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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千六百十八話 夢の終わり(十)

「面白いことになったわねえ」

 ウルがことさらに嘲笑うようにいったのは、演技なのだろう。

 本当の本気でそう想っているのなら、そのような言い方はしないはずだ、と彼にはわかりきったことだった。短い付き合いではない。彼女に支配され、二年以上が経過した。身も心も魔女のものと成り果て、傀儡のようでありながら、自我を持つことを許された奇妙な状態が続いている。

 いつからか、ウルという人物の考え方が、かなり鮮明にわかるようになっていた。

 ただ、うなずく。

「そうか」

 狭い部屋の寝台の上。カインは仮面を外し、天井を仰いでいた。

 その獅子王宮内の一室は、王宮特務という特別な役職にあるウルに充てがわれた部屋だ。カインはこの部屋で過ごすことが多い。仮面を外していられるのは、この部屋くらいのものだ。正体を隠すためとはいえ、常に仮面を身につけておくのは面倒なものだ。呼吸も苦しい。その上、この部屋にいる限り、カインは自由だった。少なくとも、だれかの視線を気にしなければならない外とは違う。

「うふふ。ざまあみろ、ってこういうときにいうのかしら」

「……君も死ぬぞ」

「構わないわよ」

 こちらを覗き込んできたウルは、素の表情を浮かべている。

「どうせ、わたしなんてとっくに死んでいたんだもの」

「君は、生きているだろう」

「あら、めずらしい。あなたが慰めの言葉を用いるなんで」

「死者がそんなに感情豊かなものか」

「うふふ」

 彼女はなにがおかしいのか、愉快げに笑った。仰け反り、カインの視界から消える。

「でも、生きてもいなかったわ。辛うじて、命の形を取り留めているだけの無惨な怪物だもの」

「そうは思わないが」

「どうしたの? 熱でもあるの?」

 また、覗き込んでくると、今度は細い手で彼の額に触れた。ひんやりとした手は、彼女の体温の低さを示している。

「なにがだ」

「妙に優しいじゃない」

「そういうつもりはない」

「そう? わたしには、あなたの言葉があまりに優しく感じるわ。まるでわたしを諌めているみたい」

「君を諌めてどうなる」

 突き放すように、いう。

 こんなときに慰めあっても、惨めな気分になるだけだ。

「君の心は君のものだ。俺とは違う」

「そうよね。あなたの心はわたしのものだものね」

 そういって、はたとなにかに気づいたかのような表情になる。

「そっか。わたしが、そういわせているのね」

「どうだろうな」

「そういうはぐらかしも、わたしの気分なのよね」

 そして、憮然とした顔になり、カインから離れた。

「わかっちゃった。そっか。そうよね。そうなのよ」

「どうした?」

 起き上がり、彼女を見やると、ウルは壁に寄りかかるようにして立ち尽くしていた。呆然と虚空を見遣っている。

「わたしとあなたの間に愛なんてもの、なかったのよね」

「それがどうした」

「ん?」

「俺と君の間に、そんなことがどう関係する」

「そう……ね」

 なにかを諦めたように頭を振った。その仕草がいかにも寂しげに見える。

「わからなくなったわ」

 その場に座り込み膝を抱える女の姿は、魔女と呼ばれる彼女らしくないものだった。

「わたし、なにがしたかったのかしら」

「いっただろう。君の心は君のものだ。俺にはわからん」

「まったく、気の利かない男ね。そういうとき――」

 こちらを睨んできたウルだったが、カインの顔を見るなり表情を変えた。

「そういうとき……は」

「どうした?」

「なんで、気を使ってくれないのかしら。わたしの思い通り動く人形なのに」

「さあな」

 否定は、しない。確かに彼女の言うとおりなのだ。カインは、ウルの意のままに動く人形に過ぎない。ウルによる支配がすべてに優先する。その支配によってレオンガンドに忠誠を誓ってこそいて、レオンガンドへの忠誠を最優先するよう命令されているものの、ウルの気分次第でその優先度は変わりうる。ウルが望めば、レオンガンドの敵対者になることだってありうるのだ。

 ウルは、きょとんとした顔で問いかけてくる。

「じゃあ、さっきまでの言葉も、そうなの?」

「知らん」

「……もう、あなたって本当、心底嫌なやつよね」

「だからセツナにも嫌われるのさ」

「セツナ様に嫌われているのは、そういうことじゃないでしょ」

 半眼で睨まれて、思い出す。猛火の記憶。

「そうだった」

「まったく、馬鹿なんだから」

「君にいわれたくはないな」

「そうよね。わたしも、馬鹿だわ」

「まったくだ」

「むかつくけど、まあいっか」

 彼女は、すっきりしたような顔で、笑った。その内心の変化は、カインにはわからない。

「……どうするつもりだ」

「どうって?」

「この国の滅びに付き合う義理はあるまい」

「そうね。でも、ガンディアが滅びる様は見届けたいもの。それがわたしにとっての復讐だから」

「そうか」

 ウルの信念は最初からなにも変わっていないようだった。彼女は、ガンディアを許してはいない。自分たち姉妹の人生を滅茶苦茶にした国を心底憎悪しているのだ。それは、彼女たちがレオンガンドによって救われた後も変わることはなかった。むしろ、彼女はその復讐心を強くしたという。一方、彼女の姉のアーリアは、そうではないらしいが、それもよくわからない。

 姉は女なのだ、というウルもまた、カインの前では女の顔を覗かせるのだから、理解できないことばかりだ。とはいえ、彼女の中の復讐心に変化がないことは、喜ばしいことのように思えた。

 彼女は、ガンディアが隆盛の果て、レオンガンドの目の前で崩れ去るのを見届けたいというようなことをいっていた。

「あなたは、どうなの?」

「俺か?」

「あなたも、この国のこと、恨んでいるんでしょう?」

「恨み? そんなものはないが」

 カラン大火のことをいっているのならば、それは大きな勘違いだ。

「ただ、自棄になっただけのことだ」

 ガンディアに身を潜めている間、兄エルアベルからの連絡がないまま、時間ばかりが過ぎていた。エルアベルは、国主ミレルバス=ライバーンを討ち、ザルワーンを手中に収め、すぐさまガンディアを攻め滅ぼし、国土を拡大するという算段を立てていた。カインが、ランス=ビレインとしてガンディアに潜入していたのは、ザルワーン・ログナー軍のガンディア侵攻に合わせてガンディア国土を焼き、エルアベルの勝利を確実なものとするためだった。

 それが、彼のガンディア潜入のすべてだ。

 だが、エルアベルから連絡がなかった。謀反の失敗を悟った彼は、感情の赴くままに火を放った。カランを焼き、ガンディア全土を煉獄の炎で包み込まんとした。

「自棄になって大量殺人? 馬鹿げた話ね」

「その結果がこれだ」

 自嘲するも、ウルは取り合わなかった。

「自業自得じゃない」

「なんの罪もない君とは違うということだ」

「……そうね」

「君にはガンディアを恨む理由も、復讐を行う理屈もある。が、俺にはそんなものはないし、君の復讐に付き合う義理もない」

「馬鹿ね。わたしがそんなこと、すると想う?」

「しないだろうな」

 間髪入れずにいうと、彼女は面食らったような顔をした。

「即答なのね」

「君のことは、少しはわかっているつもりだ」

「ふふ」

 彼女は、その場で立ち上がると、寝台に向かって歩み寄ってきた。そして、カインに向かって倒れ込むようにして、抱きついてくる。

「それでいいわ」

「なんだ?」

「しばらく、こういさせて」

 肩に顎を乗せた彼女の囁きは、甘く、熱を帯びている。

「きっと、これが最後だから」

「最後?」

「終わるのよ、なにもかも」

「……そうだな」

 カインは、彼女がなにを考えているのかわからないまま、ただ頷き、ただ彼女の華奢な腰を抱いた。ガンディアが終わる。滅びを避けることはできまい。なにものにもだ。たとえセツナがどれだけの力を発揮しようとも、退けられるわけもない。

 これまでの戦いとは別次元の物量が押し寄せてくる。

 それを止められない限り、ガンディアは滅ぶだけだ。

 そのときにはカインの人生も終わるだろうし、ウルの命も終わるだろう。

 彼女は、きっとそういうことをいっている。


「賭けだ。なにもかもな」

 レオンガンドは、薄闇の中、囁くようにいった。

「絶対も確実もない以上、賭けに出るしかない」

「ほかに方法がありませんものね」

 レオンガンドの寝室。室内には、彼以外、アーリアしかいない。静寂が満ちている。

 レオンガンドは椅子に座り、アーリアはその目の前に跪いていた。

「セツナが神から聞いた話が事実ならば、三大勢力が歩みを止めることはあるまい」

 ガンディアの地が三大勢力の小国家群侵攻の目的なのだ、と、マユラと名乗った神はいった。セツナとレムがその証人だ。セツナがそのような嘘をいうはずはなく、レムも神を見た以上、幻覚でも幻聴でも妄想でも妄言でもない。現実に起きたことなのだろう。

 神の言葉が真実かどうかまではわからないし、本当はまったく別の理由で動き出した可能性だってある。

 しかし、三大勢力がどうやら国土拡大のみを目的としていないことは、これまでの情報から明らかなのだ。国土を拡大させ、勢力圏を拡張させるためであれば、わざわざ戦争を行う必要はない。攻め滅ぼすよりも、降伏を受け入れ、臣従させていったほうが余程手っ取り早いはずなのだ。いくら数の暴力で一方的に勝利をもぎ取ることができるとはいえ、死傷者が出ないとは限らない。交渉で終わるのであれば、無駄に血を流すこともないのだ。だが、三大勢力はいずれも、交渉に応じず、いたずらに戦端を開き、蹂躙しているという。

 交渉を行う時間のほうがもったいないとでもいうように、だ。

 国土拡大が目的ではなく、ガンディア本土を手に入れることこそが目的というのであれば、問答無用に驀進し、蹂躙していくのもわからないではない。

 それが、神の言葉を信じる理由のひとつだ。

 そして、神の言葉を信じるのであれば、このガンディアの地になにかしら秘密があるという考えに至るのも、無理からぬ話だ。でなければ、三大勢力がこの地を欲しがる意味がわからない。なにかがあるのだ。三大勢力が築き上げた均衡を崩すに足る理由が。

 それは、ガンディア本土地下に発掘された古代遺跡に関係するものではないか――というのが、セツナたちの推測だった。ガンディアに残る文献には、三大勢力が狙うようなものはなにも記されておらず、であれば、歴史に埋もれた地下遺跡になにかがあるのではないか、と考えるのは当然だろう。地下遺跡には、古代文明が施したと見られる防衛機能が稼働中であり、侵入者を排除するべく動いているというのだ。

 なにかはある。

 それがたとえ三大勢力の目的とは別のものではあったとしても、この状況を打開しうるものかもしれない。

 レオンガンドがセツナたちの遺跡調査を許可したのは、藁をも縋る気持ちだったが、無論それだけに縋っていても奈落の底に滑り落ちる可能性も理解している。だからこそ、それ以外の方策も考え、手を打たんとしているのだ。

「しかし、交渉に応じてくれるのでしょうか?」

「どうだろうな」

 自信はなかった。

「しかし、ディールにはミドガルド殿がいる。彼ならば、我々の声に耳を傾けてくれるだろう」

 そういう理由から、交渉先は神聖ディール王国と決めた。ヴァシュタリア共同体にも、ザイオン帝国にも、ミドガルド=ウェハラムに並ぶ交渉役はいないのだ。ミドガルドは、ディールとの橋渡しになってくれると約束してくれてもいた。きっと、交渉相手になってくれるはずだ。そう信じるしかない。

 ザイオン帝国皇子ニーウェ・ラアム=アルスールは、セツナと戦闘した間柄だが、だからこそ交渉相手にはなるまい。

 ヴァシュタリア共同体の場合は、神殿騎士団長クオン=カミヤがいる。彼には、セツナを使いに出せば、話し合ってくれるかもしれないが、それはまず、ディールとの交渉が成功してからのこととなる。

「ザイオンについては、問題あるまい」

「またそのような」

「信じている」

「……はい」

 アーリアの手が、レオンガンドの手に触れた。細くしなやかな指先から伸びた無数の糸が、レオンガンドの手首に巻き付く。痕が残るほどにきつく、強く。それは彼女なりの意思表示なのだろう。別れを惜しんでいる、とでもいうのかもしれない。レオンガンドは、左手で彼女の手を包み込んだ。はっと、彼女がこちらを仰ぐ。髪を撫でる。艶やかな黒髪は濡れたように綺麗だった。

 聖王国と交渉する一方で、帝国に対しても手を打とうとしていた。

 それは、アーリアとウルを用いた策だ。

 アーリアの異能によって帝国軍本陣に忍び込み、ウルの異能によって皇帝シウェルハイン・レイグナス=ザイオンを支配する。成功すれば、帝国軍の侵攻を止めることはおろか、帝国軍をガンディア領土の守護に利用することもできるだろう。

 そしてその瞬間、ガンディアは滅亡を免れうる。

 帝国軍の全戦力をガンディアの防衛に回せば、ヴァシュタリア、ディールを相手に回してもある程度戦い続けることができるだろうし、その間にディールとの交渉を進め、また、ヴァシュタリアとも交渉を行えば、この絶望的な状況を突破することもできるのではないか。

 無論、そのためにはウルにシウェルハインの支配を成功させてもらわなければならないし、厳重極まりないであろう帝国軍の警戒網を突破しなければならないが、その点は心配不要だ。そのためのアーリアなのだ。

「ウルならば、皇帝であろうと支配できよう。さすれば、ガンディアは滅びを免れうる」

「はい」

「頼む」

 レオンガンドは、いって、彼女の体を抱きすくめた。

 アーリアは、なにもいわなかった。


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