第千五百六十一話 イシカの思惑(二)
「ジベルのことはもう決着が着いただろうか」
レオンガンドは、木剣を翻しながら、つぶやいた。
獅子王宮・練武の間。
彼の剣術の師匠ともいうべきバレット=ワイズムーンが訓練用の防具を身に着け、眼前に立っている。レオンガンドも同じ防具を着込んでおり、頭全体を包み込む形状の防具のせいで視界は悪かった。耳も聞こえづらくなる。そのせいでこの防具は不評であり、訓練で使われることはほとんどなかった。それでもレオンガンドとバレットが着込んでいるのは、万が一のためだ。バレットは剣の達人であったし、レオンガンドもそれなりには使える。互いに互いを傷つけないように気を使うことは忘れないものの、万が一という事態は起こりうるのだ。訓練で負傷し、後遺症が残るなど、笑い話にもならない。
「軍師エインのこと。とっくに決着がついているものと思われます」
「では、龍府に向かった頃合いか」
「おそらく」
と、レオンガンドの質問にいちいち答えてくれるのは、アレグリア=シーンだ。現在、二人軍師の一翼を担う彼女も、剣術を嗜んでいる。軍団長だった彼女は、剣、槍、弓、馬と一通りの武術を人並み以上にこなせる実力者だ。しかし、血が出るような実戦となると、途端に実力を発揮できなくなるといい、軍団長として後方で指揮を取るのが性に合っていたという。ナーレス=ラグナホルンが彼女を参謀局に引き抜いたのも、軍団長として前線に出すよりも後方にて戦術を練ったりするほうが彼女に合っているだろうと見抜いたからにほかならない。そして、アレグリアがナーレスの提案を受け入れたのも、参謀局ならば血を見ずに済むからだ。
「セツナたちは、どうかな」
「軍師エインならば、ジベルとの交渉のため、セツナ様を御利用なされた可能性も高いでしょう。軍師エインは、セツナ様贔屓故」
「セツナ贔屓は君もだろう」
レオンガンドは、苦笑とともにバレットとの間合いを図った。バレットも、当然、木剣を手にしている。バレットが放つ剣気は凄まじく、対峙しているだけだというのに緊張感で全身が汗だくになった。バレットは、昨年の御前試合でセツナに敗北を喫して以来、物凄まじいまでの鍛錬を繰り返しており、御前試合のころよりもさらに強くなっているのだ。
「否定はしませんが、それをいうのであれば、陛下御自身も、でございましょう」
「いうものだな」
笑うしかなかった。
そして、事実として、認める。
だが、それは致し方のないことだろう。
セツナほどガンディアの勝利に貢献したものをレオンガンドはほかに知らなかった。セツナはあらゆる戦いにおいて多大な戦果を上げてきたのだ。ガンディアがこうして強国として君臨していられるのは、なにもかもすべて、黒き矛のセツナのおかげであり、セツナがいなければ、現在のガンディアはなかったのはだれの目にも明らかだ。ナーレス=ラグナホルンという才能だけでは、こうはならなかった。いや、そもそも、セツナがいなければ、ナーレスを救い出せたのか、どうか。
「軍師エインがジベルの交渉にセツナ様を利用されたのであれば、セツナ様を伴って龍府に向かった可能性は高いでしょう」
「ふむ……」
木剣を握る手に力を込める。
「ということは、だ。イシカの問題も早々に片付くということか」
「はい」
アレグリアの間髪を入れぬ返事は、彼女がエイン=ラジャールという才能を心より信用しているということにほかならない。ガンディアの二人軍師は、まるで一心同体であり、互いに互いの才能、実力、人格を信頼しきっているようだった。ふたりとも、ナーレスの元で薫陶を受けたということが大きいのだろうし、才能同士、惹かれ合うものがあったのかもしれない。
そしてそんなふたりだからこそ、この国のことを任せていられるのだ。
「イシカが片付けば、つぎはベノアガルドか」
レオンガンドは、イシカの問題が速やかに片付くことを前提に、告げた。
「はい」
アレグリアも、なんの疑問も抱いていない。
それはそうだろう。
イシカがガンディアに対し強情な理由が判明し、それが虚勢となることが確定したのだ。イシカは、ガンディアに屈さざるを得なくなる。
「そういえば、王女殿下は元気にされておられるか?」
「はい。先程も、ナージュ殿下、イスラ殿下とともに王家の森を散策するのだと、仰っておられました」
「そうか。それは良いことだ」
レオンガンドは、アレグリアの返答の速やかさに満足感を覚えた。アレグリアが多くのことを把握していることに対して、だ。
王女殿下とは、ユノ・レーウェ=マルディアのことだ。彼女は、マルディアの使節団の一員として、再び王都ガンディオンに訪れていた。マルディアはガンディアに全面的に謝罪することを表明しており、ガンディアと友好的な関係を結ぶための使者として、王女みずからが足を運んできたということだ。ガンディアとしても、マルディアと友好関係を結ぶことに問題はなかった。マルディアの内情が大きく変わったことも知っているからだ。ユグス政権が倒れ、ユリウス王子が実権を握った以上、ガンディアが再び裏切られることはあるまい。
その上、マルディアは、ユノを人質としてガンディアに差し出すとまでいってきたのだ。従属関係を結ぶわけでもないというのに、だ。そこまでしなければ一度失った信用を取り戻すことはできないというユリウスの考えには、レオンガンドも心を打たれた。
ユノは現在、マルディアからの人質として、この王宮で過ごしている。
同じ人質であるイスラとはすぐ仲良くなり、ナージュとも親しくしていることは、レオンガンドとしても喜ばしいことだった。
人質だからこそ、心安らかな生活を送って貰いたいと想うのだ。
「ベノアガルドは……交渉に応じてくれるだろうか」
「セツナ様の証言を信じるのであれば、可能性は見出だせましょう」
「……ああ」
ガンディアのベノアガルドに対する行動指針は、すべて、セツナの証言を元にしている。
ベノアガルドが救世を標榜し、そのために活動しているのであれば、ガンディアと友好関係を結ぶことを厭わないはずだ。
ガンディアと友好関係を結ぶということは、彼らが執着していた黒き矛を味方にするも同義なのだから。
「この書簡、王都から俺宛に届けられたものなんですが」
エインは、手にした書簡をひらひらと振り回した。その一言に、セツナの中に疑問が生まれる。
「なんでまた龍府に?」
エインが振り回している書簡は、天輪宮に届けられたものだ。まるでエインが龍府に到着する日時を予想していたかのようであり、その予想がぴたりと当たったとしか言いようがない。
「そりゃあ、アレグリアさんが俺が龍府に来ることを予期したからに決まってるじゃないですか」
「なるほど」
「そもそも、ジベルが片付いたらイシカを処理しろって話ですしね」
「扱き使われてんなあ」
「それが軍師のお仕事ですから」
「室長時代より忙しそうだな」
「何倍もね」
彼は屈託なく笑ってみせる。その表情に疲れは見えなかった。むしろ、軍師に任命され、受諾した以上、扱き使われることこそ望んでいるのかもしれない。前任の軍師ナーレス=ラグナホルンも、その生命が燃え尽きるまで、軍師としての役割を果たそうとしていた。そういう人間でなければ、軍師になれないのだろう。
そのうえで、彼と彼女は疲れを見せない。
セツナの中にエインとアレグリアへの尊敬の念が生まれるのは、そういうところだ。
「それで、この書簡は陛下からの指示書だったわけでして」
「陛下からの?」
「イシカのことも、俺に一任する、とのことです」
エインは、自信たっぷりといった表情で告げてきた。ジベルに続き、イシカのことまで任されるということは、それだけ彼がレオンガンドに信頼されているということだ。エインならば対処を間違えないと信じ切らなければ、全権を委任することなどできまい。
「つまり、ガンディアとイシカがどのような関係になろうと構わない、ということです。もちろん、ガンディアが不利益を被らないような結果にしなければ、俺の責任問題になりますけどね。まあどのみち、イシカとは上手くいきそうにありませんから、どうなろうと知ったことではないんですが」
「そこまでぶっちゃけていいのかよ」
「ええ、構いませんよ。イシカの底は知れましたから」
彼の一言一言の威力が凄まじい。
セツナは、少しばかり驚いて、反芻した。
「イシカの底……?」
「イシカがガンディアに対して強気な態度を取っていることは、ご存知ですよね?」
「知ってるー。なんでか強気なんで、不気味がってるんでしょ?」
ミリュウがセツナの左腕をこれ見よがしに抱きしめながら、いう。エインへの牽制のような態度に、エインは目を細めたが、すぐさま真面目な顔に戻った。
「ええ、そうだったんですよ。イシカの国力は大したことがなく、ガンディアの敵にはならない。それなのにイシカは、ガンディアに対し、強気な態度を取り続けている。陛下の暗殺未遂はサランさんが勝手にやったことだ、とか、ジゼルコートに与したことなどない、とか、星弓兵団を返せ、とか」
「星弓兵団の家族を投獄、とかな」
セツナがついさっき聞いたことを付け足すと、エインは静かに頷いた。
イシカの国力が大したことがないというのは、セツナでも知っていることだ。小国家群の勢力図を見れば、一目瞭然だ。イシカの領土というのは、ガンディア本土と同程度かそれ以下くらいしかない。無論、リジウルを含めてだ。その程度の領土から算出される国力、持ちうる戦力では、現在、ガンディアが動員しうる戦力に対抗できるわけもない。もし、ガンディアがイシカの態度が許せぬと軍を動かせば、たちどころに滅び去るだろう。それくらいの、絶対的な戦力差があるのだ。
それなのに、イシカは、ガンディアに対して強気な姿勢を崩さないのだという。
ジゼルコートの謀反に賛同した国の中で、イシカのような態度を取った国はほかにはなかった。アザークはいままで通りに振る舞おうとしているが、それでもイシカとは比べるべくもない。ラクシャもジベルもガンディアと敵対すまいと必死だったし、マルディアもそうだ。ガンディアを敵に回せばどうなるか、わからないわけがないのだ。
滅びるよりほかはない。
だというのに、イシカはガンディアに謝罪するどころか素知らぬ顔であり、サランたちを返せとまで宣う始末。イシカの強気がどこから来るのか、ガンディア政府は疑問だった。
「……とにかく、ガンディアを挑発するようなことばかりをしていましたから、ガンディアとしては不気味だった。イシカ程度の国がガンディアに対してそこまで強気でいられるのには、何らかの理由があるはずで、その理由が判明するまでは迂闊に手を出すことはできませんからね。だから、イシカへの対応は慎重を極めていたんです」
「さきにジベルを片付けたのはそのためか」
エインやガンディア政府がジベルの始末を優先した理由に納得する。
「もし万が一イシカがベノアガルドの騎士団と繋がっていたら、目も当てられないでしょう?」
「ああ……そうだな」
イシカが強気な理由が騎士団ならば、これほどおそろしいことはない。どちらもジゼルコートの謀反を利用していたのだ。裏で繋がっていたとしても、なんらおかしくはないのだ。だが、エインの口ぶりから、どうやらそうではないらしいということが伺える。もし騎士団が背後についていたのであれば、彼は軽々しく口にはしないだろう。むしろ、星弓戦団のことは諦めろ、といってくるに違いなかった。
軍師エインは、それくらいの冷酷さは併せ持っている。
「しかし、そうではありませんでした。イシカがここまで強気だったのは、イシカが大国エトセアと協力関係を結んでいたからなんですよ」
「エトセア……?」
「エトセアってあれですよ、“剣聖”の旦那が一時期身を寄せていた」
「ああ……聞いたことがあるな」
「小国家群北西の国ね。ここ数年で一気に膨張したとか」
ファリアの説明によって、セツナの脳裏に小国家群の勢力図が浮かび上がった。大陸小国家群最北西に位置する国。ヴァシュタリア共同体、神聖ディール王国という二大勢力に南北を挟まれるような形状をした国だということは覚えている。現在の勢力がどれほどあるのかまではわからないが、話によれば、相当に膨張したらしい。
「ガンディアほどではありませんが、ガンディアのつぎに巨大な国です」
「なるほど。その大国の後ろ盾があったからこそ、強気だった、と」
「しかも、エトセアの軍がイシカに滞在しているそうで」
「それで、ガンディア軍が攻め寄せてきても対応できる、と踏んでいたわけだ」
エトセアの軍がどれほどのものかはわからないが、イシカが自信を持つほどだ。相当な戦力がイシカ領内に入っていると見ていいのだろう。と、そこで疑問が浮かぶ。
「あれ、だったら変だな」
「はい?」
きょとんとするエインではなく、憮然と状況を見守っているサランに視線を向ける。
「そんなこと、サランが知らないのはおかしくないか?」
「いったはずですよ、セツナ様。我々は敗残者。そのような情報、我々に下りてくるはずもない」
「そんな大事な話、聞かされていなかったのか……」
セツナは、愕然とした。サランは、弓聖と呼ばれ、国王の片腕のように尊ばれていたのではないのか。確かに彼は先程、みずからを政争に敗れた敗残者だといったが、だからといって、そこまでの扱いを受けるものなのか。
「酷い話だな」
「ですが、我々を捨て駒にする以上、余計な情報を与えないのは当然のこと。万が一、ガンディアに寝返る可能性を考慮していないはずもない」
「そりゃあそうだけどよお……」
シーラは納得ができないとでもいいたげだった。彼女は、サランの心情を察したに違いない。
サランはそんなシーラの想いを受け止めながら、表情ひとつ変えなかった。
「エトセアがどのような国にせよ、確かにベノアガルドの騎士団よりは与し易いのは確か。されど、エトセアを敵に回すのは、ガンディアの今後の戦略上、問題になるのではありませんか?」
「ええ、まあ、そのとおりなんですよねえ。エトセアは現在も国土を拡大し、戦力を増強している国。このまま膨張を続ければ、いずれはガンディアに匹敵する国となるでしょう。そんな国と敵対関係になるのは、望ましくない」
「じゃあ駄目じゃねえか」
「そうよ、駄目じゃない」
セツナの言葉を真似するようにミリュウがいうと、エインがなんだか妙に嬉しそうな顔をした。
「んっふっふー、実は、そうでもないんですよね」
「どっちなんだよ」
「そうよ、どっちよ」
またしてもミリュウが真似をすると、ファリアがこちらを見た。なにか言いたげだったが、エインが口を開く。
「エトセアは、イシカを切ろうと考えているようなのです」
「イシカを切る?」
「エトセアは、イシカよりもガンディアを取った、ということです」
「なんでまた」
「エトセアは、元々ガンディアと交渉するための架け橋として、イシカを利用するつもりでいたんだそうです」
「ほう」
「へえ」
「イシカも踏んだり蹴ったりね」
「ざまあみろって感じよね」
「確かに」
言いたい放題な部下や配下に、セツナは内心苦笑したが、同じような感情を抱いたのは確かだ。
「しかし、エトセアの使者がイシカに辿り着いたのは、ついこの間――四月の頭だそうでして」
「謀反の真っ只中だったわけね」
「そんな状況下ではガンディアと交渉することなどできず、経過を見守るよりほかなかったわけです」
「そりゃあそうか」
「イシカとしては、そのままジゼルコートが勝ち、エトセアとジゼルコートが交渉する仲介をしようと企んでいたわけね」
「そうなりますね」
エインはファリアの発言にうなずき、さらに話を続ける。
「しかし、そうはならなかった。ジゼルコートは倒れ、イシカとガンディアの間には不和が生まれた。エトセアとガンディアを取り持つことは不可能となったわけです」
「それで、なんでまたイシカが強気なるんだ?」
「そうよ。エトセアはこっちと交渉したかったんでしょ?」
「イシカは、エトセアが味方してくれるものと信じたのでしょう」
「はあ」
セツナはミリュウと顔を見合わせ、互いに微妙な表情になっていることを認めあった。
「エトセアとしては、ガンディアと交渉の場さえ設けられればいいわけですから、イシカに滞在し、ガンディアとの関係が改善するのを待っていた。イシカは、それを自国を応援してくれているものだと勘違いした――そんなところでしょうね。エトセアの使者は、いくら待っても改善しそうにない事実に業を煮やし、イシカ領をこっそりと抜け出し、陛下に会われた」
エインの想像だけを聞く限りでは、イシカがなんとも間抜けで哀れに想えるが、自業自得としかいいようのないことだ。エトセアとの繋がりを頼りにレオンガンドを見限ったのだろうし、エトセアの真意を見抜けなかったイシカが愚かだということにほかならない。
「エトセアとしては、ガンディアと協力関係を結びたいと考えていて、そのためにもイシカをなんとかしてほしい、ということでして」
「なんとか……って、どういうこと?」
「エトセアとガンディアの同盟の邪魔をされるのは、鬱陶しいということですよ」
「……つまり、ガンディアでイシカを処理して、その上でようやくエトセアと同盟を結ぶことができるってことか?」
「そういうことです」
エインは、セツナの質問を肯定すると、サランににっこりと笑いかけた。
「ちょうどよかったですね。これで、公然と星弓戦団の皆さんを救えますし、家族の皆さんを助け出すことができます」
「皆を……助ける」
サランは、やや呆然としながら、つぶやいた。実感が沸かない、というような表情だ。
「ええ。ヒエルナ大監獄から救い出し、ガンディアで保護します。イシカがなんといってこようと、挑発してきたのはあっちですからね。報いを受けていただきます。そして、底が知れた以上、恐れるものはなにひとつありません」
エインの断言は、いかにも心強かった。エインの頭の中には、イシカの反応が無数に浮かんでいるのだろうし、それに対する策も無限に湧き上がっているのではないか。相手がどのような反応を見せようとも、それに完璧に対処できるのであれば、確かに恐れる必要はなくなる。
「そうと決まればすぐさま出発しないとな。イルダたちは三日前に出ていったって話だ」
セツナは、ミリュウの腕を解きながら立ち上がり、エインを一瞥した。エインはにこにこしたまま頷き、セツナの行動を支持してくれた。すると、ミリュウも立ち上がった。
「今度は、あたしたちも行くわよ。いいでしょ? 軍師様」
「えーと……《獅子の尾》は、ですね……」
エインはというと、《獅子の尾》の同行は遠慮願いたいというような反応だった。《獅子の尾》は王立親衛隊であり、セツナ軍とは異なる組織だ。軍師の一存で動かしていい組織ではない。セツナの龍府行きやセイドロック行きに同行することができているのは、《獅子の尾》もまた長期休暇中であり、自由行動が許されているからにほかならない。その自由も、軍事行動となれば、話は別だ。当然の話だろう。
「《獅子の尾》が駄目なら、今日、たったいまからあたしはセツナ軍に所属するわよ!」
ミリュウが憤然と言い放つも、エインはむしろ想像通りというような表情だった。驚いたのは、ファリアのほうだ。彼女は、ミリュウの発言が想像もつかなかったのだろう。茫然をしながら、立ち上がったミリュウを見上げていた。
「ミリュウ、あなた……」
「ファリアは、いいの? 《獅子の尾》にこだわってちゃ、セツナの力になれないわ。あたしはそんなの、絶対に嫌だからね」
「わたしは……」
「ではわたしも、セツナ様の配下になりますわ」
と、ミリュウの背後から彼女の手を握ったのは、アスラ=ビューネルだ。アスラはミリュウに惹かれてガンディアに降ったも同然なのだ。ミリュウの行動に従うのは予期できる。なんの頓着もないのは、ミリュウしか見ていないからだろう。
「いいのか、そんな勝手なこと」
「問題ないですよ、なにひとつ。なんならファリアさんも、セツナ軍に入られませんか?」
「軍師様がそんなこと仰って構わないんですか?」
ファリアが驚いたのは、エインが至極あっさりと、なんの問題もないかのようにいうからだ。しかし、エインのほうこそ、ファリアの反応に驚いたかのようだった。
「なんの問題が? 別にファリアさんたちがセツナ様の配下になったからといって、《獅子の尾》を辞めなければならないわけもありませんし、なんら問題ありませんよ。俺としては、使える戦力が増えるだけありがたいわけで」
「そりゃあ……そうか」
エインの説明に、セツナは納得した。確かに彼のいうとおりではある。
「ええ。セツナ様の家臣と《獅子の尾》は両立します」
エインの言葉には、室内にいるだれもが理解を示しただろう。セツナの家臣になったからといて、王立親衛隊を辞めなければならないわけもない。問題はレオンガンドがそれを認めるかだが、レオンガンドほど懐の広い男が、その程度のことを認めないはずがなかった。
「それなら……わたしも、セツナ軍に入ろうかしら。そのほうが、いいのよね?」
「ええ。セツナ様も、そう想いますよね?」
「ああ」
即答すると、ファリアがきょとんとこちらを見た。それからなぜか顔を赤らめたので、セツナは不思議に想った。
「決まりね!」
ミリュウが歓喜の表情を見せたのは、実に彼女らしい反応だった。
かくして、ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリア、ミリュウ・ゼノン=リヴァイア、アスラ=ビューネルの三名は、七月三日付でセツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド・セイドロックの家臣となった。
これによりますますセツナ軍の戦力は強大化したものの、エインは、むしろ喜ばしいことだといった。セツナ軍の戦力はすなわちガンディアの戦力なのだ。ファリアたちがセツナ軍に入ったからといって、ガンディアの戦力が低下するわけではない。
エインが自由に使える戦力が増えただけ、彼にとっては喜ばしいことなのだ。




