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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千六百十五話 夢の終わり(七)

「戦いとは、虚しいものだ」

 ルベレス・レイグナス=ディールの言葉が、虚しく響く。

 廃墟と化した都市の瓦礫の上で、聖王を名乗る男は、自分に酔っているようにいった。ルベレス・レイグナス=ディールという人間を演じることに酔っている、というべきなのかもしれない。

 ミドガルド=ウェハラムは、現在、ルベレスに近侍し、聖王国軍の軍事行動に随行していた。聖皇国軍の蛮行とでもいうべき戦いのすべてを記録し、記憶に焼き付けるには、そうするほかない。いやそもそも、彼には選択肢などなかった。自分の発明さえも、ある存在によって紡がれた運命に過ぎなかったことを知ってしまったいま、彼には自分の意志など持ちようがなかった。

「そう想わないか? 友よ」

「友……?」

 予期せぬ一言に、彼は顔を上げた。積み重なった瓦礫の上から聖王がこちらを見下ろしてきている。晴れ渡った空の下、逆光を浴びて影になった顔の中、瞳だけが金色の光を発していた。人間ではない。それは、彼との再会時に痛感したことだ。ルベレスは、人間ではない。少なくとも、人間と呼べるような存在ではないのだ。

「ミドガルド=ウェハラムは、ルベレス・レイグナス=ディールの友だったはずだ。違うかね」

 彼は、答えなかった。

 聖王の言葉は、嘘ではない。事実だ。ミドガルドとルベレスは、親友と呼んでもいい間柄だった。ミドガルドは、王家に繋がる貴族に生まれている。幼少期、ルベレスの遊び相手に任じられたのが、彼との付き合いの始まりだった。長い付き合いだ。いつしか半身と呼んでもいいほどの間柄になった。魔晶技術の研究を始めたミドガルドを、ルベレスが全力で支援してくれたのも、そういう間柄によるものだと想っていた。

 実際は、どうなのか。

 真実は、どこにあるのか。

 疑心暗鬼に陥った思考では、正解を導き出すことなどできないだろう。

 彼は、ぼんやりとルベレスの顔をした化物を見つめていた。すると、ルベレスは肩を竦めて見せた。興を削がれた、とでもいうような反応だ。聖王は、まず間違いなく、ミドガルドをなぶり、嘲笑うことを楽しんでいる。無反応ほどつまらないものは、あるまい。

「わたしは、いまでも君のことを友だと想っているのだがね」

 彼はそんなことをいってきたが、ミドガルドはなにも返さなかった。なにかをいえば、きっと彼は喜ぶだろう。どのような反応を示しても、悦ぶに違いない。だから、無反応を通すのが一番いい。その結果彼の怒りを買ったところで、彼がミドガルドの反応を引き出すためになにができるわけでもないのだ。ただ肩をすくめるくらいだ。

(虚しい……か)

 ミドガルドは、胸中、つぶやく。

 エグムンド首都ムンドール。

 これまで滅ぼしてきた都市と同様、戦闘らしい戦闘も起きなかった。いや、無論、エグムンド側が反撃してこなかったわけではない。交渉に応じないことがわかるといなや、全力を上げて抵抗を示した。だが、エグムンドの戦力程度では、聖王国軍に痛手を負わせるどころか、一矢報いることもままならないというのが実情だった。

 圧倒的戦力差。

 こればかりは、いかんともしがたい。

 ディールにいるころは模擬演習か皇魔討伐くらいしか見たことがなかった彼だったが、ガンディアに出てきてからというもの、数多くの実戦を目の当たりにしている。それもこれもガンディアとの取引の賜物であり、おかげで魔晶人形の改善点も見えたのは間違いない。それはともかくとして、ミドガルドが同行したガンディアの戦いにおいて、ここまでの圧勝というものは記憶にないほどの戦いを聖王国軍は展開していた。

 戦闘といっていいのか、どうか。

 蹂躙というべきではないか。

 将のひとりがそうつぶやいてしまうほどの圧倒的勝利を積み重ねていた。どれほど堅固な城壁に囲われた都市も、難攻不落の要塞も、聖王国軍主軍の前で裸も同然といっても過言ではなかった。

 量産型魔晶人形の投入。

 それが聖王国軍の圧倒的勝利に結びついている。

 量産型魔晶人形は、ミドガルドが唯一起動に成功した魔晶人形ウルクと似て非なる兵器だ。ウルクは自我を持ち、自律的に戦闘行動を行う。命令を遵守するものの、戦闘の内容そのものは独自の判断によるところが大きい。どう戦えば効率的に戦果をあげられるのか。味方に被害がでないようにするにはどのような攻撃をどう行えばいいのか、そういったことを常に高速で計算しながら戦闘しているのがウルクだ。

 量産型魔晶人形は、違う。

 どうやら、量産型魔晶人形には自我が発現しておらず、ミドガルドが発明し、ウルクの躯体にも搭載した術式転写機構によって制御しているようなのだ。ただし、その術式転写機構も躯体同様、改良が施されているようであり、ある程度の知識と技術があれば比較的楽に遠隔操作できるようだ。その成果が、聖王国軍の蹂躙とでもいうべき圧勝に繋がっている。魔晶人形の遠隔操作の敷居が下がるということは、それだけ戦闘を魔晶人形に任せてもいいということだ。

 量産型魔晶人形の躯体は、精霊合金ではなく、精霊金をそのまま使っているようなのだが、それでも通常の防具に比べれば頑丈であり、全身が金属の塊のようなものであることに変わりはない。その上、波光砲などの内蔵兵装の破壊力は脅威的だ。躯体の材質上、波光砲の威力はウルクのそれよりも格段に落ちるものの、それでも凶悪なことに変わりはない。

 何十、何百体もの量産型魔晶人形が同時に波光砲を発射すれば、それだけで都市も要塞も壊滅状態に陥るだろう。軍勢など一瞬で蹴散らせる。たとえ武装召喚師が一時的に凌ごうとも、凌ぎ続けることなど不可能だ。

 なにものも、聖王国軍が誇る人形部隊の前には無力にならざるをえない。

 その上、聖王国軍が誇る戦力はそれだけではないのだ。魔晶人形は、魔晶技術の粋を結集して作り上げた戦闘兵器だが、それ以前にも様々な兵器が開発され、実用化されている。それら魔晶兵器群は、聖王国領内の皇魔討伐や治安維持の際、軍によって運用され、並々ならぬ成果を上げていた。

 此度の戦争においても、兵器群の活躍は目覚ましいものがある。

 もっとも戦果を上げているのが量産型魔晶人形であるというだけのことだ。

(これでは、人形によって小国家群が制圧され尽くすのも時間の問題か)

 ミドガルドは、都市の片隅で点検や整備を受けている人形たちを見遣って、目を細めた。ウルクによく似た形状の人形たち。無論、自我もなければ、言葉を発することもない。ただ術式によって制御され、戦闘行動を行うだけの戦闘兵器。

 彼が発案し、設計し、開発した人形は、いまや彼の意志とは無関係に都市を蹂躙し、ひとびとを殺し、国を滅ぼすだけの存在と成り果てた。こうなることがわかっていたから、彼は魔晶人形の開発研究を極秘裏に進めていたのだが、それもいまとなっては虚しい話だ。それさえも、ルベレスを名乗る化物の手のひらの上の出来事だったのだ。

 なにもかも、ひとならざるものの思い描いた絵図のまま、動いていた。

 ミドガルドたち研究者の夢や希望は、人外の怪物の野心の糧となった。

 聖王がなんのためにこのような無意味な戦いを繰り広げているのか、彼にはわからない。小国家群を制圧し、聖王国の領土を広げるためだけならば、敵対者の降伏を受け入れたほうが早いはずだ。圧倒的な勝利を積み重ねているとはいえ、聖王国軍側も無傷で終わるわけではない。死傷者も出ている。武装召喚師の攻撃の前では、一般兵は為す術もなく死ぬものだ。であれば、交渉に応じ、降伏を受け入れるほうが色々と都合がいいのではないか。

「そういうわけにはいかないのだよ」

 ルベレスが、心の中を読んだかのように、いってくる。実際、ミドガルドの内心など、手に取るようにわかるのかもしれない。でなければ、ミドガルドの人生を支配することなどできまい。

「どういうことですか」

 ミドガルドは、瓦礫の山から降りてきた怪物を見た。

「儀式には血が必要だ。どんな儀式であれ、な」

 彼はそういって、ムンドール市内に目を向けた。戦死者の亡骸に寄り添うムンドール市民の姿が見える。戦闘に巻き込まれた民間人だろう。ムンドールは、聖王国軍主軍によって完全に制圧された。エグムンド王家は、ムンドールに聖王国軍が押し寄せると、首都を放棄している。ムンドールのひとびとは王家に見捨てられたということだ。しかし、それも仕方のないこととしか言いようがない。

 これだけの圧倒的戦力差を目の当たりにして、立ち向かおうとするほうがおかしいのだ。だから、ムンドール政府は聖王国軍に交渉を求めた。降伏するつもりだったのだろう。ムンドールを始めとする都市を明け渡してでも、生き延びるつもりだったのだろう。だが、聖王国軍は、使者を突き返した。交渉には応じない。ただ、攻め滅ぼすのみ。

 そんなやり方になんの意味があるのか。

 ミドガルドの疑問は、ルベレスの言葉によって氷解しようとしていた。

「贄を捧げなければならん」

 ルベレスは、いう。

「それが世界との約束を果たすための大儀式ならば、なおさらだ」

 この戦いは――この大陸全土を巻き込みかねないほどの大戦争は、儀式なのだと。

(大儀式……)

 それが、聖王国軍が交渉を持たず、降伏を受け入れず、ただ攻め滅ぼす理由なのだとすれば――。

 ミドガルドは、瞑目し、歯噛みした。

(セツナ伯)

 ウルクの主であり、ミドガルドにとって研究対象であり話し相手でもあった青年の国もまた、滅ぼすのだろう。

 

「儀式……だと」

 ニーナが怪訝な顔をしたのは当然だと彼は想った。

 メレルディア首都メレルディオン制圧の夜のことだ。

 戦いは、一方的だった。帝国領を発してから今日に至るまで、一度たりとも帝国軍が押されるような戦いはなかった。どんな戦いでも、数の暴力が物を言った。多勢に無勢。それも圧倒的な物量差があれば、神算鬼謀の策も一騎当千の猛者も意味をなさない。どのような戦術、軍略、勇士、猛者も塵芥の如く消え失せる。

 数は力だ。

 数こそが勝利の最短の道だ。

 どれほど強大な力も、数の前では塵同然だ。

 これほど圧倒的で、これほどつまらない戦いもない。

 ニーウェたちは戦闘に参加できないだけ、余計につまらないのだが。

「本当に父上はそのようなことを申されたのか」

「はい」

 肯定し、うつむく。

 ニーナの父上とは無論、ニーウェの父親であるところの現皇帝シウェルハイン・レイグナス=ディールだ。シウェルハインは、ニーナ率いる第七方面軍と行動をともにしていた。ニーナ率いる本隊ではなく、後方の別働隊とともにある。帝都を任されていた第一方面軍ではなく、辺境を護るという役割を与えられた第七方面軍に皇帝が同行しているのは、皇位継承者がニーウェであるということを知らしめ、強く印象づけるためである、とシウェルハインはいっている。

 シウェルハインは、本気でニーウェを皇帝にするつもりのようなのだ。

 そのためにもこの戦いを完全な勝利で終わらせる必要があるともいっていたが、その勝利条件とはなんであるのか、実際のところよくわかっていない。シウェルハインは、この軍事行動は、帝国領土を広げるためだと宣言している。小国家群を他の大勢力に先んじて制圧することで、大陸に覇を唱えるのだ、と。しかしそれが表向きの理由であることは最初から明らかだった。

 領土を広げるだけであれば、降伏を受け入れたほうが手早く済むことも多い。

 だが、シウェルハインは、徹底的に攻め滅ぼすことを全軍に要求した。それは勅命であり、方面軍総督にさえ拒否権はなかった。疑問を挟む余地もなかった。ないまま、戦争が始まった。戦争というべきか。ただの蹂躙と呼ぶべきか。いずれにせよ、戦いの最中、膨れ上がった疑問を解消するべく、ニーウェは機を見てシウェルハインに拝謁した。そのとき聞いた話が、いまニーナに話したことだ。

 室内には、ニーナとニーウェのふたりしかいない。ほかにだれかがいれば話せないようなことも、ふたりきりならばいくらでも話し合えた。ふたりの間に隠し事はいらなかった。昔からだ。これからも、そうだろう。これからはとくにそうなる。

「儀式には、犠牲が必要であり、多大な血を流す必要がある、と」

「なんのためにだ」

 ニーナは、拳を握って、いった。震える拳はこの戦いの理不尽さに対する憤りなのかもしれない。

「なんのために、そのような儀式を行うのだ。そんなことをして、いったいなんの意味があるというのだ」

「父上は、それ以上、なにも仰られず……」

 ニーウェは、ニーナの拳を両手で包み込んだ。シウェルハインの回答は要領を得ないものとしかいいようがない。儀式。

「ニーウェ。わたしにはわからないよ」

「俺にも、わかりません。父上がなにを目指し、なにを目的とし、なにを考えておられるのか、まったく……」

「このままでは、おまえを生かしたセツナの国も危ういのではないか」

「……ええ」

 帝国軍がこのまま侵攻を続けるのであれば、ガンディアも戦場となるだろう。そして、帝国軍の戦力を考えれば、ガンディアもまた為す術もなく滅び去るのは必定。たとえセツナや彼の配下、部下が奮起したところで、この数の前ではどうしようもない。

 それに、ディールやヴァシュタリアが黙っているわけもない。

 帝国の動きを知れば、動き出さざるを得まい。

 均衡が崩れたのだ。

 それら大勢力の軍勢が、立て続けにガンディア領土に雪崩込んでくれば、いかに最強無比の黒き矛といえど、敗北を喫するのは疑いようがなかった。

 黒き矛そのものは、負けまい。なにものにも。

 それもまた、疑いようのない事実だ。

 だが、セツナは人間なのだ。

 人間には限界がある。

 無尽蔵に力があるわけではない。

 力が尽きたあと、待っているのは絶対的な敗北だ。

 それは黒き矛のセツナであっても、同じなのだ。


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