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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百八十四話 ラインゴルド

 堀にかけられた橋を渡りきると、閉ざされた門が待ち受けていた。もちろん、ただの門など、セツナの進路を阻むものではない。黒き矛を叩きつけ、破壊してやればいい。

 セツナが門に近づき、その堅固さを確かめようとしたとき、門扉がゆっくりと開き、中から武装を解いた軍人と思しきものたちが姿を見せた。セツナは、門を破壊せずに済んだことにはほっとしたものの、その老人たちの出現がなにを意味するものなのかわからず、訝しんだ。

「ガンディアのセツナ殿、ですね」

「……ああ。ガンディア王立親衛隊《獅子の尾》隊長セツナ・ゼノン=カミヤだ。ガンディア国王レオンガンド・レイ=ガンディアの意思を示すため、ここに参上した。ラインゴルド王の家臣なら、理解しているだろう」

「はい。重々、理解しております。申し遅れました。わたくしはラインゴルド陛下より星将の位を授かりました、シアン=イブルヘルンと申します。どうぞお見知りおきを」

「その星将閣下みずからお出ましとは、どういうことだ? 抵抗を諦め、降伏することに決めたか」

「それについては、門前で話すのもなんでしょう。どうぞ馬を降り、イシクスの中へお進みください。陛下もお待ちでございます」

「……わかった。案内を頼む」

 セツナは、わざと居丈高に応対することを心がけた。セツナはいま、ガンディアの意思としてここにいる。イシカを滅ぼすことを決めたのは軍師エイン=ラジャールだが、エインの意思はガンディアの意思も同じだ。レオンガンドがすべてをエインに任せているのだし、エトセアとの同盟を望むレオンガンドがエトセアの望みを知らないわけもない。そうである以上、イシカに対し下手に出る必要はなかった。彼らの怒りを買ったところで、どうでもいいことだ。

 どうせ、滅ぼす。

 そういう考えがあるからこそ、セツナは馬を降り、シアン=イブルヘルンらの後に続いてイシクスの城門をくぐった。

 

 イシクスは、静寂に包まれていた。

 ガンディアと戦闘状態にあるとも思えないほどの静けさは、異常であり、不穏というほかなかった。

「このたびは不幸な行き違いがあったようで、陛下もお心を痛めておいでなのです」

「ん……?」

 セツナは、シアン=イブルヘルンの顔を見上げて、眉根を寄せた。

「いま、不幸な行き違いといったから? 俺の聞き間違いか?」

「いえ、わたしが申し上げました。不幸な行き違い、と。はっきりと」

「行き違いなど、あるものかよ」

「あるのでございます。こうなったのもすべて、陛下の意思を汲まなかったものたちの暴走によるもの。陛下は、最初から、ガンディアに臣従するつもりだったのでございます」

「それは初耳だ」

「それはそうでしょう。陛下の意志が尊重されたことなどなかったといってもいい。それほどまでにこの国は狂っていた。正しく機能し始めたのは、つい先日のことなのです」

 シアン=イブルヘルンが語るイシカの真実をセツナは空々しい想いで聞いていた。シアンは、いう。ガンディアとイシカの関係が悪化したのは、ラインゴルド・レイ=イシカの意志とは無関係であり、ラインゴルドは最初からガンディアに従うつもりでいたのだ、と。ジゼルコートに与したのも、レオンガンド暗殺を企んだのも、ましてやヴァルターに兵を派遣したことだって、ラインゴルドが決めたことではなく、イシカを二分する勢力の陰謀によるものなのだ、と、シアンは大真面目に言い放った。それを聞いているシアンの部下たちも沈痛な面持ちであり、彼らがその言葉を信じ切っているように思えて、セツナは一瞬、彼が真実を語っているのではないかという考えに陥りかけた。

 無論、信用できるわけもなかった。

 そもそも、イシカが内部で二分されているなどという話は聞いたことがなかった。そんな話があったならば、ガンディアはとっくに突き止めているだろうし、ナーレスなどはその状況を利用して、イシカをガンディアのものとするべく鬼謀を巡らせたはずだ。サランの話によればイシカ内部でも政争があり、政争に敗れたサランたちは捨て駒にされるほどの扱いを受けたということだが、彼の話からも、イシカが二分されているということは聞かなかった。

 そのことを問うと、シアンは険しい顔になった。

「サラン=キルクレイドの話など、信じるべきではありませぬな」

 彼は、唾棄するようにして、いった。

「サランは、イシカを二分する勢力である弟王派に属し、事あるごとに陛下の意思を捻じ曲げてきた邪悪の権化。イシカとガンディアが不幸な行き違いの末、このような事態になったのも、すべてはサランたち弟王派の愚かさ故」

「弟王派……ねえ」

「ラインゴルド陛下には、双子の弟君がおられるのです。元より弟君のほうが才能豊かだと褒めそやされ、数多くの臣下が陛下ではなく、弟君こそ次期国王に相応しいと活動した。いまはなき先王が兄であるラインゴルドこそが王位を継ぐべしと仰られたがため、ラインゴルド陛下が即位なされたものの、弟君を推戴するものは減らなかった。陛下もまた、弟君の才覚を理解しておられたが故、気に病まれた」

「それで弟君の派閥が国を乗っ取るほどの勢力を得たってことか」

「はい」

「なるほど。話は理解できた。つまり、すべての責任は弟君――弟王派にあり、ラインゴルド陛下には一切の責任はないということだな」

 責任逃れをしようというのではないか。セツナは言外にそういった。すると、シアンは頭を振って、セツナの考えを否定した。

「一切の責任がない、とはいいますまい。ラインゴルド陛下は、この国の王であらせられます。王たるもの、国の行動に責任を持つのは当然のこと。しかしながら、イシカのこれまでの行動は、陛下の指示ではなく、弟王派の暴走によるものということを考慮していただきたい――ただそれだけのこと」

「そのわりには、俺を殺す気満々だったじゃないか」

 セツナがいったのは、さっきの戦いのことだ。武装召喚師ふたりは、明らかにセツナを殺すためだけに動いていた。セツナさえ殺せばあとはどうにかなるという考えが働いていたとしか考えられないような戦い方だった。

「ですから、それこそが弟王派の思う壺です。弟王派は、イシカを暴走させ、イシカ王家を滅ぼすつもりなのです。その上でガンディアに泣きつき、イシカ家を貴族として復活させようという魂胆のようでして」

「無茶苦茶だな」

「ジゼルコートの謀反に付き従うものにものの道理がわかるわけもございますまい」

 シアンのその言葉を聞いて、セツナは彼を一瞥した。白髭の老将は、ただまっすぐに前を見ている。その表情、言動には嘘は見えない。しかし、彼が語っている言葉のなにもかもが嘘くさいのだから、奇妙なものだ。

 やがて、静寂の市街地を抜け、王城へと至る。その間、セツナはずっと感知範囲の索敵を怠らなかったが、セツナに敵意を向けるものはだれひとりとしていなかった。狙撃兵がどこかに潜んでいる様子も、伏兵がいるわけでもなければ、イシクスの市民の姿はおろか気配さえなかった。まるで都市そのものが死んでいるような静けさが横たわっていたのだ。

 壮麗な作りの王城もまた、沈黙に包まれていた。

「陛下は、玉座の間でお待ちですが……」

 シアンが黒き矛を見ていた。

「これか。やっぱり、持っているとまずいか?」

「いえいえ。ただ、陛下はガンディアと話し合いをしたいだけでございます故、あまり物騒なものは持ち込まれるのはいかがなものか、と、わたくしなりに考えてしまっただけのこと。これはあくまでわたくしの考えであり、陛下はなにも仰られてはおりませぬのでどうか勘違いなさらぬよう」

「わかった」

 セツナは、シアンの言い訳染みた言葉を聞き流して、黒き矛を送還した。瞬間、あらゆる感覚が常人のそれに戻り、万能感が消えて失せた。

「お気遣い、感謝いたします。これで、陛下も安心して交渉の場に望めるでしょう」

 シアン=イブルヘルンの言葉に妙な引っかかりを覚えながら、セツナは、彼の後に続いて王城に乗り込んだ。


 城内は、町中とは違ってそこかしこに兵が配置され、使用人が歩き回り、文官の囁き声が聞こえたりしたものの、それでも静寂といっても過言ではないくらいの静けさは保たれていた。

 シアン=イブルヘルンに緊張感たっぷりに敬礼する兵士たちの様子を見る限りでは、シアンの肩書に嘘はなさそうだった。

 星将。

 おそらくイシカの最高位の将軍なのだろう。星剣兵団、星槍兵団、星弓兵団と星を冠する名称が多いのがイシカの特徴だった。もっとも、イシカに星という意味があるわけではない。古代言語で星はレコンであり、ログナーのレコンダールや、マルディアのレコンドールが星の名を冠する都市としてセツナの記憶の中にあった。

 その星の名を負う将は、王城に至るまでの間言い訳ばかりを並べ立ててきたものの、城に入ってからは突如として黙り込んだ。あとはラインゴルドと直接話し合って欲しい、とでもいうことなのかもしれない。

 城内は、広々とした空間が続いており、玉座の間まですぐに辿り着いた。玉座の間の扉は硬く閉ざされており、重装備の衛兵が門前に立っている。衛兵は、シアンの顔を見るなり慌ただしく扉を開いた。

 玉座の間は、その名の通りの広間であり、床の上には真紅の絨毯が敷かれ、その絨毯の行き着く先は段差となっており、段差の頂点に玉座が置かれていた。玉座の上にはラインゴルドが座っているが、セツナが最初に確認したのは、玉座の間にいるほかの人員の数だった。

 四十人はいるだろうか。だれもかれも武装しており、妙な緊張感が漂わせながら絨毯の両端に立ち並んでいる。

「シアン=イブルフェルン、ガンディアのセツナ・ゼノン=カミヤ殿をお連れ致しました」

「おお、待っておったぞ」

 玉座の人物が腰を浮かせたのは、シアンがセツナを連れてくることを待ち焦がれていたということを主張するための行動であることくらい、セツナにもわかった。なにもかもが馬鹿馬鹿しくて笑えなくなるくらいだった。なにもかも、そう、なにもかもだ。

「どうぞ、こちらへ」

 シアンに促されるまま、絨毯の道を進む。両側に立ち並ぶ重武装の騎士たちは、固唾を呑んで状況を見守っている。その様子からラインゴルドがなにを考えているのか、わかるようだった。玉座の間で話し合うたけならば、重武装の兵を並べる必要はない。シアンがセツナに物騒なものは遠慮して欲しいといってきてもいる。それなのに玉座の間には、槍を携え、剣を帯びた騎士たちが四十人ほども立ち並んでいる。

 考えられることは、ひとつしかない。

(殺す気か)

 セツナは胸中で吐き捨てた。舐められているとしかいいようがなかった。

「あなたが、セツナ殿か。黒き矛の雷名、聞き及んでおりますぞ」

 ラインゴルドは、そこから話を広げようとしたのかもしれない。話し合いによってセツナを油断させ、その隙を衝こうとしたのかもしれない。セツナは、そんな浅はかさを内心嘲笑った。

「……ラインゴルド・レイ=イシカ。わたしはガンディア国王レオンガンド・レイ=ガンディアの代理人として、ここにいる。そのようなやり取りに興味はない」

「……これは、失礼を」

 ラインゴルドは、セツナの無礼な振る舞いにも懸命に感情を押さえつけようとしていたようだが、神経質そうに歪む表情ばかりは隠しようがなかった。

「しかし、レオンガンド陛下の代理人というのであれば、なおさら、礼節が必要なのではありませんかな」

「時間をかける必要がない」

「なにを」

「わたし――いや、俺はイシカを滅ぼすためにここに来たんだ。いまさらなにを話し合う余地がある」

 セツナは、ラインゴルドの眼を睨み据えて、言い放った。ラインゴルドが衝撃を受けたように表情を強張らせる。

「話を聞いてはくださらぬのか」

「嘘八百並べ立てて、それを信用すると考えていたのなら大間違いだ。ガンディアの決定は覆らない」

 シアンが王城に至るまで紡いだ言葉のすべてを否定した。

「なぜです。イシカがガンディアを裏切ったのは――」

「裏切った理由がなんであろうと、陛下を裏切り、信頼を踏みにじった事実に変わりはない。弟王派? それがどうした。弟王派を制御できなかっただけのことだろう。あなたはここで死ぬ。イシカ王家は滅ぶ。たとえそれが弟王派の目論見どおりであろうと知ったことか」

「話し合いにも応じぬとは……傍若無人よな」

「……サランたちの家族を見せしめに投獄したあなたがいえたことか」

「それは、道理であろう」

 ラインゴルドが、厳かにいってくる。さっきまでとは異なる態度なのは、セツナが聞く耳を持たないと判明したからだろう。

「サランはレオンガンド陛下の暗殺を企み、失敗しただけでなく、ガンディアに降り、ガンディアの戦力と成り果てた。イシカへの背信行為というほかあるまい」

「陛下の暗殺を企み、サランに命じたのは、あなただろう」

「それはサランが言い張っているだけに過ぎぬ」

「あなたは潔白だと?」

「そういっている」

「……そんな言葉、信じると想っているのか?」

「サランの言葉は信じるに足る、と?」

「サランはともに死線を潜り抜けてきた間柄だ。あなたよりも余程信用できる」

「話しにならんな」

「それはこっちの台詞だ。ラインゴルド・レイ=イシカ」

 セツナが唾棄すると、ラインゴルドは表情ひとつ変えず、冷ややかに告げた。

「やれ」

 ラインゴルドが命じた瞬間だった。

 殺気とともにいくつもの気配がセツナに肉薄した。鋭い気迫は、並外れた技量の持ち主のものではない。

「そう来ると想っていたよ」

 セツナは、ラインゴルドを見上げたまま、ただただ呆れ果てるばかりだった。

 玉座のラインゴルドは、セツナの死に様を想像し、歓喜に表情を歪めていたからだ。

 


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