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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千六百十話 夢の終わり(二)

 王都ガンディオンは、平穏の中にあった。

 三大勢力のうち、帝国と聖王国が動き出したという話は、まだ一般には出回っていない。政府と軍部の一部の人間だけが知っていることであり、そこで、情報の流出は堰き止められていた。しかし、それもいつまでも持つものではない。いずれ、だれかが気づく。ガンディア上層部に流れる異様な緊張感や重厚な絶望感とでもいうべき空気の重さを思い知る。それがなんであるか、理解するまで時間はかかるまい。

 それに、情報は外からくるものだ。

 国外から聞こえてくる悲鳴まで、政府の力で握りつぶせるものではない。

 いまは、いい。

 いまは、これまで通りの平穏無事な日常が続いている。だれもが、この脳天気なまでの安穏たる日々が永遠に続くものと信じていられる。だれもが、ガンディアという国の歴史が未来永劫続き、小国家群という常態が失われることなどないと、想っていられる。

 それが常識だからだ。

 大分断以来、数百年に渡って続いてきた常識。

 それがいま、覆されようとしている。

 いや、既に常識の崩壊は始まっているのだ。

 小国家群の東西の国々が帝国、聖王国の軍勢に飲まれ、つぎつぎと滅ぼされているという事実は、小国家群という常態の終焉を示していた。わずかばかりの国土を争うだけが精一杯の小競り合いを戦国乱世といっていた小国家群の歴史は、三大勢力という巨獣の目覚めと進撃によって幕を閉じざるを得まい。

『三大勢力のうち、一勢力だけならばまだなんとかなったかもしれませんが』

 と、いったのはエインであり、アレグリアだ。

 二人軍師は、いう。小国家群の戦力を結集し、事にあたることができたならば、一勢力を撃退するということも不可能ではなかったかもしれない。ガンディアの全戦力、ガンディアの従属国、同盟国を含めた小国家群に属するすべての国の戦力をぶつけることができれば、大勢力の圧倒的な軍勢を撃退し、小国家群の平穏を取り戻すことも夢ではなかったのではないか。

 だが。

「ディールのみならず、ザイオンも動いたのよね」

 不意にミリュウが話しかけてきたのは、朝食を終えた後のことだった。王都への帰還の翌日だ。セツナがレオンガンドに謁見し、手に入れた情報は、ファリアたちの耳にも入っている。

 ファリアたちは、《獅子の尾》隊舎にいる。ファリア以外に、ミリュウ、アスラ、ルウファ、エミル、マリア、ゲイン=リジュールといった《獅子の尾》隊士は皆、隊舎に集まっていた。エリナもいる。彼女は、ミリュウの弟子であり、武装召喚師を本気で目指す彼女は、家族の元にいるよりもミリュウの側にいるほうがいいだろうという判断により、親元を離れていた。最初は、龍府を一時離れることになったサリスの願いを聞き入れただけだったが、いまは違う。

 ちなみに、サリスたちはいまも王都にいるということだが、エリナは会いに行ったりしなかった。それよりもミリュウの元で修行するほうが大事だと彼女は考えているようだ。

「ええ。そういう話よ」

「どうなるのかしら」

「わからないわね」

 ファリアは頭を振って、それ以上、その話を続けようとはしなかった。話しても、詮無きことだ。どれだけ考えたところで解決策は見つからない。話も、広げようがない。広げたところで陰鬱な気分になるだけだ。どうしたところで明るい話題ではない。

 絶望的な話なのだ。

「三大勢力が勢力圏を拡大するために侵攻してきたのなら、小国家群は終わりなんじゃあないのかね」

 マリアが腕組みして、いった。

「三大勢力はみずから作り上げた均衡を崩したんだ。それはつまり、もう均衡は必要ないと考えてるってことだろ?」

「小国家群をどれだけ多く勢力圏に飲み込むことができるか。それを競い合うってこと?」

「そして、もっとも巨大な勢力圏を築き上げた国が、大陸最大の国となって君臨する……と」

「まあ、それしか考えられないわよ、ね」

「ディールかザイオンにほかになんらかの理由があったのだとしても、ヴァシュタリアは、そうはいかないでしょう。なんてったって、ヴァシュタリアは、ザイオン、ディールの動きに触発されて動くんだもの」

「純粋な侵攻になる……か」

「北は、今頃戦場になっているのかもね」

「北っていうと、ベノアガルド?」

「アルマドール、ベノアガルド、ザイールン辺りね。アルマドールが落ちれば、つぎはマルディアよ。そしてアバード」

「アバードが滅ぼされれば、ついにザルワーン方面……ですか」

 ルウファが厳しい顔をした。隣に腰掛けるエミルは不安そのものの表情を浮かべている。ふたりは結婚式を挙げたばかり。幸福の頂点といってもいい。それなのに、この絶望的なまでに重い空気は、ふたりの幸福に暗雲をもたらすものだ。

「ええ」

 うなずいて、胸中、嘆息する。

(ほら、暗い話にしかならないじゃない)

 どう考えたところで、そうならざるを得ない。

 三大勢力が築き上げた均衡が崩れ去ったとなれば、均衡によって辛くも保っていた小国家群という常態が消し飛び、小国家群という安寧が失われるのは当然の道理だ。大勢力の目的がなんであれ、一度均衡が崩壊した以上、もはや止めようがない。

 そのとき、広間の扉が開いた。扉の影から顔を覗かせたのは、エリナだ。

「師匠……?」

「あら、どうしたの?」

「なにか、あったんですか?」

「なにかって?」

「なんだか重い雰囲気です」

「そう? そんなことはないわよ」

 ミリュウはエリナに向かって笑いかけると、椅子から飛び上がるようにして立ち上がり、室内に入ってきた少女に駆け寄った。そして、ファリアを振り返ってくる。

「ねえ?」

「ええ。なにもないわよ」

 同意を求められ、すかさず肯定する。エリナには、三大勢力の動きについてなにも話していなかった。当然だろう。エリナは、まだ子供だ。口の硬さは信用できるが、かといって、これほど重要なことを話せるわけもない。重みに耐えかね、だれかに話さないとも限らない。もっとも、彼女が隊舎の外に出ること自体、ほとんどないのだが、それでも彼女の心への悪影響を考えると、教えたくはなかった。

「エリナ。あなたは修行に集中なさい。武装召喚師になりたいのでしょう」

 ミリュウが、エリナの目の前で屈み、彼女の手を取った。

「セツナの力になりたいのでしょう。セツナの側で戦いたいのでしょう。そう、約束したのでしょう」

「はい」

「だったら、いまこそ修行に意識を集中させるべきよ。ほかのことは一切考えないで、とにかく修行に励むこと。だいじょうぶよ、あなたならやれる。あなたなら、武装召喚師になれるわ。だって、あたしの弟子だもの。あたしが見込んだ、あたしの弟子」

「師匠……!」

「あなたには才能がある。才能を実力として結実させる努力も怠っていない。熱意もある。夢も。だから、あたしはなにも心配していないわ。あなたは武装召喚師に必要な要素をすべて兼ね備えているもの。だからだいじょうぶよ」

「はいっ!」

 エリナは、感極まったようにミリュウの手を握り、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 ファリアはそんな師弟の様子を眺めながら、胸の奥が暖かくなるのを感じた。ミリュウは、セツナに関することでは暴走しがちだが、エリナのこととなると師匠としての顔が前面に出てくるのか、まるで別人のようだった。だからこそエリナもミリュウを師匠として心の底から慕い、敬服しているのだろう。そんなふたりの関係は、《獅子の尾》のだれもが微笑ましく見ている。

 マリアでさえ、頬を緩めていた。

 ファリアは、こんな日がいつまでも続けばいい、と想っている。

 だが、現実には、そうはならない。

 終りが近づいている。

 

「嫌な天気だな」

 エスク=ソーマは、芝生の上に寝転がったまま、遥か前方を流れる鉛色の雲の群れを睨んだ。《獅子の尾》隊舎の裏庭だ。彼は、彼の部下たちとともにセツナに付き従い、王都に入った。シーラ率いる黒獣隊、サラン率いる星弓戦団は龍府の戦力にと残されたが、エスクたちシドニア戦技隊は同行を許されたという形だ。

 それはエスクにとっては喜ぶべきことだった。

 エスクの望みは、セツナとともに戦うことであり、それ以外は眼中にない。セツナに龍府の防衛を任されれば仕方なく請け負っただろうが、望むところではなかった。

「まるでこの国の先行きを暗示しているようだぜ」

 エスクがぼやくようにいうと、野太い笑い声が聞こえてきた。

「めずらしく感傷的ですなあ」

「ああ? 俺はいつだって感傷的だぜ」

「ははは、ご冗談を」

「んだと」

 上体を起こし、ドーリンを睨む。すると、彼の手から放たれた矢が、裏庭の隅に立てられた的に向かって吸い込まれるように飛んでいった。見事に突き刺さる。弓聖サランが認め、イルダ=オリオンが惚れ惚れするほどの腕前は、さすがというべきだろう。

 その見事さに毒気を抜かれて、エスクは頭を掻いた。視線を巡らせる。戦技隊の紅一点が、奇妙な杖を手に意識を集中させている様が目に飛び込んでくる。レミルとホーリーシンボルだ。

「レミル」

「はい?」

 彼女は、閉じていた瞼を開き、こちらを一瞥した。額に汗が滲んでいる。

「……いや、なんでもねえ」

 エスクは、彼女の修行を邪魔した気になって、慌てて視線をそらした。

 ドーリンもレミルも、一心不乱に修練に打ち込んでいる。そのときが来ることを知っているからだ。絶対的な破滅が迫りつつあることを理解しているからだ。

 三大勢力が動き出した。

 三大勢力による小国家群への侵攻。

 それは、小国家群という常態の終焉を意味している。なにものにも抗えない。たとえ黒き矛のセツナがそのすべての力を費やしたとしても、数の前には滅びるしかない。

 終わりが忍び寄ってきている。

 だからこそ、ドーリンもレミルも、みずからの技を高め、鍛え上げようと必死なのだ。

 最後が近づいているからこそだ。

 エスクは徐に起き上がると、足元に転がった短杖を拾い上げた。ソードケイン。短杖の形状をした召喚武装は、いまやエスクになくてはならないものだった。この召喚武装が彼の死に場所をあざやかに飾り立ててくれるだろう。

(死に場所)

 彼は、にやりとした。

 ついにそのときが来るのだ。

 アバードで失った機会が、ついに訪れる。

 それは、自分たち以外の連中には望んでもいない瞬間だろうが、彼らには必要不可欠な瞬間に違いなかった。

 ラングリードとともに死ぬことはできなかったが、いや、故にこそ、セツナとともに死のう。

 エスクは、そう考えていた。


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