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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百七十八話 イシカという国

 大監獄制圧の翌日、セツナたちは今後のことを話し合うべく軍議を開いた。

 軍議には、大監獄内作戦会議室を使い、セツナ軍首脳陣とメレド軍首脳陣、それに星剣兵団長リゲル=リージュが参加した。星剣兵団の身柄は拘束するのではなく、戦力として利用するというのがエインの下した結論だったのだ。

 軍議は、軍師エイン=ラジャールの独壇場だった。それこそ軍議を開く必要さえないのではないかというほどのものであり、彼が立案した方針を再確認するためだけのもののように想えた。実際その通りだったのだろうし、そのことそのものに問題もなかった。

 大監獄襲撃と制圧は、ガンディアによるイシカへの宣戦布告同然であり、ガンディアの明確な意思表示となった。エインは、これをイシカがジゼルコートに与したことに対する報復措置とし、イシカがガンディアに降伏しない限り、戦闘行動を続けると明言した。メレドにはその協力を求め、メレド王サリウス・レイ=メレドは当然の如く了承、星剣兵団もエインの指示に従うこととなった。

 エインは、これら軍勢をイシカ征討軍と呼称。ガンディア王レオンガンド・レイ=ガンディアの威光を貶めんとするイシカを征し、討伐するための軍であると高らかに宣言したのだ。

 最終目標はイシカの首都イシクスの制圧とイシカ王家を滅ぼすことと定めた彼は、ヒエルナ大監獄を拠点に軍勢を二手に分けることとした。ひとつは、ヒエルナ大監獄を北上し、大都市バドラーンの制圧を担当する部隊で、こちらにはセツナ率いる小隊が当たることとなる。

「小隊?」

「ええ、少数で構いませんよ。むしろ、ラドゥラのことを考えると、バドラーンに余計な戦力を割きたくはありませんからね」

「バドラーンにはエトセアの軍、一万と星槍兵団一千が入っていますが……」

「だからですよ」

 彼は、なにも知らないリゲル=リージュに向かって、穏やかな笑みを返した。

「エトセアは我々の味方ですから、余計な戦力は不要なんです」

「エトセアが……味方……!?」

「イシカは、とっくにエトセアに見捨てられていたということです」

「そんな馬鹿な……」

「イシカがガンディアに対して強気だった理由は、エトセアという軍事大国が支援してくれるという確信があったから。ですが、その確信が思い過ごしであり、エトセアの真の目的がガンディアとの融和、同盟であるということは、リゲルさんも知らなかったようですね」

「思い過ごし……だと」

「まあ、体よく利用しようとしたのが、エトセアの怒りを買ったのでしょう。エトセアとしては、最初からガンディアと関係を結ぶためにイシカに立ち寄り、ガンディアと同盟を結んでいるからイシカとも友好関係を築いた。それをイシカは勘違いした。内乱中ということもあり、エトセア軍がイシカから動けなかったということも影響しているんでしょうが」

「勘違いにしたって、お粗末よね」

「本当に」

 ミリュウの言いようにエインが苦笑する。

「しかしながら、ガンディアとしては、その勘違いはありがたいことではありました」

「どうして?」

「イシカの真意を知ることができたんですよ」

「なるほど」

「イシカのガンディアとの同盟は、メレドがガンディアと組み、イシカ領に攻め込んでくることを恐れたものに過ぎなかった。そのことは、我々も把握していましたし、同盟の理由なんてそんなものでも構いませんでした。なぜなら陛下の望みは、小国家群をひとつの勢力にすること。そのためならば清濁併せ呑み、すべてを受け入れるくらいの覚悟がなければなりません」

 エインが語るレオンガンドの心構え、考え方によって、セツナはいろいろと納得できた気がした。レオンガンドが掲げる小国家群統一の構想について、いまいち理解できていないところがあったのだが、それがすっきりとわかっていく、そんな気がしたのだ。

「そのまま沈黙してくれているのなら、どんな理由であれ、良かった。しかし、イシカは、ガンディアに服したわけでもなんでもなく、国土拡大の野心さえ抱いていた。ジゼルコートの謀反に乗じ、アバード領に侵攻したのもその一端でしょう。アバードはガンディアの属国。ジゼルコートにとっては不要な国だったはず。どのようにしてもいいとお墨付きでももらってたんじゃないですか」

「ひでえ話だな」

「ジゼルコートは謀反を確実なものにするためにかなりの無茶をしているはずですから、それくらいの約束をしていたとしても不思議ではありませんよ。ザルワーン方面も、ジベルにくれてやったのかもしれませんし」

「そこまでしなければジベルのハーマインも靡かなかった、ということでしょうな」

「ええ。そして、そこまでしてもサリウス陛下は動かないと判断したからこそ、メレドには交渉を持たなかった」

「ジゼルコート伯の見る目は正しかった、ということでしょう。策謀が一切漏れなかったということは、彼を裏切ったものがひとりもいないということなのですから」

 サリウスが目を細めた。ジゼルコートは、彼が自分に靡くわけがないと見抜いていたということであり、謀反に同調するものとそうでないものを見抜くだけの眼力があったのは確かだ。しかし、その眼力でもってすら、エリウス=ログナーとデイオン=ホークロウの真意を見抜けなかったのは、どういうことなのか。

 エリウスとデイオンの演技力が凄まじかったのか。それとも、ジゼルコートの眼力も、絶対ではなかったのか。

「さすがはガンディア一の政治家、というべきでしょうね」

 エインが嘆息したのは、そのガンディア一の政治家がもはやこの世にはおらず、ガンディアの政治がどうなるか、多少の不安が生まれたからだろう。しかしながら、ひとつの心配の種はなくなっている。反レオンガンド派という足を引っ張るだけの存在が消えてなくなったことで、政治の停滞は完全に近くなくなったといってもいいからだ。そのことは、エインがもっとも喜んでいることでもあった。

「ともかく、エトセアという強力な後ろ盾を得たと勘違いしたイシカが、その強情な態度によって真意を教えてくれたことで、ガンディアはようやくイシカを滅ぼす覚悟ができたというわけです」

「それは道中散々話したことだよな」

「そうですね」

「バドラーンの少数はどうするんだ?」

「エトセア軍、星槍兵団と合力し、バドラーンを制圧、イシクス侵攻の準備に入ってもらいます」

「は……?」

「エトセア軍はともかく、星槍兵団と合力?」

「バドラーンの星槍兵団一千は、分隊長デゼルト=シファーが率いていますが、そのデゼルト=シファーは調略済みなんですよ」

 エインが事も無げに告げると、リゲル=リージュが愕然とした。彼だけではない。会議室にいただれもが驚嘆を隠せなかった。

「いつの間に……?」

「エトセアの外交官殿がガンディアとの同盟の手土産に、とね」

「外交官が?」

「まあ、実際に調略したのは別の方なんでしょうが、アレグリアさんからの手紙にはそこまで詳しく書かれていませんでしたしね。とはいえ、これでバドラーンは既にこちらのものだということがわかっていただけるでしょう」

「ああ。ラドゥラに戦力を集中させる理由もな」

 総計約一万一千の軍勢がバドラーンで待っているというのだ。首都イシクス攻略にはそれだけでも十分過ぎる戦力であり、ラドゥラ攻略に現有戦力の大半を当てるほうが合理的だ。

「無論、バドラーンにはセツナ様に行ってもらいます」

「俺?」

「そりゃあもちろん、この征討軍の総大将はセツナ様ですからね」

「お、おう」

「じゃあ、あたしたちも……」

「ミリュウさん、ファリアさん、黒獣隊、シドニア戦技隊、星弓戦団、星剣兵団、メレド軍の皆様方は、ラドゥラ攻略に当って頂きます」

「ええ!?」

「了解した」

 不満を爆発させるミリュウとは対象的なのが、サリウスの返事だった。澄み切った湖面のような透明ささえ感じるほどに静かな反応。エインはミリュウを黙殺し、サリウスに目を向けた。

「指揮はサリウス陛下にお任せしても、よろしいでしょうか?」

「ええ、喜んでお受けいたしましょう」

「ラドゥラを攻略した暁にはメレドのものにして頂いても構いませんよ」

「軍師殿は、ひとの動かし方を心得ておられる」

 サリウスがにやりとすると、エインも微妙な笑みを返した。

 軍議は、その後、サリウス主導で行われた。主にラドゥラ攻略に関する議論が展開されたが、無関係なセツナはミリュウの不満を受け止めることに注力した。ミリュウが不満を覚えるのもわからないではなかったし、彼女のわがままも聞き届けてやりたかったが、軍師の方針に異を唱えるわけにもいかず、この戦いが終わったら彼女のわがままを聞くということで落ち着いた。


 彼女は、軍議の途中からずっと、隣の席の様子が気になって仕方がなかった。ラドゥラ攻略に関する戦術談義は白熱し、サリウスを始め、エイン、サラン、リゲル、エスクなどが地図を囲んでやりあっている。そんな中、彼女の隣では猫なで声を発する大きな少女が軍議に参加もせず、セツナの膝にもたれかかっていた。

「なんていうかさ」

「ん?」

 ふと気づくと、ファリアのすぐ後ろにシーラが立っていた。彼女も軍議に参加していられるような精神状態ではなかったらしい。

「俺らの主って、ミリュウにだけ甘くねえかな」

「そう想う?」

「ファリアは想わねえのかよ」

「想わないわね。特別、ミリュウにだけ甘いだなんて」

 ファリアは、シーラの不満顔に苦笑を返すしかなかった。確かにミリュウにばかり優しくしているように想えなくはない。だが、セツナが彼女だけを特別扱いしているとは、到底想えなかった。

「誰に対しても甘すぎるくらいには甘いわよ。なんだったら、あなたもセツナ様に甘えてみたら? きっと、応えてくれるわよ」

「な、なんで俺が甘えなきゃなんねえんだよ。俺はセツナの近衛だっての」

「だったら文句いわない。セツナだって、ちゃんとわかってくれているわよ」

「なにをだよ」

「あなたの気持ち」

「はあっ!?」

 シーラが素っ頓狂な声を上げるのを聞きながら、腰を上げる。セツナの肩に触れ、それだけで席を離れることを伝える。セツナはこちらを見て、軽く頷いた。伝わっている。それだけのことが、彼女にはこの上なく嬉しい。

「お、俺の気持ちって、なんだよ!? なあっ、おいっ!?」

 背後から聞こえてくる悲鳴のような叫び声を聞き流しながら、ファリアは、鼻歌交じりに会議室を出た。

 セツナの周囲というのは、いつだって賑やかだ。

 その賑やかさは、ときにうるさく感じることもあるが、多くの場合、心を豊かにしてくれるものであり、生の実感を与えてくれるものであったりする。

 ここが居場所なのだ。

 ファリアは、確信の中で、会議室の中をもう一度だけ、見遣った。黒獣隊幹部になだめられるシーラの様子や、ミリュウのことでレムにからかわれているセツナの姿に、彼女はくすりと笑った。

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