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第百六十一話 投下

「つきましたよ」

 ルウファの言葉に、セツナは我に返った。

 ルウファに掴まったまま足元に視線を向けると、城塞都市バハンダールの真上に到達していることがわかった。丘の上の城塞都市。分厚い城壁が四方をぐるりと囲み、城壁内には城郭があり、市街があるようだ。詳細にはわからない。兵士も、豆粒程度にしか見えなかった。ただい、城壁上に無数の兵士たちが配置されていることは理解できる。

「隊長、そろそろ召喚しておいたほうがいいんじゃないですか?」

「それもそうか」

 ルウファに促されて、セツナは思い出したようにつぶやいた。片手を離すのが怖かったが、それを察したのか、ルウファの腕に力がこめられ、セツナは少しだけ安堵した。右手をルウファから離し、告げる。

「武装召喚」

 セツナの全身からまばゆい光が発生し、右手の中に収斂する。光から現れるのは黒き矛だ。全長二メートル超の異形の矛。ただただ禍々しく、凶暴性を秘めた形状は、セツナの手の内に重量を生み、冷ややかな感触はよく手に馴染んだ。感覚が冴え渡り、意識が鮮明になっていく。肥大する感覚はルウファの翼が発するエネルギーの波を感じ、視覚や聴覚も強化する。広がった視界にはバハンダールと周囲の地形、湿原を進軍する東と南の軍勢を精確に認識する。人数までは把握しきれないものの、距離感までもなんとなく理解できた。

 黒き矛を手にしたことで充溢した力は、片腕だけでルウファに掴まっていても問題はないと思わせる。不安は消え去り、自信が生まれる。なんの問題もない。ここから飛び降りても、死にはしない。確信があった。

「うーん、相変わらずの黒さ」

 ルウファの呻くような声にセツナは顔を上げた。彼はなにやらカオスブリンガーを真剣に見つめている。漆黒の矛。数多の敵を葬ってきた殺戮兵器。思うところがあるのかもしれないが。

「白き矛だと格好悪くないか?」

「ふむ……それは確かに」

 ルウファは納得したように笑った。そういう問題では無いのだろうが。

 セツナは、再び眼下を見ると、バハンダールの動きに注視した。東側に大きな変化はないが、南側がなにやらおかしい。兵士が動き回っているわけではないのだが、なにかが違う。直後、南方のグラード隊の動きが慌ただしくなる。盾兵を展開しようとしている。だが、バハンダールの南側に矢の雨が降っている様子もない。

「どうなってるんだ?」

「なにかあったんですか?」

 聞き返してきたところを見ると、ルウファにはわからないらしい。シルフィードフェザーでは把握できない距離なのだろうが、それこそ黒き矛の異常性を浮き彫りにする事実でもある。圧倒的な破壊力だけでなく、召喚者の能力拡張もまた、尋常ではないということだ。

「グラード隊に動きがあるんだ。盾兵を展開……敵に射たれてる?」

「まさか。まだまだ弓の届く距離じゃないですよ」

 セツナも一瞬そう思ったのだが、バハンダールの兵に武装召喚師がいれば、どうだろう。通常の弓よりも長い射程を誇る弓くらい、召喚できそうなものだが。

 グラード隊は、崩れた最前列を構築しなおそうと動いていたようだが、再び崩れた。バハンダールからなにかが放たれ、グラード隊を攻撃している。攻撃間隔は短くはないが、かといって無視できる長さでも、精度でもなさそうだ。

「また射たれた。武装召喚師の可能性は?」

「……可能性はありますね」

「降りるか?」

「両部隊、指定位置に到達していませんよ」

 ルウファのいう通りだ。セツナのバハンダールへの投下は、両部隊が敵軍の射程範囲に入ってからというのが作戦の肝だった。でなければ、混乱に乗じたバハンダールへの突入は難しくなり、結果、セツナがひとりで城塞都市を制圧しなければならなくなる。セツナとしてはそれでも構わないし、やれるだけのことはやろうと思うのだが、反動が恐ろしくもあった。

 黒き矛が肉体を酷使し、戦後、数日間は動けなくなる可能性がある。つぎの作戦行動に支障が出るだろう。もちろん、無理をすれば戦える。黒き矛を召喚すれば、肉体はたちまち動き出し、敵を倒すだろう。だが、疲労は蓄積するものだ。結果を先延ばしにするだけのことなのだ。

 とはいっても、バハンダールを制圧すれば、一日二日の猶予は与えられるだろう。疲労がたまるのはセツナだけではない。湿原を行く兵士たちも、グラードら軍団長たちも、将軍も、肉体的にも精神的にも疲れるに違いない。

「でも、このまま放ってはおけないだろ」

「たしかに。隊長のいう通りなら、放っておけば被害は拡大するだけですね」

 バハンダールの南側城壁にいるのであろう弓使いを制圧する。ついでに城壁上に展開する弓兵を殲滅すれば、グラード隊も本隊も容易に接近できるのではないか。そうすれば、セツナは、体力を温存しながら味方の到来を待つことができる。

 エインは、バハンダールへの投下後、派手に暴れろといったのだ。弓兵を皆殺しにするくらいのことはするべきであり、期待されているに違いない。

 セツナは、グラード隊の様子を眺めながら、ルウファにその思いつきを伝えた。ルウファの意見も聞きたかったのだ。

「……投下後、進軍の安全を確保するために城壁の弓兵を殲滅する」

「なるほど。では、俺はグラード隊と本隊に矢が止むまで進軍しないようにいってきますよ」

「頼む」

 混乱に乗じての接近では、弓兵の射程範囲に躍り込むことになるのだ。混乱が一時的なものとして収まってしまったら、その接近は死地に飛び込むようなものであり、味方の損害も計り知れなくなる。ルウファが両部隊に伝えてくれるのなら安心だった。

 そのとき、セツナは、グラード隊の前列から雷光の帯が放たれるのを見た。まるで紫の龍が天に昇るように、紫電の帯が空へと上がっていく。ファリアがオーロラストームを使ったのだ。

「いまのは」

 ルウファにも知覚できるほどの距離を飛翔した雷光の矢だったが、威力はほとんどないのだろう。オーロラストームの矢は、一種類ではない。ファリアの使い方次第で、何種類にも撃ち分けることができるというのだ。威力も精度もないが、射程だけは長い矢を放つこともできるらしく、それがいまの雷光に違いなかった。

 そんな矢を上空に放つ理由など、ひとつしか考えられない。

「合図だな」

 セツナは、ルウファを見た。彼の目にも決意が生まれている。彼も瞬時に理解したのだ。ファリアの矢は、グラード隊に訪れた緊急事態を示している。ならば、やることはひとつだ。

「では、手筈通りに」

「伝令を頼んだ。俺は、弓兵を制圧する」

 ルウファがセツナの体を解放したのを確認してから、セツナもまた、ルウファを抱いていた腕を離した。一瞬にして、ルウファの姿が遠ざかり、視界から消え失せる。浮遊感が全身を包む。落下しているのがわかる。このままなにもしなければ、この世とおさらばすることもできるのだろう。異世界だけでなく、現実とも永遠に決別することにほかならない。

 セツナは、カオスブリンガーを両手で握ると、軽く振り回した。力を込める。反転。視界にバハンダールの城塞都市が映り込む。急速に接近していく。止められない。止めようがない。地面にぶつかる。恐怖心が湧き上がる。全身総毛立ち、冷や汗が出た。黒き矛を握ったままこんな感覚に包まれるのは、初めてかもしれない。

 だが、彼は同時に安堵もしていた。カオスブリンガーから流れこんでくる力が、死を拒絶するかのように、セツナの体内で暴れていた。のたうち回り、なにかをさせようとしている。感じる。黒き矛の意思を。カオスブリンガーの自我を。もっと戦いたい。もっと殺したい。だから、セツナには死んでほしくないとでもいっているような、衝動。

「だったら、俺の命くらい護りやがれ」

 セツナは穂先を地上に向けた。

 いまや、地上まで数十メートルの距離になっていた。

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