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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千六百二十四話 夢の終わり(十六)


『アバードを落としたヴァシュタリア軍は十万とも二十万ともいわれていますが、龍府攻略にその全戦力を差し向けてくるわけがありません。多く見積もっても十万が限度でしょう』

『十万でも十分多すぎるんだが』

 シーラが皮肉に目を細めると、ジル=バラム右眼将軍も同調して、軍師に問いかけた。

『こちらはかき集められるだけ集めて、二万に満たない。戦力差は圧倒的だな。どうする、軍師殿』

『戦力差を覆すなんてのは、土台無理な話です。たとえこの二万足らずで十万を打ち破ったところで、ヴァシュタリア軍の総戦力からすれば、大したものではない。さらに戦力が投入されるだけで、現状の地獄をさらなる地獄に変えるだけのこと』

 エイン=ラジャールは、極めて冷ややかにシーラたちの視線をやり過ごすと、さらに続けた。

『ヴァシュタリアの目的は、ガンディア本土の制圧。他の大勢力とともに、これはまず間違いないと見ていいでしょう。進軍経路を見れば、ガンディア本土を目指しているのは明らかです』

『ガンディア本土の地下遺跡に三大勢力の目的があるかもしれないって話だったな』

『はい。それは未確定ですし、可能性があるという程度の話ですが、もしかするともしかするかもしれないということで、セツナ様方が調査に当たってくれています』

『その調査が完了するまでの時間を稼ぎたいんだよな』

『それで本当にどうにかなるのか?』

『わかりませんが、なにもしないよりはましでしょう』

『まあな』

 確かにその通りだ。なにもせず、座して滅びを待つよりはずっといい。

『無論、それだけではありませんよ。帝国に対しては秘策があり、聖王国にも交渉を呼びかけています。帝国への秘策が成り、聖王国が交渉に応じてくれれば、敵はヴァシュタリアのみとなります。いえ、たとえ聖王国が交渉に応じてくれなくとも、帝国させ味方につけることができれば、ガンディアを護ることはできます』

『そのためにも時間を稼ぐ必要があるんだな』

『はい。帝国への秘策が成るまでには、しばらくの時間を要します』

 その帝国への秘策とやらがどのようなものかは明かされなかったが、エインほどの人物が期待するほどの策だ。成功するに違いない。そして、成功すれば、どうやら帝国軍を味方に着けることができるという。そうなれば、ガンディア本土を護り抜くことくらいはできるかもしれない。

 この際、それでも十分だ。

『敵の数は圧倒的。兵力差は数えるのも馬鹿馬鹿しいほどに膨大です。まともに正面からぶつかりあうことほど無駄なことはない。蹂躙されるだけです。とはいえ、龍府に籠城するのはもっと無意味なこと。アバードの王都バンドールさえ為す術もなく突破され、蹂躙されたといいます。龍府内部に籠もっているところを一網打尽にされては、時間稼ぎもできませんから』

 それに後方からの援軍を期待できるように状況でもない。さらにいえば、援軍を期待している間に龍府を落とされては本末転倒も甚だしい。

 だから、打って出るほかなかったのだ。

『野外での決戦以外に道はありません』

『じゃあどうすんだよ。野外での決戦しかねえってんのに、正面からぶつかるのもなしなんだろ?』

『ヴァシュタリアは、物量に物を言わせた制圧戦でここまで来たんです。戦略も戦術も策もなく、ただ圧倒的な数で押し潰す戦いを繰り返してきた。おそらく、あれほどの軍勢ともなれば、それが正解でしょう。指揮系統がどれほどしっかりしていたとしても、あれだけの軍勢をまとめ上げるのは至難の業ですから。物量に任せて押し潰すほうが簡単でわかりやすい』

 実際、その通りなのだろう。

 三大勢力はそれぞれ二百万を超える大軍勢であると呼号している。それほどの軍勢を完璧に近く統御し、侵攻するのは極めて困難だ。

『そこで我々が真正直に戦ってやる必要なんてないんですよ。ヴァシュタリアは幸いというかなんというか、お行儀よく足並みを揃えて進軍している模様。おそらく他の大勢力との交戦を懸念してのことでしょうが、そのおかげで時間稼ぎくらいはできるかもしれない』

 エインは、そういって、シーラたちに戦術を授けてくれた。

『戦術と呼べるほどのものではありませんが』

 シーラは、そう謙遜するエインに向かって、笑みを投げた。

『さすがは、セツナが信頼する軍師様だぜ』

 これなら、勝てるかもしれない。


「勝てそうにありませんね!」

 ミーシャ=カーレルの大声にシーラははっと顔を上げた。前方、土煙を上げながら迫りくる敵軍が見えている。敵の数はおよそ十万。二十万の半分だが、その半分はおそらくマルウェールかセイドロックにでも向かっているのだろう。

「いきなり不吉なこといってんじゃねえ!」

 シーラは、ミーシャを見遣って叫んだ。幸い、シーラの周囲には黒獣隊幹部しかいない。ミーシャの泣き言もほかには聞こえてはいまい。

「だって、あの数、それにあれ、ドラゴンですよ!?」

「ドラゴンなら見慣れてんだろ!」

「いやあ、ラグナちゃんって可愛い生き物でしたし……」

「はっ、まったくだね」

 そういったのは、クロナ=スウェンだ。

「ありゃあ、ラグナとは大違いだ」

 ソウルオブバードを肩に乗せた女戦士が見上げた先には、数多の飛竜が隊列を組み、飛行していた。群青の外皮も美しい飛竜の群れは、さながらこの世の終わりを運んでくるかのようであり、シーラも、口をあんぐりと開けたまま、黙り込まざるをえない。

「あんなのとどう戦うんですか!?」

 ミーシャが泣き顔になるのもわからないではない。ドラゴンの数は、見えるだけで数十体はいた。一体一体がラグナと同等の力を持っていると仮定すると、とんでもないことになる。敵う相手ではない。

「空の敵は任せて……」

 囁くように、しかし力強くいったのは、アンナ=ミードの馬に乗るリザ=ミードだ。大きな弓を構える彼女には、飛竜を撃ち落としてみせるという決意があった。

「リザ、あんた……」

「皆は、地上の敵を」

「おうよ、任せな、リザ」

 シーラは、リザの決意に力強く応えると、さっきから黙ったままのウェリス=クイードを見やった。ストーンクイーンを手にし、軍馬を走らせる彼女の顔には悲壮なまでの決意がみなぎっている。

「済まないな、ウェリス」

「姫様?」

「おまえまで駆り出してさ」

「以前にもいったはずです。わたしは皆様とこうして戦えるのが嬉しいんです。わたしのような非力なものでも、皆様のお力になれるんですから」

 そういい切る彼女の中に後悔がないとは考えにくい。彼女は確かに現状、黒獣隊の一員として戦えることに喜びを見出しているが、それが彼女の本当の望みではないことくらいわからないシーラではないのだ。彼女は戦いとは無縁の人生を送るはずだった。それなのに戦闘に駆り出さなければならなくなってしまったのは、シーラの責任もあるだろう。王女として、政略の道具としての人生を享受していれば、このようなことにはならなかったのは疑うべくもない。

 だから、というわけではないが、シーラは心から感謝を述べた。

「……ありがとう」

「感謝は、姫様の結婚式にしてください!」

 ウェリスに投げ返された言葉の破壊力には、シーラも唖然とするしかなかったが。

「おっ、いいこというねえ!」

「そーだそーだ! シーラ様には結婚していただくのだ!」

「ミーシャ、あんたねえ」

「なにさ」

「さっきまでの泣き顔はなんだったのよ」

 アンナが呆れ果てたようにいうと、ミーシャは笑い飛ばした。

「場を和ませるための演技に決まってんじゃん!」

「はあ」

「わたーしは、負ける気なんてありゃあせんぜ!」

「ま、そうだと想ったけど」

 心配して損したとでもいうような表情を浮かべるアンナに、シーラは微笑んだ。なんだかんだいいながら、ミーシャとアンナは息がぴったりだ。

「ドラゴンだろうが、かかってきなさい。わたしがぼっこぼこにしてあげるから!」

「まったく、威勢ばかりいいんだから」

「いいじゃねえか、それで」

「ええ、十分です」

 クロナのめずらしい返事を聞きながら、シーラは馬の腹を蹴った。

 敵軍は既にこちらを視界に捉え、迎撃態勢に入っている。地上の軍勢よりもドラゴンが先行していた。上空から地上に向かって降下を始めている。当然、シーラたちの射程距離にまでは降りてくることはあるまい。来るとすれば、上空からの魔法攻撃だ。だから、そこは考える必要はない。

(まずは、貫く)

 シーラは、エインの戦術を脳裏に思い描いた。

 黒獣隊を中心に武装召喚師を集めた精鋭部隊による突撃。破壊力を一点に集中すれば、いかに大軍が相手であろうと効果はあるだろう。敵軍は、その大軍のせいもあってか横に長い陣形を取っていた。縦に長ければ貫かんとする途中でこちらが力尽き、壊滅するだろうが、横に長いということは、厚みがないということだ。

『とはいえ、一万は下らない将兵が待ち構えているはずです。簡単なことではないでしょう』

 上空からの攻撃も回避しなければならない。

『しかし、あの数です。並の罠や策では太刀打ち出来ないのが実情。ここは性根を据えて、貫いて頂くよりほかありません』

 そのために龍府軍の精鋭がシーラの元に集められた。黒獣隊幹部にザルワーン方面軍、エトセア軍、アバード・マルディア軍の武装召喚師たち。総勢三十名以上の武装召喚師、召喚武装使いがひとつの矢の如く地を駆けていた。

 飛竜の群れが急降下してくるのが見える。

 光芒が頭上を奔る。リザの召喚武装・千光弓が矢を放ったのだ。矢は光を発しながら際限なく加速し、あっという間に先頭の飛竜へと到達した。翼に直撃し、風穴を開ける。高度がぐんと下がる。魔法を使えるとはいえ、翼は飾りなどではあるまい。翼を失えば、飛行能力も低下するはずだ。そこへ別の矢が追撃を仕掛ける。サランの剛弓ベイロンとイルダ=オリオンの大天使弓だ。飛行能力を奪われ落下するドラゴンは、つぎつぎと飛来する矢に撃ち抜かれ、ぼろぼろになりながらシーラたちの進路上に落下した。死んではいない。長い首が持ち上がり、顎が大きく開かれる。口腔内に炎が生まれた。

「させるかよ!」

 馬上から飛竜へと飛びかかったシーラは、飛竜の上顎にハートオブビーストを突き刺し、下顎ともども地面に叩き込んだ。飛竜の口腔内に膨れ上がった炎が行き場を失い、口腔内で炸裂したのがわかる。飛竜の目がシーラを睨む。

「さすがにしぶてえ!」

 数多の爆音とともに悲鳴が聞こえた。味方の断末魔だ。飛竜は、シーラの足元の一体だけではない。数え切れないほどの飛竜が上空にいるのだ。リザ、サラン、イルダら遠距離攻撃部隊がつぎつぎと射落としているが、それでは間に合わないくらいの爆撃が行われている。シーラはすぐさま飛竜の胸の辺りを貫くと、先行した馬に追いつき、飛び乗った。

「ラグナよりよっぽど弱えから安心しな!」

「安心できないんですけど!」

 ミーシャが叫び返してきたことにむしろ安堵したのは、それだけの元気があればまだまだ余裕だと彼女は認識したからだ。

 前方、ヴァシュタリア軍の地上部隊が肉薄している。

「いやあ、ドラゴンだけで酷い状態だねえ、まったく」

「わかりきってたことだろ」

 振り返るまでもなく、戦況は一瞬にして最悪のものになったことを理解している。飛竜たちの苛烈なまでの攻撃は、後続の部隊に多大な被害をもたらしているのだ。幸い、シーラたち突撃部隊からの脱落者はいない。ほとんどが武装召喚師、召喚武装の使い手だからだ。魔法攻撃にも対応できている。

「龍府に籠もってたら、龍府そのものが火の海だったんだぜ」

「そりゃあ、看過できませんな」

「愛しいセツナ様の領地、ですもんね!」

「おう!」

「あ、認めた」

「認めるもなにも……!」

 シーラは、ミーシャの一言に苦笑するほかなかった。

「セツナは俺のすべてだよ」

 ヴァシュタリアの白き軍勢はもはや眼前であり、シーラはその視界を埋め尽くさんばかりの大軍を前に全身全霊の力を込めて、吼えた。 

 敵を蹂躙して蹂躙して蹂躙し尽くして、ガンディアに手を出したこと、後悔させてやる。



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