第千六百十九話 夢の終わり(十一)
暗闇の通路を突破すると、セツナの偽者は出現しなくなった。踏破することで機能が停止するようになっているのだろう。
セツナの偽者との激闘を繰り広げたのだ。負傷者が出ないわけもなかったが、グロリアのエンジェルリングが負傷者の傷を癒やした。幸い、死者は出ていない。死者が出るほどの攻撃をセツナが許すわけもなかった。偽者の大半は、セツナがひとりで撃破している。ミリュウやレム、ファリアたちもそれぞれに撃破したようだが、数えるほどだ。
偽者の出現する通路を抜けた先は、広間になっていた。門の広間だ。巨人用とでもいうような巨大な門が聳え立ち、セツナたちの進路を塞いでいた。
「こっちは、閉じてるのね」
「厳重極まりないな。なにがあるんだ?」
「そりゃあ三大勢力が欲しがるほどのものがあるんじゃないんですかね」
ルウファが元気なのは、久々の任務に張り切っているからのようだ。長期休暇中、結婚式の準備などで王都を離れられなかった彼は、セツナたちの遠征についていけなかったことを心の底から悔しがっていたのだ。ただ、わざとらしいばかりの威勢の良さは、この絶望的な空気感を吹き飛ばそうという彼なりの気遣いの現れでもあるのだろう。
「だったら、いいがな」
そのようなものが門の先にあり、セツナたちが手にすることができるのであれば、状況を変えられるのではないか。
少なくとも、三大勢力が小国家群を戦場に相争っているこの状況から脱しうる可能性は、高い。たとえばそれがなにかしらの力を秘めたものならば、それをもってガンディア以外のどこかへ行けばいい。三大勢力の戦力を誘導するのだ。そうすれば、ガンディアを護ることはできるだろう。そして、三大勢力が相争っている間に国土を回復すればいい。
それほど上手く行くとは思ってもいないが、そうでもなってくれなければ、ガンディアは滅びるしかなくなる。
「でも、この門、どうするわけ?」
「そうよ。第一次調査では、諦めたんでしょ?」
「つまり、今度は、諦めないってこと」
ミリュウとファリアの疑問に、セツナは、黒き矛を握りしめながら答えた。黒く巨大な門の中心には、第一層の広間で見たのと同じ宝玉がはめ込められている。床や壁、天井と同じ材質でできているらしい門扉は、生半可な攻撃では傷つけることもできない。ましてや風穴を開けるなど簡単なことではないだろう。事実、これまでの戦闘で床や天井に傷が入ったことはなく、黒き矛の光線の直撃を受けても無傷だった。
セツナは、同行者たちが不安げに見守る中、門と向き合った。矛を掲げ、全神経を集中させる。すべての力を矛に集め、叩き込み、破壊する――そんな想像をしていると、突如として宝玉が光を発した。
「また!?」
だれかが悲鳴染みた声を上げたつぎの瞬間、門扉が音を立てて開き始めた。
「え?」
ミリュウが疑問符を上げたのは、宝玉の発した光がセツナたちの意識を夢の世界に誘導しなかったからだろう。セツナ自身、夢の世界に誘われるものかと身構えていた。しかし、実際にはセツナたちの身にはなにも起きず、門が勝手に開いただけだった。
門の先、通路が続いている。
「な、なに……? どういうこと?」
「よくわからんな」
セツナは、門が完全に開ききったのを見て、矛の構えを解いた。込めた力も集中させた意味も無駄となるが、無意味に浪費する前に扉が開いたことには感謝する。この先、ここまでの通路のように戦闘がないとも限らない。
「で、また、ってどういう意味だったの?」
「いや、前のときも、門が突然光って、ね」
「それで夢の世界に飛ばされた、と」
「そういうこと」
ミリュウが肯定すると、ファリアが少しばかりがっかりしたようにいった。
「残念ね。わたしの理想のセツナがどんなのか、見てみたかったのに」
「なんだそれ?」
「ちょ、ちょっとファリア!?」
「ファリア様!?」
「え? なに、どうしたの?」
慌てふためくミリュウとレムの様子に、ファリアが驚いたように声を上げた。
「理想の俺……?」
「なんかファリアが勘違いしてるだけよ、さっさと行きましょ」
「ミリュウ様の仰る通りでございますよ、御主人様」
「はあ?」
「な、なによ、なんなの、いったい……」
釈然としない様子のファリアに対し、ミリュウとレムはふたりして睨みつけ、黙り込ませた。彼女たちにはなにか触れられたくないことでもあったらしい。
セツナもまた、釈然としないまま、ルウファやグロリアたちと顔を見合わせ、頭を振った。よくわからないし、これ以上追求しても藪蛇になるだけだと考えた。
通路に向き直る。
「さっきとは様子が違いますね」
「彼方まで見えるな」
ルウファとグロリアの師弟が、セツナの前に出た。
門の向こう側に走る通路の様子は、グロリアのいう通り、彼方まで見えていた。通路内に照明が焚かれているのだ。床と天井が光を発し、眩いばかりの光の道が作り上げられている。そして、そのおかげで地下空間の暗闇が消し飛ばされ、通路の先に広大な空間がある様子までわかった。
「綺麗っていうより、眩しいだけね」
「お姉さまの美しさが引き立ちますね」
ミリュウが腕を組むと、アスラが真似をした。
「また、隊長の偽者が出てきたりしないでしょうね」
などといいながら真っ先に通路に飛び込んだルウファにセツナは慌てて声をかけた。
「気をつけろよ」
「はあい」
ルウファはシルフィードフェザーを広げて、返事をしてくる。
そんな彼の後に続くのはグロリアで、セツナは彼女に続いて通路に足を踏み入れた。
光り輝く通路に足を踏み入れても、先ほどの通路のように偽者が出現することはなかった。
「なにも、ない?」
「そうみたいね」
「防衛機能が解除された、とか、そういうことでしょうか」
「よくわからん」
セツナたちは、拍子抜けしながらも、警戒を怠らずに前進を続けた。
光の通路は、闇の通路とは違い、一切の障害がなかった。ただ、目が眩むばかりに眩しいというだけであり、それさえ我慢できれば調査団の考古学者ですら突破できた。ルウファの憶測通り、防衛機能が解除されたとみていいのだろう。
そのまま光の通路を抜けると、広大な空間が待っていた。
「ここは……」
「終着点のようね」
ファリアが遥か前方を見やりながら、いった。彼女の言うとおり、広い空間にはほかに通じる通路は見当たらなかった。
まさに広大としか言いようのない空間だった。半分に切った球体の内側とでもいうような形状をしており、天井までかなりの高さがあった。遺跡そのものがとてつもなく巨大であり、通路ひとつとっても巨人が行き来するかのような作りなのだが、それらを踏まえた上でもこの空間の広さは尋常ではなかった。半球型の空間。外周に至るに従って盛り上がっており、通路から広間に入った場所と中心部の高さが大きく違っている。そして、中心部には真円形の空間があり、そこに祭壇のようなものがあった。
「遺跡の最深部……?」
「どうでしょう」
「最深部ではないにしても、なにか意味深な場所だな」
段差を降り、祭壇に近づいていく。祭壇を取り囲むような周縁部の段差は、さながら観客席のようであり、セツナは不思議な感覚を抱いた。
「祭壇みたいですね」
「古代遺跡だ。なにか儀式を行うための祭壇があったとしても不思議ではないな」
「そんなのが本土の地下に埋まっていたなんてねー」
観客席のような段差は、祭壇で行われる儀式を見守るひとびとの為に設けられたものなのかもしれない。
そんなことを想像しながら歩いていく。
この空間の全景がよくわかるのは、明るいからだ。遥か地下深くにあり、外光を取り入れることなどできるわけもないのだが、どこからともなく光が注ぎ、空間全体を照らし出している。おかげで、セツナたちは足元に注意する必要もなく、祭壇まで近づくことができたのだ。
「祭壇……か」
この空間の中心に備え付けられたそれは、奇妙な形状こそすれ、ただの大きな台座のようにも見えた。幾重にもねじれた黒い石の台座。材質は壁や床、門などと同じらしい。だとすれば、どのような力で作り上げたのか皆目見当もつかない。黒き矛で傷つけることさえできないような物質だ。神の力をもってすれば、不可能ではないのかもしれないが、神がこのようなものを作り上げるとは、思えない。
逆だろう。
祭壇を用いた儀式によって神と交信するというのであれば、話はわかる。
「これ以外、なにもなさそうね……」
ファリアが祭壇を眺めながら、嘆息した。
「残念」
「まだ残念がるのは早いですよ。遺跡はここが最深部じゃないんですし」
「それはそうだけど……あれだけ厳重に護られてたら、なにかあるか期待するじゃない」
「まあな」
ミリュウの意見を否定せず、セツナは周囲を一瞥した。儀式が行われていた空間のようなのだが、祭壇以外なにもなく、期待はずれもいいところだった。偽者による防衛機能がなんのためにあったのか、これではまったくわからない。護る意味もないのではないか。
セツナが落胆を隠せないまま祭壇に向き直り、その艶やかな台座に触れた瞬間だった。
閃光が意識を貫いたのだ。




