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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百六十九話 終わりの始まり

 大陸暦五百三年七月三日。

 皇城・謁見の間にニーウェは通された。ニーウェただひとりだけで、家臣たちはついてくることも許されなかった。心細くはあったが、皇帝シウェルハイン・レイグナス=ザイオンの身の安全を考えれば、当然のことで、文句もなかった。

 謁見の間は、円形の広間だった。広間の外周には立派な円柱が立ち並び、半球型の天井を支えている。天井まではかなり高く、壁に設けられた窓から日光が入り込み、光の雨となって謁見の間に降り注いでいた。また、壁には無数の魔晶灯が設置されており、日光の入り込まない時間帯、天候の際は、それら魔晶灯の光が照明となった。

 ニーウェを謁見の間に案内したのは、近衛騎士団長ミルズ・エルス=ザイオンであり、彼が謁見の間の奥まで先導してくれた。

 ニーウェは頭部全体を覆う仮面を付け、その上で正装をしている。異形化した半身は、ある程度ニーウェの思い通りに変形する。そのため、衣服を着る上で邪魔になるということはない。ただ、醜悪な化け物であることに変わりはないため、ひとに見せることはできなかったし、見せるべきではないと判断している。異界化した半身は、一種の皇魔といってもいい。それくらいの禍々しさがあり、ひと目見て邪悪と判断されたとしてもなんらおかしくはなかった。

「ニーウェ・ラアム=アルスール様、お連れいたしました」

 ミルズが、その場に跪く。

 ニーウェもそれに習った。

 前方、権威的な玉座があり、そこにひとりの老人が座しているのがわかった。謁見の間にいるのは、その人物だけだ。ほかに護衛もいなければ、妃たちや皇子たちがいるわけでも、重臣が顔を並べているわけでもない。

 ただひとり、鎮座している。

 シウェルハイン・レイグナス=ザイオン。現皇帝であり、ザイオン帝国の支配者である。かつて黒く美しかった頭髪は見事なまでに真白く染まっているのだが、表情やまなざしからは年老いたという感じは受けなかった。むしろ、壮健そのものであり、双眸から発せられる理知的な輝きは、老いを感じさせないものだ。隆々たる体躯は、常にそれを維持することを怠っていないことの証明であり、彼が帝国皇帝に相応しい人物であることはだれの目にも明らかだ。黒と金を基調とする豪奢な装束と頭部に頂く冠が、皇帝であることの証明として輝いて見えた。

「ご苦労。下がってよい」

「……はっ」

 ミルズは、なにか言いたげなようだったが、即答し、立ち上がった。こちらを振り返り、ニーウェの目を一瞥してきたものの、やはりなにもいわず、謁見の間を去っていった。

 ニーウェは、ミルズの靴音が聞こえなくなるまで跪いたまま、シウェルハインの靴を見ていた。高級品としか言いようのない靴は、皇帝のためだけに作られたものだ。黒を基調とし、金細工で装飾された長靴。芸術的な美しさがある。

 やがて、ミルズの靴音が聞こえなくなると、謁見の間の扉が閉じる音がした。

 しばらくの沈黙があった。皇帝とふたりきりということもあって、緊張感はいやますばかりであり、重圧がニーウェの全身に襲い掛かってくるかのようだった。

「ニーウェ・ラアム=アルスール」

「はっ」

 返事の際、ニーウェの声がわずかに上ずったのは、緊張の極致に達そうとしていたからだ。顔を上げる。鈍く輝く金色の目が、こちらを見ていた。超然としたまなざし。まるで心の底まで一瞬で見抜かれたような、そんな感覚がある。シウェルハインが片手を掲げた。手招きする。

「これへ、来よ」

「は……?」

「近う寄れ、というておる」

「……は、ただいま」

 ニーウェは予想だにできない事態に驚きながらも、すぐさま立ち上がり、数歩、近づいた。再び、跪く。

「もっと、だ」

「は……これで、よろしいでしょうか?」

「もう少し」

 促されるまま近寄ると、玉座まであと二歩ほどの距離になり、ニーウェの緊張は限界に近くなった。相手は皇帝なのだ。無礼があってはならないし、どのようなことが無礼になるかもわからない。皇帝の気分次第というところさえある。ほんの些細な失態が重大なものになりかねないのだ。緊張もしよう。重圧も感じよう。胃も悲鳴をあげよう。

「そうだ。それで、よい」

 シウェルハインは、満足そうにうなずいたが、ニーウェには父がなぜ自分を近くに呼んだのか、まったくわからなかったし、早々に離れたいと思わざるを得なかった。

「これで、そなたの眼がよく見える」

 シウェルハインの言葉の意味も、わからない。

「眼……でございますか」

「そうだ。そなたが見てきたものを見るためには、こうするほかあるまい」

「え……?」

 きょとんとすると、シウェルハインが目を細めた。命じてくる。

「仮面を取るのだ」

「……しかし」

「話は聞いている。異形化した半身を見せよというておる」

「は」

 有無をいわせぬ迫力に、従わざるを得なくなる。

 ニーウェは、速やかに仮面を外し、脱いだ。仮面を脇に抱え、素顔を晒す。シウェルハインが険しい顔になったのは、異形の半身が想像以上に凶悪なものだったからに違いない。ニーナや三臣たちは受け入れてくれているものの、ほかの多くのものは、ニーウェの素顔を見れば驚き、恐れ戦くものだ。そして、恐怖を拭い去ることはできないのが普通だ。

「……それが異形化か」

「はい」

「ふむ。確かにおそろしく禍々しい。仮面で覆わねば、混乱を呼んだやもしれぬ。ニーウェよ、そなたの判断は正しいといえよう」

「お褒めに預かり、光栄です。陛下」

「そしてその眼はなにを見た」

 シウェルハインの双眸が光を発したような錯覚があった。いや、錯覚だったのか、どうか。本当に光を発したのではないか。ニーウェの頭の中に混乱が生じたのは、金色の目が発光した瞬間、なにかがニーウェの意識を貫いたからだ。一瞬、思考がずたずたに引き裂かれ、なにもわからなくなった。一瞬。一瞬だけだ。つぎの瞬間には、なにかが貫いたという感覚も、引き裂かれたという感覚もなくなり、もとに戻っていた。錯覚としか言いようがない。

「おお……おお!」

 シウェルハインが身を乗り出し、興奮していた。両手がニーウェの肩を掴み、両目がニーウェの両目を覗き込んでいる。金色の目。超然とした輝きを帯びた不思議な瞳。魅入られ、飲み込まれる。動けない。反応できない。なにもわからなくなる。

「そうか。そこに……あったのだな」

 シウェルハインの声だけが聞こえた。

「やはりそうか。やはりそなただったのだ。運命の子は、そなただったのだ。あの日、あのとき、あの夜、そなたの母に感じたものはなんの間違いでもなかったのだ」

「なにを……仰っておられるのです……か?」

 ようやく声を絞り出すことができたのは、シウェルハインが肩から手を離し、ニーウェを解放したからなのかもしれない。

「そなたが我が帝国に栄光をもたらしたということだよ」

 シウェルハインのまなざしが異様なまでに優しくなっていることに気づく。違和感がある。シウェルハインがそのような表情を見せたことは、一度だってなかった。生まれたときから今日に至るまで、ずっと、だ。失望めいた表情ばかりが記憶にある。

「ニーウェ。そなたはなにを望む?」

「わたくしの望み……ですか?」

 唐突な質問に、混乱する。シウェルハインがなにを考えているのか、まったく理解できない。

「そうだ。そなたの望みだ。どのようなものであろうと叶えよう。そなたがつぎの皇帝になることを望むのであれば、それもいい。ニーナとの結婚を望むのであれば、すぐにでも許可しよう。国を持ちたいというのであれば、それもよかろう」

 シウェルハインがニーウェの願望を言い当てるように、いう

「ザイオン帝国こそがこの世を統べるものとなった暁には、そなたのあらゆる願いを叶えようではないか」

「陛下……?」

「そなたは、運命の子。我が帝国に幸運を運び、勝利を約束してくれた。である以上、そなたの望みは、すべてに優先するべきだ」

 シウェルハインが玉座から立ち上がり言い放った言葉の意味が理解できないまま、不可解な事態が進行しているのだという事実に胸騒ぎが収まらなかった。

 そして、不可解な事態は、より深刻なものへと加速度的に変化していくのだが、ニーウェはまだ、知らない。

 


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