四千未満の戦力では、二十万に及ぶ大軍勢に敵うわけがない。四千で固まって突っ込んでいったところで、包囲され、殲滅されるのが落ちだ。だれの目にも明らかだが、だからといってバルサー要塞に籠もっても同じことなのだから、少しでも生き延びたければ後方に下がるしかない。

 マルダールに下がり、さらにガンディオンまで引き下がるのか。

 そうなれば、王都が包囲され、完全に逃げ場を失うだけだ。

 そんなことはできない、とガンディア軍人たちはバルサー要塞に踏み止まった。さらに勇気を奮い起こして、出陣した。それがこの四千未満の軍勢の中核をなすガンディア軍人たちだ。彼らは、戦えば死ぬことを理解している。死ねば終わりだ。それで、なにもかも無駄になる。意味などない。ここで逃げてもだれも笑わないだろう。むしろ、逃げるのが正解だ。

 敵は、目の前の二十万だけではない。

 何百万もの大軍勢がガンディア本土を包囲しつつある。

 逃げ、戦いが終わるまで息を潜めていることこそが正しい選択だ。

 どうせ、ガンディアは滅びる。滅びのさだめを避ける道はない。それならば、国に忠を尽くし、王に義理立てして命を捨てる必要などはないのだ。

 それなのに、バルサー要塞のガンディア軍人の多くが、逃げ出さなかった。

(馬鹿だな、あんたたち)

 ルクスは、内心、彼らが踏みとどまったという事実に驚きを隠せなかったし、ともに死地へと向かうといった兵士たちの顔つきが、何年も前、弱兵の誹りを受けていた頃のガンディア兵とは大きく異なっていることに気づき、嬉しくなったものだった。

 ひとは、変わる。

 ルクスは、右隣を見た。ベネディクトが馬を駆っている。鎧を着込み、戦野を駆ける彼女は、戦乙女のように凛々しく、美しい。そう想えるようになったのは、自分が変わったからだと認識する。

 ひとは、変われる。

 グレイブストーンの柄に手を触れる。肥大する感覚が森林地帯の終端が近いことを捉えた。乱立する木々の向こう、平坦な大地が横たわっているのがわかる。森林地帯のすぐ側までは、敵兵の気配はない。まだ、そこまで達していないのだろう。だが、時間の問題でもある。そして、この四千未満の軍勢では、時間稼ぎさえできないだろうということも、わかりきっている。

 それでも、戦う。

 死ぬまで戦うのだ。

 戦って戦って戦って戦い抜いて、そして、死のう。

 死ぬために、戦おう。

 ルクスたちは、森を抜けた。

 同時に莫大な量の矢が瀑布の如く降り注いだ。

 馬が竿立ちになり、嘶く。ルクスは即座に馬を飛び降り、馬の体を盾にして矢の雨を逃れた。だが、人間や馬の悲鳴はそこかしこから聞こえ、落馬する音や馬そのものが倒れる音が響く。ルクスのように要領よく回避できるものなど、そういるものではない。ましてや、降り注ぐ矢の数はあまりにも膨大であり、多少避けたところではどうにもならなかった。

 ヴァシュタリア軍は、こちらの動きを完全に察知し、故に平原で待ち構えていたのだろう。ガンディア軍が森林地帯を抜けきった瞬間、矢の雨を浴びせ、戦力をとことん削り取る。その状態で矢による攻撃を続けながら前進、包囲を構築し、殲滅するつもりなのだろう。

 ルクスには、遠巻きながらもこちらに迫りつつある敵の動きに気づいていた。馬の死体を片手で持ち上げて矢に対する傘とし、前進する。

「ルクス!」

 ベネディクトの叫び声に振り返っている暇はなかった。

 矢は、曲射しかありえない。包囲を構築するための前線部隊を射抜くことなどできないからだ。頭上から降ってくる矢は、馬の亡骸で防ぐことができる。

(ん……?)

 ルクスは、ふと、背後を振り返った。ベネディクトが平然と追いかけてくる様子が視界に飛び込んでくる。その後方では矢の雨に対抗するべく大盾の下に隠れるものが多いというのにだ。彼女は、降り注ぐ矢の直撃を受けても、かすり傷ひとつ負っている様子はなかった。

 全身に着込んだ竜骨の鎧のおかげだろう、ということに思い至ったのは、ベネディクトがルクスの掲げる馬を指差してからだった。ルクスは即座に馬の亡骸を足元に下ろすと、前方に向き直った。敵軍前線部隊が確実に接近している。

「いやあ、まさか竜骨防具がここまで優秀だったとは思いもよらなかった」

「竜の骨がただの矢に撃ち抜かれてたまるもんですか」

「そりゃあそうなんだけど」

 竜骨防具の性能実験は行われていない。数が少なく、ひとつも無駄にはできなかった。ベノアガルド側からもたらされた性能情報を鵜呑みにするしかないが、同盟を組み、竜骨防具を譲ってくれるほどの国が嘘の情報を提供するとも想い難い。性能情報は正確なのだろうが、ルクスは目に通していなかった。

 防具頼りの戦い方は、ルクスの戦い方ではない。

「ベノアガルドさまさまね」

「ベノアガルドとの交渉が捗ったのは、俺の弟子のおかげです」

「師匠さまさま?」

「たぶんきっとそう」

「どうだか」

 ベネディクトが肩を竦めると、その真横を颯爽と駆け抜けてきた一頭の馬がいた。馬には、シグルドとジンが乗っている。竜骨防具を纏っていないジンは、盾を掲げて矢の雨をやり過ごしていた。

「軽口叩いてる場合かよ、おふたりさん」

「おう、団長、生きてたんだ」

「ったりめえだろ、ふざけてんのか、てめえ」

「団長こそ、軽口叩いてないで、指揮してください」

「わーってる。野郎ども、行くぞ!」

『おおーっ!』

(態勢、もう立て直したんだ)

 ルクスは、地鳴りのように響き渡る喚声の中、驚きを禁じ得なかった。《蒼き風》、《紅き羽》の団員たちがルクスたちの周囲に到達していたのだ。

 が、考えればそうなるのも当然と思えた。この戦場、生きて帰る道はない。だれもが死を受け入れている。ひとりでも多くの敵を倒し、その上で死ぬつもりだ。矢の雨を浴びようと、たとえ槍が降ってこようと、死なない限り歩みを止める理由がない。逆をいえば、ガンディア軍を止めたければ殲滅するしかない。

 ルクスは、ベネディクトに目線を送り、頷きあった。前方に向き直る。敵軍は、既に前方だけではない。左右を覆う肉の壁を構築していた。白く輝かしいばかりの大盾の列が迫り来る様は、圧巻といってよかった。さらに後方へと陣列は伸び、包囲を構築しようとしているのが丸わかりだ。

 だが、包囲されたからどうだというのか。

 そもそもルクスたちに逃走経路などいらなかった。

 死ににいくのだ。

 帰り道など不要だ。


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