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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百八十話 エトセアの真意(二)


「セツナ様、かっちかちだったね」

 寝台に腰を下ろしたエリナが笑いかけてきたのを見て、セツナはようやく緊張から解放される想いがした。

 エリルアリムとの会談が終わったあと、エトセア軍の兵士に宿所まで案内されている。宿所は、星槍兵団拠点内の一角にある建物であり、以前は星槍兵団幹部が宿舎として利用していた建物らしかった。その二階をまるまるセツナたちに貸し与えるという太っ腹ぶりには、セツナたちも言葉を失った。案内してくれたエトセアの兵士は、この程度の待遇しかできないことを容赦願いたいなどといってきており、どこまで厚遇するつもりだったのかと考えてしまったりもした。

 セツナがいまいるのは、セツナが寝るための部屋だ。身の安全を考え、エリナも同じ部屋で寝ることになっている。もっとも、現在セツナの部屋には、会談に同席した全員が集まっているのだが。

「あれほど緊張している御主人様を見るのもなんだか久しぶりでございますね」

 レムが緊張を解すつもりなのか、セツナの肩を揉んできた。手慣れた動作は、普段からセツナの全身を指圧したりしてくれているからだ。セツナは椅子に座ったまま、背を反らして背後の彼女を覗き見る。

「仕方ねえだろ。なんだかとんでもない威圧感だったんだから」

 エリルアリムのことだ。

 美貌の女将軍は、やはりセツナよりも年上だけのことはあり、戦歴も物凄まじいものがあるのだろう。王女――つまり王族でありながら将軍として軍を率いるだけでなく、エトセアからイシカまでの遠征もこなすほどの人物。威圧感があって当然というべきなのだろうし、セツナが迫力負けするのも当然なのかもしれないが、それにしたって差がありすぎなのではないか、と想うのだ。

「そりゃあセツナ様だって緊張しますよ。相手はエトセアの第二王位継承者で、突撃戦闘軍の最高司令官、将軍、バレルウォルン領伯だそうですからね。ま、肩書だけなら、セツナ様も負けてないはずなんですが」

「負けてないのかねえ。なんだか自信がなくなるぜ」

「なにいってるんですか」

「だってよお、俺にあんな迫力なんて出せねえし」

 エリルアリムの顔を思い出して、肩を落とす。確かに王族や貴族を思わせる整った顔立ちではあった。美人で、それでいてセツナが緊張を覚えるほどの迫力を持っている。威圧しているわけではないのだろうが、そう感じるほどの圧。並大抵の人物ではない。

 と、レムがセツナの横に回り込み、右腕を持ち上げた。優しく、強く、両手の圧を加えていく。ゆっくりとだがしかし確実に、筋肉の緊張が解きほぐされていくのがわかる。

「そりゃあセツナ様はまだ若いですし」

「そうでございますね。まだまだ子供でございますし」

「悪かったな、子供で」

「そんなことないよ、わたしから見たら立派な大人だよ」

「エリナだけだよ、そんな風にいってくれるのはさ」

「えへへ」

 エリナの笑顔に癒やされながら。レムの指圧が終わるのを待った。


「イシクスさえ落とせば、それで終わりか」

 小さく、囁くように、セツナはいった。夜更け。エリナが寝入ったこともあり、静寂を保つ必要があった。レムがエリナの側にいるのは、彼女が中々寝付けなかったからだ。興奮していたのだろう。そんな彼女を寝付かせるために、レムはエリナの相手をしてやっていた。いまはようやくエリナが眠りに入ったところだった。

「はい。ニシェ、ユルビア、ズノウといった西側の都市は、メレドに任せます」

「切り取り次第っつってたな。いいのかよ」

 いまさらながら、再度、問う。イシカを切り捨て、滅ぼすということは、ガンディアの国土を広げる好機でもあるのだ。それをメレドにくれてやるというのは、問題ではないのか。セツナが気になったのは、それによってガンディアが不利益を被ることではなく、エインが責任問題を追求されるようなことにならないかどうかだ。エインはイシカへの対応について一任されている。今回の出来事のすべての責任は彼にあるということだ。もしそのことでガンディアが不利益を被れば、彼に責任を問う声が上がったとしても不思議ではない。

「国土はこれ以上増やす必要は別にないんですよね、ガンディアって。いまでも十分なくらいの国土はありますし、これ以上広げても内政に割く時間が増えて、小国家群統一のために割ける時間が減ってしまいかねない。だったらメレドに発破をかけて切り取らせてしまうほうが、効率がいい。メレドは、少なくとも国益を損なうようなことでもない限り、ガンディアを裏切ることはないでしょうし」

「それはそうだが」

「なにか、疑問でも?」

「軍師様の責任問題に発展しないのかが心配なんだよ俺は」

「ああ、そういうことですか。セツナ様はお優しいですな」

 エインの軽い反応に、むっとする。

「茶化すなよ」

「茶化してませんよ。本当に、嬉しいだけです。そういう気遣い。でも、心配無用ですよ。ガンディアはいまや一枚岩となりました。陛下の考えに反対するものはいませんし、陛下が俺に一任した以上は俺のいうことや考えを信頼してくれる方々ばかりです。こればかりは、ジゼルコートの謀反に感謝しませんとね」

「感謝……か」

「反レオンガンドを掲げる愚か者は消え失せ、ガンディアはいまや陛下の意思の元に統一された。独裁国家だなんだという声も聞かれますが、小国家群統一を目指すのであれば、陛下の意思が隅々まで行き届く現状のほうが遥かにいい」

「ま、俺は政治のことはわからないから、なんともいえないがな」

 ジゼルコートの謀反とそれに続く連鎖反応のような事態。さまざまなことがあり、失ったものもある。セツナの中では許せない出来事だったし、奪われた命のことを考えると、到底認めることのできないことでもあった。それはそれとして、ジゼルコートの謀反のおかげでエインたちが好き勝手できるというのは、認識しなければならないということも理解している。

 ジゼルコートが謀反を起こさなければ、反レオンガンド派を一網打尽にすることはできず、延々と足を引っ張られ続けていた可能性も高い。

「難しいことは考えなくていいんですよ。政治については、俺もわからないことだらけですし」

「軍師殿がそれでいいのかよ」

「政治も軍事も人事もなにもかも手広く完璧にこなしていたのは、ナーレス様だからです。俺は、ナーレス様にはなれませんからね。政治は、政治家の方々にお任せします」

「俺と同じか」

「ええ」

 エインは屈託なく笑うと、話を戻した。

「イシクスが落ちれば、それら都市の常駐軍の士気も低下するでしょうし、メレド軍だけで制圧可能でしょう。なんなら、エトセア軍に協力を仰いでもいい。あの様子なら、イシカを滅ぼすためなら協力を惜しまないでしょう」

「ガンディアは協力しない、と」

「無駄に戦力を消耗したくはありませんし、なによりセツナ軍ですからね」

「うん?」

「いくら自由に動かせるからと行って、無茶ばかりさせるのは気が引けるってことですよ」

 エインのその一言に、セツナはきょとんとした。思わぬ言葉だった。

「まさか軍師様からそんな言葉が聞けるなんてな」

「なんですかそれ」

「明日は雪が降るかもしれませんね」

 とは、レム。エリナは、彼女の隣でとっくに深い眠りについている。

「夏ですよ」

「雪かー楽しみだなー」

「どういうことなんですか」

 エインのささやかな悲鳴を聞き流しながら、セツナは朗らかに笑い続けた。

 そうして、夜は更けていく。


 会談は、無事に終わった。

 執務室に戻った彼女は、ようやく緊張から解放されたという思いとともに椅子に座った。

 広い執務室は、元々はイシカ星槍兵団分隊長のものだが、エトセア軍がバドラーンに入った日には彼女のものとなっていた。イシカは、エトセア軍のご機嫌取りのため、彼女たちをとことん厚遇した。その結果、星槍兵団から不満の声が上がるとは思っても見なかったのだろう。いや、それを理解していたも、エトセア軍のご機嫌取りのほうが重要だと考えたのかもしれない。

 室内には、王女付きの侍女たちのほか、外交官クガ・サヤン=シーダがいる。会談に同席した騎士たちには休息を命じてある。

「クガ」

「なんでしょう」

 クガは、物怖じすることなく、エリルアリムの目を見据えてくる。彼には、昔からそういうところがあった。柔和な顔つきに似合わない挑戦的な態度が、彼女は気に入っていた。

「おまえは、どう見る」

「どう、とは?」

「彼が本当にガンディアの英雄と謳われるほどの人物か否か」

「それはまだわかりかねますな」

 クガは

「しかし、あの方がセツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド・セイドロック様であることは、間違いありますまい」

「……長い名だ。わたしもひとのことはいえんがな」

「仕方がないことです。地位、立場、役割――肩書が増えれば増えるほど、それを示す名は長くなります。わたしのような身軽なものですら、余計なものがついている」

「余計なものか」

「我が国でしか通用しない名、ですゆえ」

「外交官のおまえには確かに不要かもしれんな」

 エリルアリムは、隠すことなく本音を告げるからこそ、クガ・サヤン=シーダを重用している。そんな彼だからこそ、エトセアの外交を任せることができるのだ。もちろん、外交の場では、必ずしもそのようなことはない。本心を隠しながら相手の真意を引きずり出すことこそ、交渉の真髄だ。

「とはいえ、ヒエルナ大監獄を半日もかからずに制した手腕、見事というほかありませんな」

「戦力から考えれば当然だが……まあ、賞賛するべきではある。おかげでガンディアの真意を疑う必要もなくなった」

 ガンディアは、ヒエルナ大監獄への攻撃によって、イシカの敵となった。元よりそうなる可能性は低くなかったものの、交渉する構えを見せていたこともあり、半信半疑なところがあった。それが、大監獄への攻撃により明確化した。もはや後には引き返せないし、引き返すつもりもあるまい。

 ガンディアは、同盟国メレドとともにイシカ領ラドゥラに戦力を差し向けている。それも数日以内に制圧する見込みだという。あとは首都イシクスを制すれば、イシカは国としての体裁を失い、滅びの道をひた走ることになるだろう。

「我らはガンディアとの同盟を結び、小国家群統一を加速させることこそ使命。そのためならばどのような手段も用いよう」

 それが、国是でもある。

「とはいえ、父君の考えにはついていけぬこともあるな」

 沈み込むようにいうと、クガがおそるおそると言った様子で口を開いた。

「あの件……でございますか」

「ああ。まったく……いくら娘のためとはいえ、相手の気持ちも考えるべきだ。ガンディアにはまだいっていないだろうな?」

「はい。同盟が成立してから、折を見て提案しようかと」

「しなくてもいいが……」

「王命ですので」

 ピシャリと言い放ってくるのも、クダ・サヤン=シーダだからこそといえる。普通、エトセアの王女にして将軍たる彼女にこうも堂々と物言いできるものではない。

「くっ……」

「心中、お察し致します」

 クガの一言にエリルアリムは目を細めた。

 国のためだ。

 エトセアという小国をさらに発展させ、同時に小国家群を存続させるためには、ガンディアという大国との協調が必要だ。ガンディアは周辺諸国と同盟を結び、あるいは従属させることで勢力を拡大し続けている。飛ぶ鳥を落とす勢いとはまさにこのことであり、そのことは小国家群の多くの国が知っていることだ。内乱によって足を止めたとはいえ、すぐに失った勢いを取り戻すことは明白だった。

 彼女の父親にしてエトセア国王ラムルダルカは、ガンディアに触発される形で国土拡大の方針を打ち出した。エトセアが小国家群においてガンディアに次ぐ規模の国にまで発展したのは、ガンディアが小国家群の均衡を破ってくれたおかげであり、なればこそラムルダルカはガンディアとの同盟を熱望した。ガンディアこそエトセアが手を取るに相応しい国であると認識し、そのためならばあらゆる手段を講じるべきだと考えていた。

 その手段のひとつのことを、彼女は考えている。

 そしてそれを考えるたび、気が重くなるのだ。



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