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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百五十五話 ジベルの問題(一)

 ジベルは、ガンディアの近隣国のひとつだ。

 かつてザルワーンの隣国としてその存在を知られ、ザルワーン戦争当時、ザルワーンに反旗を翻したグレイ=バルゼルグを秘密裏に支援し、スマアダ、メリス・エリス、ガロン砦を手に入れることに成功した手腕は、見事というほかなかった。

 また、ジベル軍がベレルへと侵攻した際は、ベレル全土を掌握するつもりだったのだが、ガンディアの妨害に遭い、わずか一都市を手中に収めるだけで諦めなければならなくなった。その直後、ベレルはガンディアに従属したため、ジベルはガンディアに強い遺恨を抱いていたとしても、なんら不思議ではない。

 そのジベルだが、クルセルク戦争に際して連合軍に参加し、その前後、ガンディアと同盟を結んだことはセツナの記憶にもよく残っている。ガンディアよりも魔王の国のほうが厄介な存在であり、排除するべきだという結論に至ったのは、必然といえる。

 もっとも、クルセルク戦争終結間際、ジベルはとんでもないことを仕出かしているのだが、その真実について知っているのはガンディアでもごく一部の人間だけだ。

 クレイグ・ゼム=ミドナス率いる死神部隊によるセツナ殺害計画。レム・ワウ=マーロウを名乗っていた彼女を使い、セツナを影の世界へと誘ったクレイグは、そこでセツナを殺し、黒き矛を手に入れようとした。だが、計画は失敗に終わり、クレイグは死に、死神部隊は壊滅した。そのとき、セツナはクレイグの正体がアルジュ・レイ=ジベルであることを知り、驚いたものだ。ジベルは、戦後、アルジュの急死を公表したものの、死因については明らかにしなかった。ガンディアがそのことを追求しなかったのは、アルジュを殺したのがセツナだからだ。とはいえ、セツナは自分の身を護るために戦っただけであり、罪を問われるわけもない。

 実際、ガンディアは、クレイグの正体がアルジュであり、クレイグがセツナを殺そうとしたという事実によってジベルと取引を行っている。

 ジベルとの取引によってガンディアが得られたのは、レムという人材とジベルのガンディアへの忠誠とでもいうべきものだったが、その忠誠心が欺瞞以外のなにものでもなかったことは、ジゼルコートの謀反で明らかになった。

 ジベルはマルディア救援軍に参加しながら、その実、ジゼルコートに与していたのだ。そして、マルディア軍と共謀し、シールダールを制圧したり、ザルワーン方面の都市を攻撃、制圧していった。ナグラシア、スルークがそれに当たる。もっとも、スルークもナグラシアもレムとシドニア戦技隊の活躍によって奪還され、ジベル軍は撤退を余儀なくされている。

 ジゼルコートが死に、レオンガンド包囲網とでもいうべきものが崩壊したことで、ジベルはガンディアに対し、土下座外交といってもいいような態度を取ってきていた。当然だろう。同盟が破棄され、ガンディアの敵と認定されれば、四方から責め立てられ、滅ぼされるだけなのだ。ジゼルコートというあてが外れた以上、手の平を返すことになったとしても、許しを請うべきだった。

 そういう理由もあり、セツナが王都を旅立つ頃には、ジベルは特に問題なく収まるのではないか、という意見が多かった。

「ジベルは、ハーマイン=セクトルというひとりの名将によって支えられた国です」

 エインは、いう。

「アルジュ王の時代から、ハーマインが政も軍事も司り、アルジュ王はハーマインの下した結論を採決するだけの存在だったといいます。実際、そうだったのでしょうし、そういった運営方針がジベルという国そのものになっていったのは、セルジュ陛下の王位継承後のジベルを見てもわかります。ジベルは、ハーマインが王の上に君臨していたのです」

 ハーマイン=セクトルの顔が脳裏に浮かぶ。理知的な容貌からは、武将というよりは、政治家といった心証を抱いたものだ。実際のところは文武両道であり、どちらも高水準でこなすことのできる超人だったようだが。

「アルジュ陛下は、ジベルがジゼルコートに協力したのは、ハーマインの考えであり、自分の考えではないと仰られておりました。側近の皆様方の反応を見る限り、それも事実のようですね。ハーマインが独断でジゼルコートに与すると決め、ザルワーン方面への侵攻もハーマインが決めたことのようです」

「全部ハーマイン将軍のせいにしたいってわけか」

「まあ、そういうことです」

 エインが苦笑交じりにうなずく。

 ハーマイン=セクトルに責任を取らせることで、ジベル政府への追求を少しでも減らそうというのが狙いなのだろう。そう考えていると、レムがおずおずと話しかけてきた。

「あの、御主人様」

「ん?」

 司政官執務室から応接室に場所を移しており、室内にはセツナとエインのほか、レムしかいなかった。役所なのだ。全員を引き連れて歩き回っては、役人に迷惑がかかる。そういうこともあり、最小限の人数で司政官に挨拶しにきたのだった。ミリュウやウルクが同行を願い出てきたが、遠慮してもらっている。ウルクはまだしも、ミリュウのような騒がしい人物を役所内に連れ込むことはできない。無論、そんなことは口が裂けてもいえず、宿で待ってもらうため、甘い言葉を囁いたことは思い出すだけでも恥ずかしさに焼かれそうになる。

「ジベルがハーマイン=セクトル将軍の国だというのは、軍師様の仰られる通りだと思われます」

 レムは、ジベル出身であり、死神部隊としてアルジュ扮するクレイグ・ゼム=ミドナスに長らく従っていたことから、ジベルの事情について詳しいということを思い出す。

「陛下が御顕在のころからハーマイン将軍の意見がすべてに優先されておりましたもの。陛下の発言力など皆無に等しく、王子殿下はそんな陛下を見て蔑まれておられました。しかし、発言力がないのは、王子殿下も同じこと。そんな王子殿下が王座に着かれたからといって、どうなると思われますか?」

「そりゃあ……」

「発言力が得られるわけもありませんね。ハーマイン将軍は、戦後、ジベルにおける己の権力を高めることに必死でした。弱気で臆病で己の無力さをよく知っていたアルジュ陛下は、ハーマイン将軍にとって扱いやすかったに違いありませんが、若く、血気盛んなセルジュ陛下は、きっとハーマイン政権の障害になると考えていたはず」

「それでハーマインはジベルの権力を己に集中させ、さらにジゼルコートの謀反を成功させることで、ジベルそのものを乗っ取るつもりだったのかもしれない」

「乗っ取る? まさか」

「想像ですよ。ジゼルコートがハーマインを口説き落とすのに、どのような甘言を用いたのかわかりませんからね。ジゼルコートがガンディアを手に入れたあと、ハーマインのジベル乗っ取りに力を貸すと約束したとしても、おかしくはありません」

 それくらいのことをしなければ、いくらハーマインといえどジゼルコートの謀反に協力することなどありえないだろう、と彼は続けた。

「まあともかく、ジベルはハーマイン将軍にすべての責任をおっ被せたわけですよ。そして、ハーマイン将軍を処断し、その首をガンディアに捧げることで禊とするつもりだったようです」

「わかった」

 セツナは、合点がいった。

「そのハーマインが反旗を翻したってわけだな?」

「はい。ご名答です」

「さすがは御主人様でございます」

「いや、だれでもわかるだろ」

「いえいえ、セツナ様だからですよ」

「そうでございます」

 エインとレムの持ち上げっぷりに辟易する。

「なんだか馬鹿にされている気分だぞ」

「そんなわけないじゃないですか」

「軍師様の仰る通りです」

 わざとらしさ抜群のエインとレムの笑顔の応酬に、セツナは、軽く目眩を覚えそうになった。頭を振り、話を戻す。

「……で、ジベルの真王たるハーマインの裏切りがジベル全土を揺るがすことになったんだろ」

 だから、エインはセツナが訪問予定のセイドロックで待っていたのだ。

「といっても、ジゼルコートの謀反が失敗に終わったことや、ザルワーン方面での敗戦続きが身に染みたのか、ハーマインに従った愚か者はほんのわずかですよ」

「そのほんのわずかのために俺を待っていたんだろ?」

「まあ、現状、ガンディアで動かせる戦力といったらセツナ軍くらいしかありませんし」

「……長期休暇中だったな」

 国境の防衛戦力を除くほぼすべての軍団が休暇を与えられていた。休暇が命じられた以上、休むことが仕事となる。その大事な仕事の最中、別の任務を与えられることは、基本的にはない。もちろん、有事の際には出撃することもあるが、国外の問題に対処するために休暇中の戦力を動かすことは、まずなかった。

「ハーマインもそれを見越して反乱を起こしたんでしょうね。ガンディア軍が表立って動けないいまならジベルを掌握できると踏んだ。ジベルを掌握さえしてしまえば、あとはどうとでもなると考えたんですよ」

「だが、どうにもならなかった」

「これから、どうにもならないってことを思い知らせるんですけどね」

「俺たちがか」

「ええ」

 悪びれもしないエインの笑顔にセツナはなにもいえなかった。


 その夜、セツナはセイドロック領伯としての初仕事として、式典と宴に参加し、セイドロックの有力者たちと交流を深めた。有力者の中には、妙齢の娘を連れ立って参加したものも何人もいて、そういった連中には気をつけろというのがエインの忠告だった。エインいわく、セツナのお手つきになることで、ガンディア国内での発言力を得ようとしているのだ、という。セツナは三つの領地を持つ、ガンディアでも最高峰の権力者だ。セツナと結婚した女性の家族は、その権力の恩恵に預かれること疑いなく、娘をセツナにめとらせたいと考えるものは、以前から少なからずいた。

「セツナ様が娶られるのであれば、マルディアの王女殿下くらいの立場の方でないと、釣り合いが取れませんよ」

 エインの何気ない一言がミリュウたちの怒りを買ったのは言うまでもないが、彼はこうもいった。

「もちろんそれは軍師としての意見です。俺個人としては、セツナ様が幸せならそれで十分ですよ。ファリアさんでも、ミリュウさんでも、シーラさんでも構いませんし、なんなら皆さんと結婚なされても、なんの問題もありませんし」

 エインは、ミリュウたちが態度を豹変させるのを見て、茶目っ気たっぷりに笑いかけてきた。彼にとってミリュウたちの感情を動かすことなど、造作もないことなのかもしれない。

 いや、ミリュウたちが単純すぎるのか。

 少し酔っ払ったというグレイシアに頭を撫でられながら、セツナは、そんなことを考えた。


 翌朝、セツナたちはセイドロックを離れた。


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