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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千六百二十二話 夢の終わり(十四)

「ついにザルワーンに攻め込んでくるか」

 レオンガンドは、臍を噛む想いで、エインからの報せに目を通していた。マルディアが落ちたことは聞いていたし、時間の問題だろうということはわかっていた。しかし、それにしても早すぎる。

 レオンガンドがマルディアの滅亡を聞いたのは、二日前のことだ。

 もちろん、ヴァシュタリアによるマルディア侵攻がもっと前に始まったことだというのはわかっていた。が、それにしても、早いと思わざるをえない。いくらマルディアの戦力が物足りないとはいえ、もう少し時間がかるものだとばかり想っていた。だが、それこそ甘い考えだったといわざるをえないのだろう。

 ヴァシュタリア軍の同行を伝えるべく王都に戻ってきた軍師エイン=ラジャールだったが、レオンガンドたちに情報を伝えるなり、すぐさま龍府へと踵を返した。ヴァシュタリアの軍勢がアバードを制し、ザルワーン方面に迫りつつあるのだ。龍府に入り、戦略、戦術を練ることこそ、軍師の役割だ。

 ついに、とはいったものの、ガンディア領内がとっくに戦場になっていたことは、数日前の報告で聞いて知っている。その報せを聞いたときよりも今回のほうが驚きが大きいのは、単純に、クルセルク方面よりもザルワーン方面のほうが印象として身近だからにほかならない。

 クルセルク方面は、レオンガンドの感覚では遥か彼方という印象がある。ザルワーンでさえかなり遠いというのに、それよりもさらに遠方の土地なのだから仕方がない上、クルセルク方面は更に北東方向に伸びてもいた。帝国軍の侵攻に関する情報が王都に中々到達しなかったのも、ある意味では仕方のないことなのだろう。

 クルセルク方面は、左眼将軍デイオン・ラーズ=クルセールの土地という印象もある。デイオンは、ナーレス=ラグナホルンの策のため、クルセルクを掌握するべく奮闘したといい、そのおかげもあってクルセルクといえばデイオンという印象をだれもが抱くようになっていた。クルセールを彼の領地としたのも、クルセールこそクルセルク方面の中心だからであり、彼に相応しいからだ。

 そんなクルセルクの支配者の結束力を持ってしても、帝国軍の物量には敵うわけもなく、戦線は後退し続けているという。また、エインは、戦力を無駄に浪費せぬよう、デイオンにマルウェールまでの後退を伝えているのだが、それもどう作用するか。

 デイオン率いるクルセルク方面軍の残存戦力がマルウェールに辿り着いた頃には、ヴァシュタリア軍がマルウェールを攻撃している最中かもしれず、そうなればクルセルク方面軍とザルワーン方面軍の合流さえかなわないかもしれない。ヴァシュタリア軍の圧倒的な物量がマルウェールへの到達を阻むに違いないからだ。マルウェールのザルワーン方面軍は後退できるかもしれないが、デイオンはどうか。セイドロックへ戻ったところで、帝国軍とヴァシュタリア軍の挟み撃ちに遭うだけではないのか。

 いや、セイドロックそのものがヴァシュタリア軍に攻め立てられるという可能性も低くはない。ヴァシュタリア共同体は、小国家群北端の国々を同時に侵攻したという話なのだ。マルディアが滅ぼされた同時期に隣国ジュワイン、シルビナが滅ぼされたとしてもなんら不思議ではなく、それら領土からガンディア領土にヴァシュタリア軍が雪崩込んできたとしてもまったくもって不思議ではなかった。

 ヴァシュタリア軍のみならず、三大勢力のすべての軍勢が戦力を集中させなかったのは、その膨大過ぎる兵力を一極集中させると破綻しかねないからのようだ。伝わる限りでは、帝国軍も聖王国軍も、ヴァシュタリア軍でさえも総兵力二百万を呼号しているというのだから、その判断は間違いではない。二百万もの軍勢を一箇所に集めるのは、無駄が多すぎる。ひとつの小国を攻め滅ぼすのに十万ですら過剰といえるのだ。二百万では統制も取れまい。

 よって、三大勢力はそれぞれに戦力を分散した。目的地は、ガンディア本土にあるようだが、目的を果たしたあとの情勢を考えた場合、小国家群に勢力範囲を広げるのは決して無駄なことではないのだろう。だからこそ、小国家を攻め滅ぼしながら進軍しているのだ。

 その目的がなんであるかがわかれば、状況を覆しうるのかもしれないが、いまのところセツナたちから調査の途中経過さえ届いていない。彼らはいまガンディア本土の地下深くを潜行中なのだ。調査結果がわかるのは数日は先のことになるだろう。

 レオンガンドは、セツナの不在に不安を覚えていた。常に影のように寄り添っていたアーリアもいない。アーリアは、ウルとともに帝国軍本陣に向かっている。皇帝を“支配”することができれば、帝国軍を制御することが可能だ。そうなれば、帝国軍の戦力をガンディアの防衛に回すこともできよう。それがいまのところもっとも期待できる策だった。

 神聖ディール王国には、使者としてケリウス=マグナート、ジルヴェール=ガンディアを差し向けた。ディール軍は取り合ってくれなくとも、ミドガルド=ウェハラムが話を聞いてくれることを期待しているが、どうなるものか。

 ヴァシュタリアには、手のうちようがない。

 クオン=カミヤが話を聞いてくれるかもしれないが、そのためにはセツナを使者に立てる必要があるだろう。その賭けに、ガンディア本土の守りを薄くするほどの価値があるのかどうか。

 それよりなにより、レオンガンドには龍府が気がかりだった。

 龍府には、彼の家族が隠れている。妻であり王妃ナージュに娘レオナ、妹のリノンクレアに母グレイシアまで、全員が龍府に身を潜めていた。龍府は戦力的にもその古都としての知名度からも、たとえ大勢力の攻撃があったとしても、滅亡を免れうるのではないか、という期待があった。

 ナージュは、ガンディオンに残りたがった。どうせ滅びる運命ならば、いっそ、レオンガンドとともに王宮に残り、最期をともにしたい、と彼女は涙ながらに訴えてきた。レオンガンドは、ナージュのその気持ちは痛いほどわかった。同じだ。同じ気持ちだった。三大勢力の侵攻を止める手立てがなく、目的がガンディア本土にあるとわかった以上、王都ガンディオン、獅子王宮ですべてが終わる瞬間を見届けたいという気持ちが、レオンガンドにもあるのだ。

 だが、だからこそ、レオンガンドは彼女の望みを受け入れなかった。彼女には、レオナを育てるという使命がある。ガンディアの血を絶やしてはならない。たとえ国が滅び、王族としての立場を失ったとしても、この血を絶やしては先祖への面目が立たない。

 もちろん、それだけがナージュとレオナを龍府に追いやった理由ではない。レオンガンドは、愛するナージュたちに死んで欲しくはなかったのだ。

 生き延びること自体、難しいことではあるまい。

 王都を捨て、どこかに身を潜め、戦いが終わるのを待てばいい。幸い、龍府やバハンダールなど、戦争を逃れるための地下空間は枚挙に暇がない。身を潜め、戦いをやり過ごすことくらい、容易いものだ。三大勢力の進軍目的がガンディア本土であり、都市の住人を皆殺しにするような蛮行を行うことがないということがわかっているのだ。龍府の地下に身を潜めていれば、いずれ戦いは終わろう。三大勢力のいずれかが、このなにを目的としているのかさえわからない戦いの勝者となるのだろう。それでこの戦いが終わるとは限らないが、いずれにしても、混乱が収まるまで生きつづけることそのものは、決して難しいことではないのだ。

 しかし、レオンガンドには、それはできなかった。

 ガンディオンを捨て、野に降るなど、考えられないことだ。

 それは、みずから夢を終わらせるのと同じだ。

(夢……)

 レオンガンドは、玉座に座り、ひとり考える。

 夢。

 小国家群統一という大それた夢を掲げた。

 それは、弱小国家の国王に過ぎなかった立場からすれば途方もなく大きく、だれもが呆れるほどにありえない夢だった。妄想という。空想という。それくらい、考えようのないことだ。

 ガンディアは、弱小国家に過ぎなかった。

 ルシオン、ミオンとの同盟によって辛くも国土を維持することができていた程度の小さな国。軍事力もなければ、将兵の練度も低い。同盟三国の中でも最弱と謗られ、ログナー、ザルワーンと比べても弱いといわれた。そのような国の王子として生まれた彼が、なぜ、国土維持という控えめな考えに至らず、小国家群統一という大それた夢を見たのか。

 玉座の間の床には、真紅の絨毯が敷かれている。

 いまはそこにはだれもいない。側近たちは出払っていたし、二人軍師のうちエイン=ラジャールは龍府に飛び、アレグリア=シーンは大将軍らと軍議を開いている。

 だれもいない虚空にぼんやりと浮かぶものがある。

 黒髪の少年の幻影。禍々しいばかりの漆黒の矛を携えたその少年こそ、レオンガンドに夢を見せた張本人だ。

(セツナ)

 レオンガンドは、胸中で、愛をこめて、その名を紡ぐ。

 セツナ=カミヤ。

 神矢刹那。

 彼が異世界から召喚されなければ、レオンガンドの夢は、夢のまま終わっただろう。現実にはなるまい。ログナーは攻略できたかもしれないが、ザルワーン制圧には人生を投じなければならなかったかもしれないし、クルセルクの魔王軍には手も足も出ないまま滅ぼされた可能性がある。

 なにもかも、セツナのおかげだった。

 彼がいたからこそ、ガンディアは数多の勝利をもぎ取ることができたのだ。

 ガンディアの躍進、隆盛は、彼の存在によるところが大きい。

(ガンディアの英雄よ)

 だれもが、そう褒めそやす。

 一騎当千の猛者。

 竜殺し。

 魔屠り、あるいは、万魔不当。

 様々な二つ名で讃えられる彼の存在が、レオンガンドの夢を後押しした。

 小国家群という戦国乱世の原野へと駆り立て、夢を追わせた。

 夢を追い続けるあまり、現実を忘れるほどに。

 瞬きをする。

 セツナの幻影は消えており、アレグリアが立っていた。

 そろそろ、目を覚ます時間が来たのかもしれない。

 終わらせてたまるか、という想いもあれば、もういいのではないか、という気持ちもある。

 走り続けてきた。

 たった数年余り。

 普通に考えればありえないほどの速度で駆け抜けてきたのだ。

 疲労を覚えても、仕方のないことだ。そう、言い聞かせる。

「陛下……顔色が優れぬようですが」

「なに。少し眠れば治るだろう」

 言い聞かせる。

「夢は、まだ道半ばだ」

 だからこそ、終わってはならない。

 終わるべきではない。

 けれども彼は、そのとき確かに、滅びの足音を聞いていたのだ。


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