第千六百二十五話 夢の終わり(十七)
咆哮とともに敵陣へと突貫したシーラは、ハートオブビーストを想うままに振り回した。
敵軍は雲霞の如くであり、見渡す限り敵ばかりだった。横列に長い陣形は、その圧倒的な物量を見せつけるためのものであり、対峙した軍勢の気勢を削ぎ、意気を挫くという目的があるのだろう。そしてそれは実際、効果的だったのはいうまでもない。これまでの戦場は、その圧倒的な物量に物を言わせて勝利してきたのだ。十万にも及ぶ敵軍を目の当たりにすれば、意気消沈するのも無理からぬことだ。勝てるわけがない。勝てる道理がない。どのような策を弄そうとも、圧倒的な数によって蹂躙されるのみだ。
数を聞いただけでも戦意喪失しそうになるというのに、それを実際目の当たりにすればどれほどの名将であっても戦う意欲を失うだろう。小国家群に属する数多くの国々が三大勢力との交渉を望み、降伏を願ったのは、当然といえる。
それほどの兵数。
それほどの戦力。
抗っても、戦っても、ただ無意味に敗れるだけだ。無駄に死に、無惨に敗北し、無明に落ちる。
それがわかっていても、戦うしかない。
徹底抗戦するしかない。
相手に交渉の余地がないのだ。
相手が少しでも交渉の余地を持ってくれるのであれば、そこに全力を注いだだろう。そこに生きる望みを託し、全身全霊で交渉を行っただろう。だが、そうではない。三大勢力は、いずれの勢力も交渉に応じず、いたずらに戦火を広げるばかりだった。
まるで戦い、蹂躙することに意味があるかのように。
(馬鹿にしやがって!)
シーラは、叫ぶ。
敵陣のど真ん中を突き進みながら、心の中で絶叫する。
小国家群は、これまで三大勢力のちょっとした気まぐれで生き延びてきたといってもいい。三大勢力が均衡を構築し、その維持に躍起になっていたからこそ、小国家群という常態が生まれ、小国家群内でのみの戦国乱世という異常事態が数百年に渡って続いてこられた。それは間違いない。だれもが認めることだ。
だが、だからといって、その気まぐれのような軍事行動で滅ぼされてたまるか、という想いもある。
三大勢力にとってこの度の軍事行動がなにかしら重要なものなのは、わかっている。でなければ均衡を壊してまで動き出すとは思えない。しかし、それで適当に滅ぼされて納得できるわけもない。
祖国アバードは、滅ぼされた。
ヴァシュタリアに蹂躙され、事も無げに滅ぼされ尽くした。ヴァルターもバンドールも、タウラルもシーゼルも、尽く、滅ぼされた。
セイルは落ち延び、龍府に入ったが、彼を護るために多くの騎士や将兵が命を落としている。数多くの民も犠牲になったという。ドラゴンの魔法は、無差別に破壊する。なにもかも、根絶するつもりかのように。
(こんな終わり、あってたまるかよ!)
叫びながら、敵陣を切り開く、
ハートオブビーストの能力ライオンハートによって底上げされた身体能力は、ヴァシュタリア兵の攻撃を軽々とかわし、隙をついて敵兵を切り裂き、貫き、打ち砕いた。さらにバッファローホーンと命名された能力の発動がシーラの突撃を加速する。
ミーシャの拳が唸りを上げ、アンナの剣技が冴え渡り、クロナの槍捌きが目も眩むように輝きを増す。ウェリスのストーンクイーンが生み出した岩巨人もまた、猛威を振るう。敵の攻撃は、岩巨人に集中した。ウェリスが敵の注視を集めている間に、シーラたちは前進する。敵陣のど真ん中ならば、ドラゴンの攻撃も弓兵の攻撃も届かない。幸い、ドラゴンを頼みとしたヴァシュタリア軍には武装召喚師が少ないらしく、シーラたちを止められるものはいなかった。
(《白き盾》の連中がいるかと思ったが……)
クオン=カミヤ率いる《白き盾》がヴァシュタリアの神殿騎士団に組み込まれたという話は、シーラも知っていることだ。神殿騎士団は教会施設の守護を担う騎士団だが、ヴァシュタリアが全軍を小国家群に差し向けたと喧伝している以上、神殿騎士団が投入されていないとは考えにくい。ましてや神殿騎士団に組み込まれた《白き盾》は、無敵の傭兵団だ。戦力としては、おそらく教会のどの騎士団よりも強力無比といっていい。
無論、投入されたからといって、ガンディア本土に直進する軍勢に入っているとは限らない。
(だが、それならむしろ好都合だ)
シーラは、歯をむき出しにしながら斧槍を振り抜き、敵兵を吹き飛ばした。
クオン=カミヤの召喚武装シールドオブメサイアは、絶対無敵の盾だ。ハートオブビーストの全力でもってしても突破できないだろう。もし、この場に彼がいたとすれば、シーラたちの戦術は端から破綻していたのだ。
「死にたい奴からかかってきな!」
クロナは、空中を飛び回りながら敵兵を狩っていく。ソウルオブバードの能力が彼女の背に一対の翼を生やしていた。翡翠色の翼はあまりにも鮮やかに輝き、見惚れてしまいかねないくらいに美しい。
「姐さんかっこいい! わたしもやるー!」
巨大な篭手型召喚武装・破山砕河拳で敵兵を粉砕しながら、ミーシャが叫ぶ。
「泣きたい奴からかかってきな!」
「いや、うん」
「潰されたいひとからかかってきてください!」
「ウェリスまで」
アンナが呆れる後ろで、ウェリスの岩巨人が猛威を振るう。人間の数倍の巨体を誇る岩巨人はその一歩が攻撃となった。足を上げるだけで敵兵を蹴散らし、踏みしめれば致命傷となる。巨大な両腕を振り回せば、周囲の敵兵は粉々になった。歩く兵器だ。唯一召喚武装を手にしていないアンナは、シーラたちが撃ち漏らした敵兵を見事に切り裂き、進軍に貢献している。
「へっ」
シーラは、部下たちの暴れっぷりに思わず笑った。この期に及んで、自分たちが死ぬことを意に介してさえいない。だれもが勇猛果敢に戦っている。この戦場を死地とするべく、暴れ回っている。
死ぬ。
紛れもなく、死ぬだろう。
生還など期待していい戦いではない。そのような甘い考えは捨て去るべきだった。そんな考えが動きを鈍らせる。敗北に繋がる。だれもがそれを知っている。だから貫くのだ。だから、ただひたすらに前進するのだ。
馬はすでに倒れた。
あとは力の限り前進するしかない。
敵陣を縦断し、敵軍を分断する。そこを後続の部隊が包囲攻撃し、少しでも敵戦力を削るというのが戦術の第二段階だ。もちろん、それで終わりではない。そんなことで殲滅できるほどやわな相手ではないことくらい、わかりきっている。
(まずは削ること)
敵陣の真っ只中を猛牛の如く爆走しながら、シーラは、エインの策を噛み締めていた。敵戦力を削れるだけ削って、後退する。ヴァシュタリア軍は、膨大な戦力を頼みとし、その圧倒的物量で勝利を積み重ねてきた軍勢だ。多少でも戦力を削られれば、進軍を停止するだろう。エインはそう見ている。そこで戦力を補充するか、それとも進軍を再開するかは指揮官次第にせよ、一時的な足止めは可能だ。
この戦いの目的は、時間稼ぎにある。
一時的にでも足止めできるのであれば、それで十分だった。
そのために死んでも、惜しくはない。
本土にはセツナがいる。
セツナならば、きっと、すべての状況を覆してくれるに違いない。
シーラは、そう信じている。
「勇ましいものですネ。さすがは小国家群においてもっとも勢いのあった国でス。クオン様が気にされておられたのも納得できるというもノ」
ラディアン=オールドスマイルは、ヴァシュタリアの将兵を打ち破り、驀進する敵軍を遠方に見遣りながら、心からその健闘を讃えた。龍府を発ったガンディアの軍勢は二万足らず。対してこちらは十万。戦力差はおよそ五倍。圧倒的といっていい。勝ち目などあろうはずもない。であるにもかかわらず、果敢にも戦うという選択をしたものたちの勇気は、賛美に値する。
その覚悟はこの世の何よりも美しく、気高く、そして、愚かだ。
「わかりますカ、皆さン。あれが穢れなき勇気というものでス」
彼は、自身の親衛隊に向かって説き伏せるように、いった。白衣の騎士たちは、ラディアンの声に耳を傾けると、遥か前方に舞い上がる血飛沫を見て取ったようだ。そのさらに彼方で飛竜が踊り、火球が爆ぜ、爆炎が敵軍を飲み込んでいる。
「神々の叡智を持ってしても得ることのできない境地。それが無謀を越えた勇気。惜しみなく讃エ、慈しミ、憐れみましょウ」
ラディアンは、心から、そう想う。矮小な戦力でもって強大な軍事力を誇るヴァシュタリアに立ち向かわんとするものたちの勇敢さには、心が震えるのだ。感動し、涙さえ零れ落ちる。そういったものたちを無慈悲に打ち砕き、神の御下へと送り届けなければならないのだから、なおさらだ。
「愚かな勇者に憐れみヲ」
『愚かな勇者に憐れみを』
親衛隊の唱和を聞きながら、彼は、耳をそばだたせる。聞こえるのは戦場の息吹。怒りに満ちた咆哮であり、絶望的な慟哭であり、断末魔であり、絶叫。それらはさながら戦場を地獄へと変えるようであり、だからこそ彼は背後を振り返った。
「さア、聖歌隊、歌いなさイ」
彼の命令によって聖歌隊の歌声が響き始めると、ヴァシュタリアの将兵の動きそのものが変わった。
もはや、戦力を隠す必要はない。
目的を果たさなければならない。
約束の地をどこよりもいち早く手に入れなくてはならない。
また、儀式のために生贄を捧げなければならない。
ヴァシュタリアの勝利のために。
至高神ヴァシュタラの勝利のために。
やがて歌声を聞いた飛竜が、彼方へと飛んでいく。
戦場の遥か前方には、ガンディア軍の護るべき都があった。
古都龍府。
噂に名高い風光明媚な観光都市を護るため、彼らは突出してきたに違いない。
であれば、龍府を落とせばどうなるか。
意気は挫かれ、繊維も喪失するだろう。
そこを蹂躙する。
ラディアンは、そのように考え、聖歌隊の投入に踏み切ったのだ。
事実、龍府が炎に包まれた直後、戦況は激変した。




