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第百五十五話 幸か不幸か

 ゴードン=フェネックは、自分の人生が不幸にも呪われているのだと思わないではなかった。

 運の尽きはじめは、ナグラシアに左遷されたことだろう。いや、左遷というのとは根本的には違う、ということはわかる。大抜擢だと親類一同が喜んだのも無理からぬことなのだ。だがしかし、彼の望む将来からは大きくかけ離れた人事であり、だからこそ左遷だと思うことで無理矢理にでも納得しようとした。

 第三龍鱗軍翼将。千五百人の部下を持つ軍団長であり、ザルワーン軍の将校としてはそれなりの地位にあるといってもよかった。給料も悪くはない。不満や不安も、日々の仕事が忘れさせ、気のいい部下や街の人々に囲まれ、幸福だったのも事実だ。そこに不幸の影はなかった。

 そのまま平穏な日々が続けば、それはそれで良い人生だといえたのかもしれない。フェネック家はそこそこの家系として持ち直しただろう。

 しかし、運命はゴードンを絶望の淵に叩きつける。

 ナグラシアがガンディアの軍勢に強襲され、彼は為す術もなく街を放棄、撤退せざるを得なくなった。第三龍鱗軍の中で生き残ったのは半数程度。ナグラシアの放棄をもっと早く決断できていれば、犠牲は少なく済んだだろうが、そもそも城門を簡単に突破されるとは思いもよらなかったのだ。警戒に当たっていた兵士たちも、閉門を指示し、動いたものも、あっさりと破壊されるとは考えていなかったに違いない。

 迎撃態勢を整えるまでの時間は稼げると、だれもが認識していたはずだ。いや、それ以上に持ち堪えると考えただろうし、他の龍鱗軍に援軍要請を出そうともしただろう。それが正しい判断だ。なにひとつ間違いではない。

 叩き起こされたゴードンも、その直後に南門の閉鎖に成功したという報告を聞き、安堵したものだ。しかし、安心は一瞬で裏切られた。門が破壊され、敵兵が雪崩れ込んできたという報告が、ゴードンや隊長たちの蒼白だった顔面をさらに青くしたのはいうまでもない。

 撤退以外の選択肢はなかった。

 ガンディア軍に降伏したとして、彼らがザルワーンに勝利するとは、ゴードンには到底思えなかった。小さな町をひとつ、奇襲で陥落させただけだ。ザルワーンの総兵力は、ログナーを飲みこんだガンディアにすら倍するというのが通説であり、たとえガンディアが同盟国の兵力を動員したとしても、勝てはしないだろう。

 最後に笑うのはザルワーンだ。

 ゴードンは、ゼオルに到着するまではそう信じていたのだ。

 しかし、ゼオルに送り込まれた聖将ジナーヴィ=ライバーンとフェイ=ヴリディアという存在が、彼に違和感を抱かせるに至る。

 国主の息子にして、魔龍窟出身の武装召喚師ジナーヴィは、聖将という肩書を振りかざし、とんでもないことを仕出かそうとしていた。

 国主の命令に従って軍を集め、ガンディア軍に対抗するというのは、いい。ゴードンは彼の下で、できうる限りのことはしようと思っていたし、同僚のケルルも同じ考えだった。とにかく、ザルワーンの地からガンディア軍を排除しなければどうにもならない。そのためならば、不本意でも軍務につくしかない。

 だが、ジナーヴィはゼオルの隣のスルークに駐屯する第六龍鱗軍翼将ザルカ=ビューディーを討伐する、などと言い始めたのだ。国主の命を受けた聖将の要請を受け入れないザルカもどうかしてはいるのだが、彼にはスルークの防備を整えたいという考えでもあったのだろう。

 あるいは、これまで軍人として身を粉にして働いてきた自分が、たかが国主の息子風情に顎で使われるなど、誇りが許さなかったのか。

 どちらにせよ、ザルカの判断も度し難いのだが、かといって敵軍が国内に入り込んでいるこの状況で、味方同士で争っている場合ではなかった。ゴードンは、ケルルとともに、ジナーヴィを諌めようとしたのだが、彼の元を訪れた時、ふたりは絶句した。

 ジナーヴィは、彼の考えに反対するものを殺していたのだ。

 ゴードンもケルルも、黙し、唯々諾々と従う人形にならざるを得なかった。こんなところで死にたくはない。それが本音であり、それ以外の理由はなかった。いや、理屈ならばある。ジナーヴィが翼将の上官である聖将だということだ。上官命令に従うのは、軍人としてまったく正しい判断だ。特に彼は国主の命令を受けている。その命令書が正式に発行されたものだということは、文官上がりの彼の目には明らかだった。

 そして、聖将率いる聖龍軍はゼオルを進発、スルークへと迫った。門前にはあっさりと辿り着けたが、それも当然だろう。第六龍鱗軍の兵士たちにしてみれば、味方の軍勢が来ただけなのだ。翼将の討伐にきた、などとはだれも思いつかない。

 翼将ザルカは、さすがに事態を重く見たのだろう。

 ジナーヴィたちの前に数名の幹部とともに現れると、彼に問うた。

「これはなにごとですかな? 聖将殿」

 白髪交じりの老将の目は、ゴードンには疑念に満ちているように見えた。

 ジナーヴィは、フェイを伴って、ザルカの前に進み出た。堂々たる体格は、歴戦の猛者たるザルカの姿すら小さく見せてしまっていた。ゴードンは、ザルカが哀れに思えてならなかった。同時に、ザルカではなく、ケルルを頼った自分を褒めてやりたいと思った。少なくとも、ザルカを頼っていた場合、ジナーヴィと対峙しなければならなかったのだ。

「宣告はしたよなあ。逆賊ザルカ=ビューディーを討つ、と」

「ご冗談を。わたしがいつ反逆したというのですかな?」

「聖将の要請には従えないといったのはだれだ?」

 ジナーヴィの声は、いつもの甲高さとは打って変わって、低く、底冷えのするような響きがあった。凄みがある。さすがは地獄から舞い戻ってきた男だと思わざるをえないし、彼に逆らわなくてよかったと、胸を撫で下ろす。

「スルークを龍府への防壁として機能させるには、現存兵力以上の戦力が必須。割くことなどできぬと申し上げたまで。戦力さえ整えば、いくらでも貸し出しましょう」

 ザルカの発言が気に入らなかったのか、ジナーヴィは大きくあくびをした。隣のフェイが笑っている。

「では、中央に要請しておけ。第六龍鱗軍はこれより聖龍軍に合流し、俺の配下となってもらう」

 ジナーヴィの傍若無人な命令に、ザルカは顔面を蒼白にした。怒りのあまり、血の気が引いたのかもしれない。

「なにを馬鹿な……!」

「スルークを無防備にするというのですか!」

「それでは中央への防壁が……!」

 ザルカの部下たちも口々に抗議をしたが、ジナーヴィは、煩わしそうにしただけだった。

「こんなところに防衛線を張るくらいなら、打って出ればいい。そのための戦力だろ?」

「だからこそ中央から兵力を集め――」

「もー、うるさい」

 フェイ=ヴリディアが面倒くさそうに告げたとき、ゴードンは、ザルカの首が宙を舞うのを見ていた。血を吹き出しながら空を踊る老将の顔は、ジナーヴィに対する怒りをむき出しにしたそれで、殺されたことにも気づいてはいなかった。

 ゴードンは、唖然とした。彼女がいつザルカに近づき、短刀を抜いたのかなど、動体視力が優れているわけでもないゴードンには捉えられなかったのだ。

「逆賊ザルカ、討ち取ったりー」

 ジナーヴィが声高らかに告げると、第六龍鱗軍の幹部たちは呆気に取られたのち、翼将ザルカの死を知り、悲鳴を上げた。自分たちもまた殺されると思ったのかもしれない。

「これより貴様らは俺の支配下に入れ。でなければ死ぬだけだ。わかるな?」

 ジナーヴィが告げると、彼らは平伏して服従を誓った。

 ゴードンは、己の身の不幸を呪うべきなのか、生きている幸運を喜ぶべきなのか、わからなかった。

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