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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千六百三十一話 夢の終わり(二十三)

「すべては、五百年前に端を発する」

 アズマリアは、いった。

 五百年前。

 大陸暦の始まりがおよそ五百年前だ。そしてそれは、ある歴史的事件が起こったときでもある。

「五百年前っていうと……聖皇か」

「そう。聖皇ミエンディアの死。それがすべてのきっかけとなった。聖皇ミエンディアの死は、聖皇によって統一された大陸をばらばらにした」

「大分断だったな」

 聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンは、大陸をひとつの統一国家にした。言語をひとつに共通化させたのもミエンディアだという話であり、現在、大陸の国々が言葉に不便しないのは、統一国家の影響だという話だった。しかし、統一国家が機能したのはほんのわずかな期間であり、聖皇の死によって瞬く間に瓦解、大分断による戦国乱世へと時代は移り変わる。

「大分断によってばらばらになった統一国家からは、無数の国が勃興した。その中でもっとも早く勢力を得、大陸を四分するほどの権勢を得たのはヴァシュタリア共同体、ザイオン帝国、神聖ディール王国。それは、知っているな」

「ああ」

 ただ、うなずく。

 大陸三大勢力と呼ばれる三つの国、組織は、この絶望的な現状を生み出した元凶でもある。

「だが、それら三国がなぜ、それほどまでの勢力を築き上げることができたか、想像したことはあるまい」

「単純に他国より早く力をつけられたからじゃねえの?」

 それが、歴史的事実として知られている。他より先んじて勢力を作り上げることができたからこそ、加速度的に勢力を拡大することができたのだ、と。拡大に拡大を重ね、他勢力には手のつけられないほどのものとなれば、あとは拡大の一途だ。まるでガンディアのように、敵がなくなっていったのではないか、とセツナは想像するのだが。

「それほど単純であればよかったが、事実はそうではないのだ。三大勢力の裏には、神がいる」

「神……」

「ヴァシュタリアが信仰する神ヴァシュタラも、ザイオンの神も、ディールの神も、すべて皇神。聖皇が召喚した神々なのだ」

「……なにがいいてえんだよ」

「三大勢力の構築も、三大勢力による数百年の均衡も、小国家群の成立と放置も、すべて神々の意図したところだということだ」

「すべて……なにもかも神々の思惑通りだったってのか?」

 セツナがやるせない気持ちでいっぱいになったのは、当然のことだ。

 大陸の五百年に渡る歴史が、神々の思惑によって紡ぎあげられてきたものであり、神々の思惑のまま蹂躙されようとしているというのだ。小国家群統一というレオンガンドの夢も、小国家群に散った数多の野心や欲望も、なにもかも、神々の手のひらの上で踊っていたに過ぎない。

 その上、神々の思惑によって滅ぼされようとしている。

 救いがない。

「神々は、約束を知った。聖皇と、この世界の約束をな」

 アズマリアのその言葉は、セツナの疑問に対する回答ではなかったが、気になる台詞だった。

「約束?」

「聖皇は、この世界に約束したのだ。いつの日か必ず復活すると」

「復活を約束……ったって、聖皇は人間だろ?」

 転生竜たるラグナならばまだしも、ただの人間が復活できるとは思えない。もちろん、聖皇がとんでもない力を持っていたことはわかっている。幻視のことを思い出さずとも、六将に不老不滅の呪いをかけられるくらいにはありえない力を持っているのだ。だからといって、納得できることではないが。

「ただの人間だが、神々の祝福を受けた人間でもある。この世の法理を変えたものでもある。この世界との約束が呪文となり、この世界そのものが聖皇を召喚するための術式となっていたとしても、なんら不思議ではないのだ」

「世界そのものが術式……」

 話の規模の大きさに、呆然とせざるを得ない。

 聖皇の力が世界そのものに影響を及ぼすほどのものだとすれば、それは人知を超えているといわざるをえない。途方もないことであり、想像もつかないことだ。

「数多の異世界から神々を召喚するほどの人間だぞ。それくらいできてもおかしくはない。現に、召喚の力はこの地に満ちつつある」

「この地に……?」

 金色の目を見つめながら、セツナは、心音が高鳴るのを認めた。三大勢力の目的がガンディア本土だったのは、そういうことなのか。悪い想像が胸を締め付ける。

「……それがなんだってんだ」

「ここまでいって、まだわからないか。三大勢力を作り上げた神々は、聖皇召喚の術式を完成させるため、小国家群を蹂躙しているといっているのだ」

「そんな……」

「なぜいまさらそんなことを行うのか。もっと早く行動していればよかったのではないか。おまえはそう考えているな? だが、その疑問には明確な解がある」

 アズマリアは、凍てつくほどに冷ややかな声音で、呪文のように言葉を紡ぐ。まるでセツナの運命を呪う言霊の羅列だ。

「神々はこれまで、そういった行動を謹んできた。それはなぜか。たとえ聖皇召喚の術式が完成したとしても、召喚地点が不明では意味がないからだ。神々は、召喚した聖皇の力によってあるべき世界に還りたいと考えている。だから、召喚地点の特定が必要だったのだ」

 アズマリアは、もはや聖皇復活の術式が世界に組み込まれていることを断定していた。彼女の中にはなにか確信があるのだろう。言葉に淀みがなく、揺れ得ざる声は、真に迫っている。それが理解できるから、セツナは追い詰められていく。

「それが神々にとっての“約束の地”」

「まさか……聖皇が殺された場所だっていうんじゃないだろうな!」

「そうなるだろう。聖皇が約束を結んだ場所が、そこなのだから」

「……だから、三大勢力はこの地を目指している」

 三大勢力がガンディア本土を目指している理由は、これによって確定した。

 ガンディア本土地下深くに眠る遺跡。その第二層・祭壇の間こそ、聖皇召喚の地ということなのだろう。

「だったら勝手にしてくれよ。勝手に聖皇を召喚して、勝手に還ってくれよ。それが望みならさあ!」

 セツナは、思わず頭を抱えて、叫んだ。

「それだけで終わるのなら、わざわざ止める必要もない。血は流れるが、神々が在るべき世界に還るのであれば、世界はいずれ正常化する。むしろ望ましいことだといっていい。だが、そうはならない」

「なにがあるってんだよ」

 目線を上げる。アズマリアのまなざしは、いつだって冷ややかだ。

「聖皇が召喚されれば、この世界はただでは済むまい」

「なんでだよ」

「聖皇は、世界に復讐するだろう」

「復讐? どうして」

 セツナが疑問を持つと、アズマリアは呆れたようだった。

「聖皇がなぜ死んだのか、知っているか?」

「聖皇六将に殺されたんだろ」

 憮然と、いう。

 なにがあったのかは、知らない。

 ただ、聖皇と六将が敵対し、結果、殺し合った瞬間の光景をセツナは目の当たりにしている。それが事実なのかは断定できないが、ほかに情報がない以上、それだけを信じるしかない。

「そうだ。そしてその恨みを果たそうとするに違いない。その結果、世界は滅ぶ」

「馬鹿げてる」

 セツナは、険しい顔になった。聖皇六将への復讐だけならばまだしも、それが世界へ及ぶというのは、どう考えてもおかしかった。理解ができない。

「そんな復讐のために世界を滅ぼすってのか? 聖皇が? なんの意味があるってんだ」

「意味などあるまい。ただの復讐だ。自分を裏切ったものたちへのな。そのため、聖皇は六将を呪った。復讐が果たされるそのときまで永遠に生き続けるようにだ。そして、自分が復活したそのとき、六将への復讐を果たし、六将を祝福した世界をも否定するだろう」

「そんな……そんなこと」

 到底、信じられる話ではない。が、否定できる要素もない。アズマリアが嘘をいう必要性が見当たらない。アズマリアがなんらかの目的のため、セツナを利用しようとしていて、そのために紡ぎ上げた虚構というには、あまりにも話が不自然だ。不可解だからこそ、真に迫っているのかもしれない。

 彼女は、いう。

「だから、わたしがここにいる」

「……あんたは、なんなんだよ。なんで、そんなことを知っているんだよ。聖皇のこととか、聖皇六将のことだって、グリフ自身忘れてたんだぞ。ラグナですら……」

 聖皇に関する記憶は、曖昧になっていた。ミリュウも、レヴィアの記憶から聖皇の情報を引き出すことはできなかったというのだ。なぜ、アズマリアは聖皇のことを知っているのか。

「それもまた、聖皇の呪いなのだ。聖皇は、死の間際、世界そのものを呪った。自分に関する記憶を歪め、世界の記憶そのものを歪めた。あれは、それだけの力を持っていたのだ」

 何万年もの時を生きた転生竜も、聖皇とともに戦い抜いてきた六将も

「わたしは、聖皇を滅ぼすためにこの世に生まれた」

「あんたがいっていた理不尽ってのは、聖皇のことだったってのか……」

「そうだ。ようやく、思い出したのだよ」

 彼女は、寝台から立ち上がると、セツナを見下ろしてきた。紅蓮の髪がさながら燃え盛る炎のように揺らめき、セツナに降りかかる。いや、実際には触れるような距離でさえない。だが、そのような感覚を抱くほどに、アズマリアの持つ迫力というのは凄まじく、セツナはその時はじめて、彼女を畏怖した。

「わたしがこれまで成してきたすべては、聖皇を滅ぼす力を得るためだった。武装召喚術を編み出し、教え、広めたのも、いつか武装召喚術によって聖皇さえも討ち倒す力が現れることを望んでのこと。クオンとおまえを召喚したことで用無しとはなったが、無駄にはならなかったはずだ。武装召喚術が広まったからこそ、おまえは黒き矛を完全なものとできたのだからな」

 アズマリアの台詞により、セツナは彼女が黒き矛の真化を把握していることを知った。

「あんたはこの世を理不尽から救うために行動しているといったよな」

「ああ」

「その言葉に偽りはないんだな」

「ああ」

「だったら、いますぐこの状況を――」

「それは無理だな」

 割って入られた上に即座に否定され、セツナは絶句するしかなかった。

 アズマリアの声を聞いているしかない。

「三大勢力を止めることはできない。あれら、神の意のままに動く軍勢を止める手立てなどあろうものか。彼らは戦う理由さえ、自分たちが神の使いとなっていることすら知らぬまま、この大地を血に染めている。闘争が呪文となり、血が魔力となり、術式を構築しているなど、想像もできまい。そして、それを伝えたところで、信じはしないさ。彼らの主は人間なのだからな」

「どうしようもないのかよ……」

「もう、遅いのだ。何百年も前から術式は紡がれ続けていた」

「何百年も前から……?」

「小国家群という常態そのものにかけられた呪いのようなものだ。小国家群の小競り合いによって生じる闘争と血が術式を構築し続けていた。たとえ三大勢力が動き出さずとも、何千年もの時をかければ、いつかは術式が完成する――聖皇は、そこまで見据えていたのだ」

「そんな……」

 セツナは、またしても言葉を失った。

「だったらなんであんたはここにいるんだ! なんで俺の前に現れたんだ! 俺を笑うためか? 俺を馬鹿にするためか?」

 セツナが詰め寄ると、アズマリアは、困ったような顔をした。アズマリアのほうが上背がある。見上げる格好にならざるをえない。

「そんな馬鹿な話があるわけがないだろう。愛しいセツナ。わたしがおまえを笑うと想うか?」

「そういう言い回しが、馬鹿にしてるっていうんだ」

「わたしはね、セツナ。おまえを大切に想っているんだよ」

 しなやかな指がセツナの頬を撫でる。セツナは、はっとして、アズマリアから離れた。

「黒き矛が必要なだけだろう」

「違うな。黒き矛の使い手であるおまえが必要なのだ」

「同じことだ」

「違うよ。大きく違う」

 アズマリアの表情が、まるで駄々をこねる子供を諌める親のそれのようで、セツナはなんともいえない気持ちになった。なんで、アズマリアにそのような顔をされなければならないのか。そもそも彼女がいなければ、セツナがこんな状況に陥ることはなかったはずだ。と想ったつぎの瞬間、そんなことをいう資格などとっくに失われていることに気づいた。

 彼女に召喚されたからこそ、セツナは、この素晴らしい人生を送ることができたのではないのか。ファリアやミリュウたちに出会えたのもすべて、この世界に召喚されたからこそだ。その事実を感謝こそすれ、否定する理由はない。

「黒き矛がおまえによって召喚されたあの瞬間、おまえはわたしの中で特別な存在となった。あのときから、わたしはおまえを育てることばかりを考えていた。いつか倒すべき敵が現れたとき、おまえがわたしの勇者となって、敵を討ち果たしてくれると信じたからだ」

 その黄金色の瞳に嘘は見えなかった。柔らかで、包み込むような声音も、だ。

「だからおまえを地獄へと誘おうとしたのだ」

「地獄……」

 いつか聞いた言葉だ。

 アズマリアは、確かにあのとき、セツナを地獄へと誘おうとした。それが言葉通りの地獄なのか、地獄という名の異界なのかはまったくわからなかったし、理解できないのは今も同じだが。

「地獄こそ力の終端にして、始源」

「なんだよ、それ」

「あのとき、地獄へ落ちていれば、おまえはもっと強くなれたはずなのだがな」

 彼女は肩を竦めてみせた。

 そして、微笑みを浮かべる。

「わたしはね、セツナ。おまえを地獄へ導くためにここに来たのだよ」

「は……?」

「聖皇は復活するだろう。それは止められない。だが、それですべてを諦めるわけにはいかないのだ。聖皇を許せば、この世は暗雲に包まれる」

「……その前に世界が滅びるんじゃないのか」

「そうはならないさ」

 彼女は、確信を込めていった。

「クオンたちがいる」

 予期せぬ名に、セツナは呼吸を止めた。

 クオンは、ヴァシュタリア軍の一員として、こちらに向かっているのではないのか。


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