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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百六十話 イシカの思惑

 大陸暦七月三日。

 ガンディア王国ザルワーン方面龍府に到着したセツナたちは、夏の光に照らされた古都の町並みを進み、天輪宮に入った。龍宮衛士による出迎えを受け、ファリアやミリュウとの再会を喜んだ。特にミリュウは全身でセツナを歓迎し、セツナをたじろがせるに至る。グレイシアが十数日ぶりの再会に感激したのもそのときだ。

 それから、天輪宮内を歩いているときのことだった。

 サラン=キルクレイドが駆け寄ってきて、おもむろに話しかけてきたのだ。

「セツナ様」

「どうしたんだ?」

「イルダや星弓戦団の皆が見当たらぬのです」

「見当たらない? どういうことだ?」

「それがまったく見当もつかず……」

 サランは困り果てた顔をしており、彼にはまったく理解できないという様子だった。セツナにもなにが起きているのか、想像もつかない。

 イルダとは、イルダ=オリオンのことだ。サランの直弟子であり、弓の名手であり、星弓兵団の団長を務めていた女性だ。セツナ配下の星弓戦団においては副団長であり、龍府に残しておいた星弓戦団を任せていた。サランが頼りにするほどの人物だ。セツナも信頼していたのだが。

「まさか裏切ったなんてことは……ねえよな?」

 エスクがサランを横目に睨むと、弓聖が頭を振り、シーラが彼を睨みつける。

「まさか。イルダがそのようなことをするわけもありません。ましてや、イルダの部下たちが彼女をそのように誘導することなど考えられない」

「……セツナ様。そのことについて、お話があります」

 と、慎重に声をかけてきたのは、セツナたちを先導してくれていた龍宮衛士隊長リュウイ=リバイエンだ。彼が口を開くとミリュウに妙な緊張が走るのだが、構わず、セツナは問いかけた。

「なにか、知っているんだな?」

「はい」

「なにがあったんだ?」

「それが……」

 リュウイは、深く静かに語りだした。

 リュウイがいうには、星弓戦団が龍府を飛び出していったのは、三日前のことだという。

 三日前、つまり六月三十日、星弓戦団を揺るがす情報が飛び込んできたというのだ。

 それは、イシカから飛び込んできた報せだった。

 イシカ政府は、星弓戦団の家族親族を罪人に認定、ヒエルナ大監獄に投獄したというものだ。その情報を耳にした星弓戦団の団員たちは、いてもたってもいられなくなり、龍府を飛び出していったのだという。おそらく大監獄に投獄された家族を救うためだろうというリュウイの推測は、正しいのだろう。

「星弓戦団の家族を投獄? そんなことをして一体何の意味があるんだ?」

 セツナが疑問を口にしたのは、天輪宮泰霊殿大広間に場所を移してからのことだ。腰を落ち着けてから話し合うほうがいいと判断した。

「意味などありますまい」

 サランが、目を細めて、いった。すぐにも激発しそうな感情を抑えるように、低い声で。一見、冷静そのものに見えるサランの様子だが、彼がなにも感じていないわけがなかった。

「ただの見せしめでしょう」

「見せしめ? なんのために」

「我々がイシカを見限り、ガンディアについたことへの報復でもあるのでしょう。国を裏切ったのです。報いを受けるのは、当然のこと。覚悟はしていましたが……まさか、団員たちの家族までも投獄されるとは」

「でも、爺さんがガンディアに所属することになったのは、全部イシカのせいだろ。イシカが陛下を裏切り、陛下の暗殺なんて企むから、爺さんはガンディアにつかざるを得なくなった。こっちにくだらなきゃ、爺さんもイルダたちも死ぬしかなかったんだ」

 シーラが噛み付くようにいうと、サランは彼女を慈しむような目で見て、それから微笑んだ。

「暗殺に失敗した以上、全員、死ぬべきだ――というのが、あの国の考えなのです」

「弓聖と星弓兵団を失ってもいいっていうのか?」

「我々にはそれほどの価値しかなかったということですよ。あの国にはね」

「価値……」

「そう、わたしは、捨てられるべくして捨てられただけのこと。政争に敗れ、敗残者となったものには、捨て駒として使い捨てられるだけが残された道。故にわたしはレオンガンド陛下の暗殺任務を受けた。成功しても死、失敗しても死。引き受けずとも、死。いずれにしろ死ぬだけのこと。ならば――」

 サランは、遠くを見るような目をした。彼の目になにが映っているのかは想像するほかない。その想像も、大した意味をなさないのだが。

「ならば、隻眼の獅子を射るのも一興……そう考え、運命の夜を迎えたのですが」

「ドーリンとシーラ殿にやられたってわけだ」

「あなたにもだ。エスク殿」

「俺はなんもしてねえよ」

 エスクが慌ててそっぽを向いたのは、本当にそう想っているからなのだろう。

「それをいうなら、俺だ。俺はただ、爺さんに声をかけただけだ」

「それが弓聖の手元を狂わせたんだ。無意味じゃあなかった」

 シーラに対し、エスクが気を使うようにいったという事実が、セツナには喜ばしいことのように思えてならない。シーラとエスクは互いに反目しあっていたのだ。その反発し合う感情が少しでも和らいでくれるのなら、それほそ嬉しいことはない。どちらもセツナ配下なのだ。仲良くしろとはいわないが、敵意を抱きあったままではいてほしくなかった。ただ、それはふたりの個人的な感情の話であり、セツナが口を挟むことはできなかった。だから、少しでも解消される見込みがあるというだけで嬉しくなってしまうのだ。

 この状況で喜ぶのはどうかと思うのだが、感情は抑えられない。

 サランがそんなふたりのやり取りを見てなのか、小さく嘆息した。

「……あのとき、わたしが陛下を射抜いていれば、状況は変わったでしょうな」

「変わっただろうが、あなたは死に、星弓兵団の皆も死んだだろう」

 セツナが告げたのは、それが現実だからだ。その場にセツナこそいなかったが、セツナ以外の戦力は揃っていた。エスク、シーラだけではない。《獅子の尾》の武装召喚師たち、ウルク、レム、ルクスもいたのだ。いかに星弓兵団が精強であり、弓聖本人が強力無比であっても、切り抜けられるわけもない。全滅したのは疑いようもなかった。レオンガンドを殺されて、生かしておく道理はないのだ。ただし、その場合、ガンディア解放軍の敗北は決定的となったのも事実だ。王女レオナを擁立し、レオンガンドの遺志を継ぐということで戦いを続けることはできただろうが、解放軍の戦意が低下したのは間違いないだろうレオンガンドという絶対的な指導者を失えば、ジゼルコートの謀反は成功した可能性が高い。

「ええ。だから、失敗して良かったのだと、思うようにしています」

「だが、その結果、あなたや皆の家族が投獄された」

「それは覚悟の上のこと。しかし、イルダたちは飛び出してしまった。愚かなことだ」

「家族が投獄されたんだろ。黙っていられないのもわからなくはないさ」

「ですが、我々はもはやガンディアの、セツナ様の配下となったのです。イシカのことは考えるべきではないし、家族とは縁を切ったも同然だった」

 サランは、まるで自分に言い聞かせるようにいっていた。言い聞かせることで、自分自身を納得させ、荒ぶる感情を押さえつけようとしているのではないか。サランは、穏やかな人物だ。どんな状況でも決して感情的になることはない。それが弓使いの定めだと、彼はいう。常に心を平静に保つことこそ、弓の名手となるための唯一の方法だというのだ。しかし、彼も人間だ。家族が投獄されたとあれば、なにも感じずにはいられないだろう。

 椅子に腰を下ろした彼は、一見、平静を保っているようにみえるのだが、心の奥底では感情が荒れているに違いなかった。

 すると、シーラが口を開き、別のことをいった。

「ヒエルナ大監獄って、あれだろ。重罪人や政治犯を獄死させるための……」

「……よくご存知で」

「隣国だからな」

 シーラが当然のことのようにいう。まるでアバードの常識とでもいうような態度に彼女の背後に立ち並ぶ黒獣隊幹部たちが顔を見合わせた。

「獄死させる施設っておい」

「イシカの歴史上、大監獄に投獄され、生還したものはひとりとしていません。大監獄は、罪人を合法的に殺すためだけに作られた施設なのですから、当然でしょうな」

「処刑すればいいんじゃないの? なんでわざわざ投獄なんて」

 ミリュウが疑問を口にすると、サランは苦笑を浮かべた。

「イシカでは、死刑は禁じられていますから」

「……そういうこと」

 死刑は禁止だが、獄死させることは可能だということだ。歪だが、わからないはなしではない。

「つまり、投獄されたという家族は、助け出さない限り死ぬということか」

「イルダたちが飛び出したのもわかるわね」

「……わかりませんな」

 ファリアの一言に、サランが頭を振った。

「サラン……」

「セツナ様に弓を預けた以上、セツナ様やガンディアに不利益をもたらしかねない行動をするべきではない。それがたとえ己や家族の命に関わることであっても。それが弓を預けるということ。矢になるということ。イルダたちにも散々言い聞かせてきたのですが……面目ないことです」

「……俺は、納得できないな」

 セツナは、サランの意見を聞き終えて、静かに告げた。頭で理解はできる。感情が納得を許さない。

「サランのいいたいことはわかるし、そのとおりだと想う。それは正しいことだ。でもさ、自分の家族がそんな目に遭ったら、仲間の家族がそんな目に遭ったらと想うと、我慢なんてしていられないよ。イルダたちの気持ちも、わかるんだ」

「セツナ様……」

 サランだけでなく周囲の視線が自分に集まるのを感じながら、彼は室内を見回した。大広間には、セツナ軍の関係者とファリアたち《獅子の尾》の面々が集まっている。グレイシアがいないのは、こういう場に混ぜると、首を突っ込みたがるに違いないと考え、別室に待機してもらっているからだ。レムが、そのグレイシアの相手をしてくれている。グレイシアは、レムを気に入ってくれており、彼女が相手をしてくれるなら、ということで別室での待機を了承してくれたのだ。

 セツナは、目当ての人物がなにやら書簡に目を通しているのを発見した。

「おーい、エイン」

「はいはい、なんでございます?」

 エイン=ラジャールは、こちらに目を向けると、透かさず笑顔になった。

「聞いていただろ?」

「ええ、もちろん」

「なにかいい案はないか?」

 セツナがエインに聞くと、サランが身を乗り出した。

「セツナ様、なにを……」

「星弓戦団は、俺の配下だ。俺のものだ。勝手に死なせるものかよ」

 セツナの発言に、サランは凍りついたように動かなくなった。気にせず、エインに視線を戻す。

「えーと、つまり、ガンディアが不利益を被らないよう、大監獄から皆さんのご家族を救出する方法はないか、ということですね?」

「ああ」

「馬鹿な。そんな都合のいい話があるわけ……」

「ありますよ。ちょうど、都合のいい話がね」

 エインが蠱惑的な笑みを浮かべると、サランは、天地が震撼したかのような表情を浮かべた。


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