表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1578/3726

第千五百七十七話 大監獄の夜

「リゲル=リージュ殿、ですね」

 エイン=ラジャールが前に立つと、さすがのリゲルも緊張した面持ちになった。

「ああ……あなたがガンディアの軍師殿か」

 軍師エイン=ラジャールの名は、周辺諸国に知れ渡っている。軍師ナーレスの薫陶を受けた人材ということも、ナーレスが見出した逸材だということもだ。

「はい。エイン=ラジャールといいます。わたしがここにいるということは、セツナ軍の軍事行動がガンディアの意思であることを証明するものでもあります。それは、わかっていただけますね」

 こくりと、リゲルがうなずく。

「ガンディアは今日までイシカと交渉を続けてきました。イシカがジゼルコートに与し、サラン=キルクレイドを用いて陛下を暗殺しようと計画したこと、内乱に乗じ、アバード領に侵攻したことについての弁解を求め、説明責任を果たしてほしいといってきました。しかし、イシカ政府は、我々の要求に応えるどころか、サランおよび星弓兵団の返還を求める始末。さらにはガンディアに所属することとなった星弓兵団の家族を政治犯収容施設に投獄し、我々を挑発。いくら平和主義者であらせられるレオンガンド陛下も、これには激怒なされた」

 エインの説明に、セツナはファリアたちと顔を見合わせた。

(平和主義者……?)

(陛下が?)

(まあ、国内の平穏を優先するという意味なら、そうかも)

(結局、力に訴えるのを平和主義者と呼ぶのでしょうか?)

 などなど、こそこそと言い合いながら、エインとリゲルの話し合いに耳を傾ける。

「ガンディアは、イシカの一連の行動を挑発行為と受け止め、相応の態度で臨むことを決定。その手始めとして、このヒエルナ大監獄に投獄された皆さんを解放することにしたのです」

「その結果、イシカとの全面戦争になっても構わぬ……と?」

「ええ。勝算はあります。というより、我がガンディアがイシカ如きに負けるわけがありませんからね。そのことは、あなたもよくご存知でしょう」

 エインが試すようにいうと、彼はただ押し黙った。

「ともかく、降参していただけたのなら、つい先日投獄されたという星弓戦団のご家族を解放していただきたいのですが」

「あ、ああ……すぐに手配しよう」

「無事、ですよね?」

「もちろんだ。イシカでは、処刑することが禁忌とされているためにこの大監獄が作られた。この大監獄に投獄されれば、死ぬまで出ることは出来ないが、逆をいえば死ぬまでは生きていられるということだ。食事も与えられるし、働きたいのなら仕事もある。むしろここで生活するほうがいいのではないか、という罪人もいるほどだ」

「へえ……」

「想像していたのとは全然違いますね」

「禁忌とされているのは、処刑だけではないのだ。罪人への暴行、虐待も禁じられている。どれほどの罪を犯したとしても、な。そして星弓兵団の家族は投獄されたばかり。今朝見た限りでは健康そのものだったよ」

「それを聞いて安心しました」

 エインがリゲルに向かって、にこやかに告げた。

「もしご家族が無事でなければ、あなたの命はなかったかもしれない」

 彼の真に迫る声音にリゲルが言葉を失ったのは、いうまでもない。


 その夜、曇り空に晴れ間が生まれ、夜の闇にわずかに星が瞬いていた。風は温く、肌を撫でていく。大監獄中に焚かれた火が閑散とした市街地を明るく照らし、ひとびとの喜びの声が騒々しいまでに満ち溢れている。大監獄に収容されていた星弓戦団の家族、三千四百名あまりが解放され、星弓戦団員たちとの再会を喜びあったのだ。リゲルのいう通り、収容されたうち、だれひとりとして健康を害するものもいなかった。家族の話によれば、大監獄での生活は、決して快適とはいえないものの、悪いともいえないほどのものだったらしい。

 ヒエルナ大監獄は、セツナ軍とメレド軍の制圧下に置かれ、星剣兵団は両軍の監視下に入った。星剣兵団長リゲル=リージュは、数多の部下の亡骸を埋葬するべく手配したあと、今後はセツナたちに従うと明言した。ガンディアが本格的にイシカの敵に回ると決まった以上、従う以外の道はないと悟ったようだった。

 星剣兵団そのものがセツナの支配下に入り、それらを今後の戦いの戦力に組み込むことも考えられるようになったのは、大きい。

「一先ずの目的は達成したな」

「皆無事で良かったわねぇ」

 ミリュウはそういうとあくびを漏らし、胡座をかいたセツナの足に上体を預けるようにした。セツナは振り払おうともせず、髪を撫でた。ミリュウは酔っ払っており、そのまま眠るつもりだろう。戦場とは異なる市街地で開かれた宴は、戦いを終えた戦士たちの喉を潤し、腹を満たし、睡眠欲を掻き立てている。

 宴は、いまも続いていた。黒獣隊、戦技隊、星弓戦団、メレド軍の将兵が入り乱れて、酒宴を満喫している。そんな中、星弓戦団のだれもが、家族との数カ月ぶりの再会を心から喜び、涙し、感激している。そんな光景を遠目から眺めているだけで、セツナはなんだか涙が出そうだった。

「ミリュウがあんなこというなんて、めずらしいわね」

「そうなんですか?」

「他人のことなんて気にしないんだから」

「ああ、そういうことですか。でも、お姉さまは昔から、わたしやメリルのことをよく見てくださっていたのですよ」

「きっと、それが彼女の本当なんでしょうね」

 ファリアは、彼女の膝を枕にして眠る少女の髪を撫でながら、微笑む。エリナだ。エリナは、戦闘開始からずっと、軍医や荷駄とともに後方に待機していた。無論、護衛もつけている。さすがのミリュウも彼女を実際の戦場に連れて行くという暴挙には出なかったということだ。

「魔龍窟さえなければ……」

 と、ファリアがつぶやいた。魔龍窟さえなければ、ミリュウの人格は歪まなかっただろう。少なくとも、親類縁者を殺さなければ生きていけない地獄で十年を過ごすのと、五竜氏族のお嬢様として十年を過ごすのとでは、性格も言動もなにもかも違っていたにはずだ。

「ですが、魔龍窟がなければ、わたしやお姉さまは、皆様と出逢うことさえなかったはずですよ」

「そう……なのよねえ」

「お姉さまは、いまの人生を楽しんでいますし、セツナ様と一緒にいられることを心の底から喜んでいるようですし……魔龍窟があってよかった、とは決していえませんが」

「そう……よね」

 ファリアが静かにうなずくのを聞きながら、眼下に視線を戻す。ミリュウは完全に寝入っている。どんな夢を見ているのか、口元が緩んでいた。どうにも幸せそうな寝顔で、彼女がそんな風に眠ることこそ、セツナにとっての幸せなのだと実感する。

「セツナ様、ここにおられましたか」

 不意に声をかけてきたのは、サランだ。

「探しましたぞ」

 見ると、ひとりではなかった。男性と女性を連れている。男性のほうは、どこかサランに似た雰囲気があった。二十代後半から三十代前半といったところ。温和な表情だが、目つきがサランのそれに似ている。セツナのその感じかたは、彼の発した言葉によって正解であることが判明する。

「父上、こちらの方が?」

「ああ、セツナ様だ。いまや我が主である。挨拶せよ」

「申し遅れました。わたくしはサラン=キルクレイドの息子、ソロウ=キルクレイドと申します。セツナ様については、父上からもよく聞いておりました。こうしてお目にかかれる機会があるとは思いもよりませんでした」

 ソロウはそういうと、隣に立つ女性を示した。

「彼女はシュリカ。わたくしの妻で、この子はシュナ。わたくしとシュリカの娘です」

 娘とは、彼が抱き抱えた子供のことだ。二、三歳くらいだろうか。女の子で、ソロウの腕の中で眠りこけていた。夜中だ。子供が起きているには辛い時間帯だ。

「セツナ様、わたくしどもを助け出して頂き、まことにありがとうございます」

 シュリカがいうと、ソロウともども深々と頭を下げてきた。

 セツナは、座って聞いているのもなんだか偉そうな気がしたが、ミリュウを寝かせていたくもあり、動くに動けなかった。仕方なく、そのまま対応する。

「座ったままですまない」

「いいえ、お気になさらず」

 サランがにこやかにいう。

「サランの家族も、投獄されていたんだな」

「ええ。当然でしょう。わたくしだけ特別扱いしてくれるわけもありませんからな」

「そりゃあそうか……」

 だとすれば、サランは、自分の家族が投獄されたことを知っていて、イルダたちの暴発に否定的な見解を示していたということになる。それはつまりサランは、自分や自分の家族がどうなるかよりも、主であるセツナやセツナの属するガンディアに問題が及ぶことを考えたということだ。その結果、家族がこの大監獄で生涯を終えることになっても構わない、と、彼は覚悟を決めたのだろう。サランの心中を想えば、その覚悟がどれほどのものか、痛いほど伝わってくるようだった。サランもきっと、イルダたちと同じ気持ちだったに違いない。家族なのだ。救い出したいと思って当然だ。

 同時に、セツナは、イシカが死刑を禁忌とする国で良かった、とも想った。もしイシカが死刑を認める国であれば、サランの家族を始め、星弓戦団の家族は皆、処刑されていた可能性がある。たとえすぐに執行されなかったとしても、見せしめにひとりやふたり処刑されていたとしても不思議ではない。そうなっていれば、取り返しのつかないところだった。

 だれひとり欠けることなく解放され、家族と再会できたことは、セツナにとっても喜ばしいことというほかなく、ほっとすることでもあった。

「こうして我が子らと再会できたのも、すべて、セツナ様のおかげ。セツナ様にはなんとお礼を申し上げればよいか……」

「本当に感謝のしようがございませぬ」

「そこで、我が子ソロウには今後、セツナ様の配下として働かせたく思っているのですが、いかがでしょう」

「わたくしは父上のような弓の使い手ではございませぬが、白兵ならばお手の物でございます故、セツナ様のお力になれること間違いございませぬ」

「この自信家をどうか、セツナ様の配下にお入れいただきたい。そして親子ともども、この御恩を変えさせていただきたいのです」

「サラン……」

「どうでしょうか」

「俺の配下に加わりたいというものを無碍に断ることはないよ」

「ありがたき幸せ」

「セツナ様、ソロウ=キルクレイド。これよりはあなた様を主君と仰ぎ、戦い抜くことを約束いたします」

「ああ、ソロウ=キルクレイド。よろしく頼む」

「はっ」

 娘を妻に預け、深々と敬礼するソロウには、やはり座ったままでは不格好だと想ったセツナだった。


「なんだかんだいいながら、板についてきたわね」

 ファリアが囁くようにいってきたのは、サランたち家族が去ってからのことだ。市街地で開かれている宴は盛り上がる一方で、歌声や話し声がそこら中から聞こえてくる。盛り上がるのも仕方のないことだ。星弓戦団員たちにとっては家族との久々の再会であり、家族にとっては地獄のような世界から救出されたということもある。それ以外のものたちにとっては勝利の宴だ。盛り上がらないはずもない。

 そんな中で、セツナたちは宴会場とは少し離れた物陰で休んでいる。

「なにがさ」

「領伯様としての振る舞いよ」

「そうかな」

「そうよ」

「だったらいいけど」

 セツナは、ファリアに褒められたことが嬉しくて、笑顔を隠さなかった。すると、

「セツナ様あっ!」

 大声を上げながら駆け寄ってきたのは、イルダ=オリオン率いる星弓兵団員たちだ。

「団長に聞いて駆けつけました!」

「我々、今後も粉骨砕身、セツナ様のために働く所存です」

「どうか、なんなりとお申し付けください」

「あ、ああ……そこまで感謝されるのも、どうなんだか。感謝するなら、エインにしてやってくれよ。軍師様がいたからこんな勝手ができたわけだしさ」

『はっ!』

 星弓戦団員たちは、異口同音に返事をすると、深々と敬礼してセツナの前から去っていった。その様子を見ながら、つぶやく。

「本当、エインさまさまだよな」

 軍師エイン=ラジャールは、戦後、休む間もなく事後処理に走り回っており、いまも働いているらしい。彼ほどの働き者はいないのではないか、と思う反面、彼ほどの働き者でなくては軍師は務まらないのだろうと確信もする。

「たとえ軍師様がいなくても飛び出してたんじゃないの」

「どうかな」

「そうに決まっているわ」

「信用ねえの」

 ぼやくと、ファリアが笑いかけてきた。

「ある意味信用してるわよ。君のそういうところ」

「はは……ありがたいんだかありがたくないんだか」

「感謝しなさい」

「ははー」

 平伏するような気持ちでいうと、頭上から笑い声が降ってきた。

「うふふ」

 仰ぐと、闇に溶けるような黒髪の少女がこちらを覗き込んでいた。レムだ。

「なんだよ」

「御主人様とファリア様が仲良くされているだけで、下僕としては安心なのでございますよ」

「なにがよ」

「そうだよ、なにがだよ」

「これでカミヤ領伯家の将来も安泰だ、と」

 レムの笑顔の一言にファリアは絶句し、セツナも言葉を失った。

 そんな風にして、大監獄の夜は過ぎていった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ